王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範

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第1話 オリビア①

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 今日も朝が来てしまった。憂鬱な朝。
 王宮に嫁いだとていいことなどなにもない。両家のために婚約した王子は13歳で王太子となり、18歳の若さで国主の座を譲られ国王となった。

 私は公爵家の長女であったオリビア。5歳でアドリアン王子の婚約者とされ、16歳で結婚。
 私はアドリアン様を初めて見たときから恋に堕ちていたが、アドリアン様は私をお嫌いのようで、会うたびにケンカばかり。
 私が引いていれば良かったのだが、私も負けん気が強く、一度も謝ることがなかった。

 そんな二人の結婚生活などあるわけもなく形式上の夫婦なだけ。食事の際に顔を合わせて閨は別。
 世継ぎが出来ないのでアドリアン様は国主となってしばらくしてから家臣に勧められ側室のカーラを娶り、ますます閨は離れ、本日新たに二人目の側室、スザンヌを娶るとの話だった。

 素直になれない自分が恨めしい。このまま大好きなアドリアン様の妻の立場にいながら、彼の子どもを側室たちが産む話を聞かなくてはならないなんて。
 それは死に勝る苦しみだった。

「王妃さま。朝食の準備が出来ました」
「そう……」

「国王陛下はすでにテーブルでお待ちです」
「分かったわ……」

 先に食べて去って下さっていればいいのに、苦しい。でも負けない。泣いてはいけない。王妃として毅然とした態度をとらなくては。

 私は朝食の場へ行くと、アドリアン様は私を一瞥してハッと目を逸らす。

「おはよう。昨夜はよく眠れたか?」
「ええ。それはもうグッスリと。一人は気楽ですので」

「……フン」

 挨拶が終わると朝食の始まりだ。長いテーブルの上座に二人。アドリアン様は主席に座り、私は右側の副席に座る。
 飾られた燭台に小さな炎が揺らめく中、二人の食器が小さく音を鳴らす。それだけがここの支配者だ。

 チャ。キ。スイ。チ。

 そんな音。ただ黙々とお互いの存在を消して味もしない楽しみのない食事。

 彼はひょっとしたらカーラと食事をしたいのかもしれない。彼女を王妃に据えたいのかもしれない。しかし、まだそれをしようとしない。
 それだけが私の救い。私が王妃として生きられる唯一の生き甲斐かもしれない。

「あー。ん。ん」

 アドリアン様は、食事の際に毎回この咳払いをしてから厭味をいう。それは私のプライドを毎回傷付けるのだ。

「はぁー。昨日のカーラは最高であった。やはり女はああでなくてはいかん。甘え上手で、男を蕩けさす」

 これだ。私は嫉妬で悶えそうになる。苦しい、苦しい、苦しい。彼は生きながらにして私を殺す。
 言葉の毒殺。少しずつ、少しずつ弱らせてゆくのだ。

「左様ですか。陛下にはカーラのような女性がお似合いなのでしょう」

 アドリアン様の言葉に私は逆らうようにお返しをする。静寂の広間に彼の歯ぎしりの音が聞こえたような気がした。

「そうだな! 今日来るスザンヌも可愛らしいそうだ。誰かと違って大人しく従順な若い彼女を見るのは今から楽しみだ!」

 アドリアン様は音を立てて立ち上がって私を睨んでいるようだったが、私はスープの皿を見つめていた。自分の黒い瞳がそこに映っていた。
 哀しげな目が──。

「もうよい。私の食器は片付けてくれ。オリビアは食事を続けたまえ。よほどスープが好きだと見える」

 彼は、そのまま足音を鳴らして護衛の近衛兵を二人後ろに付けて早々に広間から立ち去った。

 私は、この広い部屋のたった一人の主人となった。執事やメイドは私の食事の終わりをただじっと待っている。私はナプキンで口を拭いた。

「もういいわ。私のも片づけて」
「は、はい。王妃さま……」

 アドリアン様には政務があるが、私には有り余る時間がある。たまに来賓の接待や領地の巡察には同行するが、その時だけだ。
 私はしばらくメイドたちの仕事を見ていた。しかし、それも空しいので立ち上がる。
 自室に戻ろうと廊下を歩き出すと、淡い桃色のドレスを纏った、小顔で華奢な顔立ちの少女と会った。ティアラを見て私が王妃と気付いたのであろう。スカートの裾を引っ張り上げてうやうやしく王妃に対する膝折礼カーテシーをとる。
 私は彼女へと声をかけた。

「ごきげんよう。王宮では見ない顔ね。どちらからいらしたの?」
「え。あ、はい。王妃さま、とても麗しいご尊顔でございます。王妃さまのご長命が幾久しく続きまして、領民たちに絶え間ない平和が続きますようご祈念申し上げ……」

「あの……。そんなに緊張しなくてもいいのよ? あなたは誰かしら?」
「あ、はい。私はローゼン伯爵が子女であります、スザンヌと申します。本日から陛下のお部屋に上がります」

「あ……、あなたが……」

 ローゼン伯爵の領は辺境なれど、スザンヌは美しい娘だった。そして、話し方がとても魅了的だ。笑顔に吸い込まれそう。
 彼女はその天真爛漫な態度と美貌で、アドリアン様のご寵愛をほしいままにするのだろう。

「そうなの。陛下は素晴らしいお人よ。誠心誠意お仕え致しなさい」
「はい! 陛下もそうですが、王妃さまとも仲良くなりたいです! 私たち、順列はあれど同じ妻同士ではありませんかァ!」

 言葉が詰まる。しかし、このはつらつなスザンヌにそう言われると、それも出来そうな気がしてきた。

「ふふ。そうね。あなたは気持ちの良い人だわ」
「ありがとうございます!」

 こんなにも可愛らしい人ですもの。とても勝ち目はない──。
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