上 下
42 / 136
第一章 レント城塞

第四十一話 唯一の希望

しおりを挟む
 《ソムレキアの宝剣》の光が消え、テオフィルスの持つ月光石の柔らかい光が、辺りを照らし出す。
 館は惨劇の残滓ざんしから解放され、分厚い埃と張り巡らされた蜘蛛の巣に人が立ち入った形跡だけを残し、何事も無かったように静まり返っている。

「お前のおかげで命拾いした。屍食鬼を追い払う貴重な石だ、凄い物を持っているな。ありがとう、これは返すよ」

 マールの希少石を受け取り、割れてないか確認する。
 希少石とは知らずに投げてしまったが、月光石に似て簡単には割れない石のようだ。
 僕はホッとして、内懐に仕舞った。

「ここはお前にとって、つらい場所だったんだな。無理やり連れてきて、本当に悪かった」

 不意にテオフィルスに優しい声で話しかけられ、小さい声で呟いたつもりだったのに、しっかり聞かれていた事に驚く。
 謝った?
 意外な反応に戸惑いながら、僕は宝剣を鞘に納め、わざと強がるように彼を睨みつける。

「君には処刑命令が出ている、僕を誘拐した罪だ。捕まったら確実に殺されるぞ、早く逃げろ」

 それだけ言って、僕は出口に向かって走る。
 外には国王軍が待機しているはずだ。
 テオフィルスの危険性はよく判った、故国を救うためなら何でもするだろう。
 王太子を人質に、自分達の要求を通そうとするかもしれない。
 だが、扉に到達する前に、マシーナに阻まれた。

「残念ですが王太子様、まだ解放する訳にはまいりません。私達が無事逃げ延びるまで、お付き合い願います」

 それでも逃げようとすると、宝剣を持つ腕を背後からテオフィルスが掴んだ。
 興奮が冷めやらぬように、青い目がギラリと輝く。

「この剣は何だ? 凄い魔力を持っている。これがあれば、俺にも屍食鬼を追い払えるんじゃないのか?」

 彼は宝剣を取り上げようとする。
 両手で必死に宝剣を掴み彼と揉み合ったが、鍛え上げられた男の力に敵うはずもなく、振り払われそうになる。
 あまりの横暴さに怒りを覚え、傷だらけの左手に思いっきり噛み付く。
 これには彼も余裕を失い、容赦なく僕を床に蹴り飛ばす。
 宝剣はテオフィルスの手に渡った。

「このっ!」

 彼は痛みと怒りに、思わず自分の剣を抜く。
 マシーナとトムニは緊張しながらお互いの顔を見、様子を見る。
 相手は一国の王太子、無用な争いは避けるべきだが、〈七竜の王〉であるテオフィルスに口答えするのは、もっと勇気がいる。
 腹を蹴られ痛みに苦しみながら、僕は訴える。

「その剣は、僕以外は扱えない!」
「だったらお前ごと、さらってやる。お前も竜騎士の体型だ、鍛えれば竜騎士になれる。アルマレークの竜騎士として魔王に立ち向かう方が、より早く打ち破れる。お前にとっても効率的だろう?」

 彼の自分勝手な意見に、僕は憤った。

「そうして、王国を自分の物にするつもりか! 僕は王太子として、そんな事は絶対に許さない!」
「ふんっ、エステラーン王国等いらん! 俺は空に屍食鬼がいる事が許せないだけだ。アルマレーク防衛のために、屍食鬼と戦った竜騎士が何人死んだか知っているのか? エステラーン王国だけの問題じゃないと、なぜ判らない!」

 セルジン王の対応への怒りを、ぶつけるように言い放つ。
 傷だらけの痛みに堪え、彼は剣を僕に突き付けた。

「一緒に来てもらおう。この宝剣を取り戻したければ、俺に従え!」

 生れながらの執政者の傲慢さで、見下すように命じた。
 僕はその剣を手で振り払い、怒りを込めて脅した。

「僕を王国から連れ去れば、魔王はアルマレークへ向かうぞ。その宝剣を、喉から手が出るほど欲しがっているんだ。地の果てまでも、追いかけてくるぞ!」
「……」

 テオフィルスは一瞬躊躇ちゅうちょした。
 先程、宝剣の魔力を見せつけられたばかりで、王太子の言葉には説得力がある。
 魔王がこの剣を恐れ封じたがるのは当然、そしてこの剣を扱える者を抹殺したいと思うだろう。
 マシーナが恐る恐る進言する。

[若君、悪い事は言わない……、これ以上、エステラーン王国に関わらない方がいい。我々の目的はエドウィン様を捜し出す事で、アルマレークに魔王を呼び込む事ではないはず]
[そんな事は、判っている]

 彼はまるで評価でも下すように、僕をじっと見詰めている。
 戦いで服がボロボロになったのは僕も同じで、女だと知られる可能性に緊張する。

「お前が、唯一の希望か?」
「え?」

 意外な言葉に驚いていると、彼はうずくまる僕に合わせて膝を折り、剣を置いて顔を覗き込む。

「魔王を打ち破れるのは、お前とこの剣だけなのか?」

 真実を見極めるように問質す。
 彼の中で何かが変化してきている事を感じ取り、僕は意外に思った。


 このひと、本気で魔王を倒したいんだ。


 僕は蹴られて痛む腹を押さえながら立ち上がり、頷き答えた。

「そうだよ! 僕は《ソムレキアの宝剣》を持って王都ブライデインへ行き、魔王を打ち破るために存在している! ……そのために、生まれてきた」

 正確には生まれ変わったのだろう。
 王の子オーリンが、僕の命を生まれ変わらせた。
 オリアンナではなく、オーリンとして暗黒を打ち破るために。
 そしてセルジン王を助け出すために生きる。
 テオフィルスは頷き立ち上がり、自分の剣を鞘に収め、宝剣を返しながら薄笑いを浮かべて言った。

「判った。ではその旅に、俺も同行しよう」
「……はぁ?」

 宝剣を手にした僕と、マシーナ、トムニは絶句した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

毒はお好きですか? 浸毒の令嬢と公爵様の結婚まで

屋月 トム伽
恋愛
産まれる前から、ライアス・ノルディス公爵との結婚が決まっていたローズ・ベラルド男爵令嬢。 結婚式には、いつも死んでしまい、何度も繰り返されるループを終わらせたくて、薬作りに没頭していた今回のループ。 それなのに、いつもと違いライアス様が毎日森の薬屋に通ってくる。その上、自分が婚約者だと知らないはずなのに、何故かデートに誘ってくる始末。 いつもと違うループに、戸惑いながらも、結婚式は近づいていき……。 ※あらすじは書き直すことがあります。 ※小説家になろう様にも投稿してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

からくり屋敷を脱出せよ

リビドー360
恋愛
からくり屋敷に囚われたリホとワタル。 知恵とエチを駆使して大脱出!? 80年代のちょっとエッチな漫画をオマージュし、少し過激さをプラス。 パクリじゃないよ!インスパイアだよ!

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

処理中です...