王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範

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第10話 アドリアン⑤

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 反乱は鎮圧され、首謀者や扇動者を捜査すると、果たしてディリックという男が暗躍しているようだということがわかったが、調べ進めてもそんな名前は誰も知らず、どこから来た者かも分からなかった。行き詰まってしまったのだ。

 しかしこうしてはおれない。その間も国境の守備隊は、そのディリックの策略に苦しめられているかもしれないということで先に進んだ。

 やがて国境の城へと到着した。城壁はところどころ破れ、城民や兵士たちには疲労の色が見える。
 悲しくなる。理想を持って反乱を起こす者は、苦しむ民や兵士のことなど考えていない。そんな者が王政を倒しまともな政治が出来るものかと憤慨した。

 この城の家臣たちに招かれて城の一室へと入ると、家臣たちは休息をとるように言ってきたがこうしてはいられない。すぐに側近のヘンリーを呼んだ。

「ヘンリー。兵士たちを慰労したい。余が演説し、兵士たちを収容できるような場所はないだろうか?」

 ヘンリーはそれを聞くと、下がって左右の部下たちより情報を集めて戻ってきた。

「畏れながら陛下に申し上げます」
「申せ」

「城内の中央には広い公園があります。そこに一段高い演台を設け、そこより演説するのはいかがでしょう?」

 なるほどそれはいい。そこなら兵士だけでなく、城民も来てくれるかもしれないぞ。

「よしヘンリー。それで行こう。準備のほど、よろしく頼む」

 そう言うとヘンリーは下がって行った。窓の外を見てみると、たしかに広い公園のような場所がある。そこに続々と兵士や城民たちが集まっていくのが見えた。

 しばらくすると、ヘンリーが騎士たちを引き連れてやってきた。

「陛下。準備が整いました。民や兵士たちは陛下のお成りを楽しみに待っております」
「そうかご苦労であった。ではさっそく行こうではないか」

 ヘンリーの指揮する騎士たちに囲まれ、公園へと進むと道の脇でローガン将軍が跪いて出迎えてくれた。

「おおローガン将軍。面を上げたまえ」
「ありがとうございます。陛下、私はここで不埒者がいないか警備しとうございます」

「さようか。頼もしい、よろしく頼む」
「ははー!!」

 ローガン将軍がここにいてくれるなら、突然反乱の兵士が駆け込んできても安心だろう。
 ローガン将軍にその場を託して、演台へと向かう。
 そこから群衆を見下ろすと、みんな『陛下万歳』を唱えていたが、やはり疲れが見える。やはり激励しなくてはならない。
 余は群衆へと向かって声を張り上げた。

「諸君! 余は国王アドリアンである。反乱を起こす不届き者は日夜君たちの生活を苦しめている。そんな者たちの理想がどれだけ人々の心を傷つけるのか? 余は言いたい。それは彼らの意識の低さと傲慢であると! ここを守ってくれている諸君、及びそれを支える家族に、余は敬意を表す!」

 壇上で群衆に敬礼をすると、彼らは声を上げて逆に感謝の言葉を言ってきた。とても嬉しかった。
 その中に大きく手を振っているオリビアのような者もいる。いやまさかな。彼女は王宮だ。しかも軍服を着ている。
 なんかあの軍服には見覚えがあるぞ?
 あれは余がオリビアに与えたものとそっくりだ。結婚したときに、軍事の祭典に出るときはこれを着るようにと──。
 余はついついそちらに目を奪われていた。

 その時──。

 群衆の一角が乱れた。そこには白刃を持った男が回りを押し倒し、切り伏せ始めたのだ。その者は真っ直ぐに余のほうに向かってくる。

 ヘンリーはすぐに騎士たちに命じて余の回りを守らせながら壇上から退避させ始める。
 あれは謀反人の一人であろうと、彼の顔を見ながら壇上を降り始める。騎士たちの守りは強固だし、被害は最小限であろうと思った。

 だが、余は足を止めた。謀反人の前に、一人の女性が立ちはだかったからだ。それは軍服を着たオリビアに似た女性──。

「この狼藉もの! 陛下の元には近付けません!」

 あの透き通る声──。

 聞き覚えのある声。しかしそんなはずはない。彼女は、オリビアがここにいるはずがないのだ。
 彼女は王宮にいるのだから。

 余の鼓動と息が乱れる。

「いけません、陛下! 身を低くして壇上からお降りください!」

 ヘンリーの声。

 しかし余はヘンリーの声とは逆方向に飛び降りて彼女のもとへと駆けていた。

「いけない! オリビア!」

 だが彼女は微動だにせず、両手を広げて余の元へ暴漢を行かせるものかと立ち尽くしていた。

 彼女と暴漢の距離は次第に縮まり、彼女は白刃を受けてその場に倒れた。

「オリビアーー!!」

 余は必死で彼女の元へ駆ける。その頃には暴漢はローガン将軍の手によって押さえ付けられていたが、それどころではない。
 余はぐったりした彼女を抱きかかえた。

「ああ、オリビア! どうして君はここに!?」

 オリビアは、まぶしそうに余を見つめ、力なく手を持ち上げたと思うと、余の頬にそっと触れた。

「陛下……、ご無事で良かった……」
「ああ、君のお陰だ! しっかりしろ!」

 しかしオリビアは力なく微笑んで、余の頬から細い指を落として目を閉じてしまった。

「そんな……! オリビア、余は君を愛してる! 目を開けてくれ!」

 それにオリビアは優しく微笑んで答える。

「私も……、陛下を深く、深く愛しております。最後に陛下に思いを伝えられて良かった……」

 ……なんと?

 彼女は今、オリビアは今、最後と言ったか?

 余の目から涙があふれ、彼女の頬に落ちて行く。しかしオリビアは目を覚まさない。

「ああ、オリビア。君を愛してる。昔からずっと……」

 余は、もう開かれることのないであろう、彼女の唇に、そっと口づけをした。
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