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第一章 レント城塞
第三十話 〈生命の水〉の魔力
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「お断りします」
テオフィルスは少し不貞腐れたように、視線を外しながら拒否する。
王に逆らう彼に対し、捕らえている兵達が憤り、彼の頭を激しく地面に押しつける。
苦しい体勢でも、魔法を使い逃げようとしないのは、自分に非が無いと知らしめるためか。
あの竜の指輪は、真実を白日の下に曝す危険な代物、セルジン王の警戒と疑念が、僕には嫌というほど良く解る。
城の上空で二人だけになった理由を、王は知りたいはずだ。
僕の身体から急に力が抜け、抱き上げられた状態で眩暈がした。
痛みは薄らいだが、出血しているのだから当然だろう。
王は僕の様子を見て、交渉ではなく決着を求めた。
「アレイン! 討って構わぬ」
いつの間にか空中庭園内は、国王軍の赤い長衣で埋め尽くされていた。
大盾の間から、防護用の槍を長く伸ばす槍兵と、その後ろに弓兵が矢を番えて七竜リンクルを狙っている。
「目を狙い、放て!」
中央に立ったアレインが、采配を振った瞬間、無数の矢が竜目掛けて放たれた。
リンクルは威嚇し大きく翼を広げ、棘状鱗を広げて叫んだ。
その振動で矢は悉く落ち、人々は吹き飛ばされそうになる。
想像以上の間近での竜の威嚇に、屈する事なく兵達は新たな矢を番え放つ。
皆、魔物との戦いに慣れているのだ。
「止めて……」
竜が攻撃されている事に僕の神経は耐えられなくなり、再び意識が遠のきそうになる。
「マール!」
僕は地面に敷かれた柔らかい毛布の上に下ろされ、王の薬師が的確に傷の手当を施していく。
テオフィルスは、自分を捕らえている兵士が、剣を取ろうと片手を放した瞬間に、掴んだ土を顔に投げつけ、怯んで力が緩んだ隙を突いて、上体を起こし顔面に肘鉄を食らわした。
意識を失った兵の身体を、下半身を押さえつける兵に投げつけ、拘束から逃れた。
幅広の刀剣で切り殺そうとする騎士達の間を素早くすり抜け、三階にある空中庭園の胸壁から飛び降りる。
「アルマレーク人が、逃げたぞ!」
人々が胸壁から身を乗り出して下を見た時には、彼の姿はどこにもなく、七竜リンクルの影も掻き消えていた。
「捜せ! まだ城の中にいるはずだ」
アレインの冷静な声が響き渡る。
人々が慌しく移動する中、僕は安堵しながら意識を失った。
―――水の音が聞こえる。
それは波紋のように響き、僕の全身に広がる。
安らかな音色に、なんの抵抗もなく身を任せた。
音は導を受けた左手から流れ出している。
泉の精の言葉が、音色に絡む。
『私達が、あなたを助けます』
「凄いですね。出血が止まって、傷口が塞がってゆく。〈生命の水〉の魔力で、傷痕も残らないでしょう」
「そうか、良かった。痕が残れば、エアリス姫とオーリンが同一人物という証拠になるところだ。《聖なる泉の精》と、エドウィン・ルーザ・フィンゼルに感謝しよう」
意識を取り戻した時、セルジン王とマールの会話がすぐ側で聞こえた。
あれからどのくらいの時間が経っているのか、部屋の燭台の灯りから夜なのだと分かる。
会話の内容で、聖なる泉で見た父の姿を思い出した。
「陛下……、父上の計画を知っていたの?」
「気が付いたか、オリアンナ。そう、直接エドウィンから聞いた。危険過ぎるから私は反対したが、彼の意志は変えられなかった。結果的には、彼が正しかったのかもしれない」
王は少し悲しい表情をしながら、優しく僕の頬を撫でた。
透き通る王の向こうに、燭台の灯りが揺らめいて見える。
父はブライデインの《聖なる泉》で、僕を待ち続けている。
普通の人間が、聖域で長年生きていられるのだろうか。
「……父上は、生きているの?」
「それは、分からない。私に《聖なる泉》を見る事は出来ない」
「国王軍は父上の計画通り、王都へ進軍する?」
「そうなるが……、あのアルマレーク人が邪魔をしそうだ。そなたはあの竜の指輪に、触れたか?」
予想通りの質問をされ、僕は一瞬押し黙った。
「触れたのだな」
「分からない……、憶えてません」
そう言っておくのが、アルマレーク人にも僕自身にも、一番安全に思えた。
セルジン王は最高権力者、迂闊な発言は無用な死をもたらす。
マールが助け船を出してくれた。
「このような酷い怪我なら、記憶が無くなるのも当然です。でも、アルマレーク人に知られたとして対処した方が良いでしょう」
「そうだな。少し危険だが、その腕輪を使うしかない」
王が視線を向けた先に、小卓に置かれた見慣れない腕輪があった。
優美な装飾が施された薄い金属に、六角柱状の水晶が一つ、光り輝くようにはまっている。
溜息が出得るような美しさだ。
「泉の精の魔法を抑制する腕輪だ。マールの妻の所有物だが、今のそなたには必要だろう」
「そんな物があるんですか……」
マールが微笑みながら、腕輪を取り上げた。
「相手は魔法使い、エアリス姫の泉の精の魔力を感知したはずです。オーリン殿下の泉の精の魔力を抑制してしまえば、別人と思うはず」
僕は驚きながら、〈抑制の腕輪〉を受け取った。
もう知られている場合でも、これで偽れるのか大いに興味が湧いたのだ。
強気な発言を繰り返すテオフィルスの驚く顔を、別人の振りをして見てやりたいと思った。
テオフィルスは少し不貞腐れたように、視線を外しながら拒否する。
王に逆らう彼に対し、捕らえている兵達が憤り、彼の頭を激しく地面に押しつける。
苦しい体勢でも、魔法を使い逃げようとしないのは、自分に非が無いと知らしめるためか。
あの竜の指輪は、真実を白日の下に曝す危険な代物、セルジン王の警戒と疑念が、僕には嫌というほど良く解る。
城の上空で二人だけになった理由を、王は知りたいはずだ。
僕の身体から急に力が抜け、抱き上げられた状態で眩暈がした。
痛みは薄らいだが、出血しているのだから当然だろう。
王は僕の様子を見て、交渉ではなく決着を求めた。
「アレイン! 討って構わぬ」
いつの間にか空中庭園内は、国王軍の赤い長衣で埋め尽くされていた。
大盾の間から、防護用の槍を長く伸ばす槍兵と、その後ろに弓兵が矢を番えて七竜リンクルを狙っている。
「目を狙い、放て!」
中央に立ったアレインが、采配を振った瞬間、無数の矢が竜目掛けて放たれた。
リンクルは威嚇し大きく翼を広げ、棘状鱗を広げて叫んだ。
その振動で矢は悉く落ち、人々は吹き飛ばされそうになる。
想像以上の間近での竜の威嚇に、屈する事なく兵達は新たな矢を番え放つ。
皆、魔物との戦いに慣れているのだ。
「止めて……」
竜が攻撃されている事に僕の神経は耐えられなくなり、再び意識が遠のきそうになる。
「マール!」
僕は地面に敷かれた柔らかい毛布の上に下ろされ、王の薬師が的確に傷の手当を施していく。
テオフィルスは、自分を捕らえている兵士が、剣を取ろうと片手を放した瞬間に、掴んだ土を顔に投げつけ、怯んで力が緩んだ隙を突いて、上体を起こし顔面に肘鉄を食らわした。
意識を失った兵の身体を、下半身を押さえつける兵に投げつけ、拘束から逃れた。
幅広の刀剣で切り殺そうとする騎士達の間を素早くすり抜け、三階にある空中庭園の胸壁から飛び降りる。
「アルマレーク人が、逃げたぞ!」
人々が胸壁から身を乗り出して下を見た時には、彼の姿はどこにもなく、七竜リンクルの影も掻き消えていた。
「捜せ! まだ城の中にいるはずだ」
アレインの冷静な声が響き渡る。
人々が慌しく移動する中、僕は安堵しながら意識を失った。
―――水の音が聞こえる。
それは波紋のように響き、僕の全身に広がる。
安らかな音色に、なんの抵抗もなく身を任せた。
音は導を受けた左手から流れ出している。
泉の精の言葉が、音色に絡む。
『私達が、あなたを助けます』
「凄いですね。出血が止まって、傷口が塞がってゆく。〈生命の水〉の魔力で、傷痕も残らないでしょう」
「そうか、良かった。痕が残れば、エアリス姫とオーリンが同一人物という証拠になるところだ。《聖なる泉の精》と、エドウィン・ルーザ・フィンゼルに感謝しよう」
意識を取り戻した時、セルジン王とマールの会話がすぐ側で聞こえた。
あれからどのくらいの時間が経っているのか、部屋の燭台の灯りから夜なのだと分かる。
会話の内容で、聖なる泉で見た父の姿を思い出した。
「陛下……、父上の計画を知っていたの?」
「気が付いたか、オリアンナ。そう、直接エドウィンから聞いた。危険過ぎるから私は反対したが、彼の意志は変えられなかった。結果的には、彼が正しかったのかもしれない」
王は少し悲しい表情をしながら、優しく僕の頬を撫でた。
透き通る王の向こうに、燭台の灯りが揺らめいて見える。
父はブライデインの《聖なる泉》で、僕を待ち続けている。
普通の人間が、聖域で長年生きていられるのだろうか。
「……父上は、生きているの?」
「それは、分からない。私に《聖なる泉》を見る事は出来ない」
「国王軍は父上の計画通り、王都へ進軍する?」
「そうなるが……、あのアルマレーク人が邪魔をしそうだ。そなたはあの竜の指輪に、触れたか?」
予想通りの質問をされ、僕は一瞬押し黙った。
「触れたのだな」
「分からない……、憶えてません」
そう言っておくのが、アルマレーク人にも僕自身にも、一番安全に思えた。
セルジン王は最高権力者、迂闊な発言は無用な死をもたらす。
マールが助け船を出してくれた。
「このような酷い怪我なら、記憶が無くなるのも当然です。でも、アルマレーク人に知られたとして対処した方が良いでしょう」
「そうだな。少し危険だが、その腕輪を使うしかない」
王が視線を向けた先に、小卓に置かれた見慣れない腕輪があった。
優美な装飾が施された薄い金属に、六角柱状の水晶が一つ、光り輝くようにはまっている。
溜息が出得るような美しさだ。
「泉の精の魔法を抑制する腕輪だ。マールの妻の所有物だが、今のそなたには必要だろう」
「そんな物があるんですか……」
マールが微笑みながら、腕輪を取り上げた。
「相手は魔法使い、エアリス姫の泉の精の魔力を感知したはずです。オーリン殿下の泉の精の魔力を抑制してしまえば、別人と思うはず」
僕は驚きながら、〈抑制の腕輪〉を受け取った。
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