王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】

本丸 ゆう

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第一章 レント城塞

第五十二話 空中戦と地上戦

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 イリを含め合計七騎の竜は、それぞれの方向へ飛び、勢いよく敵に炎を放つ。
 乗り手に熱を浴びせないよう、旋回する直前に横向きに炎を吐き、すぐにその場を飛び退く。

「凄いよ、イリ!」 

 よく訓練された竜イリに、僕は嬉しさを感じる。
 燃えながら墜落していく屍食鬼達。
 だが敵の数は多く、切りが無い。
 敵は一斉に反撃を開始する。
 竜はすぐに側を離れ、別の角度から炎を吐く。
 しばらくそれを繰り返していると、屍食鬼の隊列が乱れ、切れ切れに各所で固まった状態になった。

 それを見届けテオフィルスは、イリを屍食鬼の大群に向けて飛ばす。
 僕の右手を掴み持ち上げ、彼が宝剣を抜くように要求する。
 目の前に近づく無数の屍食鬼が、竜を覆い呑み込むように迫ってくる。
 それぞれの個体から黒い渦が噴き出し、僕は恐怖に身を縮める。

 怖い……。

 身体にぶつかってくる様子に臆した事を知り、テオフィルスはイリを反転させた。
 無理もない、あんな数の屍食鬼を目の前にすれば、大人でも恐怖に震える。
 まして、初めて竜に乗ったばかり、まともに乗れている事さえ、奇跡に近い。

 せっかく散った魔物の隊列が、好機を逃した事で元に戻ろうとしている。
 イリが魔物から遠ざかる。
 宝剣を抜かなかった僕が、テオフィルスの目論見を失敗させた事に気付き、顔を引き攣らせながら彼を見る。
 意外な事に、彼は笑っていた。
 風と耳栓のせいで聞こえないが、何かを言っている。
 笑うと物凄く好青年に見え、国王然とした彼より好感が持てる。

 ……気にするなって事かな?

 彼の笑顔に見とれながら、臆していた自分に言い聞かせる。
 きっと「落ち着け、ヘタレ小竜!」って言われたぞ。
 しっかりするんだ。ヘタレなんて呼ばせないぐらいにしっかり。
 屍食鬼の大群に対しての、恐怖心は大きい。
 でもレント領を守りたい気持ちは、それ以上に強かった。
 宝剣の柄に手を掛け、屍食鬼の押し寄せてくる方向を見た。



 あの大群の遥か先の王城に、陛下がいる。
 たった一人で全てと戦いながら、僕が来るのを待っている!



 そう思った途端、宝剣が薄ら輝き始めた。
 テオフィルスはその動きを察知し、邪魔にならないように右手を棘状鱗から離す。
 僕は《ソムレキアの宝剣》を抜いた。


 突然現れた強烈な光に、屍食鬼は悲鳴を上げた。
 黒い渦に包まれた身体を、鋭い光の矢が射抜くように貫く!

 
 屍食鬼は灰塵のように、光の中で影も残らず消失する。
 イリの周りにいた屍食鬼はことごとく消え去り、離れていた者は醜い悲鳴を上げながら四散した。

 僕はあまりの眩しさに目を開ける事が出来ず、右手で宝剣を掲げたまま何を起こしているのか判らなかった。
 瞬時に兜の面頬を遮光用の細い隙間のあるものに切り替え、テオフィルスは辛うじてイリに指示を出す事が出来た。
 イリは魔物の渦に向けて突進する。
 自分の背に強烈な光が出現しても、竜は動じる事が無い。
 後退していく魔物を追って、ブライデイン方向に突っ込んでいく。

 テオフィルスは感動で鼓動が高まるのを感じた。
 今まで屍食鬼と遭遇し戦い死んでいった多くの竜騎士達と、殺されたレクーマオピオンの高官達に見せてやりたいと思った。
 笑いながら、誰に聞かせるとなく呟く。

「最高の武器だ! まったく、お前は凄いよ、オリアンナ・ルーネ・フィンゼル」 




 レント領の城塞都市は城を中心に、背の高い城壁が三重に囲み人々を守る。
 第一城門内は領主と高官達の住む政治の中心、第二城門内は城下街、第三城門内は農耕、酪農などの生産拠点だ。
 それらを守るのは、分厚い七十基の城門塔と、鐘楼、城の尖塔含め、計九十八基の丈高い塔。
 百年前、アルマレーク共和国の竜騎士を迎え撃つための設計だが、現在それらは屍食鬼を迎え撃つため、大いに役立っている。

 多くの松明たいまつが掲げられる第一城壁内は、避難してきた人々でごった返していた。
 それをかき分けながら、王の近衛騎士隊は馬を進める。
 第一城門を出た辺りから、エランは異様な光景を目にした。

 あれは、半変化? 

 薄明りの第二城壁内に自警団や武器を取れる者、また消防団、桶で水を運ぶ人々等が走り抜ける中、時々黒い翼を生やした者達がいるのだ。
 彼等は空を飛ばず、人々に襲いかかりもしない。
 最初は見間違いかと思ったが、トキの一言がそれを現実として認識させた。

半変化はんへんげだ! 今のうちに、翼を切り取れ。飛んで凶悪化する前に、殲滅せよ!」

 やはり、そうだ。
 どれだけの人が、やられたんだ?

 騎乗した騎士達は一斉に剣を抜き各々が目標を定め、屍食鬼に変身する者達を切り付け始める。
 エランも剣を抜き参戦しようとした時、一人が彼に向って突進してくる。
 醜く歪んではいるが、その顔には見覚えがあった。

「ザーリ……?」

 ハラルドと一緒に悪さを繰り返していた、同じ学校で学んだ嫌いな男の一人だ。
 なぜ半変化になって目の前にいるのか、エランは混乱した。
 ザーリは憎しみをむき出しにして、彼の足に掴みかかり襲って来た。

「離せ!」

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