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出会い編
第二十五回 追放の策
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伯父さまは、青嵐賊のことは部下に任せて、私を馬に乗せて数人の護衛と共に帰ることに致しました。
その道中、伯父さまは申し訳なさそうに言いました。
「すまん! 三娘!」
「え?」
どうして伯父さまが謝ることがあるのかしら? 拐われたのは私の責任だし、お金を請求されてこちらのほうが申し訳なかったというのに。伯父さま独自で助けられなかったとかそういうことかしら……?
「張飛はそなたを助けてくれた。しかし俺は張飛にとんでもないことを……」
え、伯父さま。そ、それってどういうことかしら?
「俺は張飛を軽んじておった。流浪の居候だし、劉備が徐州を逐われたのも、張飛が呂布といさかいを興したからだ。だから、そんな張飛に三娘が熱を上げているのがたまらなく嫌だったのだ」
「え? ええ……」
「だから俺は、この青嵐賊の砦に潜入せよと危険な仕事を押し付けたのだ。一歩間違えたら殺されてしまうような仕事をな。だが張飛のヤツは、自身の胸を叩いて『お任せください』と笑って仕事を請け負ったのだ。正直、成果が上げられなかったら郎中すら解任してやろうと思っていたよ。だがあいつはなんという男だろう。お前を助け、青嵐賊を一人で壊滅させてしまった」
「はい」
そうだったんですね。伯父さまは益徳さんを疎ましく思っていたのですね。でも、益徳さんの活躍を目の当たりにして、これは本物だと感じてくださったんだわ。
「伯父さま。益徳さんの活躍をお認めになってくださるのね?」
「ああ、しかし……」
「しかし?」
「曹公に劉備一家を呂布にぶつけたほうがいいと進言してしまった──」
「りょ、呂布に?」
なんということでしょう。私たち兗州の人間は一度呂布に征服されたことがありました。
曹操さまが軍勢を率いて留守にしたとき、そこを狙って呂布はあっという間に兗州を奪って、夏侯惇さままで捕虜にしたのです。
幸い夏侯惇さまはすぐに救助されましたが、呂布はまるで悪鬼さながら。兗州を蹂躙したのです。
私たちは、曹操さまの縁者として、いつ囚われるのかと毎日ビクビクしておりました。
その呂布に?
「ああ、そうなんだ。曹公は劉備の希望でもあるからと、それを受けて、彼を豫州の牧として小沛に駐屯させることを決めてしまった」
な、なんてこと? 益徳さんは喜んでいたけど、呂布の当て馬にされていることを知らないのだわ。
曹操さまの命令とあれば、それに不服を申し立てるわけにも行きません。
さらにこの時、伯母さまも後ろから動いて、自身の姉である曹操さまの奥方さまにも劉備一家を都から出してしまうようお願いしていたようなのです。
◇
伯母さまは、私に花嫁修行として家事をやらせているときに、曹操さまのお屋敷に行きまして、姉である卞令さまに面会を求めたのです。
卞令さまは快く伯母さまを迎え入れてくれました。卞令さまは伯母さまにお茶を勧め、姉妹のお話を始めたのです。
「今日はいいお天気ね、峰。ご家族はみな健勝かしら?」
「ええ姉上。実は三娘のことなのですが」
「あら三娘がどうかして?」
「あの流浪の居候、劉備の末弟である張飛と結婚したいと言うんですよ? 歳は二十歳も離れてますし、将来性もない。そんなところに乳を与えた大事な娘をやれますか!」
「まあ、声が大きいわね。少し密めなさい。そしてお茶でも飲んで落ち着きなさいな」
「これが落ち着いていられますか!」
「まあ大きいだけじゃないわ。恐ろしい声ね。あなた、女ということをお忘れじゃなくて?」
「姉上。私の娘が家無し職無しの張飛に嫁ぐと言ってるんですよ!? もう少し真面目に考えて下さい!」
「あら私にどうしろというの?」
「曹閣下に申し上げて、あの居候たちを都より放逐して欲しいのです」
すると卞令さまは立ち上がって伯母さまの口を押さえました。
「馬鹿ね。滅多なことを口にするんじゃないわよ。あなたは過激ね」
「だって、だって……」
「私たちは卑賎な出自ですよ? それが曹公や夏侯校尉の目に留まって、こうして優雅な暮らしができるのです」
「そ、それはそうです。しかし三娘はその苦労も知らず、自ら卑賎なところに行こうとしているのですよ?」
伯母さまや卞令さまは、昔は芸妓と言って今で言うコンパニオンのような仕事をしておりまして、当時は身分賎しいご職業だったのです。
それが今では曹操さまと夏侯淵伯父さまの正妻ですから、卞令さまは大変に人の目を気になされておいでだったのです。
何しろ、人の好奇の目というものは、悪く取ることを好むので、何かあれば「色香でたらしこんだ」だの「女が口出せば家が傾く」だの中傷されるものです。
卞令さまはもともとの人間性もあったでしょうが、それらを恐れて、ひどく注意深く、謙虚で公正な人物だったのです。
「まぁまぁ、あなたがそう怒るのも分かるわ。でも塞翁が馬よ?」
「どういうことです?」
「悪いことがあれば良いこともある。人生とはそういうものよ」
「ええ、しかし……」
「実はね、曹公は荀彧や郭嘉から劉備を小沛に移すよう進言されててね、最近ではその圧がさらに強くなったのか、そうせざるを得ない状況なのよ」
「え? 本当ですか?」
「そうなのよ。曹公ったら、朝な夕な劉備、劉備で私のことを省みないから丁度良かったわ」
「ま。姉上も劉備に不満でしたのね?」
「ほほほほほ。言ったじゃない、塞翁が馬だと。人生とはよく回っているものよ」
笑う卞令さまを伯母さまは、じっと見つめていましたが、やがて気付いたように小さく言いました。
「実は姉上、荀彧や郭嘉にそういうふうに言うよう、上手く誘導したんではなくって?」
「うふふふふふ……」
笑うその顔には影が射しております。伯母さまも怖いですが、卞令さまも怖いですわ!
その道中、伯父さまは申し訳なさそうに言いました。
「すまん! 三娘!」
「え?」
どうして伯父さまが謝ることがあるのかしら? 拐われたのは私の責任だし、お金を請求されてこちらのほうが申し訳なかったというのに。伯父さま独自で助けられなかったとかそういうことかしら……?
「張飛はそなたを助けてくれた。しかし俺は張飛にとんでもないことを……」
え、伯父さま。そ、それってどういうことかしら?
「俺は張飛を軽んじておった。流浪の居候だし、劉備が徐州を逐われたのも、張飛が呂布といさかいを興したからだ。だから、そんな張飛に三娘が熱を上げているのがたまらなく嫌だったのだ」
「え? ええ……」
「だから俺は、この青嵐賊の砦に潜入せよと危険な仕事を押し付けたのだ。一歩間違えたら殺されてしまうような仕事をな。だが張飛のヤツは、自身の胸を叩いて『お任せください』と笑って仕事を請け負ったのだ。正直、成果が上げられなかったら郎中すら解任してやろうと思っていたよ。だがあいつはなんという男だろう。お前を助け、青嵐賊を一人で壊滅させてしまった」
「はい」
そうだったんですね。伯父さまは益徳さんを疎ましく思っていたのですね。でも、益徳さんの活躍を目の当たりにして、これは本物だと感じてくださったんだわ。
「伯父さま。益徳さんの活躍をお認めになってくださるのね?」
「ああ、しかし……」
「しかし?」
「曹公に劉備一家を呂布にぶつけたほうがいいと進言してしまった──」
「りょ、呂布に?」
なんということでしょう。私たち兗州の人間は一度呂布に征服されたことがありました。
曹操さまが軍勢を率いて留守にしたとき、そこを狙って呂布はあっという間に兗州を奪って、夏侯惇さままで捕虜にしたのです。
幸い夏侯惇さまはすぐに救助されましたが、呂布はまるで悪鬼さながら。兗州を蹂躙したのです。
私たちは、曹操さまの縁者として、いつ囚われるのかと毎日ビクビクしておりました。
その呂布に?
「ああ、そうなんだ。曹公は劉備の希望でもあるからと、それを受けて、彼を豫州の牧として小沛に駐屯させることを決めてしまった」
な、なんてこと? 益徳さんは喜んでいたけど、呂布の当て馬にされていることを知らないのだわ。
曹操さまの命令とあれば、それに不服を申し立てるわけにも行きません。
さらにこの時、伯母さまも後ろから動いて、自身の姉である曹操さまの奥方さまにも劉備一家を都から出してしまうようお願いしていたようなのです。
◇
伯母さまは、私に花嫁修行として家事をやらせているときに、曹操さまのお屋敷に行きまして、姉である卞令さまに面会を求めたのです。
卞令さまは快く伯母さまを迎え入れてくれました。卞令さまは伯母さまにお茶を勧め、姉妹のお話を始めたのです。
「今日はいいお天気ね、峰。ご家族はみな健勝かしら?」
「ええ姉上。実は三娘のことなのですが」
「あら三娘がどうかして?」
「あの流浪の居候、劉備の末弟である張飛と結婚したいと言うんですよ? 歳は二十歳も離れてますし、将来性もない。そんなところに乳を与えた大事な娘をやれますか!」
「まあ、声が大きいわね。少し密めなさい。そしてお茶でも飲んで落ち着きなさいな」
「これが落ち着いていられますか!」
「まあ大きいだけじゃないわ。恐ろしい声ね。あなた、女ということをお忘れじゃなくて?」
「姉上。私の娘が家無し職無しの張飛に嫁ぐと言ってるんですよ!? もう少し真面目に考えて下さい!」
「あら私にどうしろというの?」
「曹閣下に申し上げて、あの居候たちを都より放逐して欲しいのです」
すると卞令さまは立ち上がって伯母さまの口を押さえました。
「馬鹿ね。滅多なことを口にするんじゃないわよ。あなたは過激ね」
「だって、だって……」
「私たちは卑賎な出自ですよ? それが曹公や夏侯校尉の目に留まって、こうして優雅な暮らしができるのです」
「そ、それはそうです。しかし三娘はその苦労も知らず、自ら卑賎なところに行こうとしているのですよ?」
伯母さまや卞令さまは、昔は芸妓と言って今で言うコンパニオンのような仕事をしておりまして、当時は身分賎しいご職業だったのです。
それが今では曹操さまと夏侯淵伯父さまの正妻ですから、卞令さまは大変に人の目を気になされておいでだったのです。
何しろ、人の好奇の目というものは、悪く取ることを好むので、何かあれば「色香でたらしこんだ」だの「女が口出せば家が傾く」だの中傷されるものです。
卞令さまはもともとの人間性もあったでしょうが、それらを恐れて、ひどく注意深く、謙虚で公正な人物だったのです。
「まぁまぁ、あなたがそう怒るのも分かるわ。でも塞翁が馬よ?」
「どういうことです?」
「悪いことがあれば良いこともある。人生とはそういうものよ」
「ええ、しかし……」
「実はね、曹公は荀彧や郭嘉から劉備を小沛に移すよう進言されててね、最近ではその圧がさらに強くなったのか、そうせざるを得ない状況なのよ」
「え? 本当ですか?」
「そうなのよ。曹公ったら、朝な夕な劉備、劉備で私のことを省みないから丁度良かったわ」
「ま。姉上も劉備に不満でしたのね?」
「ほほほほほ。言ったじゃない、塞翁が馬だと。人生とはよく回っているものよ」
笑う卞令さまを伯母さまは、じっと見つめていましたが、やがて気付いたように小さく言いました。
「実は姉上、荀彧や郭嘉にそういうふうに言うよう、上手く誘導したんではなくって?」
「うふふふふふ……」
笑うその顔には影が射しております。伯母さまも怖いですが、卞令さまも怖いですわ!
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