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3月2日 午前11時
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三月二日 午前十一時
私はホテルの事件を知った。仕事が手につかなくなった。トイレには四回行っており、そのたびに嘔吐した。
もはや隠すことは限界に近くなっている。爪で頬を引っかいて傷を作ってしまった。
出勤して一時間程度だが、もう無理であると私は悟った。所詮は冷酷で残虐、計画性の高い殺人犯なんて向かないのである。
結局、上司に付き添ってもらい、私は警察署に自首した。恐怖のあまり途中で失禁しなかっただけ、良かったと心中で安堵した。
「ええと、何を話されるのですか?」
と目の前にいる岸辺という刑事が私に頭を下げながら質問した。少しだけ気分がほっとした。こんな殺人犯にも人として接してくれる人がいると思うと安心してきた。
この人なら話せる、と思って私は口を開いた。
「昨日、男を殺しました」
「殺した男の名前は?」
「長野司です」
「凶器は?」
「家の中にあった包丁」
「殺害の理由は?」
と岸辺が質問したので私はためらいがあった。今更だが私が口を割ることは、あの人も捕まることになる。
これでいいのだろうか、と心中で多数の自分が問いかけてきた。
「一人で辛いでしょう」
岸辺が言った。
「あなただけで抱え込むから辛いのです。ここで全てを吐き出して楽になり、また再出発することを考えていきましょう」
「しかし……」
「今日言うことは、その一歩です」
我慢していた私の心は決壊した。
私は述べることにした。
「話す決心をしてくれてありがとうございます、向井浩二《むかいこうじ》さん」
と岸辺は浩二の肩に手を置いた。
向井浩二の供述の翌日、浩二の姉であり公共職業安定所の課長である富川香織がホテルでの殺人の容疑で逮捕された。
私はホテルの事件を知った。仕事が手につかなくなった。トイレには四回行っており、そのたびに嘔吐した。
もはや隠すことは限界に近くなっている。爪で頬を引っかいて傷を作ってしまった。
出勤して一時間程度だが、もう無理であると私は悟った。所詮は冷酷で残虐、計画性の高い殺人犯なんて向かないのである。
結局、上司に付き添ってもらい、私は警察署に自首した。恐怖のあまり途中で失禁しなかっただけ、良かったと心中で安堵した。
「ええと、何を話されるのですか?」
と目の前にいる岸辺という刑事が私に頭を下げながら質問した。少しだけ気分がほっとした。こんな殺人犯にも人として接してくれる人がいると思うと安心してきた。
この人なら話せる、と思って私は口を開いた。
「昨日、男を殺しました」
「殺した男の名前は?」
「長野司です」
「凶器は?」
「家の中にあった包丁」
「殺害の理由は?」
と岸辺が質問したので私はためらいがあった。今更だが私が口を割ることは、あの人も捕まることになる。
これでいいのだろうか、と心中で多数の自分が問いかけてきた。
「一人で辛いでしょう」
岸辺が言った。
「あなただけで抱え込むから辛いのです。ここで全てを吐き出して楽になり、また再出発することを考えていきましょう」
「しかし……」
「今日言うことは、その一歩です」
我慢していた私の心は決壊した。
私は述べることにした。
「話す決心をしてくれてありがとうございます、向井浩二《むかいこうじ》さん」
と岸辺は浩二の肩に手を置いた。
向井浩二の供述の翌日、浩二の姉であり公共職業安定所の課長である富川香織がホテルでの殺人の容疑で逮捕された。
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