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第一章 レント城塞

第五十話 王太子の正体

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 心の変化を感じ取ってか、竜は増々可愛い表情を見せ始める。
 今や竜の瞳孔は真ん丸になり、笑っているように見える。
 僕は新しい友達と出会ったように嬉しくなった。
 そして思わず竜の口先に手を伸ばす。

「止せっ、焼かれる!」

 テオフィルスは驚き、慌てて手を下ろそうとしたが竜の方が早かった。
 口と両方の鼻の穴を閉じ、籠手に鼻面をそっと付ける。
 火傷をする程の温度ではなかったが、籠手越しの右手に優しい熱をもたらした。
 竜が甘えてきたのだ。
 竜の鼻面を撫でながら、僕は満面の笑みで答えた。

「お前、可愛い」

 テオフィルスは信じられないものを見るように、王太子を見つめた。
 竜が初対面の人間に甘えているのだ、レクーマオピオンの人間でもない異国人に。
 そして竜の指輪の件も含め、導き出せる答えは一つしかない。

 王太子は、レクーマオピオン領主家の血を引く人間だ!

 テオフィルスは高鳴る鼓動を深呼吸して抑え、冷静さを取り戻し何気無い振りを装って質問する。

「その竜は、雄に見えるか? それとも雌に見えるか? オーリン、答えろ」
「そりゃ、雌に決まってるだろ、こんなに可愛いんだから」

 僕は、何も考えずに答えた。

 テオフィルスは微笑む。
 七竜に支配された段階で、アルマレークの竜に性別はない。
 単為生殖で卵が産まれる事はあっても、どれも性別無く生まれてくる。
 そして竜騎士は初めて自分の竜に出会った時、誰もが自分・・の性別を投影させて竜を捉える。


 故にオーリンは、女という事になる!


「ああ、まったく可愛いお姫様だ」
「えっ?」

 僕の竜を撫でる手が、凍り付いたように動きを止めた。

 お姫様と言わなかったか?

 今の受け答えの意味が解らず、何かオリアンナである事に気付かれた気がして、恐怖を覚えつつ彼を見る。
 目の端に満面の笑みで僕を見つめる彼が見えたが、瞬間にいつもの無表情に戻り、冷たく言い放つ。

「いい加減、竜の鼻を撫でるのは止めろ、息が出来ない。熱を放出しないと、死ぬぞ」
「あ……」

 慌てて手を引っ込める。
 竜は溜め込んだ熱を上空に吐き出し、木々の一部を燃やす。
 周囲の者は驚き、マシーナと竜エーダが燃える木の枝をその強固な翼で折落とし、兵士達が火を消す。

「危うく火事になるところだ。竜に対応する時は気を付けろ、彼等は他の生き物とは違う。来い、ヘタレ小竜!」

 ヘタレ小竜という呼びかけに、やはり気付かれたのだと確信し、僕は血の気が引いたように立ち尽くす。
 彼は振り向き察したように、僕にだけ聞こえる小声で伝えてきた。

「安心しろ、お前の立場は守る。早く来い、屍食鬼が来るぞ」

 僕は警戒しながら、竜の真横に立つ彼に並んだ。
 何がいけなかったのかまったく解らないが、気付かれた事を誰にも悟られてはいけないと強く思う。
 特にセルジン王にだけは、知られてはいけないのだ。
 大好きな王に嘘を吐かなければならない苦しみを思うと、なんとしてもテオフィルスを切り離さねばならない。


 協力するのは、今だけだ!
 行軍参加なんて、絶対にさせちゃいけない!


 テオフィルスは僕の思考などまったく気にする様子もなく、次々指示を出す。
 僕は考える間もなく、その指示を頭に叩き込む。

「耳栓は鎧の肩甲に取り付けてある、それを使え。さあ、乗れ」

 彼の指示通りの場所に足を置いて、何とか竜によじ登る。
 思った以上に高く、馬の倍くらいありそうだ。
 胴幅も太く、馬のように跨って、扶助が出来るのか疑問に思った。
 竜の鱗は堅い、鎧に拍車は着いているけど、人間が足で蹴って感じ取れないと思える。
 それに僕の体形が竜の騎乗にどう有利なのか知りたかった。

 馬のキ甲に当たる部分――首と背のつなぎ目辺りと、翼の前面部分の間に、背鰭せびれを跨ぐ形でくらが二つ取り付けられている。
 斜めに竜の首に幅広の飾り帯で繋ぎ止められた鞍は、背鰭を跨ぐ形なので馬の鞍より高くあぶみが無い。

「乗れ」

 先に後ろ側の鞍に跨りながら、彼が手を差し伸べる。
 その手を無視して、前面の鞍にまたがった。

「鐙が無い。振り落とされる」
「安心しろ」
[イリ、固定!]

 指示の直後、竜の鱗の間から膜状の触手が伸び、鞍から下に伸びている二人の上肢から下全体を絡め取った。

「うわああぁぁぁ――――!」

 あまりの感触と恐怖から、叫び声を上げる。

「ふふふ……、初めての時は皆ここで叫ぶんだ。大丈夫、イリはお前を気に入っている、振り落としはしないさ」

 面白がるようにテオフィルスが言う。
 顔を引き攣らせながら、僕は振り返る。

「イリ?」
「ああ、この竜の名だ。呼んでやれ、喜ぶ」

 竜の後頭部の棘状鱗に向けて、僕は名を叫ぶ。

「イリ!」

 竜イリは太く長い首を捩り、嬉しそうに振り返る。
 可愛い!
 心の底から、そう思える。
 僕の竜に対する恐怖心は、綺麗に消えていった。

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