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第3話 泥棒
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シーンは16歳にも関わらず、中身は子どもだ。池の中を覗き魚がいるのを眺めて、袖をまくって水の中に手を突っ込むのが好きだ。
いつもお召し物には土や草がついている。アルベルトもジュノンも、そんなシーンを咎めるようなことはしなかった。むしろ遊んでいる我が子の姿が好きだったのだ。
エイミーが来て、シーンの笑顔はますます増えた。シーンの遊びにエイミーは付き合ってくれる。一緒に浅い池に入って赤い色の小魚を追いかける姿は微笑ましいものだった。
二人は夕方になるまでそんなふうにして遊んでいた。食事は両親に招かれて、四人で大きなテーブルでとる。今まで三人でとっていた食事がエイミーが加わったことでますます明るくなったのだ。
アルベルトはエイミーに女の子の小間使いをつけてやった。
別邸で湯浴みをしたり、着替えをするための住み込みの手伝いだ。名前をベスといった。
明くる朝、その小間使いのベスが別邸からお屋敷の方に駆けてきた。余りにも慌てているので、アルベルトのほうでもただごとではないと思った。
「どうしたベス。エイミーになにかあったか?」
「あ、あ、あ、あの、旦那さま、ど、ど、ど、泥棒でございます」
息を切らし、床に跪いて言葉にするのがやっとという感じだったが、この伯爵家に泥棒とは穏やかではない。
エイミーに何かあっては彼女の父親であるパイソーン伯爵に顔向けが出来ない。
「それで、泥棒はどうした!?」
「あ、あ、あ、あの、それが」
「ハッキリしたまえ! エイミーは無事なのか!?」
「無事でございます」
アルベルトはホッとため息をつく。ベスと護衛を何人か連れてエイミーの住まう別邸にやってくると、エイミーは鏡台の前に座り、自分で長い銀髪を結っていた。
「エイミー!」
アルベルトは何事もなかったような顔をしているエイミーへと叫ぶ。しかしそれでもエイミーは普段通りの対応だった。
「あ、おはようございます。グラムーン司令」
「挨拶などよい。ベスは泥棒が入ったと言っていたぞ」
「はい。そこの柱にくくりつけてございます」
「なんと?」
アルベルトが柱を見ると、すばしっこそうな小男だ。非力そうではあるが、女子にそれを捕らえるなんて至難の業であろう。
アルベルトは不思議に思った。だが泥棒を然るべき場所に突きだして懲役させなくてはいけないと、衛兵に捕縛させた。
アルベルトが泥棒をしょっ引くと、彼は大変に悔しそうに恨み言を言った。
「くそう。女の子だけだと思って油断した。あんな不思議な術を使うなんて」
「術だって?」
「そうさ。女主人が小袋を取り出すと中から縄が生き物のように飛び出して、あっという間にこのざまだ。くそう」
「ほう。エイミーが」
またしてもエイミーの小袋。パイソーン家にはそんな不思議な道具があるのかと思った。なるほど、そう言う道具で北の都を守護しているのだと納得したが、アルベルトは特にそれを調べようとはしなかった。
そんな緊迫した出来事があったのに、エイミーは何でもない顔でシーンといつものように遊んでいた。
「あ、シーンさま、ウサギだわ」
「うお、うお、うお」
「二人で捕まえましょうよ」
「うおー!」
そんな遊びに興じている。しかし、その遊びでは捕らえる縄は使わなかったようである。
二人はウサギを捕らえることは出来なかったが、さっさと次の遊びを見つけて、庭園の中を駆けずり回っていたのだ。
そして二人はそっと庭園の物陰へ──。
「シーンさま」
「うお」
「私を抱いてください」
「うお」
シーンはエイミーに寄り添って強くその体を抱く。
「ずっとこのままならいいのに」
「うお」
「シーンさま。袋が必要ならいつでも言って下さいね」
「うお」
エイミーの手には小さな小袋が握られている。しかしそのへこんだ具合から見ると、中身は空のようであった。
いつもお召し物には土や草がついている。アルベルトもジュノンも、そんなシーンを咎めるようなことはしなかった。むしろ遊んでいる我が子の姿が好きだったのだ。
エイミーが来て、シーンの笑顔はますます増えた。シーンの遊びにエイミーは付き合ってくれる。一緒に浅い池に入って赤い色の小魚を追いかける姿は微笑ましいものだった。
二人は夕方になるまでそんなふうにして遊んでいた。食事は両親に招かれて、四人で大きなテーブルでとる。今まで三人でとっていた食事がエイミーが加わったことでますます明るくなったのだ。
アルベルトはエイミーに女の子の小間使いをつけてやった。
別邸で湯浴みをしたり、着替えをするための住み込みの手伝いだ。名前をベスといった。
明くる朝、その小間使いのベスが別邸からお屋敷の方に駆けてきた。余りにも慌てているので、アルベルトのほうでもただごとではないと思った。
「どうしたベス。エイミーになにかあったか?」
「あ、あ、あ、あの、旦那さま、ど、ど、ど、泥棒でございます」
息を切らし、床に跪いて言葉にするのがやっとという感じだったが、この伯爵家に泥棒とは穏やかではない。
エイミーに何かあっては彼女の父親であるパイソーン伯爵に顔向けが出来ない。
「それで、泥棒はどうした!?」
「あ、あ、あ、あの、それが」
「ハッキリしたまえ! エイミーは無事なのか!?」
「無事でございます」
アルベルトはホッとため息をつく。ベスと護衛を何人か連れてエイミーの住まう別邸にやってくると、エイミーは鏡台の前に座り、自分で長い銀髪を結っていた。
「エイミー!」
アルベルトは何事もなかったような顔をしているエイミーへと叫ぶ。しかしそれでもエイミーは普段通りの対応だった。
「あ、おはようございます。グラムーン司令」
「挨拶などよい。ベスは泥棒が入ったと言っていたぞ」
「はい。そこの柱にくくりつけてございます」
「なんと?」
アルベルトが柱を見ると、すばしっこそうな小男だ。非力そうではあるが、女子にそれを捕らえるなんて至難の業であろう。
アルベルトは不思議に思った。だが泥棒を然るべき場所に突きだして懲役させなくてはいけないと、衛兵に捕縛させた。
アルベルトが泥棒をしょっ引くと、彼は大変に悔しそうに恨み言を言った。
「くそう。女の子だけだと思って油断した。あんな不思議な術を使うなんて」
「術だって?」
「そうさ。女主人が小袋を取り出すと中から縄が生き物のように飛び出して、あっという間にこのざまだ。くそう」
「ほう。エイミーが」
またしてもエイミーの小袋。パイソーン家にはそんな不思議な道具があるのかと思った。なるほど、そう言う道具で北の都を守護しているのだと納得したが、アルベルトは特にそれを調べようとはしなかった。
そんな緊迫した出来事があったのに、エイミーは何でもない顔でシーンといつものように遊んでいた。
「あ、シーンさま、ウサギだわ」
「うお、うお、うお」
「二人で捕まえましょうよ」
「うおー!」
そんな遊びに興じている。しかし、その遊びでは捕らえる縄は使わなかったようである。
二人はウサギを捕らえることは出来なかったが、さっさと次の遊びを見つけて、庭園の中を駆けずり回っていたのだ。
そして二人はそっと庭園の物陰へ──。
「シーンさま」
「うお」
「私を抱いてください」
「うお」
シーンはエイミーに寄り添って強くその体を抱く。
「ずっとこのままならいいのに」
「うお」
「シーンさま。袋が必要ならいつでも言って下さいね」
「うお」
エイミーの手には小さな小袋が握られている。しかしそのへこんだ具合から見ると、中身は空のようであった。
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