願いの手紙

奥あずさ

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3月1日 午後21時

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三月一日 午後二十一時


 岸辺との話が終わると、一気に疲れが襲ってきた。

 結局、あの家は事件現場になってしまったので、しばらく戻ることが出来なくなってしまった。例え戻れるようになっても、殺人現場になった場所で暮らすなんてご免である。引っ越しも視野に入れておかねばいけない。

 私は妻と一緒に現場から少し離れたビジネスホテルまで避難した。このホテルがしばらくの間、仮の住まいである。

 小室は休職となった。小室の家族によると、しばらく復帰は難しいようである。

「あなたが悪いのよ。気が弱い小室さんを現場に連れて行ったりするから……」

 妻から注意を促された私は罪悪感が生じた。小室は私と一緒に昼食のために外に出ていたことから、巻き込まれたような形になってしまったのである。

 よく考えればあの時、先に小室だけ職場に戻して自分一人が現場に行くべきだった、と私は思ったがもう後の祭りである。

「今度、あいつの好きな焼酎でも持って見舞いに行くよ」

「それがいいわ」

「ところで浩二に今日のことは知らせたのか?」

「まだよ」

「ならば私からしてやろう」

 浩二は妻の三つ下の弟であり、仕事は病院で介護職員をしている。勤務態度も真面目であり、利用者からは男女・年長問わず気に入られていた。

 浩二はかつて私たち夫婦と一緒に事件現場となった家で暮らしていた時期があった。だが、成長するにつれて一人暮らしを熱望するのが人間である。浩二は家を出て行って今は安いアパートで一人住まいをしている。

 私は浩二に今日は起きた事件について話してやろうと思い、スマホに登録してある浩二の番号に電話をかけた。

「もしもし……」

 疲れているのか眠いのか、それとも両方なのか。どんよりとした声の浩二が電話に出た。

「寝ていたのか、浩二」

「夜勤明けだから、ずっと寝ていたんだよ」

「何時まで寝ているんだ。もう外は真っ暗だぞ」

「義兄さんは夜勤なんてしたことないから、そんなことが言えるんだよ。ところで、今は何時?」

「夜の九時だ」

「勘弁してよ。いつもなら、まだ寝ている時間だよ。義兄さんが変な起こし方をするから、頭痛がするよ」

「それは悪かったな。せっかく今日は面白い話でもしてやろうと思ったのに」

 家に知らない男の他殺体があったのは、全く面白くない話だが浩二を引き付けるために、私は敢えて小さな嘘をついた。

 しかし浩二の反応は私が考えていた以上に冷たかった。

「義兄さんの話は大抵が小難しい内容だから、また今度にしてくれ」

 そのまま電話を切られてしまった。

「寝ているところを起こされて不機嫌なんでしょう。明日になったら自分から電話してきますよ」

 妻が、くすりと笑みを浮かべていた。
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