シーン・グラムーンがハンデを乗り越えて幸せになる

家紋武範

文字の大きさ
上 下
29 / 58

第29話 麗しきご令嬢

しおりを挟む
 さて、都の城門に毎日たたずむサンドラのことは都中の評判になっていた。
 最初のころは傲慢な様子でふんぞり返っていたが、月日が経つと儚げな表情で時には涙を流す姿が若い男女の心を掻き乱した。
 元々美しく可憐な少女である。それが君主全としてわめいたり人々をぞんざいに扱うので評判が悪かっただけだ。
 人に接触せず、遠目に見ているだけならばなんとも美しい景観だったのだ。

 それも少しずつ変わる。

 何も知らない旅人が、城門に高貴そうな人がいるので帽子を脱いで挨拶をした。
 前のサンドラならば、そんな平民など気にもとめず無視しただろう。
 しかし彼女はそちらを見て笑顔を浮かべたのだ。これには都中の人々も驚いた。

 そのうちに、商売で城門を通過するものが挨拶するようになった。

「おはようございます。サンドラさま」
「ごきげんよう」

 たったそれだけだが前とは大きく違ったのでみんなも同じように城門を通る際には帽子を脱いでサンドラに会釈や挨拶をするようになったのだ。

「サンドラさま。ご機嫌麗しゅう」
「ふふ。あなたも」

 そんなやりとりを返すものだから、都の有名人となっていったのだ。

「サンドラさまはなぜ城門にいらっしゃるのだろう」
「あれは恋をしていなさるのさ」
「お相手は勇士シーンさまらしい」
「英雄に恋い焦がれて都に帰るさまをただ一目見たいからああしているのだ」
「なんと一途なかただろう」
「シーンさまには美しい奥様がいらっしゃるのに」
「前はシーンさまを邪険に扱っていたそうだが」
「きっと恋をした照れ隠しだったのだろう」
「しかし不憫なものだ。公爵家から伯爵家に降嫁するのは親族が許してくれまい」
「それも陛下がお認めになった正妻がおられるから、嫁いでも妾だろう」
「いやー。それは難しい話だなぁ」

 彼女を見るものたちはそんな噂話をして気の毒がった。



 ある日、そんな彼女に近づいてくる男がいた。サンドラのほうでも人影に気付いて顔を向ける。

「サンドラ──」
「エリック。久しぶりね」

 それはハリド侯爵家のエリックで、貴族学校の同級生だった男だ。彼は前々から美しいサンドラに思いを寄せていたのだ。

「私も陛下から官位を頂ける身になってね。近衛騎士団の一隊を預かる隊長だよ」
「それはすごいわね。おめでとう」

 サンドラは古い友の出世に喜んで手を叩いて祝福した。それにエリックは苦笑を浮かべる。

「本当に前とは変わっちまったな」
「え? どんな風に?」

 サンドラのほうでは自然体と思っていたので予想外の言葉に驚いた。

「君はそんな可愛らしい子じゃなかった。誰よりも強く美しく気高い存在だったよ」
「そ、そうかしら? きっと子供だったのね」

「もとからそんな風だったらシーンも君を受け入れただろうに」
「え──?」

 サンドラは固まった。知ってはいたが知りたくなかったシーンの拒否する気持ち。それは自分の過去が招いたことだったのだ。
 今は彼に恋い焦がれて心が洗われたようだが、そんなことはシーンは知らない。それにシーンを目の前にしたらきっと前のように強がってしまうかもしれない。

 うつ向くサンドラにエリックは続けた。

「オレなら……どうかな? 君のことを大切にするよ」

 しかしサンドラはいたずらっぽく笑った。

「ふふ。聞いてるわよエリック。あなた叔父の子爵家から従姉のかたと婚約したんですってね」
「あ、あれは親が勝手に。エリーのことはどうでもいいんだ」

「ま。エリーってことはエリザベスかしら? エリアスかしら? 愛称で呼んでるのね」

 軽くあしらわれてエリックは立ち尽くす。それにサンドラは笑って答えた。

「あの占いを覚えているかしら。あなたは親類と結婚する。私は英雄称号を受けた金髪、長身の人と結婚する。あの時は嘘だと思ったけど、シーンが勇士となってから本当だと思うようになったの……」
「だ、だがしかし、シーンはもう妻がいる」

 それを聞いてサンドラの表情は曇る。

「──なにも正妻となることだけが結婚じゃないわ」
「き、君は格下の伯爵家に側室として入るのかい?」

 サンドラはその言葉にうつむいただけで答えようとはしなかった。
 その時、二人の間に一人の男が割ってはいってきた。

「エリック。君は勤務中ではないのか? 仕事の合間に婦女子に声をかけるとは軟弱な男だな」

 二人がそちらのほうを見ると、白銀の鎧に赤マント。金髪、長身の美丈夫な男が笑顔で立っていた。エリックはすぐさま敬礼をした。

「ギリアム王子殿下!」

 それは、この国の第三王子だが王位継承権一位のギリアム王子だった。軍隊においては元帥の地位におり、アルベルトもシーンもここにいるエリックも彼の部下であった。
 ギリアム王子は笑顔でエリックに言う。

「もういいよ。すぐに任務に戻りたまえ。だったら咎めはしない」
「はっ! ありがたき幸せ!」

 エリックは冷や汗をかきながら任務に戻っていった。
 その様子を見た後で、ギリアム王子はサンドラへと視線を落とす。

「驚いた! 君は従妹のサンドラかい?」
「はい。勇壮なる王子殿下。お久しぶりでございます。殿下にいつまでも勇神のご加護がございますようご祈念申し上げます」

 サンドラの母は現国王の妹で元王女。またギリアムの母はムガル宰相の姉、王妃ソフィアである。サンドラとギリアムは血縁関係であった。
 ギリアムは美しくカーテシーを取るサンドラを見つめて感嘆の声をあげる。

「ふー。ずいぶん淑やかになったな。しかも美しい。我が国中を探しても君のような女性はおるまい」
「まあお上手ですわ」

「いいや本心だ」

 ギリアムは言葉を忘れてしばらく彼女を見つめていたが、彼の部下が話しかけてきた。

「ゴホン。殿下、城壁の見回りはいかがしましょう」

 それにギリアムはハッとする。

「そうだったな。馬をひけ」

 ギリアムは係のものが牽いてきた馬に飛び乗るとサンドラへ一度省みて、その後配下を率いて城壁のほうに回っていってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2024.8.2)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

懲りずに何度も繰り返す〜さすがにもう許せませんよ〜

四季
恋愛
何度同じことを繰り返すつもりですか? 何度でも許されると思っていたのですか?

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

処理中です...