上 下
12 / 58

第12話 男と女

しおりを挟む
 アルベルトはベスを下がらせると、今度は下男を呼び命じた。

「おいトマス。キミはすばしっこい。こっそりと、エイミー嬢の動向を探って欲しい。シーンの他に男を連れ込んでいるのかも知れない。分かったら報告してくれ」
「お任せ下さい旦那さま」

 下男のトマスはすぐに行動を起こした。早朝からエイミーの別邸に赴いて彼女の動きを探ったのだ。壁や木の陰に隠れての偵察。

 シーンとエイミーはトマスに気付かずにただいつものように遊ぶだけ。だがトマスは思った。
 何かが少しだけ違う。坊ちゃんは昔からあんな動きだったろうか? あんな顔だったろうか? そういえば鼻水をたらしていないし、的確にエイミー嬢の手を握っている。そして木陰のベンチで彼女の肩を優しく抱いている。

「うほ、うほ、うほ」
「ああん。シーン様の意地悪ぅ」

 トマスの見立て通りシーンはエイミーの髪を上手に優しく撫でる。今までの指の動きと大きく違う。
 それまで見ている分には幼児同士のようだったが、大人の目で見てみると仲のよい若い恋人だ。
 しかしそれはエイミー嬢の計略かもしれない。まだ信じられないと、トマスは疑いの目でエイミーのほころびを探した。

「静かですね。シーンさま」
「うお」

「まるでこの世界に、私とシーンさましかいないようですわ」
「あ、あ、あ、あ」

「それだったらどんなにいいのに。あら、小鳥の声だわ」
「うほうほ」

「また巣を探しましょうよ」
「うほー」

 二人は楽しげに遊び、草原でしばらく昼寝をしたかと思うと、どちらがいうとなくシーンの部屋へ──。
 表で遊ぶのが好きな二人が庭から部屋に入っていく姿。エイミーを先に進ませ、シーンは上着のフロックコートを脱ぎ、ベストを脱いでシャツだけになる。今までフロックコートに隠されていたが胸板や太ももが厚い。衣服がパンパンである。まるで力強い男神のような姿。
 そんな男性的な身体をもつシーンはそっとエイミーの尻を押して部屋に入れた。
 

「な、なんかおかしいぞ?」

 二人が部屋に入ると扉は閉じられた。一体部屋の中で何が行われるのかとトマスは閉じられた窓に近付く。そこにはカーテンが閉じられていたが、カーテンの隙間から部屋を覗くと、果たして二人は準備万端な睦み合いの直前。
 その前にエイミーは小袋より丸薬を取り出し、大きく口を開けたシーンへと丸薬を飲ませると、「うう」とか「ああ」としか言えなかったシーンが、口を開く。

「う、う、う、う」
「はい。シーン様」

「え、え、え、ええええ、エイミー」

 それに下男は驚いて尻もちをついてしまった。聞き違いか?
 しかしそうではない。ハッキリと名前を呼んだのだ。下男はますますカーテンの隙間に張り付いた。

「良かった。薬効があなたを取り戻す時間が早くなってきてる。もうすぐよ」
「あ、愛してる。エイミー。また言葉を忘れてしまうのが怖いよ」

「大丈夫。薬は言葉を思い出させているわ。あと僅かよ」

 間違いない。ご令息のシーン様は言葉を話している。エイミー嬢と立派に会話をしていなさる。しかしこれはどういうわけだとトマスは聞き耳を立てる。
 すると、エイミーの声。嬉しそうに泣きながらシーンに抱き付いていた。

「ねぇシーンさま、あなたは前世で、死ぬ間際に頭を石でつぶされてしまったのです。その時の石のかけらがまだ脳に残っているのです。ですから、読むことも書くこともままならないのですわ。この丸薬を毎日飲んでいると、その内に、石は溶けてしまいますから」
「うん。だけど思い出せない。でも分かるよ。エイミーのことはとても大切な人だと──」

「はい。私……私があの時、あなたの咎めを聞いて岩の下になどいかなかったら、こんなことにならなかったのに。あなたは私を助けてそのまま……」
「ああ。でも今の生活も楽しい。君がいるから。これからも側にいてくれるかい?」

「ああ! なんて寛大なシーン様!」

 シーンはそのままエイミーを抱き締め男女となる。
 細かい部分は聞き取れなかったもののトマスはこれはもう間違いないだろうと見てはおれず、アルベルトのところへ戻り、その旨を話した。

「なんだと? ふむう。エイミーの不思議な薬を飲むとシーンが話せるようになるとな!?」
「は、はい。シーン様の目に光りがやどりまして、言葉を話せるようになったのです。そして、あの~。男と女のナニです」

「なるほど。不思議な話だ。しかも、間男のではなく、本当にシーンと睦み合うとは」
「まだ一日では分かりません。少し内偵する必要はあるとは思いますが」

「そうだな。引き続き調べてくれ」
「分かりました。旦那さま」

 その薬も怪しいと感じながらも、エイミーは本物だった、間男の疑いも晴れ、シーンが言葉を話せるようになったのなら、それもまたいいのかも知れないとアルベルトはそのままにさせ、トマスに内偵を続けさせることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

アリア

桜庭かなめ
恋愛
 10年前、中学生だった氷室智也は遊園地で迷子になっていた朝比奈美来のことを助ける。自分を助けてくれた智也のことが好きになった美来は智也にプロポーズをする。しかし、智也は美来が結婚できる年齢になったらまた考えようと答えた。  それ以来、2人は会っていなかったが、10年経ったある春の日、結婚できる年齢である16歳となった美来が突然現れ、智也は再びプロポーズをされる。そのことをきっかけに智也は週末を中心に美来と一緒の時間を過ごしていく。しかし、会社の1年先輩である月村有紗も智也のことが好きであると告白する。  様々なことが降りかかる中、智也、美来、有紗の三角関係はどうなっていくのか。2度のプロポーズから始まるラブストーリーシリーズ。  ※完結しました!(2020.9.24)

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2024.8.2)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...