しあわせのあしどり

伊澄(ism)

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目が覚めると高橋理人がいた。

「授業は?」

おれ、授業ほっぽらかして寝ちゃったんだ。クビかな。非常勤なんて弱い立場なのに、やらかした。

「心配しないで、課題は集めといたし。」

青ざめるおれを見て高橋理人が慌てたように言った。

「そう……。」

どっちにしろ、情けねぇ……。

「ねぇ、先生ってさ……、その……。」

口ごもる高橋理人。
なんだよ、もうさっきのやり取りで気づいたんだろ、おれがSubだってこと。

「言いたくなかったら良いんだけど、さ。あのとき俺の言うこと聞いたってことはさ、つまり、その……。」

あぁ、そうですよ、おれは人の言うこと聞いて支配されて喜ぶ犬っころみたいなクソSubだ。
吐きそう。

「そうだよ。おれはSub。」

極めて何事でもないかのように言う。

「それで、高橋理人はDomなわけだ。」

そう、らしいんだ……。と小さい声で返事をする高橋理人。
第二の性の検査は高校入学時にあり、自覚の無いものも多数いる。
大多数はNormalだが、キミはSub、キミはDom、なんて急に言われても飲み込めない生徒がほとんどだろう。
おれもそうだった。
家で受けている所謂虐待を受け入れているのが、Subとしての本能だったのかと思うと吐き気がしたし、実際検査結果の問診のの後何度も吐いた。
おれの家は特殊で、おれは祖父母に育てられた。
育てられたと言っても殴る蹴る性のはけ口にする事は日常茶飯事、食べ残しの飯が褒美という環境だった。
外面だけはいい祖父母は、幼くして両親を亡くしたおれを育てている良いおじいちゃんおばあちゃん、と周りには認識されていたが、実際は生傷の絶えない日常だった。
大学生になって、一人暮らしをするまでずっと。
高校生にもなれば抵抗する力もあるだろう、と思われるかもしれない。
でもそんなもの、なかった。
体に染み付いた習性のように、降り注ぐ拳を、無理やり開かれるからだを、受け入れていた。

思い出したくもない、脳裏から離れない原風景。

「さっきは、さっきは、ごめんなさい!」

物思いに耽っていると、傍らの高橋理人が急に謝ってきた。

「は?何が?」

「パートナーでもないのに、そんなつもりじゃなかったとはいえ、命令するようなことして……。」

あぁ、その事。

「別に、気にしてないよ。」

「ほんとう?」

「ほんとう。」

なら、よかった。と独り言る、高橋理人。
高校生だな……。若いな。とちょっとだけ微笑ましく思った。

「こんなこと初めてだった。先生は大人だからplay?とか、そういうのしたことあるんだろうけどさ、俺、まだそういうの分からなくて、取り敢えず薬飲んでる。だから、誰かに命令したり、それを受け入れられたりするの、初めてで。……勿論命令するつもりで言った言葉じゃないよ!でも、結果的に先生は、俺の言う通りに動いてくれて……、それが、なんだか、すごい気持ちよくて……、これがDomなのか、って思ったらちょっとこわくなった。」

「最初はそんなもんだよ、おれだって……。」

高橋理人に命令されて気持ちよかった、なんて、口が裂けても言えない。
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