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第三章 トレヴダール
第十三話 幻惑の罠
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暗く木々の立ち枯れた森の中を、エランは進んだ。
遠くに松明に照らされた、兵士達が多くいる道が見える。
そこを慌ただしく、早馬が通り過ぎて行く。
何か、あったのか?
気になりながらも道を目印に、アルマレーク人達が連れて行かれた、竜達のいる場所へ足を進める。
踏み抜いた枯れ枝が折れる音がしても、この場所なら兵士達に気づかれる事はない。
森の木々は皆枯れている。
屍食鬼がエステラーン王国の上空を埋め尽くして、十五年が経つのだから当然の事なのだ。
それでも込み入った枯れ枝は、エランを傷つけ服を裂いた。
あっ、ローランドに怒られる。
立ち止まって服の避けた個所を確認した。
自分についた掠り傷より、服が避けた事の方が気になる。
服にうるさいエランの随行者、ローランドの怒った顔が思い浮かぶ。
後でこっそり縫ってしまおう。
そんな時間があるか、分からないけど。
暗闇の中で苦笑いした。
暗がりを歩くのは危険なので、もう少し道に近づこうと思った矢先、自分の近くに人の気配があった。
次の瞬間、彼は口を塞がれ、強い腕力を持つ人物に羽交い絞めにされた。
こんな時のために習った防衛魔法を、エランは実践する。
身体から微かな光が浮き出る。
羽交い絞めにして彼の口を押えていた大人の男が、魔法で弾き飛ばされた。
[なんだ? この男、おかしな術を使うぞ、気をつけろ!]
警告はアルマレーク語で発せられた。
とっさにエランは、魔法の光を解く。
[僕は……、敵じゃない]
エランは片言のアルマレーク語で答えた。
《王族》のオリアンナのように、家庭教師に習った訳ではない。
レント領主ハルビィンは、オリアンナを極力エランから引き離そうとしたために、彼は他の子供達と共に学んだ。
家庭教師が少ないせいもある。
だからアルマレーク語は独学で、彼女ほど堪能ではない。
「敵でない? では、何者だ!」
流暢なエステラーン語で問いかける、男の声がする。
暗闇の中、お互いの姿が見えない状況で、敵対する勢力が話し合うのは難しい。
エランは迷った。
正直に身分を証して人質にされてしまったら、国王軍に迷惑がかかる。
「テオフィルスの友達だ」
彼は嘘をついた。
本当は殺してやりたいほど、憎しみを抱いている。
「……若君の友達? 嘘を吐くな、あの方は簡単に他人に心を許す方ではない!」
「正確にはオーリンを通しての友達だ。二人を助けたい」
「……」
この沈黙は、明らかに疑っている。
エランの額に汗が浮かんだ。
いきなり剣で切付けられても、不思議でない状況。
「若君はどこにいる?」
「言うには、条件がある」
「ふっ、条件? 友達を助けるのに、条件を付けるのか?」
「僕も国王軍に黙って来ている、命がけだ。聞きたい事がある」
「残念だが、条件が言えるのは、互いの状況が対等な時にのみ成立するものだ。お前はたった一人で、竜騎士の精鋭達に囲まれているのだぞ!」
「あ……」
彼のすぐ近くで、血と金属の臭いがした。
顔面近くに血の付いた剣先がある。
殺される恐怖と戦いながら、エランは再度防護のための魔力を放ち、薄ら身体を光らせる。
四人の竜騎士が、自分を取り囲んでいる。
「このまま僕が光を強めれば、お前達の居場所が、国王軍に知れ渡るな」
「その前に切り捨てる。若君はどこにいる? 言え!」
「案内が欲しければ、僕の条件を呑め!」
「……偉そうに、お前は何者だ?」
男が先程と同じ質問をする。
「僕はエステラーン王国の魔法使いだよ。お前達の竜と、同じに魔法を使う!」
「……」
アルマレーク人達に動揺が走るのを、エランは感じた。
人が魔力を持つ事に、アルマレーク人は馴染みがない。
領主家の竜の指輪所有者も、指輪を嵌めていなければ、竜の魔法は使えない。
彼等はエランを、脅威に感じた。
「条件は何だ? 何が聞きたい、魔法使い?」
まだまだ、見習いなんだけどね。
エランは不敵に微笑んだ。
先程から緊急事態を知らせるラッパが、南の方角から吹き鳴らされ、セルジン王の天幕へ、急を知らせる伝令が飛び込んでくる。
「竜が炎を放ち、南側の森が燃えています!」
王と側近達が、顔を見合わせ頷いた。
「予想通りですね。兵達に犠牲者が出ないと良いのですが」
白髪の宰相エネス・ライアスが、王に向けて冷たく言い放つ。
彼はセルジン王の意見に反対だった。
「竜騎士達の連行を急がせろ。〈七竜の王〉が我が手にある限り、竜騎士達は攻撃出来ない」
王は後ろを振り返った。
彼の天幕内の簡易ベッドに〈七竜の王〉テオフィルスが、死んだように横たわっている。
セルジン王の魔力により、彼の意識は戻らない。
そして目に見えない魔法の結界が、彼の周りに張り巡らされ、牢獄に監禁されている状態だ。
魔法の牢獄を破れるのは《王族》のみ、即ちオリアンナ姫のみという事になる。
「竜を追い払うだけなら、もう少し別の手段を講じた方が賢明に思えますが」
「どんな手段があるというのだ、エネス? 相手は言葉が通じぬ、危険な生き物だぞ」
「……私には〈七竜の王〉を懐柔した方が、良策に思えます」
「彼はオーリンがオリアンナ姫である事に気づいたのだぞ。懐柔するという事は、王太子がアルマレークに奪われるという事だ。そうではないのか?」
セルジン王に反対意見を言えるのは、宰相エネスだけだ。
彼のみが王と対等に渡り合える。
「……このままでは、いずれアルマレークと戦争になります。我が国に勝ち目はありません」
「竜が正気を失い、我が国を滅ぼすのと、どちらがいい? オリアンナが白亜の塔に辿り着く前にそれが起きれば、暗黒はこの世に広がってしまうのだぞ!」
「姫君に付きまとう竜を、説得出来るのは彼だけです。オリアンナ姫が王の婚約者である事を、彼に告げ諦めさせ、竜と共に国へ帰すのが、一番の良策に思えます!」
「諦めると思うのか? 彼の目的はレクーマオピオンの竜の指輪と、その継承者にある。それがなければ、アルマレークが危機に陥る」
「では、共倒れという事です。両国共協調しあう事無く、共に滅びる! 今のままでは、そうなります」
「……」
王と宰相は、睨み合った。
今までも何度も意見の対立はあったが、宰相エネスがここまで強固に、王に反対したのは初めてだ。
「〈七竜の王〉を、殺すべきではありません!」
「……控えろ、エネス」
「〈ありえざる者〉の罠に落ちかけているのが判りませんか、国王陛下?」
王は心の中に引っかかっている事をエネスに言い当てられ、まるで逃げるようにその場を離れた。
側近達は黙って、彼の後姿を見送る。
王が天幕の入り口を抜けて外へ出た後を、近衛騎士隊長のトキ・メリマンが付き従う。
見上げる暗闇の空の一角が、朱に染まっていた。
竜の放った炎が、まるで戦いの始まりに出た、最初の犠牲者の血飛沫のように見えた。
「始まったな」
「国王軍は竜に打ち勝ちます」
トキの自信に満ちた言葉に、王は振り返った。
「トキ、オーリンをどう思う?」
「姫君ですか? ……正直に申します。オリアンナ姫は出会った時から、アルマレーク人だと思っております」
その言葉に、セルジン王は驚く。
「トキ……」
「申し訳ございません。確かに《王族》としての魔力は陛下と変わりなく、素晴らしいものをお持ちです。王太子としても、意志の強さがあり周りを惹きつける」
「……」
「ですが時々、どうしても感じるのです、異国の血を。なぜ、このような状況下にお生まれになられたのかを、いつも思い巡らせておりました」
王は深い溜息を吐いた。
「そなたも、エネスと同意見か?」
「はい。オリアンナ姫は、両国をつなぐ架け橋になられるお方と、心得ております」
「あの男に、やれと言いたいのだな!」
王の怒りを湛えた瞳に、トキは緊張し即座に否定した。
「そこまでは申しません。姫君はエステラーン王国の王太子です。国が消滅の危機にある今、他国との協調が必要と思えるだけです」
「……」
「……陛下はどうお考えですか? オリアンナ姫の事を」
王は額に手を置き、苦しみを露わにした。
「我妻になる存在だ。だが、時々オーリン……、〈ありえざる者〉の意志が垣間見える。まるで幻惑の乙女に捕えられているように感じる」
「……今なら、その呪縛から逃れられるのではありませんか?」
「ふんっ、もう遅い。私は指示を撤回する気はない!」
そう言って、用意させてあった馬に乗った。
トキは無表情でいながら、軽い失望感を覚えた。
「陛下、どちらへ?」
「火消しだ、私にしか出来ぬ。ここはアレインとモラスの騎士に任せ、そなた達は私の後を追って来い」
「お待ち下さい、お一人では危険です! 陛下!」
セルジン王はトキの制止も聞かず、馬を勢いよく走らせた。
トキは大声で周りに指示を出す。
「近衛騎士、全員陛下の後を追え! 何があっても、陛下を守護しろ」
近衛騎士達が慌ただしく騎乗の準備を始める中、トキは王の意図に心を痛めた。
〈七竜の王〉の殺害をアレインに任せた王は、思惑に反する者をテオフィルスから遠ざける気ではないのか。
彼を守らせないために……。
全員の騎乗が終わり自分も騎乗しようとしたその時、視界の隅で何かが映った。
松明の薄明りの中、暗闇をわざと選んで移動しているその者達は、手足の長いシルエットをしていた。
アルマレーク人?
今すぐ王の後を追わなければならないが、アルマレーク人だった場合、囚人が逃げた事になる。
戦士としての意識が、警報を発していた。
近くの兵士に指示を出そうとしたその時、彼の視界に見慣れた青年が映った。
辺りを警戒し走る姿は、大人より細身で繊細だ。
……エラン?
トキは近衛騎士達に先に王を追うよう指示を出し、馬を従者に預け、何気ない素振りで天幕の影に隠れた。
近衛騎士達が土埃をたてて派手に移動する中、トキは一人暗闇に紛れて侵入者達の後を追う。
薄明りの中に垣間見えた人物の顔に、松明の炎の灯りが揺らいで見えた。
それは、エラン・クリスベインの顔を照らし出していたのだ。
遠くに松明に照らされた、兵士達が多くいる道が見える。
そこを慌ただしく、早馬が通り過ぎて行く。
何か、あったのか?
気になりながらも道を目印に、アルマレーク人達が連れて行かれた、竜達のいる場所へ足を進める。
踏み抜いた枯れ枝が折れる音がしても、この場所なら兵士達に気づかれる事はない。
森の木々は皆枯れている。
屍食鬼がエステラーン王国の上空を埋め尽くして、十五年が経つのだから当然の事なのだ。
それでも込み入った枯れ枝は、エランを傷つけ服を裂いた。
あっ、ローランドに怒られる。
立ち止まって服の避けた個所を確認した。
自分についた掠り傷より、服が避けた事の方が気になる。
服にうるさいエランの随行者、ローランドの怒った顔が思い浮かぶ。
後でこっそり縫ってしまおう。
そんな時間があるか、分からないけど。
暗闇の中で苦笑いした。
暗がりを歩くのは危険なので、もう少し道に近づこうと思った矢先、自分の近くに人の気配があった。
次の瞬間、彼は口を塞がれ、強い腕力を持つ人物に羽交い絞めにされた。
こんな時のために習った防衛魔法を、エランは実践する。
身体から微かな光が浮き出る。
羽交い絞めにして彼の口を押えていた大人の男が、魔法で弾き飛ばされた。
[なんだ? この男、おかしな術を使うぞ、気をつけろ!]
警告はアルマレーク語で発せられた。
とっさにエランは、魔法の光を解く。
[僕は……、敵じゃない]
エランは片言のアルマレーク語で答えた。
《王族》のオリアンナのように、家庭教師に習った訳ではない。
レント領主ハルビィンは、オリアンナを極力エランから引き離そうとしたために、彼は他の子供達と共に学んだ。
家庭教師が少ないせいもある。
だからアルマレーク語は独学で、彼女ほど堪能ではない。
「敵でない? では、何者だ!」
流暢なエステラーン語で問いかける、男の声がする。
暗闇の中、お互いの姿が見えない状況で、敵対する勢力が話し合うのは難しい。
エランは迷った。
正直に身分を証して人質にされてしまったら、国王軍に迷惑がかかる。
「テオフィルスの友達だ」
彼は嘘をついた。
本当は殺してやりたいほど、憎しみを抱いている。
「……若君の友達? 嘘を吐くな、あの方は簡単に他人に心を許す方ではない!」
「正確にはオーリンを通しての友達だ。二人を助けたい」
「……」
この沈黙は、明らかに疑っている。
エランの額に汗が浮かんだ。
いきなり剣で切付けられても、不思議でない状況。
「若君はどこにいる?」
「言うには、条件がある」
「ふっ、条件? 友達を助けるのに、条件を付けるのか?」
「僕も国王軍に黙って来ている、命がけだ。聞きたい事がある」
「残念だが、条件が言えるのは、互いの状況が対等な時にのみ成立するものだ。お前はたった一人で、竜騎士の精鋭達に囲まれているのだぞ!」
「あ……」
彼のすぐ近くで、血と金属の臭いがした。
顔面近くに血の付いた剣先がある。
殺される恐怖と戦いながら、エランは再度防護のための魔力を放ち、薄ら身体を光らせる。
四人の竜騎士が、自分を取り囲んでいる。
「このまま僕が光を強めれば、お前達の居場所が、国王軍に知れ渡るな」
「その前に切り捨てる。若君はどこにいる? 言え!」
「案内が欲しければ、僕の条件を呑め!」
「……偉そうに、お前は何者だ?」
男が先程と同じ質問をする。
「僕はエステラーン王国の魔法使いだよ。お前達の竜と、同じに魔法を使う!」
「……」
アルマレーク人達に動揺が走るのを、エランは感じた。
人が魔力を持つ事に、アルマレーク人は馴染みがない。
領主家の竜の指輪所有者も、指輪を嵌めていなければ、竜の魔法は使えない。
彼等はエランを、脅威に感じた。
「条件は何だ? 何が聞きたい、魔法使い?」
まだまだ、見習いなんだけどね。
エランは不敵に微笑んだ。
先程から緊急事態を知らせるラッパが、南の方角から吹き鳴らされ、セルジン王の天幕へ、急を知らせる伝令が飛び込んでくる。
「竜が炎を放ち、南側の森が燃えています!」
王と側近達が、顔を見合わせ頷いた。
「予想通りですね。兵達に犠牲者が出ないと良いのですが」
白髪の宰相エネス・ライアスが、王に向けて冷たく言い放つ。
彼はセルジン王の意見に反対だった。
「竜騎士達の連行を急がせろ。〈七竜の王〉が我が手にある限り、竜騎士達は攻撃出来ない」
王は後ろを振り返った。
彼の天幕内の簡易ベッドに〈七竜の王〉テオフィルスが、死んだように横たわっている。
セルジン王の魔力により、彼の意識は戻らない。
そして目に見えない魔法の結界が、彼の周りに張り巡らされ、牢獄に監禁されている状態だ。
魔法の牢獄を破れるのは《王族》のみ、即ちオリアンナ姫のみという事になる。
「竜を追い払うだけなら、もう少し別の手段を講じた方が賢明に思えますが」
「どんな手段があるというのだ、エネス? 相手は言葉が通じぬ、危険な生き物だぞ」
「……私には〈七竜の王〉を懐柔した方が、良策に思えます」
「彼はオーリンがオリアンナ姫である事に気づいたのだぞ。懐柔するという事は、王太子がアルマレークに奪われるという事だ。そうではないのか?」
セルジン王に反対意見を言えるのは、宰相エネスだけだ。
彼のみが王と対等に渡り合える。
「……このままでは、いずれアルマレークと戦争になります。我が国に勝ち目はありません」
「竜が正気を失い、我が国を滅ぼすのと、どちらがいい? オリアンナが白亜の塔に辿り着く前にそれが起きれば、暗黒はこの世に広がってしまうのだぞ!」
「姫君に付きまとう竜を、説得出来るのは彼だけです。オリアンナ姫が王の婚約者である事を、彼に告げ諦めさせ、竜と共に国へ帰すのが、一番の良策に思えます!」
「諦めると思うのか? 彼の目的はレクーマオピオンの竜の指輪と、その継承者にある。それがなければ、アルマレークが危機に陥る」
「では、共倒れという事です。両国共協調しあう事無く、共に滅びる! 今のままでは、そうなります」
「……」
王と宰相は、睨み合った。
今までも何度も意見の対立はあったが、宰相エネスがここまで強固に、王に反対したのは初めてだ。
「〈七竜の王〉を、殺すべきではありません!」
「……控えろ、エネス」
「〈ありえざる者〉の罠に落ちかけているのが判りませんか、国王陛下?」
王は心の中に引っかかっている事をエネスに言い当てられ、まるで逃げるようにその場を離れた。
側近達は黙って、彼の後姿を見送る。
王が天幕の入り口を抜けて外へ出た後を、近衛騎士隊長のトキ・メリマンが付き従う。
見上げる暗闇の空の一角が、朱に染まっていた。
竜の放った炎が、まるで戦いの始まりに出た、最初の犠牲者の血飛沫のように見えた。
「始まったな」
「国王軍は竜に打ち勝ちます」
トキの自信に満ちた言葉に、王は振り返った。
「トキ、オーリンをどう思う?」
「姫君ですか? ……正直に申します。オリアンナ姫は出会った時から、アルマレーク人だと思っております」
その言葉に、セルジン王は驚く。
「トキ……」
「申し訳ございません。確かに《王族》としての魔力は陛下と変わりなく、素晴らしいものをお持ちです。王太子としても、意志の強さがあり周りを惹きつける」
「……」
「ですが時々、どうしても感じるのです、異国の血を。なぜ、このような状況下にお生まれになられたのかを、いつも思い巡らせておりました」
王は深い溜息を吐いた。
「そなたも、エネスと同意見か?」
「はい。オリアンナ姫は、両国をつなぐ架け橋になられるお方と、心得ております」
「あの男に、やれと言いたいのだな!」
王の怒りを湛えた瞳に、トキは緊張し即座に否定した。
「そこまでは申しません。姫君はエステラーン王国の王太子です。国が消滅の危機にある今、他国との協調が必要と思えるだけです」
「……」
「……陛下はどうお考えですか? オリアンナ姫の事を」
王は額に手を置き、苦しみを露わにした。
「我妻になる存在だ。だが、時々オーリン……、〈ありえざる者〉の意志が垣間見える。まるで幻惑の乙女に捕えられているように感じる」
「……今なら、その呪縛から逃れられるのではありませんか?」
「ふんっ、もう遅い。私は指示を撤回する気はない!」
そう言って、用意させてあった馬に乗った。
トキは無表情でいながら、軽い失望感を覚えた。
「陛下、どちらへ?」
「火消しだ、私にしか出来ぬ。ここはアレインとモラスの騎士に任せ、そなた達は私の後を追って来い」
「お待ち下さい、お一人では危険です! 陛下!」
セルジン王はトキの制止も聞かず、馬を勢いよく走らせた。
トキは大声で周りに指示を出す。
「近衛騎士、全員陛下の後を追え! 何があっても、陛下を守護しろ」
近衛騎士達が慌ただしく騎乗の準備を始める中、トキは王の意図に心を痛めた。
〈七竜の王〉の殺害をアレインに任せた王は、思惑に反する者をテオフィルスから遠ざける気ではないのか。
彼を守らせないために……。
全員の騎乗が終わり自分も騎乗しようとしたその時、視界の隅で何かが映った。
松明の薄明りの中、暗闇をわざと選んで移動しているその者達は、手足の長いシルエットをしていた。
アルマレーク人?
今すぐ王の後を追わなければならないが、アルマレーク人だった場合、囚人が逃げた事になる。
戦士としての意識が、警報を発していた。
近くの兵士に指示を出そうとしたその時、彼の視界に見慣れた青年が映った。
辺りを警戒し走る姿は、大人より細身で繊細だ。
……エラン?
トキは近衛騎士達に先に王を追うよう指示を出し、馬を従者に預け、何気ない素振りで天幕の影に隠れた。
近衛騎士達が土埃をたてて派手に移動する中、トキは一人暗闇に紛れて侵入者達の後を追う。
薄明りの中に垣間見えた人物の顔に、松明の炎の灯りが揺らいで見えた。
それは、エラン・クリスベインの顔を照らし出していたのだ。
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