51 / 136
第一章 レント城塞
第五十話 王太子の正体
しおりを挟む
心の変化を感じ取ってか、竜は増々可愛い表情を見せ始める。
今や竜の瞳孔は真ん丸になり、笑っているように見える。
僕は新しい友達と出会ったように嬉しくなった。
そして思わず竜の口先に手を伸ばす。
「止せっ、焼かれる!」
テオフィルスは驚き、慌てて手を下ろそうとしたが竜の方が早かった。
口と両方の鼻の穴を閉じ、籠手に鼻面をそっと付ける。
火傷をする程の温度ではなかったが、籠手越しの右手に優しい熱をもたらした。
竜が甘えてきたのだ。
竜の鼻面を撫でながら、僕は満面の笑みで答えた。
「お前、可愛い」
テオフィルスは信じられないものを見るように、王太子を見つめた。
竜が初対面の人間に甘えているのだ、レクーマオピオンの人間でもない異国人に。
そして竜の指輪の件も含め、導き出せる答えは一つしかない。
王太子は、レクーマオピオン領主家の血を引く人間だ!
テオフィルスは高鳴る鼓動を深呼吸して抑え、冷静さを取り戻し何気無い振りを装って質問する。
「その竜は、雄に見えるか? それとも雌に見えるか? オーリン、答えろ」
「そりゃ、雌に決まってるだろ、こんなに可愛いんだから」
僕は、何も考えずに答えた。
テオフィルスは微笑む。
七竜に支配された段階で、アルマレークの竜に性別はない。
単為生殖で卵が産まれる事はあっても、どれも性別無く生まれてくる。
そして竜騎士は初めて自分の竜に出会った時、誰もが自分の性別を投影させて竜を捉える。
故にオーリンは、女という事になる!
「ああ、まったく可愛いお姫様だ」
「えっ?」
僕の竜を撫でる手が、凍り付いたように動きを止めた。
お姫様と言わなかったか?
今の受け答えの意味が解らず、何かオリアンナである事に気付かれた気がして、恐怖を覚えつつ彼を見る。
目の端に満面の笑みで僕を見つめる彼が見えたが、瞬間にいつもの無表情に戻り、冷たく言い放つ。
「いい加減、竜の鼻を撫でるのは止めろ、息が出来ない。熱を放出しないと、死ぬぞ」
「あ……」
慌てて手を引っ込める。
竜は溜め込んだ熱を上空に吐き出し、木々の一部を燃やす。
周囲の者は驚き、マシーナと竜エーダが燃える木の枝をその強固な翼で折落とし、兵士達が火を消す。
「危うく火事になるところだ。竜に対応する時は気を付けろ、彼等は他の生き物とは違う。来い、ヘタレ小竜!」
ヘタレ小竜という呼びかけに、やはり気付かれたのだと確信し、僕は血の気が引いたように立ち尽くす。
彼は振り向き察したように、僕にだけ聞こえる小声で伝えてきた。
「安心しろ、お前の立場は守る。早く来い、屍食鬼が来るぞ」
僕は警戒しながら、竜の真横に立つ彼に並んだ。
何がいけなかったのかまったく解らないが、気付かれた事を誰にも悟られてはいけないと強く思う。
特にセルジン王にだけは、知られてはいけないのだ。
大好きな王に嘘を吐かなければならない苦しみを思うと、なんとしてもテオフィルスを切り離さねばならない。
協力するのは、今だけだ!
行軍参加なんて、絶対にさせちゃいけない!
テオフィルスは僕の思考などまったく気にする様子もなく、次々指示を出す。
僕は考える間もなく、その指示を頭に叩き込む。
「耳栓は鎧の肩甲に取り付けてある、それを使え。さあ、乗れ」
彼の指示通りの場所に足を置いて、何とか竜によじ登る。
思った以上に高く、馬の倍くらいありそうだ。
胴幅も太く、馬のように跨って、扶助が出来るのか疑問に思った。
竜の鱗は堅い、鎧に拍車は着いているけど、人間が足で蹴って感じ取れないと思える。
それに僕の体形が竜の騎乗にどう有利なのか知りたかった。
馬のキ甲に当たる部分――首と背のつなぎ目辺りと、翼の前面部分の間に、背鰭を跨ぐ形で鞍が二つ取り付けられている。
斜めに竜の首に幅広の飾り帯で繋ぎ止められた鞍は、背鰭を跨ぐ形なので馬の鞍より高く鐙が無い。
「乗れ」
先に後ろ側の鞍に跨りながら、彼が手を差し伸べる。
その手を無視して、前面の鞍に跨った。
「鐙が無い。振り落とされる」
「安心しろ」
[イリ、固定!]
指示の直後、竜の鱗の間から膜状の触手が伸び、鞍から下に伸びている二人の上肢から下全体を絡め取った。
「うわああぁぁぁ――――!」
あまりの感触と恐怖から、叫び声を上げる。
「ふふふ……、初めての時は皆ここで叫ぶんだ。大丈夫、イリはお前を気に入っている、振り落としはしないさ」
面白がるようにテオフィルスが言う。
顔を引き攣らせながら、僕は振り返る。
「イリ?」
「ああ、この竜の名だ。呼んでやれ、喜ぶ」
竜の後頭部の棘状鱗に向けて、僕は名を叫ぶ。
「イリ!」
竜イリは太く長い首を捩り、嬉しそうに振り返る。
可愛い!
心の底から、そう思える。
僕の竜に対する恐怖心は、綺麗に消えていった。
今や竜の瞳孔は真ん丸になり、笑っているように見える。
僕は新しい友達と出会ったように嬉しくなった。
そして思わず竜の口先に手を伸ばす。
「止せっ、焼かれる!」
テオフィルスは驚き、慌てて手を下ろそうとしたが竜の方が早かった。
口と両方の鼻の穴を閉じ、籠手に鼻面をそっと付ける。
火傷をする程の温度ではなかったが、籠手越しの右手に優しい熱をもたらした。
竜が甘えてきたのだ。
竜の鼻面を撫でながら、僕は満面の笑みで答えた。
「お前、可愛い」
テオフィルスは信じられないものを見るように、王太子を見つめた。
竜が初対面の人間に甘えているのだ、レクーマオピオンの人間でもない異国人に。
そして竜の指輪の件も含め、導き出せる答えは一つしかない。
王太子は、レクーマオピオン領主家の血を引く人間だ!
テオフィルスは高鳴る鼓動を深呼吸して抑え、冷静さを取り戻し何気無い振りを装って質問する。
「その竜は、雄に見えるか? それとも雌に見えるか? オーリン、答えろ」
「そりゃ、雌に決まってるだろ、こんなに可愛いんだから」
僕は、何も考えずに答えた。
テオフィルスは微笑む。
七竜に支配された段階で、アルマレークの竜に性別はない。
単為生殖で卵が産まれる事はあっても、どれも性別無く生まれてくる。
そして竜騎士は初めて自分の竜に出会った時、誰もが自分の性別を投影させて竜を捉える。
故にオーリンは、女という事になる!
「ああ、まったく可愛いお姫様だ」
「えっ?」
僕の竜を撫でる手が、凍り付いたように動きを止めた。
お姫様と言わなかったか?
今の受け答えの意味が解らず、何かオリアンナである事に気付かれた気がして、恐怖を覚えつつ彼を見る。
目の端に満面の笑みで僕を見つめる彼が見えたが、瞬間にいつもの無表情に戻り、冷たく言い放つ。
「いい加減、竜の鼻を撫でるのは止めろ、息が出来ない。熱を放出しないと、死ぬぞ」
「あ……」
慌てて手を引っ込める。
竜は溜め込んだ熱を上空に吐き出し、木々の一部を燃やす。
周囲の者は驚き、マシーナと竜エーダが燃える木の枝をその強固な翼で折落とし、兵士達が火を消す。
「危うく火事になるところだ。竜に対応する時は気を付けろ、彼等は他の生き物とは違う。来い、ヘタレ小竜!」
ヘタレ小竜という呼びかけに、やはり気付かれたのだと確信し、僕は血の気が引いたように立ち尽くす。
彼は振り向き察したように、僕にだけ聞こえる小声で伝えてきた。
「安心しろ、お前の立場は守る。早く来い、屍食鬼が来るぞ」
僕は警戒しながら、竜の真横に立つ彼に並んだ。
何がいけなかったのかまったく解らないが、気付かれた事を誰にも悟られてはいけないと強く思う。
特にセルジン王にだけは、知られてはいけないのだ。
大好きな王に嘘を吐かなければならない苦しみを思うと、なんとしてもテオフィルスを切り離さねばならない。
協力するのは、今だけだ!
行軍参加なんて、絶対にさせちゃいけない!
テオフィルスは僕の思考などまったく気にする様子もなく、次々指示を出す。
僕は考える間もなく、その指示を頭に叩き込む。
「耳栓は鎧の肩甲に取り付けてある、それを使え。さあ、乗れ」
彼の指示通りの場所に足を置いて、何とか竜によじ登る。
思った以上に高く、馬の倍くらいありそうだ。
胴幅も太く、馬のように跨って、扶助が出来るのか疑問に思った。
竜の鱗は堅い、鎧に拍車は着いているけど、人間が足で蹴って感じ取れないと思える。
それに僕の体形が竜の騎乗にどう有利なのか知りたかった。
馬のキ甲に当たる部分――首と背のつなぎ目辺りと、翼の前面部分の間に、背鰭を跨ぐ形で鞍が二つ取り付けられている。
斜めに竜の首に幅広の飾り帯で繋ぎ止められた鞍は、背鰭を跨ぐ形なので馬の鞍より高く鐙が無い。
「乗れ」
先に後ろ側の鞍に跨りながら、彼が手を差し伸べる。
その手を無視して、前面の鞍に跨った。
「鐙が無い。振り落とされる」
「安心しろ」
[イリ、固定!]
指示の直後、竜の鱗の間から膜状の触手が伸び、鞍から下に伸びている二人の上肢から下全体を絡め取った。
「うわああぁぁぁ――――!」
あまりの感触と恐怖から、叫び声を上げる。
「ふふふ……、初めての時は皆ここで叫ぶんだ。大丈夫、イリはお前を気に入っている、振り落としはしないさ」
面白がるようにテオフィルスが言う。
顔を引き攣らせながら、僕は振り返る。
「イリ?」
「ああ、この竜の名だ。呼んでやれ、喜ぶ」
竜の後頭部の棘状鱗に向けて、僕は名を叫ぶ。
「イリ!」
竜イリは太く長い首を捩り、嬉しそうに振り返る。
可愛い!
心の底から、そう思える。
僕の竜に対する恐怖心は、綺麗に消えていった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる