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第一章 レント城塞
第三十二話 手掛かり
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王太子の服に着替えようと肌着を取った時、はらりと美しい布が足元に落ちた。
見慣れない文様に僕は顔を顰める。
重なり合う二枚の翼の中に、飛び立つ竜の姿。
テオフィルスのハンカチ?
「怪我の止血に、アルマレーク人が使った物でしょう。廃棄するよう指示が出たはずですが、行き届きませんでしたね」
気付いたマールが取り上げようと手を伸ばしたが、僕はそれを握りしめ脇に置いてある腰鞄に入れた。
綺麗に血を洗い落とされたハンカチは、とても高価な物に見える。
あんな傲慢男でも命の恩人、お礼と一緒に返したい。
「姫君、捨てた方がよろしいですよ。陛下の傍に居たいのであれば」
「解っているよ、僕が捨てる。着替えるから、ちょっと出てくれない?」
訝しむマールに、僕は微笑んで要求した。
戻ってきたマールと一緒に、食事に取り掛かる。
美味しいパンを頬張りながら僕は、少し離れた場所に立つ彼が話すのを待っていた。
ある程度の食事が済み人払いがなされ、二人きりになった。僕は少し緊張する。
徐にマールが話始める。
「陛下を助けられるのは、殿下しかいません」
何度も聞いた言葉に、僕は頷く。
「うん、僕が《ソムレキアの宝剣》の主だからでしょ? でも、陛下を消したりなんて、絶対にしないよ」
「そう願います。それとは別に、《王族》同士は惹かれあうのです。殿下が生きている限り、陛下は簡単に死を望まないでしょう」
「…………」
惹かれあうの一言に、僕は真っ赤になった。
僕がセルジン王に惹かれているのは確かだけど、婚約破棄した彼はどうだろう。
「陛下は……、僕にはきっと惹かれないよ」
「まだ、幼いままの印象なのでしょう。いつか、気が付かれます」
僕は少し、不貞腐れ気味にボソリと呟いた。
「誰か、好きな女でもいるのかな?」
聞いた直後に、あまりにも素直すぎる質問に恥ずかしくなった。
「陛下は影ですから、それはありませんよ。水晶玉に入る前に、ご寵愛された方はいらしたようですが……」
「え?」
マールが暗い顔で、遠くを見る。
「アミール・エスペンダという寵姫です。陛下との御子が生まれる直前に、《王族狩り》で殺されたとか。それがきっかけで、水晶玉に入られたのです。陛下は人である事を捨てられた」
「…………」
「生まれる御子が男子であればオーリン、女子であればオリアンナ、そう名付けるつもりだったそうです」
悲しい話だ。
生まれる事の出来なかった王子オーリンが、僕を蘇らせたのだ。
セルジン王はどんな気持ちだっただろう。
「全部、僕が名前を貰っちゃったんだ。陛下は僕をオーリンと思ってるから、婚約破棄を?」
「関係ないと思いますよ。殿下を助けた光は、意識を持たなくなったと聞いています。陛下はただ、人に戻る希望を失っているだけでしょう」
「そうなのかな……」
王の心は読めない。
会う時はいつも、悲しみは微塵も見せないから。
彼の心の傷は、癒えたのだろうか。
僕は陛下の事を、何も知らないんだ。
「人に戻す方法って、あると思う?」
「思います。殿下なら見付けられます」
「皆そう言うけど、僕は宝剣すら持ってないんだよ、どうしたら……」
マールが僕の肩に手を置く。
顔を上げると、彼らしくない怖い表情で見下ろしていた。
「十六年前、メイダールの大学図書館とトレヴダールの侯爵私設図書館に、ブライデインの王立図書館からある物を運び入れました」
「……何?」
「《王族》の関係書物と極秘文書類、それと謎めいた遺物です」
「…………」
マールがなぜそんな事に関わったのか、疑問が湧き起こる。
王立図書館は、《王族》の中でも王位継承権六位までの成人と、王の側近と政治を担う一部の高官のみが、入館を許された場所と聞いている。
薬師が立ち入れる場所ではない。
「マールさんって、何者?」
僕の聞き方に、彼は苦笑いした。
「昔、カドル公爵ベイデル家で薬師見習いをしていたのですよ。ベイデル家の二男が大変優秀な高官で、当時《王族狩り》のせいで人手が足りず、手伝わされたのです」
「ふーん」
「運び入れた物の中に、《王族》にしか開けない物が入っていました」
驚きに目を見開いて、マールを見た。
《王族》にしか見せられない事柄が、隠されている!
背筋を、何かが這い登った。
「それ、大事な手掛かりかも!」
「私も、そう思います。ずっと姫君に、この事をお伝えしたかった」
「陛下には、伝えてあるの?」
マールは急に黙り込み、しばらくして悲しそうに首を横に振った。
「一度お伝えしましたが、姫君がいるレント領に近い事から却下されました」
「もう一度、話すべきだよ」
「消える気でいるのに? 禁止されませんか?」
「あ……」
確かに、婚約解消をして僕に王配候補を選ばせようとしている王は、禁止するかもしれない。
生きる希望を見つけない限り、王は僕を女王に据えたがる。
「レント領を出たら、メイダールに向かうの?」
「その予定です。大学街に着いたら、私達だけで大学図書館を訪ねましょう」
「そうしよう。きっと何かが、隠されているんだ。それで、何時レント領を出発するの?」
「《ソムレキアの宝剣》が、殿下の手元に戻ったら」
「え? でも、いつ現れるか分からないのに?」
マールが頷き、言いたい事を飲み込むように黙り込んだ。
僕にはその言いたい事がよく解る。
待ってないで、僕自身で見付け出さなきゃいけないって事が。
見慣れない文様に僕は顔を顰める。
重なり合う二枚の翼の中に、飛び立つ竜の姿。
テオフィルスのハンカチ?
「怪我の止血に、アルマレーク人が使った物でしょう。廃棄するよう指示が出たはずですが、行き届きませんでしたね」
気付いたマールが取り上げようと手を伸ばしたが、僕はそれを握りしめ脇に置いてある腰鞄に入れた。
綺麗に血を洗い落とされたハンカチは、とても高価な物に見える。
あんな傲慢男でも命の恩人、お礼と一緒に返したい。
「姫君、捨てた方がよろしいですよ。陛下の傍に居たいのであれば」
「解っているよ、僕が捨てる。着替えるから、ちょっと出てくれない?」
訝しむマールに、僕は微笑んで要求した。
戻ってきたマールと一緒に、食事に取り掛かる。
美味しいパンを頬張りながら僕は、少し離れた場所に立つ彼が話すのを待っていた。
ある程度の食事が済み人払いがなされ、二人きりになった。僕は少し緊張する。
徐にマールが話始める。
「陛下を助けられるのは、殿下しかいません」
何度も聞いた言葉に、僕は頷く。
「うん、僕が《ソムレキアの宝剣》の主だからでしょ? でも、陛下を消したりなんて、絶対にしないよ」
「そう願います。それとは別に、《王族》同士は惹かれあうのです。殿下が生きている限り、陛下は簡単に死を望まないでしょう」
「…………」
惹かれあうの一言に、僕は真っ赤になった。
僕がセルジン王に惹かれているのは確かだけど、婚約破棄した彼はどうだろう。
「陛下は……、僕にはきっと惹かれないよ」
「まだ、幼いままの印象なのでしょう。いつか、気が付かれます」
僕は少し、不貞腐れ気味にボソリと呟いた。
「誰か、好きな女でもいるのかな?」
聞いた直後に、あまりにも素直すぎる質問に恥ずかしくなった。
「陛下は影ですから、それはありませんよ。水晶玉に入る前に、ご寵愛された方はいらしたようですが……」
「え?」
マールが暗い顔で、遠くを見る。
「アミール・エスペンダという寵姫です。陛下との御子が生まれる直前に、《王族狩り》で殺されたとか。それがきっかけで、水晶玉に入られたのです。陛下は人である事を捨てられた」
「…………」
「生まれる御子が男子であればオーリン、女子であればオリアンナ、そう名付けるつもりだったそうです」
悲しい話だ。
生まれる事の出来なかった王子オーリンが、僕を蘇らせたのだ。
セルジン王はどんな気持ちだっただろう。
「全部、僕が名前を貰っちゃったんだ。陛下は僕をオーリンと思ってるから、婚約破棄を?」
「関係ないと思いますよ。殿下を助けた光は、意識を持たなくなったと聞いています。陛下はただ、人に戻る希望を失っているだけでしょう」
「そうなのかな……」
王の心は読めない。
会う時はいつも、悲しみは微塵も見せないから。
彼の心の傷は、癒えたのだろうか。
僕は陛下の事を、何も知らないんだ。
「人に戻す方法って、あると思う?」
「思います。殿下なら見付けられます」
「皆そう言うけど、僕は宝剣すら持ってないんだよ、どうしたら……」
マールが僕の肩に手を置く。
顔を上げると、彼らしくない怖い表情で見下ろしていた。
「十六年前、メイダールの大学図書館とトレヴダールの侯爵私設図書館に、ブライデインの王立図書館からある物を運び入れました」
「……何?」
「《王族》の関係書物と極秘文書類、それと謎めいた遺物です」
「…………」
マールがなぜそんな事に関わったのか、疑問が湧き起こる。
王立図書館は、《王族》の中でも王位継承権六位までの成人と、王の側近と政治を担う一部の高官のみが、入館を許された場所と聞いている。
薬師が立ち入れる場所ではない。
「マールさんって、何者?」
僕の聞き方に、彼は苦笑いした。
「昔、カドル公爵ベイデル家で薬師見習いをしていたのですよ。ベイデル家の二男が大変優秀な高官で、当時《王族狩り》のせいで人手が足りず、手伝わされたのです」
「ふーん」
「運び入れた物の中に、《王族》にしか開けない物が入っていました」
驚きに目を見開いて、マールを見た。
《王族》にしか見せられない事柄が、隠されている!
背筋を、何かが這い登った。
「それ、大事な手掛かりかも!」
「私も、そう思います。ずっと姫君に、この事をお伝えしたかった」
「陛下には、伝えてあるの?」
マールは急に黙り込み、しばらくして悲しそうに首を横に振った。
「一度お伝えしましたが、姫君がいるレント領に近い事から却下されました」
「もう一度、話すべきだよ」
「消える気でいるのに? 禁止されませんか?」
「あ……」
確かに、婚約解消をして僕に王配候補を選ばせようとしている王は、禁止するかもしれない。
生きる希望を見つけない限り、王は僕を女王に据えたがる。
「レント領を出たら、メイダールに向かうの?」
「その予定です。大学街に着いたら、私達だけで大学図書館を訪ねましょう」
「そうしよう。きっと何かが、隠されているんだ。それで、何時レント領を出発するの?」
「《ソムレキアの宝剣》が、殿下の手元に戻ったら」
「え? でも、いつ現れるか分からないのに?」
マールが頷き、言いたい事を飲み込むように黙り込んだ。
僕にはその言いたい事がよく解る。
待ってないで、僕自身で見付け出さなきゃいけないって事が。
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