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第一章 レント城塞

第三十四話 王太子オーリン

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 エランは頭を抱えて、しばらく黙り込んだ。
 今のエステラーン王国の現状は、彼だって認識している。
 それを解決するのが、僕にしか出来ない事に呆然としているのだ。

「……わかったよ、オリアンナ。君、よく今まで生きてこれたね」
「オーリンにされたから、あざむけたんだ。こんな事情、僕だって知らなかったよ。でも、早くレント領を出たいし、陛下を助けたい。僕を男扱いするのは、お手の物だろ? 君にしか頼めないよ、エラン」
「魔王の……、罠だと思わないのか?」
「思うよ! でも、他の場所じゃない。あそこにあるんだ、きっと……」

 彼は黙って僕を見詰め、深くうなずいた。

 

 部屋に理髪師を呼び、印象を変えるために少し髪を短くした。
 エランは不服そうだった。

 その日一日を僕は、極力部屋の外で過ごした。
 僕を守るトキに頼み、男子としての所作の指導を受けながら、寝込んでしまった養母上ははうえの見舞いに行き、その後、養父上ちちうえの手伝いをした。
 エランは始終、僕を王太子扱いし、領主も当然のようにそれに合わせたため、城中の人間が僕を別人のように扱い始めた。
 少し寂しい気もするけど、レント領を守るためにはそうするしかない。
 屍食鬼の炙り出しをするべく、各部屋の暖炉の薪に屍食鬼の嫌いな臭いを出すコルの実の調合薬を投げ込んでは、周りの者達に警告を出す。
 必然的に注目を浴びる手伝いだ。
 幸い屍食鬼も魔王も、テオフィルスさえ現れはしなかった。



 いつの間にか夕食時になり、セルジン王の滞在する貴賓室で食事を共にする事になった。
 王は影だから、食事を取る必要がない。
 マールが淹れたお茶を、皆の付き合いで飲んでいるだけだ。
 王が何かを口にしないと、皆が遠慮して食べ始めないのでそうしていると聞いた。
 王がお茶を飲み始めたので、僕も目の前のスープを口にした。
 今日一日、城中を移動して、男子の王太子を演じていたので、お腹はいつも以上に空いている。
 細長い食卓を挟んで、王と少し距離を感じながら、僕は遠慮なくパンを千切ちぎり口にする。
 いつもは少ししか食べない腸詰肉を、パクパク食べる。
 自分でも不思議なくらいの食欲だ。
 王は僕の食べっぷりを、微笑んで見詰めていた。
 ひょっとして、彼にお腹が空く魔法をかけられている?
 そんな風に感じる。

「エドウィンの館へ、行くのか?」

 突然の王の言葉に僕は驚き、口にした煮梨を危うく喉に詰まらせそうになった。
 慌ててお茶で流し込み、難を逃れた。
 王の前で、みっともない真似はしたくない。
 僕は手拭きで口を拭いながら、首を横に振った。

「い……、行きません! どうしてですか?」

 きっと、トキかエランが僕の行動を王に報告したのだろう。
 あえて口止めしなかったのは、魔王に一人で立ち向かう勇気が無いからだ。
 僕の中途半端な行動を、心の中ではセルジン王に助けてほしかった。
 でも、王の助けが《ソムレキアの宝剣》の出現を阻む可能性もある。
 僕が殺されかけた時、王はいなかった。
 宝剣が消えた瞬間を、再現する必要があるのを、僕はなぜか確信していたのだ。

「そうか、それなら良い。王太子としていずれ皆には周知するが、アルマレーク人をあざむくには良いタイミングだ。こちらも警備は万全にする、今日は安心して眠るといい」
「…………はい」

 僕の計画を完全に悟られている気がして、安心していいのか複雑な気持ちで食事を終えた。 





 何か幸せな夢を見ていた。
 僕を呼ぶ、優しい声。
 最初それはシモルグ・アンカの声かと思ったが、少し違っている。
 僕は夢の中で、その声の方へ行こうと一歩踏み出した。


 それが聞き覚えのある、低い男の声で破られたのだ。

「起きろ、ヘタレ小竜」

 覚醒したばかりの意識でも、テオフィルスが来たのだとすぐに理解出来た。
 計画通りだが、さすがに緊張する。
 部屋の燭台の灯りを背に受け、青い瞳の彼が暗い表情で、僕を見下ろしていた。
 服装は最初に出会った時の、旅装に戻っている。
 
「誰だ、君は?」
 
 初対面のふりをして、僕は彼を睨み付ける。
 部屋を見回すと、エランも侍女も床に倒れ意識を失っていて、僕は咄嗟にベッド脇に吊るした護身用の短剣を取ろうとしたが、彼が素早くそれを蹴り、手の届かない場所へと飛ばされた。
 テオフィルスは不敵な笑みを浮かべ、僕を見下ろす。

「俺を忘れるとは心外だな、二度も助けたのに。テオフィルス・ルーザ・アルレイド、お前の婚約者だ」

 僕は皮肉っぽく顔をしかめ、彼を跳ね除け起き上がろうとした。

「婚約者? 男の婚約者を持った記憶はないな。別人だろう、君とは初対面だ」

 彼の腕が僕の肩を掴み、ベッドに仰向けに戻された。
 覆いかぶさるように腰を下ろし、冷たい青い目で見下ろす表情は、謁見時の若き国王然とした彼とはかけ離れたものだ。

「服を着て寝ていたのか、裸だったら性別を確かめられると思ったのに。エアリス姫が、どこにもいない。あれはお前だ、オーリン。お前が女なら、間違いなくオリアンナ姫だ」

 危機感に冷や汗が流れる。
 彼に身体を調べられたら、女だと知られたら……、すべてが終わるのだ。

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