王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範

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第6話 アドリアン③

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 余は楽しみにしていた。オリビアが寝込んだことは悲しむべきことだが、お見舞いと称して公然と彼女の部屋に入ることができるということが私の仕事への情熱を燃え上がらせた。

「おお陛下! ものすごい仕事の処理量です」
「当たり前だ。早々に仕事など終わらせてオリビアの部屋に行くのだから!」

「おおー。なんとも熱々ですな」

 熱々かぁ~。人からみれば本妻では足りずに側室二人も入れた色好みのご乱行に見えるだろうな。誓っていうけど余はまだまだ少年のままなんだぞ、畜生。

「よし終わったァ!」

 乱雑に積み上げたる決済書類を整えるのは文官の仕事として、余は早々に執務室を出てオリビアの部屋に向かおうとした。
 扉を開けようとすると、逆に向こうから開かれてしまい固まってしまうと、そこには内務大臣が立っていた。

「どうした。政務は終わった。書類はあそこにあるから持っていってくれたまえ」
「いえ陛下。至急玉座までお越しください」

「はぁ? なにか他国からの使者でも来たのか? 少しだけ待たせておいてくれ」
「それが……」

「ん? 申せ」
「先王さまと、お妃さまでございます」

「はぁ!?」

 父と母だった。トリントアの離宮で楽しく暮らしてたんじゃないのかよぉ。こっちは忙しいんだよ。

 しかし先王だ。ないがしろにするわけにも行かない。急いで玉座の間に行くと、下座にニコニコして立っていた。なにが面白れぇんだよ。

「これはこれは先王陛下。お約束もなしに突然のお召しとは何か火急のご用事ですかな?」

 イヤミを言ってやったが、二人とも特段気にしている風でもない。

「いやいや、新王陛下のご長命をお祝いに来ただけでございます」

 と母。

「ああそうですか。ありがとうございます。ではどうぞお帰りください」

 全く以て邪魔者。僅かな時間でオリビアに会おうと思ってんのに、こんな能天気な二人に付き合ってられん。

「新王陛下よ。実は喜ばしいことがあってのう」

 と父。なんだ喜ばしいことって。

「さすればどんなことでしょう?」
「さよう。これを見よ」

 と、母の腹を指す。恥ずかしそうに頬を押さえる母。まさか。

「ほーら。お兄ちゃんですよ~」

 やっぱり。離宮で二人きりの時間ができたから仲良くしてたわけね。ハイハイ。この歳で年の離れた弟か妹かよ。勘弁してくれよぅ。

「新王も早いうちに後継者を生んでいたほうがいい。いくら好きでも忙しいとなかなか子作りの時間も作れんからな」

 知ってるなら邪魔すんな。
 しかしこの父。この歳でお盛ん。恋愛体質で一途なんだよな~。この血を余は引いてるわけで、性格も似ていると来てる。
 父と母は最初から仲がよかったのかなぁ?

「時にお父上」
「何だね、陛下」

「お父上は母上をとても愛してらっしゃいますが最初からそうだったのですか? もしよろしければ秘訣など教えていただきたい」
「左様か。三人の妻を抱える陛下には釈迦に説法であろうが……」

 うぉい! 余はオリビアだけだっつーの。

「ワシとて公爵の娘であったローズと最初から仲がよかったわけではない」

 隣で母が首をかしげている。どうした?

「まぁ互いに好き同士であったには違いないが、ローズのヤツめ小癪にもワシを『好きです』と言ってきおってのう。『いやワシも憎からず思っておる』と伝えて、まぁそんな感じかのう」
「えー? まったく逆なんですけど?」

 むむ。母の参入。つかどっちでもいいよ、そんな馴れ初め。親のそんなの聞きたくないし。

「あなたが花束と宝石を渡して来たからでしょう?」
「だが『好きです』と言ったのはお前だ」

「まー! あなたは好きでもない相手に花と宝石を贈りまして?」
「そういうことではない。言ったのはお前だ!」

 目の前でやいのやいの言い争いを始めるお二人。どっちでもいいし、時間がもったいない。

「だがそんなお前が可愛いんだがな?」
「まったくぅ。ワタクシもそんなあなたが大好きよ?」

 そういって互いにもたれ掛かる中年たち。帰っていいすか?

「そうだな。なにか贈り物を贈って歓心を引くとよい」

 ふーん。贈り物ね……。前に耳飾りを贈ったことがあったな。





 それは晩餐の食卓でのことだった。私は彼女の前に箱に入った耳飾りを出したのだ。

「オリビア。キミにこの耳飾りを与える」
「まぁ……」

 余はこのプレゼントを確実なものとしたく、カーラにも与えた上でオリビアに似合うものを選んで貰っていたのだ。

「カーラは青色のものが好みだそうだ。彼女は喜んでいたよ」
「……そうですか。カーラには先に与えたのですね」

 ぬ、ぬぅ。またなにか不服らしいぞ? 余がせっかくテンション上げて持ってきたのにありがとうもないのか?

「キミの顔立ちには真っ赤なこのルビーの宝石が似合うはずだ。嬉しくはないのか?」
「嬉しいです。ありがとうございます」

「ふん……」

 なんだよ、なんだよ。全然嬉しそうじゃないじゃないか。結局オリビアは余の贈り物など嬉しくはないのだ……。





 どうしたらオリビアを喜ばせることが出来るだろう? でもあの花。あんなにたくさんあったら嬉しいんじゃないかな? 早くオリビアのところに行きたいなぁ。

 その時だった。玉座の間の扉が開き、軍事長官が入ってきたのだった。

「陛下。準備ができました」
「ん? なんの準備だ?」

「おや先日、国境付近の城であった反乱で戦った兵士の慰労に向かう日は今日でございます」
「なんと。今日であったか」

「陛下のご準備が出来次第出立となります」
「おお、そうであったか。暫時待てぃ!」

「ははっ!」

 そーだった。そーだった。だったらオリビアに早く会いに行かなくちゃ。これじゃ二週間くらいの旅程になるし、その間にたまった仕事をこなすからオリビアにひと月くらい満足に会えなくなるもんな。

 そこに、侍従長が入ってきて深々と頭を下げる。

「今度はどうした?」
「いえ陛下。王妃さまの体調が戻りまして、床上げでございます」

「おお左様か! よかった。本当によかった」

 そこでふと思った。オリビアの調子がいいなら国境の城に連れていってもいいかもしれない。オリビアが何か言っても公務だといえば大丈夫だろうし。そうだ。そうしよう。
 余は侍従長に質問することにした。

「オリビアの調子がよければ国境の城に連れていきたいのだが?」
「それはもちろん構いません。王妃さまにもお聞きください」

「ああ、もちろんだとも」

 私は足取り軽くオリビアの部屋へと向かった。久しぶりのオリビアの顔。
 うーん、ちょっとやつれたかも知れないけど、全然容色が衰えてないよー! はー、このまま抱き締めたい。

「うん。床上げと聞いた。よかった」
「…………左様でございます」

 くー。そっけない。嬉しそうな顔をしてるのは余だけじゃないかぁ。

「しっかりと美味しいものを食べて栄養を摂らないとな。健康じゃないと国民も心配するぞ?」

 という意味の言葉をアレンジしながらオリビアへと伝えると、彼女はまた表情を曇らせた。

「お仕置きのお言葉、たしかに拝聴致しました」

 お仕置きじゃないやいやい。心配だから言ってるんだよ。くー。
 そうだ。国境の城の話をしないとな。

 ん? 侍女が余の贈った花を片付けてるぞ?

「あの~。侍女が余の贈った花を片付けてるけど?」
「はい。見ていると悲しくなります」

 ぐあーーん! そんなに嫌う? 少しくらい余の気持ちを受け取ってくれたっていいじゃない?

 少しくらいスザンヌみたいに大げさに笑ってくれたっていいじゃないか。ヒドイ。

「スザンヌは申しておりました。アドリアン様は部屋ではとてもお優しいと」

 え? は? わわわ、恥ずかしい。スザンヌのやつめ余のことをそんなふうに暴露してるのかよぉ。
 婦女子ってのはホントにおしゃべりだなぁ!

「くぉい! ヤメロ。そんな話、女同士でするの禁止! 余のライフガリガリ削られる!」

 と王族らしい言い方にアレンジしながら伝えてきびすを返す。あー、もう無理。オリビアのテンションは低いし、この状態で国境の城に連れてけない。ハズイ。女子怖い。
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