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出会い編
第四十回 徐州奪還 五
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呂布の放った矢と、益徳さんの打ち下ろした矛。それが重なることはありませんでした。
「ぎゃうおっ!!」
突然の声と共に馬上には益徳さんの姿はありません。戦場ではみなさん、その姿に釘付けになっていたので、馬上から消えた益徳さんに対して悲痛な声が上がりました。
矢に当たって馬から落ちたと思ったのです。
しかしそれは違いました。馬からは落ちてはいましたが、地面の上で虎と揉み合いになっていたのです。
虎はいつの間にか益徳さんの近くに潜み、矢を打ち落とすと言う緊張した場面で飛び掛かって来たのでした。
ですが益徳さんは、虎の爪も牙も当たってはおりませんでした。構えた矛でそれを上手く遮っていたのです。
それでも益徳さんの上に虎が乗った状態で、牙をカチカチ鳴らして益徳さんを噛もうとしております。
「く、く、く、玄鉤か?」
『そうよ。言ったではないか、そなたが一番ここに来てもらいたくないというところに来ると! 今こそ死ね!』
ギリギリと益徳さんに矛に押されながらも、玄鉤の顔が益徳さんの顔へと近づいて参ります。しかし虎の玄鉤は空中を舞っておりました。益徳さんが素早く玄鉤の腹の下に膝を折った足を入れて繰り上げたのです。
玄鉤は空中で体勢を整えて大地に着地しましたが、益徳さんへ叫びました。
『フン! 今日はこの辺にしてやろう。次は必ず殺す!』
しかしその声は他の人にはただの咆哮にしか聞こえません。
玄鉤は、素早く山を目指して駆けていきました。途端に益徳さんに歓声が上がります。
呂布の敗走を追っていたと思ったら矢に狙われ、矢に狙われていたかと思ったら虎に襲われ、それすらも撃退してしまったのです。
呂布は二本目の矢を弓につがえようとしましたが、益徳さんの鋭い眼光に睨まれ驚いて矢を落としました。
それも兵士たちは囃し立てるので、顔を真っ赤にして全軍突撃と叫びます。
しかし城の中からは撤退の太鼓が鳴りました。どうやら城に残っている策士の陳宮が鳴らさせたようです。
ただでさえ、呂布軍の兵士たちは自分の君主である呂布と益徳さんの戦いを見ていましたので、士気が下がっており、我勝ちに南の城門目指して走って行きます。
こうなっては呂布も一人で戦ってはいられません。歯軋りをして自分も城内に戻っていきました。きっと太鼓を鳴らさせた陳宮ともひと悶着ありそうです。そうなれば内部瓦解も近いかもしれません。
曹操さまは、すぐに益徳さんを呼びました。
「見事であった、張飛」
「ありがたきお言葉。本日、呂布との因縁の戦いに勝利出来たのも閣下のお計らいがあってこそ。拙者こそ感謝申し上げます」
「いやいや。そなたの武勇、この目で見届けた。誠、万兵に等しき男よ。先日、そなたの義兄、関羽に呂布に勝利したら何が欲しいと問うと、『秦宜禄の妻が欲しい』と言ってきた。彼のものも女が欲しいのかと思ったが、張飛。そなたにも何が欲しいか聞いておこう」
と、ニッコリ笑ってお尋ねになりますので、益徳さんも畏れ入って答えました。
「誠、分不相応なお願いがございます」
「よいよい。なんでも申してみよ」
「閣下の従弟、夏侯英が子女、夏侯三娘どのを嫁に貰いたいです」
「は、はあ!?」
思わず曹操さまもポカーンですわ。まさか益徳さんまで女を無心するとは思ってもいなかったのです。頭の中が真っ白になって、益徳さんを見つめておりましたが、ようやく曹操さまは口を開きました。
「なっ、そなた。三娘の護衛をせよとは命じたが、まさかその結果か? あやつはまだ十二だぞ? 若すぎる。女が欲しいのなら、あれの姉は十七と十六だから、そちらのほうが良いのではないか?」
「い、いえ閣下。拙者とて、誰でも良いわけではございません。三娘どのとはもちろん、伯母の卞夫人とも約束を交わした証文もございます」
すると曹操さまも空に向かって大いに笑いました。
「はははははは! そうかそうか。すでに三娘とも約束しており、あの卞峰とも証文を交わしておるのであれば、余から何も言うことはない。むしろそなたという親戚が出来るのは嬉しいことだ。よかろう。許すぞ」
「ありがたき幸せ!」
「だが三娘はまだまだ子どもだ。そなたにのし掛かられて押し潰されては可哀想だからな、結婚は十四か十五になってからがよかろう」
「はい。拙者もそのつもりであります」
「そーか、そーか。そなたが三娘と。それは余にとっても喜ばしい。なんとも嬉しい。許に戻ったら、そなたの婚約の宴会を開かせてくれ! そして結婚の暁には、余からも金千両を贈るぞ」
「閣下、そこまで拙者を……。お言葉に甘えます」
「うむ! では問題は目の前の敵だな。もはや袋の鼠だが、油断大敵だ。呂布と陳宮を捕らえるまでは、そなたの中郎将も三娘との結婚も口約束のままだからな、そなたの武勇に期待する」
「ご期待に添うよう努力致します!」
わーい、わーい。曹操さまも私たちの結婚を喜んで下さいました。あとは呂布討伐ですね!
ですが呂布は、貝のように籠城してしまった上に、守将が呂布ということで、どんなに攻めても決着がつきません。
呂布のほうでも、堅く城を守れば、こちらの兵糧が尽きてしまうだろうと言う考えです。
たしかにその通りで、こちらは大軍ですので、いつか有るものはなくなってしまいます。
曹操さまは、どうすればよいか、頭脳集団である、郭嘉さんと荀攸さんに尋ねました。
「諸君ら。我々は優勢にも関わらず、このままでは撤退しなくてはならん。そうすれば何のための戦か分からず、死んでしまったものたちにも申し訳がたたない」
それに郭嘉さんは、胸を張って答えます。
「そんな弱気でどうします。呂布は敗戦で意気消沈です。彼は勇猛ですが張飛に及ばず城に逃げ込みました。どうすることも出来ずに我々が撤退することを夢に見ているところを思う壺に許に戻ってご覧なさい。やつめ、ずる賢く食糧を狙って攻めて来ます。そんなことされては行けません」
それに荀攸さんも同調して進言しました。
「呂布の士気は落ち、陳宮は知恵者であるものの、決断は慎重で即決できません。もしも陳宮の知恵がまとまり、呂布の士気が回復したら、我らの優勢も引っくり返ります」
「だからどうすればよい?」
それに郭嘉さんと荀攸さんはニヤリと笑いました。
「沂水と泗水の川の流れを止め、水を城の中に送り込むのです。この寒さです、洪水に巻き込まれた城の中は地獄と化すでしょう」
「おお、それは良い。すぐに実行せよ!」
「では曹仁将軍と張飛将軍に命じますが構いませんね?」
「善きに計らえ。結果を楽しみにしているぞ」
果たして命令が下り、曹仁さまと益徳さんは沂水と泗水という二つの川に向かって行きます。曹仁さまは益徳さんの横に馬を並べました。
「益徳さん。あなたも泗水の堰を切る役目を仰せつかったんですね。俺は沂水です」
「ええ。これはどちらが早いか競争ですな」
「ふふふ。武勇にかけては益徳さんに及びはしませんが、俺の兵士は長年の付き合いのある精兵です。負けるわけには行きません」
「オイラとて、そう簡単には負けませんぞ」
「益徳さん。これで呂布は音を上げて降伏して来るでしょう。そしたら都に帰って、また呑みましょう!」
「当然、オイラもそのつもりです」
「ではそれを楽しみに!」
「ええ、曹仁どのもご武運を!」
二人は馬を蹴って左右に分かれていきました。
現場に着くと、益徳さんは兵士たちに命じて川の中に土嚢を投げ込ませます。土嚢の隙間には土を投じさせます。やがて水かさが増して行き、泗水の水はあっという間に堰まで届きそうになりました。
そこで益徳さんが号令すると、兵士たちは下邳の城側の堰を切り始めます。
やがて少しだけ流れた水は、土を流しその回りを自動的に広げて行き、やがて音を立てて大量の水が城へ向けて流れて行きます。それはまるで蛇のようでした。
その流れに沂水からの水も合流して大きな川となりました。
どうやら曹仁さまと益徳さんの勝負は互角だったようです。
ともあれ、その水は下邳の城へと続く道に流れ込み、それを筋道として下邳の城に流れ込みました。
水の高さは大人の膝の上ほど。もはや通行も運搬もままなりません。生活している人は屋根の上に上り、煮炊きは高台でするしかなくなったのです。
城の中には厭戦ムードが漂い始めました。
「ぎゃうおっ!!」
突然の声と共に馬上には益徳さんの姿はありません。戦場ではみなさん、その姿に釘付けになっていたので、馬上から消えた益徳さんに対して悲痛な声が上がりました。
矢に当たって馬から落ちたと思ったのです。
しかしそれは違いました。馬からは落ちてはいましたが、地面の上で虎と揉み合いになっていたのです。
虎はいつの間にか益徳さんの近くに潜み、矢を打ち落とすと言う緊張した場面で飛び掛かって来たのでした。
ですが益徳さんは、虎の爪も牙も当たってはおりませんでした。構えた矛でそれを上手く遮っていたのです。
それでも益徳さんの上に虎が乗った状態で、牙をカチカチ鳴らして益徳さんを噛もうとしております。
「く、く、く、玄鉤か?」
『そうよ。言ったではないか、そなたが一番ここに来てもらいたくないというところに来ると! 今こそ死ね!』
ギリギリと益徳さんに矛に押されながらも、玄鉤の顔が益徳さんの顔へと近づいて参ります。しかし虎の玄鉤は空中を舞っておりました。益徳さんが素早く玄鉤の腹の下に膝を折った足を入れて繰り上げたのです。
玄鉤は空中で体勢を整えて大地に着地しましたが、益徳さんへ叫びました。
『フン! 今日はこの辺にしてやろう。次は必ず殺す!』
しかしその声は他の人にはただの咆哮にしか聞こえません。
玄鉤は、素早く山を目指して駆けていきました。途端に益徳さんに歓声が上がります。
呂布の敗走を追っていたと思ったら矢に狙われ、矢に狙われていたかと思ったら虎に襲われ、それすらも撃退してしまったのです。
呂布は二本目の矢を弓につがえようとしましたが、益徳さんの鋭い眼光に睨まれ驚いて矢を落としました。
それも兵士たちは囃し立てるので、顔を真っ赤にして全軍突撃と叫びます。
しかし城の中からは撤退の太鼓が鳴りました。どうやら城に残っている策士の陳宮が鳴らさせたようです。
ただでさえ、呂布軍の兵士たちは自分の君主である呂布と益徳さんの戦いを見ていましたので、士気が下がっており、我勝ちに南の城門目指して走って行きます。
こうなっては呂布も一人で戦ってはいられません。歯軋りをして自分も城内に戻っていきました。きっと太鼓を鳴らさせた陳宮ともひと悶着ありそうです。そうなれば内部瓦解も近いかもしれません。
曹操さまは、すぐに益徳さんを呼びました。
「見事であった、張飛」
「ありがたきお言葉。本日、呂布との因縁の戦いに勝利出来たのも閣下のお計らいがあってこそ。拙者こそ感謝申し上げます」
「いやいや。そなたの武勇、この目で見届けた。誠、万兵に等しき男よ。先日、そなたの義兄、関羽に呂布に勝利したら何が欲しいと問うと、『秦宜禄の妻が欲しい』と言ってきた。彼のものも女が欲しいのかと思ったが、張飛。そなたにも何が欲しいか聞いておこう」
と、ニッコリ笑ってお尋ねになりますので、益徳さんも畏れ入って答えました。
「誠、分不相応なお願いがございます」
「よいよい。なんでも申してみよ」
「閣下の従弟、夏侯英が子女、夏侯三娘どのを嫁に貰いたいです」
「は、はあ!?」
思わず曹操さまもポカーンですわ。まさか益徳さんまで女を無心するとは思ってもいなかったのです。頭の中が真っ白になって、益徳さんを見つめておりましたが、ようやく曹操さまは口を開きました。
「なっ、そなた。三娘の護衛をせよとは命じたが、まさかその結果か? あやつはまだ十二だぞ? 若すぎる。女が欲しいのなら、あれの姉は十七と十六だから、そちらのほうが良いのではないか?」
「い、いえ閣下。拙者とて、誰でも良いわけではございません。三娘どのとはもちろん、伯母の卞夫人とも約束を交わした証文もございます」
すると曹操さまも空に向かって大いに笑いました。
「はははははは! そうかそうか。すでに三娘とも約束しており、あの卞峰とも証文を交わしておるのであれば、余から何も言うことはない。むしろそなたという親戚が出来るのは嬉しいことだ。よかろう。許すぞ」
「ありがたき幸せ!」
「だが三娘はまだまだ子どもだ。そなたにのし掛かられて押し潰されては可哀想だからな、結婚は十四か十五になってからがよかろう」
「はい。拙者もそのつもりであります」
「そーか、そーか。そなたが三娘と。それは余にとっても喜ばしい。なんとも嬉しい。許に戻ったら、そなたの婚約の宴会を開かせてくれ! そして結婚の暁には、余からも金千両を贈るぞ」
「閣下、そこまで拙者を……。お言葉に甘えます」
「うむ! では問題は目の前の敵だな。もはや袋の鼠だが、油断大敵だ。呂布と陳宮を捕らえるまでは、そなたの中郎将も三娘との結婚も口約束のままだからな、そなたの武勇に期待する」
「ご期待に添うよう努力致します!」
わーい、わーい。曹操さまも私たちの結婚を喜んで下さいました。あとは呂布討伐ですね!
ですが呂布は、貝のように籠城してしまった上に、守将が呂布ということで、どんなに攻めても決着がつきません。
呂布のほうでも、堅く城を守れば、こちらの兵糧が尽きてしまうだろうと言う考えです。
たしかにその通りで、こちらは大軍ですので、いつか有るものはなくなってしまいます。
曹操さまは、どうすればよいか、頭脳集団である、郭嘉さんと荀攸さんに尋ねました。
「諸君ら。我々は優勢にも関わらず、このままでは撤退しなくてはならん。そうすれば何のための戦か分からず、死んでしまったものたちにも申し訳がたたない」
それに郭嘉さんは、胸を張って答えます。
「そんな弱気でどうします。呂布は敗戦で意気消沈です。彼は勇猛ですが張飛に及ばず城に逃げ込みました。どうすることも出来ずに我々が撤退することを夢に見ているところを思う壺に許に戻ってご覧なさい。やつめ、ずる賢く食糧を狙って攻めて来ます。そんなことされては行けません」
それに荀攸さんも同調して進言しました。
「呂布の士気は落ち、陳宮は知恵者であるものの、決断は慎重で即決できません。もしも陳宮の知恵がまとまり、呂布の士気が回復したら、我らの優勢も引っくり返ります」
「だからどうすればよい?」
それに郭嘉さんと荀攸さんはニヤリと笑いました。
「沂水と泗水の川の流れを止め、水を城の中に送り込むのです。この寒さです、洪水に巻き込まれた城の中は地獄と化すでしょう」
「おお、それは良い。すぐに実行せよ!」
「では曹仁将軍と張飛将軍に命じますが構いませんね?」
「善きに計らえ。結果を楽しみにしているぞ」
果たして命令が下り、曹仁さまと益徳さんは沂水と泗水という二つの川に向かって行きます。曹仁さまは益徳さんの横に馬を並べました。
「益徳さん。あなたも泗水の堰を切る役目を仰せつかったんですね。俺は沂水です」
「ええ。これはどちらが早いか競争ですな」
「ふふふ。武勇にかけては益徳さんに及びはしませんが、俺の兵士は長年の付き合いのある精兵です。負けるわけには行きません」
「オイラとて、そう簡単には負けませんぞ」
「益徳さん。これで呂布は音を上げて降伏して来るでしょう。そしたら都に帰って、また呑みましょう!」
「当然、オイラもそのつもりです」
「ではそれを楽しみに!」
「ええ、曹仁どのもご武運を!」
二人は馬を蹴って左右に分かれていきました。
現場に着くと、益徳さんは兵士たちに命じて川の中に土嚢を投げ込ませます。土嚢の隙間には土を投じさせます。やがて水かさが増して行き、泗水の水はあっという間に堰まで届きそうになりました。
そこで益徳さんが号令すると、兵士たちは下邳の城側の堰を切り始めます。
やがて少しだけ流れた水は、土を流しその回りを自動的に広げて行き、やがて音を立てて大量の水が城へ向けて流れて行きます。それはまるで蛇のようでした。
その流れに沂水からの水も合流して大きな川となりました。
どうやら曹仁さまと益徳さんの勝負は互角だったようです。
ともあれ、その水は下邳の城へと続く道に流れ込み、それを筋道として下邳の城に流れ込みました。
水の高さは大人の膝の上ほど。もはや通行も運搬もままなりません。生活している人は屋根の上に上り、煮炊きは高台でするしかなくなったのです。
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