シーン・グラムーンがハンデを乗り越えて幸せになる

家紋武範

文字の大きさ
上 下
14 / 58

第14話 ヒーロー

しおりを挟む
 仕事の非番の日は、シーンとエイミーは前のように敷地内で子供の遊びに興じるが、父アルベルトや母の前では大人しく、エイミーとともに微笑んでいる。部屋の中では男女となっているようだとアルベルトは報告を受け、もう偵察の必要はないと下男のトマスに命じた。


 シーンは座るときにエイミーを膝に乗せて顔を近づけて話すのはこちらが目を覆いたくなるほどだ。
 アルベルトも急に大人になってしまったシーンに、多少まごついたものの、よく考えてみれば二人の距離感はいつもそんな調子だったかもしれないと思って見てみると、やはり突然表に飛び出して駆け回る姿は子どもそのもの。大人になったのは話し方だけで中身はいつものシーンだ。それに大変仲の良い様子を見ると良い嫁が来たものだと微笑んだ。

 しかし困っているものたちもいた。二人が汚れた格好でバタバタと駆け回られると仕事が増えるという使用人たちだ。掃除や洗濯がやったあとから増えて行く。
 そこで、一計を案じた使用人がシーンとエイミーに話をしてきた。

「最近、王宮の庭園を開放しておるようですよ。貴族どころか一般庶民も入れます。お二人はそういうところで遊ぶのも楽しいのでは?」

 という言葉に、シーンとエイミーは目をキラキラさせる。

「王宮の庭園だって?」
「噴水もありますの?」

「わぁいわぁい、エイミー行ってみよう!」
「ああん、シーンさま、お待ちになってぇ~」

 計略は功を奏したが、二人は馬車にも乗らずそのまま屋敷を飛び出してしまった。

「うへぇ。あんなにお喜びになるとは。しかしこれでようやく掃除ができる」

 使用人にとっては厄介な二人を追い払えたことに安堵のため息をもらした。





 シーンとエイミーは、走りながら王宮の庭園へと向かったが、けっこう遠いことに気づいた。
 まずグラムーン伯爵家の塀すらどこまでも続いているようだ。そこから城下町を抜けて王宮へと行くにはかなりの時間を要することに気づいた。

「うーん。どうしよう。エイミー」
「そうだわ。シーンさま。一歩歩けば10歩の距離を進めるお札がありますの。それを足に貼ればすぐですわ」

「ああ、そりゃいいや。早速足に貼ろうよ」

 エイミーは、いつもの小袋からおまじないの言葉の書いてあるお札を取り出すと、シーンの足と自分の足に貼り付けた。シールになっているわけではない。足に近づけると自然と吸着するようなそんな不思議な道具だった。

「おー! これはずいぶん足が軽いぞ」
「じゃぁ、早速いきましょうよ」

「わぁいわぁい」

 二人の一歩はずいぶんと早くなった。なにしろ1km進む分を10km進めるわけだから、人から見ればあっという間に通り過ぎてしまうのだ。人々が驚く顔を見て、二人は顔を見合わせて微笑んだ。



 王宮の庭園がだいぶ近づいた頃、辺りは大騒ぎになっていた。それはシーンたちに向けてではない。一両の六頭立ての馬車がかなりの速度で左右に車両を揺らしながら走っているのだ。街の人々は戦々恐々。六頭立ての馬車は大貴族を示すものだ。乗っている方は高貴なお方であろう。だが誰もそれを助けられない。六頭の暴れた馬になど誰も近づけないのだ。すでに御者は落とされてしまったのか、運転席には誰もいない。これはまさに一大事であった。

「すごいすごい」

 シーンとエイミーは野次馬的に見ていたが、あれを助けられるのはシーンしかいないであろうとエイミーは思い、シーンのフロックコートの袖を引いた。

「あれはシーンさまでしか助けられませんよ。かっこいいシーンさまを見せてください」
「オーケー。任せてエイミー」

 シーンは馬車へと走る。見ているものはみんな驚いた。貴族の服を着た美丈夫が風のように馬車に駆け寄っている。しかもかなりの速さだ。これはまさにスーパーヒーローの訪れと大きな歓声を上げた。

 シーンは颯爽と馬車の運転席へと飛び乗ると、男神のような力で手綱を引く。馬の方でも驚いてしまい足を即座に止めた。
 実は馬車に乗っていたものは公爵令嬢のサンドラであった。しかしシーンは乗っているものには全く興味がなかったので後ろを振り向きも安否を気遣う言葉もかけずにさっさと飛び降りた。
 サンドラはさんざん馬に振り回されて体勢も整わなかったものの内装が柔らかいものばかりのため怪我はなかった。
 そのため、ゆっくりと起き上がりこの馬車を止めてくれたのはどんな人物かと、髪を整えながら窓から覗くと髪を上げて凛々しくなってしまったシーンに一目惚れ。
 シーンはシーンであるのだが、前髪は上がっているし、目も半開きではなく見開かれている。そのためサンドラの方では全く気づかない。自分を救いに来た男の中の男。しかも美男。これが恋に落ちないはずがない。
 そんなシーンが向かった先は六頭居並ぶ馬の前。足は止めているものの未だに興奮している。シーンはその一頭に近づいた。

「ははーん、お前だな、いたずら者は。ふんふん。なるほど。ああ、ハチに尻を刺されて驚いたってことか。それなら仕方がない」

 馬の方ではシーンに顔を撫でられて、ようやく落ち着いたようだった。シーンは近くで露店を出していた野菜売りに近づき根菜を買うと馬の一頭一頭にそれを与えた。馬は嬉しそうに首を振るってそれを食べると完全に落ち着いた。
 その頃になるとようやく馬車から落ちた御者も駆けつけ、シーンに頭を下げる。シーンは恥ずかしそうに馬を咎めないように言い残すとさっさと人混みに消えてしまった。

 これにはサンドラも驚いた。一目惚れした相手は、自分を気遣う言葉をかけに来てくれると完全に思い込んでいたのだ。そしたら、手の甲にキスをさせて名前を聞こうと思っていたのだ。彼女はすぐに御者を呼んで、彼の名前を聞こうとした。

「え? 分からないですって?」
「ええ、伺おうと思いましたら、さっさと手を振って行ってしまわれたので……」

「間が抜けているわね。だから馬車から落ちるのよ! まったく!」

 御者の方も平身低頭で謝るしかなかったが、サンドラの方では上の空。あの美丈夫はどこの貴族の令息であろう。学校では見たことがない。ということは都から離れたところにある領地持ちの貴族かもしれない。もう彼女の胸は少女のように高鳴っていた。

「一体どこの誰かしら? きっと私のために神様が遣わしてくださった天使なんだわ!」


 そんなことを知らないシーンはエイミーと一緒に王宮の庭園を駆け回っていた。
 広い広い整えられた芝生の上を走り回り、虫と戯れた後で、人知れず物陰に隠れるとキスをした。
 そうすると、もっともっと仲良くしたくなり王宮の庭園などどうでもよくなってさっさと屋敷に帰ってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2024.8.2)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

懲りずに何度も繰り返す〜さすがにもう許せませんよ〜

四季
恋愛
何度同じことを繰り返すつもりですか? 何度でも許されると思っていたのですか?

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

処理中です...