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第43話 推挙
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それから数日経って、ギリアムはようやく城門にたどり着いた。
そこはサンドラのいる門。ギリアムはわざとそこに入り、サンドラの前で馬から降りた。
サンドラはギリアムが賊に捕えられたことを人伝に聞いていたので、驚いて無事を喜んだ。
「殿下。ご無事でなにより。きっと神のご加護があったのでしょう!」
それに疲れた顔をしたギリアムは答える。
「ああ。そうかも知れない。しかしキミの意中の人はすごいヤツだな」
シーンのことだと思い、サンドラの顔がボッと赤くなる。
「な、な、な、なぜですの?」
「ふふ。もうすぐ分かるさ」
ギリアムはそう言って馬に跨がって王宮を指して行ってしまった。
王宮は大変な騒ぎになった。王子殿下は賊に捕えられたものの、お一人で牢を破って、馬を奪って逃げてきたのだと万歳を唱えたのだ。
ギリアムが国王の御前に進むと、国王も大臣たちも無事な姿を喜んだ。
「陛下に拝謁いたします」
「ギリアム! 無事だったか!」
「いえ。私は虜囚の辱しめを受けました。しかし私を救いにきてくれたものがいたのです」
と報告すると、みな息を飲んだ。
「それは誰か?」
ギリアムは一息飲み込んで叫んだ。
「勇士シーン・グラムーン殿です!」
国王も大臣もみな黙ってしまったが、やがて大きな歓声を上げる。ギリアムは続けた。
「勇士シーンは単身でサイルへと乗り込み、ベルゴール以下二十余首をとり、もはやサイルの脅威はなくなりました。陛下はすぐさま彼の者を呼び出し、褒賞を与えるべきです」
「なんと単身とな? 彼には五千の兵士を与えたのだが」
「いえ、彼は兵士を用いませんでした。彼こそ誠の勇者の称号に相応しいです!」
ギリアムは相当シーンに惚れ込んだのだろうと国王は思った。
恋敵のシーンの手柄を自ら言う姿は、もはや自分の後継者の器となったと思い声高らかに宣言した。
「よくぞ申した! みなのもの聞くがよい。古来より賢者を推挙するものはなによりも尊いと申す。ギリアムは武官の長であり、それより個人を抜擢する目を持っていることは大変優れたことである。この功により、今こそギリアムを王太子に指名する」
わっと大臣たちが声を上げ、声を揃えて言う。
「王太子さま、おめでとうございます!」
ギリアムは未来の国王の指名を受け、大臣たちに手を上げて答えた。
◇
さて、サンドラのいる城門にはもう一人の人物が来ていた。五千の兵士を引き連れ、偽王ベルゴールの首を持参したエリックである。
彼はシーンより首を受け取った時はちゃんと国王に届ける腹積もりだった。しかしサンドラへの思いが彼をよこしまな人物へと変えていたのだ。
恋は盲目とはよく言ったもので、シーンが都に来る気がないことを悟り、ベルゴールは自分が取ったことにしようと考えていたのだ。
もしそんなことをしても、あっという間にバレてしまうだろうと言うことを彼は考えなかった。
それは彼を破滅へと進めていくこととなる。
エリックは城門に意気揚々と入り、サンドラのいるところで馬を止めた。そしてサンドラへと自信を持って言う。
「やあサンドラ。私は偽王ベルゴールを討ち取ったよ。首も持ち帰った。今すぐ陛下にお届けし、勇者の称号をいただいてくる。そしたら結婚しよう」
サンドラは驚いてしまった。まさかのエリックの言葉。サンドラはおろおろしていたが、エリックはさっさと王宮のほうに行ってしまった。
王宮へ入ると、エリックは真っ直ぐに玉座の間に急いだ。そこは先程、ギリアムが王太子の指名を受けたばかりで、国王、ギリアム、大臣たちが並んでいた。
エリックはすぐさま御前に進み出て国王の前に跪く。
「愚臣エリック、陛下に拝謁いたします!」
「おお、エリック・ハリドか」
「実は私、勇士シーンとともに、サイルを攻め、私がベルゴールとその一味を討ち果たしました! 表の荷馬車にその首がございます。どうぞご見聞ください!」
一同ポカーンとして口を開けたまま。しかしエリックは続ける。
「どうかこの功績をもちまして、私を勇者とお認めください。勇者の称号を持つものは宰相閣下のご息女サンドラさまと結婚できるとか。どうかそのお許しも頂きたく思います!」
と自信を持って懇願した。
「なにを言うか、この騙りものめ!」
そこで怒声を発したのはギリアムで、顔を上げると国王も怒り心頭といった形だった。
エリックはわけも分からず狼狽したが、ギリアムがここにいることで全てを悟った。
そもそも自分が兵を与えられたのはギリアムを救うためのものであり、ベルゴールを討ってサンドラを娶ることばかりを考えていたので、それを忘れていたのだ。
そのギリアムはここにいて、それを助けたのはシーンである。自分は現場にすら行っていない。エリックは慌てて後ろに倒れ込んだところを武官に取り押さえられた。
「貴様、勇士シーンの手柄を横取りにしたな!? ギリアムとはまったく逆の愚か者だ! 許せん!」
国王はエリックを官職から罷免し、ハリド家の八郡ある領地の四郡を召し上げた。これは取り潰しになるほどの大罪であったが、ハリド家の今までの功績を思っての温情だった。
その後、エリックは蟄居を命ぜられ、領土に帰らせられた。
エリックの妻となったエリシアは、エリックがサンドラのことを思ってこんなことをしたということに愛想を尽かし、見限って実家の子爵家に帰ってしまった。
エリックは、友人のいた都を離れて大変参ってしまい、エリシアを迎えに行った。エリシアは最初それに応えるつもりはなかったが、エリックが弱っていることを知って支える気持ちになり、元の生活に戻っていった。
エリックは生涯都に上ることは許されず、嘘つきの汚名を晴らすことはできなかった。しかしエリシアはそんなエリックを支え、領地経営も上手だったので、エリックはエリシアに死ぬまで頭が上がらなかったという。
そこはサンドラのいる門。ギリアムはわざとそこに入り、サンドラの前で馬から降りた。
サンドラはギリアムが賊に捕えられたことを人伝に聞いていたので、驚いて無事を喜んだ。
「殿下。ご無事でなにより。きっと神のご加護があったのでしょう!」
それに疲れた顔をしたギリアムは答える。
「ああ。そうかも知れない。しかしキミの意中の人はすごいヤツだな」
シーンのことだと思い、サンドラの顔がボッと赤くなる。
「な、な、な、なぜですの?」
「ふふ。もうすぐ分かるさ」
ギリアムはそう言って馬に跨がって王宮を指して行ってしまった。
王宮は大変な騒ぎになった。王子殿下は賊に捕えられたものの、お一人で牢を破って、馬を奪って逃げてきたのだと万歳を唱えたのだ。
ギリアムが国王の御前に進むと、国王も大臣たちも無事な姿を喜んだ。
「陛下に拝謁いたします」
「ギリアム! 無事だったか!」
「いえ。私は虜囚の辱しめを受けました。しかし私を救いにきてくれたものがいたのです」
と報告すると、みな息を飲んだ。
「それは誰か?」
ギリアムは一息飲み込んで叫んだ。
「勇士シーン・グラムーン殿です!」
国王も大臣もみな黙ってしまったが、やがて大きな歓声を上げる。ギリアムは続けた。
「勇士シーンは単身でサイルへと乗り込み、ベルゴール以下二十余首をとり、もはやサイルの脅威はなくなりました。陛下はすぐさま彼の者を呼び出し、褒賞を与えるべきです」
「なんと単身とな? 彼には五千の兵士を与えたのだが」
「いえ、彼は兵士を用いませんでした。彼こそ誠の勇者の称号に相応しいです!」
ギリアムは相当シーンに惚れ込んだのだろうと国王は思った。
恋敵のシーンの手柄を自ら言う姿は、もはや自分の後継者の器となったと思い声高らかに宣言した。
「よくぞ申した! みなのもの聞くがよい。古来より賢者を推挙するものはなによりも尊いと申す。ギリアムは武官の長であり、それより個人を抜擢する目を持っていることは大変優れたことである。この功により、今こそギリアムを王太子に指名する」
わっと大臣たちが声を上げ、声を揃えて言う。
「王太子さま、おめでとうございます!」
ギリアムは未来の国王の指名を受け、大臣たちに手を上げて答えた。
◇
さて、サンドラのいる城門にはもう一人の人物が来ていた。五千の兵士を引き連れ、偽王ベルゴールの首を持参したエリックである。
彼はシーンより首を受け取った時はちゃんと国王に届ける腹積もりだった。しかしサンドラへの思いが彼をよこしまな人物へと変えていたのだ。
恋は盲目とはよく言ったもので、シーンが都に来る気がないことを悟り、ベルゴールは自分が取ったことにしようと考えていたのだ。
もしそんなことをしても、あっという間にバレてしまうだろうと言うことを彼は考えなかった。
それは彼を破滅へと進めていくこととなる。
エリックは城門に意気揚々と入り、サンドラのいるところで馬を止めた。そしてサンドラへと自信を持って言う。
「やあサンドラ。私は偽王ベルゴールを討ち取ったよ。首も持ち帰った。今すぐ陛下にお届けし、勇者の称号をいただいてくる。そしたら結婚しよう」
サンドラは驚いてしまった。まさかのエリックの言葉。サンドラはおろおろしていたが、エリックはさっさと王宮のほうに行ってしまった。
王宮へ入ると、エリックは真っ直ぐに玉座の間に急いだ。そこは先程、ギリアムが王太子の指名を受けたばかりで、国王、ギリアム、大臣たちが並んでいた。
エリックはすぐさま御前に進み出て国王の前に跪く。
「愚臣エリック、陛下に拝謁いたします!」
「おお、エリック・ハリドか」
「実は私、勇士シーンとともに、サイルを攻め、私がベルゴールとその一味を討ち果たしました! 表の荷馬車にその首がございます。どうぞご見聞ください!」
一同ポカーンとして口を開けたまま。しかしエリックは続ける。
「どうかこの功績をもちまして、私を勇者とお認めください。勇者の称号を持つものは宰相閣下のご息女サンドラさまと結婚できるとか。どうかそのお許しも頂きたく思います!」
と自信を持って懇願した。
「なにを言うか、この騙りものめ!」
そこで怒声を発したのはギリアムで、顔を上げると国王も怒り心頭といった形だった。
エリックはわけも分からず狼狽したが、ギリアムがここにいることで全てを悟った。
そもそも自分が兵を与えられたのはギリアムを救うためのものであり、ベルゴールを討ってサンドラを娶ることばかりを考えていたので、それを忘れていたのだ。
そのギリアムはここにいて、それを助けたのはシーンである。自分は現場にすら行っていない。エリックは慌てて後ろに倒れ込んだところを武官に取り押さえられた。
「貴様、勇士シーンの手柄を横取りにしたな!? ギリアムとはまったく逆の愚か者だ! 許せん!」
国王はエリックを官職から罷免し、ハリド家の八郡ある領地の四郡を召し上げた。これは取り潰しになるほどの大罪であったが、ハリド家の今までの功績を思っての温情だった。
その後、エリックは蟄居を命ぜられ、領土に帰らせられた。
エリックの妻となったエリシアは、エリックがサンドラのことを思ってこんなことをしたということに愛想を尽かし、見限って実家の子爵家に帰ってしまった。
エリックは、友人のいた都を離れて大変参ってしまい、エリシアを迎えに行った。エリシアは最初それに応えるつもりはなかったが、エリックが弱っていることを知って支える気持ちになり、元の生活に戻っていった。
エリックは生涯都に上ることは許されず、嘘つきの汚名を晴らすことはできなかった。しかしエリシアはそんなエリックを支え、領地経営も上手だったので、エリックはエリシアに死ぬまで頭が上がらなかったという。
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