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第55話 父娘

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 シーンとその妻二人の蜜月は問題なく進んだ。シーンは一日置きに別な妻の部屋に訪れ、寝室を共にしたのだ。エイミーと楽しく庭で遊び、サンドラとは優雅に余暇を楽しんだ。





 暫くしてアルベルトの元に一通の書簡が届いた。中を確かめると、果たして親友でシーンの義父、エイミーの父であるボア・パイソーン伯爵からだった。

「なんと。ボアからだ。懐かしいな」

 アルベルトが読んだ手紙の内容は次のようなものだった。

『親愛なるアルベルト。私は今、北都ノートストと、君のいる都の中ほどの道にいる。長い休暇を取って君のところに遊びに行くつもりだ。おそらく二週間の旅程で到着するだろう。君のご子息にお会いしたい。なんでもご子息は陛下より勇士から勇者の称号を賜ったのだとか。自慢の息子だな。私も武人。どんな人物か会うのが楽しみだ』

 それを読みながら笑顔をほころばせ、自慢の髭をしゃくった。

「うむうむ。ボアも自分の婿が勇者であることが嬉しいようだな。早速シーンにこちらの屋敷に帰ってくるように申し渡そう」

 そう言って使用人を呼んで、軍団長邸へと使わした。
 シーンのところにはちょうど義父のムガル宰相も来ておりサンドラと共に談笑していた。エイミーは席を外していた。

「義父上。今度拙宅にエイミーの父、ボア・パイソーン伯爵が見えられるらしいですよ。婿の私に会いたいようです」
「お。ほほう。これは懐かしい名前だな。パイソーン卿か。北都での武勇伝はこちらにも流れてきておる。そうだ。その日は私も会いに行こう」

「おお義父上、本当ですか。私は舅ながら面識ないので、一緒にいてくれると心強いです」
「はっはっは。武勇優れた婿どのがそのように弱気で儂を頼るのは嘘でも嬉しいわ。ではそうしよう」

 と話がまとまり、エイミーにはシーンから父来訪を伝えた。しかしエイミーは余り感情なく答えた。

「へえ。そうですの」
「そうさ。君も久々に父に会えて嬉しいだろう? ましてや赤ちゃんがいるのだから」

「そうですわね」

 と言葉数少なかったが、シーンは大して気に止めなかった。





 やがて手紙にあった期日となり、シーンたちは都のグラムーン邸で、パイソーン伯爵の来訪を待っていた。

 すると使用人がパイソーン伯爵が来た旨を伝えに来たので、全員で門まで迎えに行く事になったが、エイミーは身重だということで屋敷の中で待つことになった。



 門まで行くと、配下を二十名ほど連れて長旅してきたであろうパイソーン伯爵が待っていたので、アルベルトは近付いて握手を求めた。

「久しかったな、ボアよ」
「おおアルベルト。互いに役目を与えられた身だったが、親友と遠くに離れ寂しい思いだった。元気だったか?」

「もちろんだとも。見てくれ。私の息子とその妻。そしてその妻の父はムガル宰相閣下だぞ?」

 そこでムガルも近付いて、パイソーン伯爵の今までの功績を誉めた。パイソーン伯爵も頭を下げてその言葉を受け取った。

 次にシーンがパイソーン伯爵にまみえた。

「これはこれは義父上。わたしがシーン・グラムーン・サイル・バイバルです。ありがたいことに、陛下より勇者称号と公爵を叙爵されました」

 パイソーン伯爵は一度だけアルベルトのほうを見たが、シーンに挨拶を返した。

「おお、貴殿が勇者シーン! 北都までも貴殿の勇名は轟いておる。このボアも武官のはしくれ。是非とも一手お手合わせ願いたいがいかがか?」

 と勇ましく問うたが、シーンは笑って返した。

「いえいえ義父上。そんなご冗談を」

 パイソーン伯爵はまたもや、スッとアルベルトへと目を移す。

「シーンどの。どなたとお話なすってるのか。今は私との試合の話ですぞ? 是非ともご一手指南頂きたい。さあ勝負、勝負!」
「はっはっは。義父上は大層勇ましいお方ですね。その話は後程にしましょう。さあ義父上。妻も首を長くして屋敷の中で待っております」

 とパイソーン伯爵の背中を押した。パイソーン伯爵は戸惑いながらアルベルトとサンドラへと視線を移しながら屋敷の中に案内されていった。

 シーンが横に立って案内するのだが、シーンが『義父上、義父上』とやる度にパイソーン伯爵はアルベルトやムガル宰相へと視線を送った後で足を止めシーンへと訪ねた。

「シーンどの。どうも分からん。先ほどから私と話しているのに『ちちうえ、ちちうえ』と。私は君の父ではないぞ? それとも父のように慕っているのか?」
「はい、もちろん。私は義父上を慕っておりますよ」

「なぜかね?」
「それは父の親友ですし、妻の父ですし」

「妻の父?」

 この頃になるとアルベルトもムガルもサンドラも足を止めて振り返って二人のやり取りを見ていた。
 パイソーン伯爵は訳が分からないという抗議に近い形で声を荒げていた。

「バカなことを言っては困る。サンドラ嬢の父はムガル閣下ではないか」
「ええもちろん、サンドラは閣下の娘ですが……」

 どうも噛み合わないので、アルベルトが割って入った。

「ボアよ。息子は君の娘を嫁に頂いておるし、手紙で報告したろう」

 それにパイソーン伯爵は答えた。

「何を言っておる。儂の長女は部下の元に嫁ぎ、次女は男爵家へ嫁いだ。四女はまだ13歳で家におるのだぞ?」
「だから三女のエイミーだが?」

 パイソーン伯爵は黙ってしまい、また口を開く。

「冗談はやめてくれ。あれは数年前旅行に出て、護衛の反乱にあって、死んだ」

 今度は他のものが黙ってしまった。しかしエイミーはいるのだ。アルベルトは問う。

「そんな馬鹿な。ではうちにいるのは誰だというのだ。エイミーの墓はあるのか?」
「ああ、あるとも。反乱で散り散りになった使用人が戻ってきて、エイミーの遺体を路傍に埋めて祀ったのだ。儂も今回の道中で詣って来たところだ」

「いやいや、では会って貰ったほうが早そうだ。エイミーは今、シーンの子を身籠っており、出迎えで長時間立つことが出来ないので応接室で休んでいるのだ」
「うむそれはいい。その偽物の鼻を折ってやろう」

 ということで、ドヤドヤと応接室に行くとエイミーはソファーから立ち上がってみんなを迎えた。
 パイソーン伯爵は驚いてしまった。

「おおそんなまさか!」
「ええお父様。お久しぶりでございます」

「し、信じられん。お前は殺されたと聞いて、ノートストでは立派な葬式もしたのだぞ?」
「それがお父様。土中で息を吹き替えしましたが、辺りにはもはや供のものの姿はなく、頼るものもありませんのでグラムーン家でお世話になり、縁あってシーンさまの奥さまにしていただきましたの」

「これはなんという天のお導き! 娘が勇者シーンの妻となっていたとは!」

 泣きながら抱き合う父娘にアルベルトは謝意をのべた。

「実は息子はエイミーと出会う前は話すことも満足でなく、服も自分で着ることの出来ない状態だったのだが、エイミーの献身な看病のお陰でそれも完治し、勇者となることができたのだ」
「なんとそれはまことか? 一体どうやって?」

「北都にはそういう術があるのではないのか?」
「まさか……。そんな状態の人を治せるなど聞いたこともない」

 そう言われたアルベルトは首をかしげたが、集まった家族に水をさすことは野暮なので、パイソーン伯爵の旅の話を聞くことにした。
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