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セイバー

第58話 神への祈り

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 ロイムは眠り、起きたのは朝だった。
 その日は容赦なく照りつける太陽。
 セイバーはロイムが動けるようになったので、食糧と大きい厚い布を買いに行かせた。
 ロイムに食事をさせ、厚い布は自分の身を覆うため。
 太陽が自分を焼かないための厚着であった。

「ロイム。食べたら出発するぞ」
「え、ええ」

 ロイムはいつまで、この殺人鬼と一緒にいなければならないのか、不安で一杯だった。
 彼の気まぐれで自分は殺されてしまうかも知れないと思っていたのだ。
 ロイムはセイバーが彼女のために手を尽くしたことを知らなかった。
 セイバーは物騒な大鎌を背中に背負い込み、食糧と金を乗せた小さい手押し車を押している。
 本当は彼女に押させるはずだった。
 移動だって夜にすれば太陽がセイバーの身を焼く心配はない。

 しかし、ロイムにとってみれば日中の方がいいだろう。
 回復したばかりで歩くのが精一杯かも知れない。
 セイバーは自然とロイムに合わせていたのだ。

 一日中歩き続け、やがて日も落ち始めた。
 セイバーはロイムを木陰に休め、薪を拾いに行った。
 ロイムは歩き続けた足をさすり、この無駄でいつ終わるか分からない旅に嫌気がさしていた。
 逃げなければならない。
 しかし今の体力では無理だろう。
 機会を待たねばならない。そう思った。

 セイバーは薪を拾いながら食事をしていた。
 小さい虫や野ネズミを拾って口に放り投げる。
 ロイムはこんな姿を嫌うだろう。さっさと食事をして火を焚いて彼女の身を温めてやらねばならない。

 ふと思った。なぜこんなことをしなければならない?
 しかしこうしなくてはロイムに嫌われるかも知れない。
 嫌われる?
 なぜロイムのことを考えているのか?
 自分だけのことを考えていたセイバーには今まで無かった感情。
 人間などただの食糧だと思っていたのに、今ではそれをすると彼女が悲しむなどと考えている。

 セイバーは一度拾った薪を地面に放り投げた。

「ふん。バカバカしい。何であんなすぐ泣く、面倒臭い人間に気を遣わねばならんのだ。食ってしまえばそれまでだ。食ってしまおう。戻って、ロイムの叫び声を聞きながら……」

 だが言うたびに嫌悪感や吐き気が襲ってくる。
 そして猛烈な哀しさ。
 そんなこと出来るはずもない。
 なぜだ? セイバーには分からなかった。
 だが、今は早くロイムの元に戻って抱きしめたい気持ちだった。

 セイバーは放り投げた薪を急いで拾い集め、少し飛びながら野営地の大木の元に急いだ。
 しかし、そこにひと気は無かった。
 ロイムがいない。セイバーは思わず薪をそこに落としてしまった。

「ロイム!」

 大きく叫んで辺りを見回すが返事はない。
 逃げたのか?
 いや、そうではない。
 ロイム以外の臭いがする。それが二つ。
 そいつらがロイムを連れ去った。
 嫌な臭いだ。自分と同じ悪の臭い。

 セイバーの背中に嫌な汗が湧く。涙もこぼれてくる。僅かに残るロイムの香りを嗅ぎ当てると、戦闘機のように舞い上がってそこに急いだ。

「ああロイム! 無事でいておくれ!」

 僅かな時間でそいつらに追い付いた。そこには黒マントを羽織った二人に担がれているロイムがいた。
 口には猿ぐつわを噛まされている。
 セイバーは憤怒して叫んだ。

「待て!」

 すると、その黒マント達は振り向いた。

「おお。セイバーではないか」

 見ると、不死の一族のものだった。
 自分より早く産まれた兄たちだ。
 セイバーは柔らかく地面に着地して兄たちに拝礼した。

「お久しぶりでございます」
「つつがなさそうだな。ティスティ様は帰らないお前を心配し、援軍として我らを送ったのだ。デスキング様はどうした?」

「それは、おいおい……。ところで、その人間の女は私の旅の共にございます。こちらにお返し願いたい」

 そう言うと兄たちは顔を見合わせて高らかに笑った。

「はっはっはっ! 何を訳の分からぬことを。これは今日の晩餐だ。セイバーも共にこれの血を飲み、肉を喰らおうぞ」

 そう言って返しはしなかった。
 ロイムの目が恐怖に満ちている。
 セイバーは地面に伏して懇願した。

「どうかその儀ばかりは……」
「はぁ?」

 兄たちは近付いて、思い切りセイバーの頭を蹴りつけた。

「貴様、こんな旨そうなものを独り占めしようとしているな? お前になどやらん。もう兄でもなければ、弟でもない。どこぞなりとも消え失せろ!」

 と兄たちが叫ぶとセイバーは立ち上がった。

「それはどうも。兄も弟も関係ないなら、躊躇することなどなくなった」

 そう言ってロイムに当たらないように、だが的確に大鎌を振り回して兄たちを切り刻み、肉片を太陽の光がよく辺りそうなところに投げ捨てた。
 そして急いでロイムに駆け寄り、その体を抱きしめる。

「ああ。ロイム! ああ、ロイム! 無事か!」

 ロイムはセイバーがそうする意味が分からなかった。
 あの黒マント二人と共に自分を食べるのだろうと思っていたのだ。

「ええ……。無事よ……」
「ロイム。今、オレは君が無事なように祈ってしまっていた。いるはずも無い神に! 何という……何と言うことなんだ。自分ひとりで生きてきたと思っていた。これからもそうだと思っていた。だけど君を失うのが怖い! ものすごく怖い!」

「……え?」
「ああ、神様! ありがとうございます!」

 セイバーは泣きながらロイムを抱きしめていた。
 ロイムもそれを抱き返す。

「セイバー。それは、人を愛する気持ちよ」
「愛……。これが愛……?」

「そうよ。我々はひとりでは生きれないわ。誰かを愛し愛されて行くものなのよ?」
「ああ、ロイム! だがオレは神から許されない。君の肉親も殺してしまった、仇の男! どうしたら……。どうしたらいいんだ? 教えてくれ……」

 この肉食獣のようなセイバーは、ウサギのようなロイムに惚れてしまったのだ。
 種族が違う。似ているだけ。
 なぜセイバーがそんな気持ちになってしまったのだろう?
 しかし現実にセイバーはロイムのことを愛してしまったのだ。

 ロイムにとっては、目の前で父を殺した憎い男。
 魔物で、太陽の下では灰になってしまう男だ。
 だがロイムは彼を抱きしめる。

「その気持ちが大事なのよ。一緒に神に許しを乞うのです」
「一緒に? ロイム、オレのために一緒に祈ってくれるのか?」

「ええ。いいわ。あなたのごうを共に払って行きましょう」
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