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3月1日 午後13時
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三月一日 午後十三時
問題の家は車を走らせれば一時間ほどである。郊外に建ててある昔ながらの日本家屋であり、地元の資産家が家賃を安くして売っていたのを、すぐに飛びついたのである。
「それにしても奇妙な電話ですね。誰がかけてきたのでしょうか?」
車の助手席に座っている小室が私に問いかけた。小室は私が勤務している会社の後輩である。痩せて眼鏡をかけており少し頭髪が薄くなった姿は、昔の漫画に登場するサラリーマンみたいな風貌をしている。
車はしばらく直進していくが誰かが飛び出す危険性を考えて、なるべく低速で進んでいた。
「悪戯であることを祈るよ。もっとも悪戯であったとしても、かなり性質が悪いと思うけどな」
「おっしゃる通りです。あっ、先輩。あの家ですか?」
見えてきた家を小室は指さした。私はそうであると首を縦に振ったが同時に、あることに気付いた。
誰かが門柱に立っている。
男である。肩から黒いショルダーバックを下げており、停車しようとする私と小室をじっと見つめていた。
まるで自分たちの来訪を待ちわびていたかのようである。
「先輩の知り合いですか?」
小室が訊ねるも私はそれを否定して停車した。降車した私は男を見たが、やはり男に見覚えはなかった。顔は見たところ四十代程度だろうか。信楽焼の狸みたいに腹が出ているのが印象的である。
「ここで何をしているのですか?」
私は男に問いかけたが、男はその問いこそ待っていたかにようにニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべると、
「ここで確かに人が死んでいるぞ」
と嬉し気に答えた。私は男の雰囲気に気味悪さを覚えるも、本当なのか確認のため中に入ることにした。
だがこの時、私は男を連れて家に入ることをすっかり忘れていた。それは一緒にいた小室も同じである。
玄関の扉に私は手をかけた。ぎいっと鈍い音を立てながら扉が開けた。
一歩足を踏み入れた途端、鼻腔に突き刺すような汚臭を感じ取った。糞尿とも吐瀉物《としゃぶつ》とも違い、今までに嗅いだこともないようなものである。昼に食べたものが一気に出そうであったが、どうにかこらえた。
後ろにいる小室を見ると、彼も同じ気持ちであるらしく必死になって口と鼻を手で押さえていた。
「何のにおいですか?」
小室が我慢できずに訊ねてきた。
「分からない。ゴミはしっかりと出しているから、家にたまっていることはないはずだ」
「それじゃあ、このにおいは……」
次の瞬間、私と小室は、はっとした。誰かが床に倒れていた。体格から女ではなく男だった。
「おい、あんた……」
と私は声をかけたが、それも必要はなくなった。
男の背中に包丁が突き刺さっており、赤黒い血が床一面に流れていたからである。
全く動いていない時点で私は男がもう生きていないと確信した。
悲鳴をあげている暇なんてなく、私と小室は外に飛び出した。途端に胃から昼に食べたものが全て逆流していった。
私はまだこの時点で気付いていなかった。借家の門柱の前にいたはずの男が、すでに影も形もなくなっていることに。
問題の家は車を走らせれば一時間ほどである。郊外に建ててある昔ながらの日本家屋であり、地元の資産家が家賃を安くして売っていたのを、すぐに飛びついたのである。
「それにしても奇妙な電話ですね。誰がかけてきたのでしょうか?」
車の助手席に座っている小室が私に問いかけた。小室は私が勤務している会社の後輩である。痩せて眼鏡をかけており少し頭髪が薄くなった姿は、昔の漫画に登場するサラリーマンみたいな風貌をしている。
車はしばらく直進していくが誰かが飛び出す危険性を考えて、なるべく低速で進んでいた。
「悪戯であることを祈るよ。もっとも悪戯であったとしても、かなり性質が悪いと思うけどな」
「おっしゃる通りです。あっ、先輩。あの家ですか?」
見えてきた家を小室は指さした。私はそうであると首を縦に振ったが同時に、あることに気付いた。
誰かが門柱に立っている。
男である。肩から黒いショルダーバックを下げており、停車しようとする私と小室をじっと見つめていた。
まるで自分たちの来訪を待ちわびていたかのようである。
「先輩の知り合いですか?」
小室が訊ねるも私はそれを否定して停車した。降車した私は男を見たが、やはり男に見覚えはなかった。顔は見たところ四十代程度だろうか。信楽焼の狸みたいに腹が出ているのが印象的である。
「ここで何をしているのですか?」
私は男に問いかけたが、男はその問いこそ待っていたかにようにニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべると、
「ここで確かに人が死んでいるぞ」
と嬉し気に答えた。私は男の雰囲気に気味悪さを覚えるも、本当なのか確認のため中に入ることにした。
だがこの時、私は男を連れて家に入ることをすっかり忘れていた。それは一緒にいた小室も同じである。
玄関の扉に私は手をかけた。ぎいっと鈍い音を立てながら扉が開けた。
一歩足を踏み入れた途端、鼻腔に突き刺すような汚臭を感じ取った。糞尿とも吐瀉物《としゃぶつ》とも違い、今までに嗅いだこともないようなものである。昼に食べたものが一気に出そうであったが、どうにかこらえた。
後ろにいる小室を見ると、彼も同じ気持ちであるらしく必死になって口と鼻を手で押さえていた。
「何のにおいですか?」
小室が我慢できずに訊ねてきた。
「分からない。ゴミはしっかりと出しているから、家にたまっていることはないはずだ」
「それじゃあ、このにおいは……」
次の瞬間、私と小室は、はっとした。誰かが床に倒れていた。体格から女ではなく男だった。
「おい、あんた……」
と私は声をかけたが、それも必要はなくなった。
男の背中に包丁が突き刺さっており、赤黒い血が床一面に流れていたからである。
全く動いていない時点で私は男がもう生きていないと確信した。
悲鳴をあげている暇なんてなく、私と小室は外に飛び出した。途端に胃から昼に食べたものが全て逆流していった。
私はまだこの時点で気付いていなかった。借家の門柱の前にいたはずの男が、すでに影も形もなくなっていることに。
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