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第一章 レント城塞
第十話 異国の婚約者
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他国で勝手に婚約者を決められている事に、驚き以上に猛烈な反発心が湧き起こるが、それを表面に出してはいけないと、理性が必死に僕を止める。
テオフィルスは僕の反応に一瞬目を見開き、その後何でもないように無表情。僕は気付かれたかと、必死に冷静さを取り繕う。
「会った事もない婚約者を、こんな危険な国まで捜しに来るなんて、馬鹿じゃないのか?」
「ああ、捜しに来た」
嬉しそうに、彼が笑う。
僕の心臓が勝手に暴走を始め、顔が真っ赤になっている事を恐れ、心の中で自分を罵る。
しっかりしろ、悟られるぞ!
「協力してくれるのなら、お前にいいものをやる」
そう言って彼は空いた方の手で、腰に着けた鞄から見慣れた物を取り出し、僕に差し出す。
それは馬に取り付ける二つの鐙、馬の乗り降りや騎乗時に足を入れて安定させる馬具だ。
なぜこんな物を持ち歩く?
「魔法の鐙だ。これがあれば、どんな馬でも乗りこなせる」
「はぁ?」
どう考えても、ただの鐙にしか見えない。
僕をからかっているのか?
月光石の灯りに映し出された彼の顔は、皮肉っぽく映る。
「竜騎士の体型を持つ者は、これがないと馬に乗れない」
「いらない!」
僕は鐙の受け取りを拒否して、視線を逸らす。
テオフィルスが冷たい目で、値踏みするように睨み付けてくる。
「尖がった奴だな、反抗期か? 馬に乗りたくないのか?」
「乗りたいさ! でも、いない姫君を、どう捜せって言うんだ。協力出来ないから、いらないよ」
彼は不満を露わにしながら、無理やり僕の手に鐙を押し付け、顔を近付けて囁く。
「それじゃあ、お前は一生、馬に乗れないな。せっかく竜騎士の体型で生まれてきたのに、俺の従者になればそれが生かせるのに、自分の才能を無駄にするなよ!」
月光石の灯りに照らされた、目の前の彼の顔は、少し拗ねた表情をしている。
僕の心が妙に騒いでいるのは、なぜだろう?
美形は、危険だ!
その感覚を振り払うように、僕は突っぱね、鐙を彼に押し戻す。
「しつこいな。君に協力は出来ないし、従者にもならない!」
「お前は竜騎士だ、いずれ竜の呼び声が聞こえるだろう。その時まで、せめて馬に乗れるようになっておけ。協力はしなくていいから、これはお前にやるよ」
「……」
僕は鐙を手にしながら、怪訝な顔で彼を見つめる。
これが本当に魔法の鐙で、本当に馬に乗れるようになれるなら、僕には絶対に必要な物だ。
王太子が行軍参加するには、馬に乗れないと話にならない。
思わず鐙を握りしめた。
「ありがとう、これは受け取るよ。でも、僕は竜騎士にはならないよ」
「お前の意志は関係ない、竜の意志が、お前を選ぶ。その時が来れば解る」
彼の真剣な眼差しに、僕は背を向け、拒否の意志を伝えるように歩み去ろうとした。
「ふん、ヘタレ小竜め。そんなに竜に乗るのが、怖いのか?」
「……なんだよ、ヘタレ小竜って?」
「まともに飛べない小竜の事だ。お前はヘタレ小竜にそっくりだ」
あまりの侮辱に僕は振り返り、彼を睨み付ける。
こんな口の悪い男が婚約者だなんて、絶対にごめんだ!
彼の向こうに、秘密基地に向かう明り取り用の縦長窓が見えている。
呼び出しの合図である板に付けられていた紐が、その窓の中に消えていた。
そこから、エランの助けを借りて設置した、縄梯子が下がっている。
「あの、紐を引いたのは君なのか?」
「え? ああ、俺だ。人が通った跡と、そこだけ埃が被ってない紐があれば、引いてみたくなるだろ? ここはお前だけの秘密通路だな」
秘密を見破った子供のように、彼は不敵に笑う。
訳の分からない理屈で、僕を呼び出したのかと思うと、ますます腹が立ってきた。
エランが熱の出ている僕を、簡単に呼び出したりしないのは、解っていたはずだ。
医師がそろそろ到着するし、あの近衛騎士も別の侍女を連れて、開かない扉に困っているだろう。
僕は急いで引き返そうとした。
次の瞬間、テオフィルスが僕の腕を引っ張り、彼の唇が僕の頬に触れた。
「なっ……!」
「おっと、大声を出すと、内緒で抜け出したのがバレるぜ」
僕は彼に後ろから抱きしめるように捕らえられ、身動き出来ない。
「放せっ!」
彼は僕の要求を無視して、右手で暴れる僕の身体を押さえ、左手は僕の左手を捕らえた。
すると、彼の左手の何かが、柔らかい光を放ったのだ。
「え……?」
それが何を意味するのか、僕には解らない。
テオフィルスは楽し気に笑いながら、僕を放した。
意味か解らないまま、今の接触で女だと知られたかと不安になり、僕は急いで彼から逃げた。
「じゃあな、ヘタレ小竜!」
そう言って彼は、僕とは反対側の通路の暗闇へと消えた。
テオフィルスは僕の反応に一瞬目を見開き、その後何でもないように無表情。僕は気付かれたかと、必死に冷静さを取り繕う。
「会った事もない婚約者を、こんな危険な国まで捜しに来るなんて、馬鹿じゃないのか?」
「ああ、捜しに来た」
嬉しそうに、彼が笑う。
僕の心臓が勝手に暴走を始め、顔が真っ赤になっている事を恐れ、心の中で自分を罵る。
しっかりしろ、悟られるぞ!
「協力してくれるのなら、お前にいいものをやる」
そう言って彼は空いた方の手で、腰に着けた鞄から見慣れた物を取り出し、僕に差し出す。
それは馬に取り付ける二つの鐙、馬の乗り降りや騎乗時に足を入れて安定させる馬具だ。
なぜこんな物を持ち歩く?
「魔法の鐙だ。これがあれば、どんな馬でも乗りこなせる」
「はぁ?」
どう考えても、ただの鐙にしか見えない。
僕をからかっているのか?
月光石の灯りに映し出された彼の顔は、皮肉っぽく映る。
「竜騎士の体型を持つ者は、これがないと馬に乗れない」
「いらない!」
僕は鐙の受け取りを拒否して、視線を逸らす。
テオフィルスが冷たい目で、値踏みするように睨み付けてくる。
「尖がった奴だな、反抗期か? 馬に乗りたくないのか?」
「乗りたいさ! でも、いない姫君を、どう捜せって言うんだ。協力出来ないから、いらないよ」
彼は不満を露わにしながら、無理やり僕の手に鐙を押し付け、顔を近付けて囁く。
「それじゃあ、お前は一生、馬に乗れないな。せっかく竜騎士の体型で生まれてきたのに、俺の従者になればそれが生かせるのに、自分の才能を無駄にするなよ!」
月光石の灯りに照らされた、目の前の彼の顔は、少し拗ねた表情をしている。
僕の心が妙に騒いでいるのは、なぜだろう?
美形は、危険だ!
その感覚を振り払うように、僕は突っぱね、鐙を彼に押し戻す。
「しつこいな。君に協力は出来ないし、従者にもならない!」
「お前は竜騎士だ、いずれ竜の呼び声が聞こえるだろう。その時まで、せめて馬に乗れるようになっておけ。協力はしなくていいから、これはお前にやるよ」
「……」
僕は鐙を手にしながら、怪訝な顔で彼を見つめる。
これが本当に魔法の鐙で、本当に馬に乗れるようになれるなら、僕には絶対に必要な物だ。
王太子が行軍参加するには、馬に乗れないと話にならない。
思わず鐙を握りしめた。
「ありがとう、これは受け取るよ。でも、僕は竜騎士にはならないよ」
「お前の意志は関係ない、竜の意志が、お前を選ぶ。その時が来れば解る」
彼の真剣な眼差しに、僕は背を向け、拒否の意志を伝えるように歩み去ろうとした。
「ふん、ヘタレ小竜め。そんなに竜に乗るのが、怖いのか?」
「……なんだよ、ヘタレ小竜って?」
「まともに飛べない小竜の事だ。お前はヘタレ小竜にそっくりだ」
あまりの侮辱に僕は振り返り、彼を睨み付ける。
こんな口の悪い男が婚約者だなんて、絶対にごめんだ!
彼の向こうに、秘密基地に向かう明り取り用の縦長窓が見えている。
呼び出しの合図である板に付けられていた紐が、その窓の中に消えていた。
そこから、エランの助けを借りて設置した、縄梯子が下がっている。
「あの、紐を引いたのは君なのか?」
「え? ああ、俺だ。人が通った跡と、そこだけ埃が被ってない紐があれば、引いてみたくなるだろ? ここはお前だけの秘密通路だな」
秘密を見破った子供のように、彼は不敵に笑う。
訳の分からない理屈で、僕を呼び出したのかと思うと、ますます腹が立ってきた。
エランが熱の出ている僕を、簡単に呼び出したりしないのは、解っていたはずだ。
医師がそろそろ到着するし、あの近衛騎士も別の侍女を連れて、開かない扉に困っているだろう。
僕は急いで引き返そうとした。
次の瞬間、テオフィルスが僕の腕を引っ張り、彼の唇が僕の頬に触れた。
「なっ……!」
「おっと、大声を出すと、内緒で抜け出したのがバレるぜ」
僕は彼に後ろから抱きしめるように捕らえられ、身動き出来ない。
「放せっ!」
彼は僕の要求を無視して、右手で暴れる僕の身体を押さえ、左手は僕の左手を捕らえた。
すると、彼の左手の何かが、柔らかい光を放ったのだ。
「え……?」
それが何を意味するのか、僕には解らない。
テオフィルスは楽し気に笑いながら、僕を放した。
意味か解らないまま、今の接触で女だと知られたかと不安になり、僕は急いで彼から逃げた。
「じゃあな、ヘタレ小竜!」
そう言って彼は、僕とは反対側の通路の暗闇へと消えた。
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初出:2024.5.10~
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