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番外編など
番外編① 髪の切れ目は縁の切れ目
しおりを挟む※このたび、本作が書籍化することになり、記念に書き下ろした番外編です。
※本編のネタバレなし。
※本編を読んでいた方がより楽しめますが、読んでいなくてもお楽しみいただけます。
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髪の切れ目は縁の切れ目
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「ねえ、琥珀、髪伸びたよね?」
かこん。軽快な鹿威しの音が響く夜の中庭で、縁は琥珀に問いかけた。
池の緋鯉がぱくぱくと口を開けて餌をねだる中、琥珀は顔を上げ、自身の髪に手を触れる。
「ああ、確かに……少し伸びたな」
「邪魔じゃないの? 前髪とか目にかかってるし」
「鬱陶しいとは思う」
率直な意見を口にすれば、縁は「やっぱり~」と目を細めた。そして得意げに腕を組み、口角を上げて自身の胸を強めに叩く。
「ふっふっふ、仕方ないなあ。ここはひとつ、私が琥珀の髪の毛を切ってあげよう!」
「……お前、誰かの髪を切ったことなんてあったか?」
「えへへ、大丈夫だよ~。不揃いになった竹箒の先とかよく整えてたし、いけるいける」
「俺の髪を竹箒と一緒にするな」
じろりと鋭い眼光が縁を捉えたが、鬼の睥睨になど慣れたもの。臆する気配もない縁は微笑むばかりだ。
「変な頭にはしないから、大丈夫だってば」
自信満々に宣言する。しかしどうにも不安が残る。
琥珀は疑念をあらわに訝しんだ。とは言え、純粋な縁の厚意を無下にもできなかったのか、しばし黙り込んだ末、結局こくりと頷いてしまう。
「……まあいい。お前の好きにしろ」
「えっ、本当?」
「ああ。たとえ丸坊主にされたとしても、髪ぐらいそのうち生える。一時の辛抱だ」
「もう、信用ないなあ」
不服げに頬を膨らませ、されど嬉しげに破顔する縁。
普段、琥珀に何かを任されるようなことはほとんどない。鬼の長である羅刹鬼の血を引く彼は、同じ血を引く兄の黎雪と比べても、冷静で器用で博識だ。大体何でもひとりでできてしまう。
そんな琥珀から頼りにされているように思えて、縁は密かに心を踊らせていた。
「ふふっ、私、琥珀のためにがんばるね! 竹箒で練習しておく!」
「だから、俺の髪は竹箒じゃない」
「切るのは明日のお昼にしよっか。やっぱり明るい方が切りやすいしね!」
「おい縁、お前ちゃんと用心して切れよ。俺のことは傷付けてもいいが、お前がもし怪我でもしたら──」
「もー、大丈夫だってば! 心配しないでよ、こう見えて手先は器用なんだから」
胸を張って言い切った直後、居間の方から声が響く。
「アンタたちー! 夕餉ができたわよー!」
呼びかけたのは母だった。すんすん、漂う食べ物の香りを嗅ぎつけた縁は、「魚のお煮付け!!」と瞳を輝かせ、下駄をほっぽり出して居間に駆けていく。
その姿を見送り、やれやれと肩を竦めた琥珀。相変わらず食い意地だけは一丁前だ。彼女がほっぽり散らかした下駄を拾って揃えることにもすっかり慣れてしまい、手際よく庭の景観を整える。
ギシッ、ギシッ──ちょうどその時、板張りの床を軋ませ、誰かが歩いてきた。
「おう、琥珀。俺の代わりに鯉の餌やりしてくれたのかァ? 悪ィな、酔っ払って寝ちまって」
「父上」
のらりくらりと現れたのは父だ。彼は寝癖のついた短い髪を掻き、へらへらと琥珀に笑いかけている。
その手には酒の入った瓢箪がしっかり握られており、琥珀はため息混じりに表情を歪めた。
「……父上、母上が憤っておりましたよ。帰ってきて早々に呑んだくれて眠るなと」
「ははは! そりゃあ覚悟しとかねえとなァ、今夜の夕餉の魚は一際小ぶりな稚魚かもしれん」
「まったく……」
笑うばかりで反省の色などない酔っ払いに呆れ、琥珀は自身の下駄を脱いで揃えた。その際、伸びた前髪が目にかかり、視界を邪魔されたことで眉根を寄せる。
「……チッ……。確かに、そろそろ切るべきだな」
「んだァ? 髪か? そういや、いつの間にかだいぶ伸びたよなァ。お前全然切ろうとしねぇから、てっきり伸ばしてるもんだと思ってたぜ」
「いえ、俺はどちらかと言うと髪が伸びるのは鬱陶しくて苦手です。ただ、ここ最近は、散髪するとか、そういった気力もあまりなかったので……」
「ははっ。まあまあ、だったらバッサリ切っちまえよ。川下の床屋にいくか? あそこの髪結いは腕がいいぜ」
「いえ、それが……」
遠い目をして立ち上がり、琥珀は自身の前髪をつまんだ。
「……縁が、俺の髪を切ると言うので。明日、アイツに任せようかと思います」
控えめながらもはっきりと、先ほどの縁とのやり取りを伝える。すると父は目を丸め、自身の顎に手を当てた。
「ほぉ? 縁のヤツ、そんな芸当ができんのか?」
「……分かりません。ツノごと断髪される可能性があります」
「だっはっは! そりゃあ一大事だな!」
ぶら下げた酒の瓢箪を揺らし、酔いどれた父は愉快に笑っている。しかしやがて腕を組み、イタズラでも思いついたような顔で、「髪かぁ~」と呟きながら何かを思案し始めた。
「うんうん、なるほど、髪ねえ。まあ、気にするほどのことでもねえが、身内に髪を切らせるってのは~……うーん、そうだなァ~……」
「……? 何です? 何か問題があるのですか?」
「いやあ、ほらァ……ちぃっと風の噂を聞いたことがあってなぁ?」
ぱっと顔を上げ、父は言い放つ。
それはそれは、甚く楽しげな顔だった。
「──〝親しい者に髪を切らせたら、そいつとせっかく結んだ縁まで、ぷっつり綺麗に切れちまう〟ってよ」
ほろ酔い気分のイタズラ心。父は息子に囁き、上機嫌な足取りで居間へ向かっていく。
一方、琥珀はたちまち硬直し、すべての思考も凍りつき、「……は?」と素の声を漏らして、冷たく滲んだ手のひらの汗を握り込んでいた。
◇
「ふふっ。よーし、準備できた」
──翌日。
にんまりと頬を緩めた縁は、用意した自前の巾着袋の中に、髪結い用の鋏と櫛を忍ばせた。
花の模様の入った矢羽根形の鋏は、よく手入れされた上等な品だ。刃こぼれもしておらず、切れ味も良さそうに見える。
(小刀で髪を切るよりは、こっちの方が安全だし、切りやすそうよね。ちょっとだけお借りいたします、女将様!)
まるでお祈りでもするかのように両手を合わせ、虚空に向かって念を送る。
これらの道具は女将の化粧箱からこっそり拝借したものなのだ。無論、バレたら確実に大目玉である。縁は周囲を警戒しながら巾着袋の紐を締め、化粧箱を慎重に元の位置へと戻した。
(そーっと、そーっと……)
抜き足、差し足、忍び足。台所でつまみ食いをする際の足取りで密やかに女将の部屋を抜け出し、廊下に出た縁は琥珀の元へと足を急がせる。
やがてようやく彼の部屋の前へたどり着き、「琥珀!」と明るく呼びかけて、勢いよく襖を開いた。
「お待たせー! それじゃあ、早速だけど、今から髪の毛を切る準備を──」
しかし、彼女が笑顔で襖を開けた瞬間。それまで明るい笑顔を浮かべていた縁は、言いさした言葉をすべて飲み込んでしまう。
ぴしりと固まり、沈黙する彼女。ややあってみるみるとその目を見開いた縁は、ついに声を裏返し、目の前の光景に絶叫した。
「っ……えっ……えええええーーーっ!?」
「おい、やかましいぞ、縁」
「……はっ! す、すみません、大きな声を出してしまってごめんなさ……じゃない!! か、か、髪! 髪が!! ──もう短くなってるんだけどっ!?」
大声で叫び、信じられないとばかりにわななきながら、縁は琥珀の頭を指さす。
なんと、長く伸びていたはずの彼の髪は、すでに短く切り揃えられ、さっぱりと涼しげな髪型に変貌していたのである。
「どういうことっ!? 私が切るって言ったのに!! 誰に切らせたのよ!?」
夫の浮気を咎める妻のごとく、縁は語気を強めて糾弾した。すると琥珀はふいっと顔を逸らし、つっけんどんな態度で応える。
「戯の天狗を呼び寄せて切らせただけだ。何か文句があるのか?」
「文句あるよ!! そもそも何で!? どうしてよりによってアジャラ!? 琥珀、アジャラのこと嫌いって言ってたでしょ!」
「ああ、嫌いだな。だから切らせたんだ。……あいつらなら、別に今後の関係が切れても構わん」
フン、と不服げに鼻を鳴らし、ぶすっとしたまま言い放つ琥珀。縁はますます困惑したが、彼は彼なりに堂々と、此度の不義理を働いたつもりでいた。
昨晩、酔った父から聞かされた話を鵜呑みにした琥珀は、このまま大人しく髪を切らせてしまえば縁との〝縁〟が切れてしまうと危ぶんだ。ゆえに、彼女が髪を切りに来るよりも早く、都から──関わりが切れたところでどうでもいい──アジャラたちを呼び寄せ、断髪させた……というのが、事の経緯である。
しかし、そんな事情など当然知る由もない縁。彼の行動の意図ももちろん伝わらず、むしろことさら憤慨し、縁はいよいよ琥珀の髪に掴み掛かった。
「何よ、琥珀の阿呆! おたんこなす! 私が先に約束してたのに! 約束やぶるなんてひどいよ、今すぐもう一回髪伸ばせっ! 私がオカッパに切り直してやるっ!」
「おい、髪を引っ張るな! 引っ張ったって伸びるわけないだろうが! もう諦めろ、たとえ本当に髪が伸びても、お前には絶対に切らせんからな!」
「何でよ、ケチ! 意地悪! この浮気者ーーっ!!」
「聞こえの悪い言葉を大声で喚くのはやめろ!! 誤解が生まれるだろうが!!」
ギャアギャア、騒がしく罵り合い、掴み合いの喧嘩を繰り広げる両者。
その様子を遠くから眺めている父は、「あーあー」と苦笑して自身の頬を掻いていた。
「琥珀のヤツ、俺が昨日酔った勢いで言い聞かせた冗談を、思ったより本気で信じ込んだみたいだなァ……。ったく、こんな嘘も見抜けねえとは、まだまだケツの青いガキだねえ、アイツも」
「──ちょっと、アンタ! 今日あたしの化粧箱に触った!? 中に入ってた鋏と櫛がないんだけど! あれ高いのよ、まさか泥棒が……」
「んあ? 何言ってんだ、どうせあそこにいる縁が持ってんだろ。琥珀の髪を切る~って息巻いてたらしいし……」
「はあっ!? 何ですってぇ!?」
飛び込んできた女将にうっかりと口を滑らせた途端、それまでの焦った表情が一変、たちまち般若の形相を浮かべる彼女。
あ、やべ、と父が頬を引きつらせた頃には時すでに遅し、般若は迷わず床を蹴り、「コラァ!! 縁、琥珀!! アンタたち、あたしの化粧箱の中身で遊んでんじゃないわよォ!!」と怒号を響かせる。
青ざめた縁は「ひい!」と琥珀にしがみつき、琥珀もまた身の危険を察して縁を抱き上げた。「ご、誤解です、母上! 遊んでなどおりません!!」必死に弁明しながら全力で逃げ出した琥珀。追いかける般若。火蓋が切って落とされた恐怖の追いかけっこ。
父は冷や汗を浮かべながら阿鼻叫喚のその様子を眺めていたが、程なくしてぎこちなく踵を返し、しれっとその場から逃げ出す。
「……ま、まあ……これもひとつの〝縁〟ってことで……」
俺は悪くねえぞ、などとひとりごち、責任逃れをする父。
しかし、結局のところ父も含め、まとめて女将に捕まってしまい──。
罰として普段の半分以上も小ぶりになった魚の乗る皿を囲って奪い合いながら、全員正座し、質素な夕餉を食すことになるのだった。
「ぜんぶ琥珀のせいだ」
「いいや縁のせいだ」
「……俺まで怒られてんのは何でだ?」
「最終的にはぜんぶ父上のせいです」
「いいから黙って食べな、アンタたち!!」
「…………はい」
〈完〉
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コメントありがとうございます!
なにやら涙腺崩壊させてしまったみたいで…!
わたしもうるうるしながら書いたラストだったので、嬉しいです〜!読了ありがとうございました♡!
最後まで一気に読んでしまいました😆
元々、和風ファンタジーは大好きなのですが、この作品は、最高です!
琥珀がとにかくかっこいいそ、たまにヘタレなのが可愛い🥰
縁も可愛くて。最後は号泣でした😭
ぜひぜひ、沢山の人達に読んでもらいたいです。
ゆかさま
感想ありがとうございます〜!!
気に入っていただけてとっても嬉しいです!✨
琥珀のちょっと臆病でヘタレなところ、人間くさくて私もお気に入りなのでニコニコしてしまいました♡笑
一気読みとても嬉しいです!
ありがとうございました!!❣️