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親友も好きな人も失ってしまった話
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オレ、白井竜司には親友がいた。
幼なじみの近内実。
オレはこいつを「マコ」って呼んでた。
端整な顔立ちに短髪。
見た目もビッとしていい男ぶりだ。
小さい頃から最強の親友だ。
周りの連中は空手も互いに習っているオレたちコンビに恐れまくった!
空手の大会では白い胴着の下に黒いTシャツを着ているマコがヒドくかっこ良かった。
互いに市の空手大会幼年の部で優勝した。
オレはまだこの頃、この二つの一位の意味に気付いてなかった。
幼稚園の頃、オレたちの戦場は砂場だった。スコップ、バケツをマコとオレとで独占した。
先生に何と言われようと譲らず二人して親呼び出しで叱られた。
小学校低学年の頃はジャングルジムのてっぺんを高学年と争って勝った。
ざまぁみろだ。
とにかく二人で真っ黒になって暗くなるまで一緒になって遊び、気に入らない奴はケンカして倒してきた。
最高だ。最高の親友だった。
小4の頃、夜、あいつの家に自転車で行って二階のマコの部屋に向かって叫んだ。
「おーい! マコ!」
すぐに開くマコの部屋の窓。
「お! リュージ! どーしたぁ!」
オレは空を指さした。そこには真っ黄色の満月が浮いていた。
「なぁ! 月追いかけね?」
マコもその月を見上げる。
「うわ! すげーーー! いいな! 行くか!」
マコも赤い自転車を引っ張り出して互いに月を目指して自転車をこぎまくった。
市街地を抜けて、街灯の少ない道、坂道を越えて木々が生い茂った道をどこまでも、どこまでも。
やがて疲れてどちらともなく自転車を蹴って野っ原に寝転んだ。
「やーーーーめた!!」
「ずっけ!」
互いに野原に絡まり合って寝て真ん丸のお月様を見上げた。
無言だ。こんな見事な月に心を奪われてしまったんだ。
「──きれーだな」
「そーだな……」
周りには背の高いススキがさらさらと風にゆれ、虫の声がリーリーと聞こえていた。
その頃、二人の家は大騒ぎだった。警察まで出てきて帰るとしこたま怒られた。
だが、オレたちにはそれが勲章だったんだ。
小5の頃、授業中に女子だけが呼ばれていった。
「なんなんだ? ウメ―もんでも食うのかなぁ? ずっけぇなぁ、女って……」
と思いながら自習のオレたちは輪ゴム鉄砲で弱いヤツをからかっていた。
ふと気づくとマコがいない。
「何だァ? あいつ便所か? ウンコでもしに行ったのか?」
と周りの連中と笑っていた。
授業が終わるチャイムが鳴ると、女子が帰ってきてマコもそのタイミングで席に座っていた。どさくさ紛れだ。
オレはマコの背中を思い切り叩きつけた。
「よ! ウンコマン!」
マコは真っ赤な顔をしていたのでオレは確信した。
「こいつ、授業中にウンコしにいきやがった! ウーンコ! ウーンコ!」
と囃し立てた。マコは激高して立ち上がってオレを殴って来た。
オレもそれに応戦して休み時間は終わった。
結局その日も一緒に帰った。オレの黒いランドセルとマコの水色のランドセルがガチャガチャと鳴り合う。
オレたちにはそんなケンカもなんでもない日常だったんだ。
縁石をバランスとりながら渡り合い、自分が落ちそうになるとマコも道連れにと抱き合って道路に落ちた。
二人して笑った。
小六の頃。オレたちは林の中に廃屋を見つけた。
「探検だーーー!」
と言って突撃。平屋で錆びたトタンで周りを固められたその廃屋は広い土間と二間しかない狭い狭い家だった。
畳もところどころ腐っている。天井を見ると大きな穴が開いていた。
「おーー! ここをオレたちの秘密基地にしようぜ!」
「だな!」
二人して、枝やら板やらブルーシートやらを集めてそこそこ住める形にした。
学校が終わると二人でいつもそこにいた。
暗くなると懐中電灯をつけて、毛布にくるまってお菓子を食べた。
その時マコがこんなこと言いだした。
「なァ──」
「なんだ?」
ためらいがちだった。普段のマコからは全然思いもよらない言葉だった。
「──リュージ。好きな人いるか?」
「は?」
考えたこともなかった。いや、周りでは早い奴は付き合ってるやつとかはいた。
だが、オレはマコとこうして遊ぶことが楽しかったし、別に仲のいい女子なんていない。
硬派なオレたちは女なんて関係ないと思ってたんだ。
「……うーん。いねーなぁー」
「そっか」
「強いて言えばマコかな?」
「は?」
「まー、ずっと一緒にいたいしな」
「そっか……」
マコは食べ終わったポテチの袋をガサガサと畳んだ。そして
「ま、オレもリュージのこと好きだしな」
「だろ?」
「りょー思いか?」
「バカ。気持ち悪りぃー」
そう言って、毛布の中で馬鹿笑いした。
マコはカチリと懐中電灯のスイッチを切った。
「おい。何も見えねぇ」
「あ、わりぃ。わりぃ」
その時、マコの髪がオレの額に触れ互いに唇が触れ合っていた。
マコはそれを軽く吸ったように感じた。
「うぉい!」
「──わ。ビックリしたァ。当たっちまったか?」
「当たったよ! チュウしちまっただろ? 気持ちわりぃな! テメーは!」
暗いがために起きた事故だったんだろうけど、マコにいわゆるファーストキスを奪われた。
こんなこと、誰にも言えねぇ。ファーストキスがワーストキスだよ。ホントに……。
中学。入学式の日、オレの母親とマコを迎えに行った。
一緒に行こうって決めていたんだ。
「まーこーとくーん。がっこいこーーー!」
と言うと、マコが母親と出てきた。
「オッス」
とマコが言った。
が、オレは完全に固まっていた。
マコは……。マコは──。
オレと違う制服を着ていた。
そう。女子の制服を着ていたのだ……。
「リュージ? どうした?」
そう言われてもオレは動けなかった。
ぶっ飛んでいたんだ。
母親がオレの手を引いた。
「マコトちゃんが可愛いから見とれたんでしょ。さ、行くわよ。今日は二人して面倒掛けないでよね?」
「はーーい!」
というマコの笑顔にようやくオレは正気に戻った。
オレたちの前に和服姿のオレとマコの母親。ペチャクチャとしゃべりながら歩いている。
オレは何も話せなかった。
なんか裏切られたような気持だったんだ。
マコが女?
はぁ?
いやいや、そーいえば思い当たるフシがあるぞ?
プールに行くとこいつだけ水着が違っていたし……。
拾ったエロ本読みたくないとかいうし──。
そうだ。そうだ。そうだ。
この前一緒に風呂に入った時、ついてなかった!
そうだよ。つい、この前まで風呂だって一緒に入ってたじゃねーか。
それが女?
なんで? なんで?
……オレ、なんで今頃気付いてんの?
「どした? さっきから黙りっぱなしで……」
とのマコの言葉にオレはビックリして直立不動の姿勢をとっていた。
そんなオレをマコは大爆笑していた。
なにがおかしいのか。そして女の姿で笑われてムカついた。
「──クソ。なんなんだよ……」
「はぁ?」
オレは叫んだ。
「なんで女なんだよ!」
「は?」
そう言うとマコはまた大笑いした。
「オマエ、何言ってんだよ~。ずっと前から女じゃねーか! ははははははーーー!」
「いやいやいやいや」
オレは手をブンブンと振った。するとオレたちの親が振り返った。
「うるさい! 二人していつまでも小学生気分じゃ困るよ!」
と叱られた。
「……はーい」
オレたちは下を向いた。
だが、マコはその状態のまま舌を出してオレの方を見てきた。
「怒られちまったな」
その姿がいつものマコでオレは安心した。そして、また中学校までの道のりを歩き出した。
しかし、どうしてもマコが女子だなんて思えない。
急に頭を転換できるわけがなかった。
オレはこいつをやっぱり男子と思って付き合うことにしようと思った。
「なぁ……」
「なんだ?」
「オマエ、サッカー部どうすんの? 一緒にやるって言ってたじゃねーか」
「ああ。やるよ。マネージャーだけど」
「はぁ? なんでだよ! 全国大会行くんだろーが!」
「だーから、行くだろーが! 問題あんのかよ! オメーが頑張れよ! バカか!? 人に頼んな!」
と言ったところで、また親に怒られた。
なんなんだよ。コイツのせいで怒られっぱなしだよ……。
入学式も終わり、クラスへ向かう。
クラスも同じだった。せめて離れてくれりゃー考えなくて済むのに……。
先生が自己紹介し、クラス委員を選ぶことになった。先生が
「えー、6つの小学校から本中学に集まってくるわけですから知らない人も多いと思います。今回のクラス委員は先生が指名したいと思います」
うそだろ。オレになるんじゃねーだろうな。
「男子は長谷川誠君」
お。オレじゃなかった。よかったぁ……。
「女子は近内実さん」
誰だそいつ……。
「はい」
うぉ! マコじゃねーか。
マコとその長谷川──マコトくんは前に立って自己紹介した。
その後で、マコが可愛らしく微笑んだ。
「同じマコトだね。よろしく!」
と、手を出した。長谷川くんも
「こちらこそ」
と言って、ガッチリ手を握って握手を交わした。
ガタッ!
みんな、オレの方を向いた。先生が
「──どうしました? えーと君は……。白井君。座ってください」
先生に促されて、オレはマコと長谷川くんが結んでいる手を見ながらゆっくりと座った……。
なんだ? この感情……。
オレの胸がトキトキと冷たく鼓動を打った。
たかが男と握手しただけじゃねーか。
でも、休み時間はやっぱりマコと一緒にいた。
気になるのは制服だけだ。ジャージになっちまうと全然普通だ。
新しいカバンでお互いの背中を叩きながら帰った。
しかし、オレたちが変わっちまったのは部活が始まってからだ。
結局マコはサッカー部のマネージャーにはなれなかった。
1年生は普通に部活に入ることを強要されたのだ。
マネージャーは部活が終わった3年生で余力があるものだけ……。
というものだった。
マコは女子バスケット部に入った。
帰る時間はほとんど合わなくなった。
互いに朝練の時間もあり、登校も一緒じゃなくなった。
そして友人──。
互いに部活の連中やクラスでも席が近いものと話すようになった。
マコは楽しそうに女子達と話し始めた。
そして、髪も短髪から伸ばし始め肩ぐらいまでになっていた。
「おい、リュージ。どうした? また近内さんばっかり見てるな?」
と、新しい友人に言われバタついた。
「バカ。見てねぇ。時計見てたんだ。時計」
「ふーん」
女のことを気にしてるって思われるのが照れくさかったんだ。
じょじょに、マコの人気が上がって来た。
ハツラツとしたかわいい女の子。
それが、マコへの評価だった。
「おい、白井。オマエ、近内さんと同じ小学校だったんだろ?」
「あ? 誰? オマエ……」
突然知らないヤツに声をかけられた。オレはいつもの調子で返した。
「うわ。こえー。後輩のクセに」
先輩だった。2年の先輩。男子バスケット部らしかった。
「ああ、先輩っすか。スイマセン」
「いや、いいけどよ。どうなの? 近内さんとの仲は」
仲って──。
「仲はいいっすよ」
先輩はニヤリと笑った。
「へー。彼女、彼氏いる?」
何言ってんだ。コイツ。
「まさか。いねーすよ」
と言うと嬉しそうな顔して、手を振って去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから数日後。
その先輩にがっしりと腕を掴まれた。
「オイ、オメーウソ付いたな? 近内さん、彼氏いるっつってたぞ!?」
と、ものすごい形相で言われた。
オレはケンカ上等だったが、
「彼氏いる」
で完全にフリーズした。
「お、おい──」
と、先輩に胸を軽く小突かれたがそのまま固まっていた。
長い間固まって、気付くと先輩はいなくなっていた。
家に帰ってボーッとした。
放心状態ってやつだ。何にも身が入らん。
電話して彼氏のことを聞こうと何度も電話の受話器までとったが、どうしてもかけることが出来なかった。
それから何日もテンションが少しだけ低かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テスト期間になった。
お互いに部活は休みだ。
マコは普段着な感じで話しかけて来た。
「オース。リュージ。一緒に帰って勉強会しねぇ?」
と言う言葉にオレのテンションはあっという間にマックスになった。
勉強会? クソくらえだ。と思ったが、思い直した。
別に、ゲームしてもそれまでだしな。
「いーぜ。どっちンチ? オレんチ? オマエんチ?」
「ウチんチでいーだろ」
ウチ? ウチだと? 似合わねー。
こんな似合わねぇヤツいるかぁ?
オレはクック、クックと笑った。
「なんだ? なにがおかしい?」
「いやいや。はははー。どれ、帰ろうぜー」
二人して並んで互いの家に向かって歩く。
久しぶりだなぁ。でもこれが普通なんだよな。オレたちにとって。
次第に顔がニヤ付いていることに気付いた。
マコはと見るとこいつもニヤついてる。
気持ちわりぃ!
「気持ちわりぃな~。オマエ。ニヤついてるぞ?」
「は? いーだろーが! 久々だから色々と考えちまったんだよ! わりぃか? 殴るぞ?」
殴られたらたまんねぇ。
そのうちにマコの家に到着。
いつものようにざっくばらんに家に上がった。
「ウチ、飲み物持って来るから、部屋に入っててくれよ」
「おーうけぇーい!」
といい、マコの部屋のドアを開けた。
だが驚きのあまりカバンを落とした。
以前と雰囲気が変わっている……。
カーテンもなんかキレイだし、ベッドも白いのになって掛け布団にフ、フリルがついてる──。パステルピンクと白の基調……。
昔はオガクズとカブトムシの匂いがしたのに、今じゃ女の匂いがする……。
なんだ? この本棚の本。
わけのわからねー小説が並んでやがる!
なにがコナンドイルだ? アガサクリスティーってなんだよ?
オメー挿絵なくて意味わかんのかよ。
コロコロはどこいったよ?
ドラえもんはどこいったんだ?
なんだ? この血液型占いの本ってよー!
星占いってなんだ?
バカか? オマエはバカなのか?
お! おあつらえ向きに、この占いんとこに付箋が貼ってやがる!
バカめ。どんな星座を気にしてるんだか見てやらぁ!
と本に手を伸ばすと、カチャリとドアが開いた。
当然そちらに目をやると
「なんだ? 座ってねーな。……うぉい! ヤメろ! 本見んな!」
と、マコはオレの手から本をむしり取った。
「なんだよ。見てもいーだろーが!」
「ばっかじゃねーの? 人様の部屋漁んな! そんなんだからダメなんだよ!」
ダメだとぉう!?
「ムカつくなぁ~。オマエな~。変わったよな~。急に女になるしよー」
マコは思い立ったように
「そうだ。思い出した。まぁ座れ。話しをしようじゃないか」
「お、おう」
小さいキレイなテーブルに向かえ合わせに座ってマコは話し出した。
「あのさー。リュージってさー。マジでウチのこと女じゃないと思ってたの?」
な、なにを言い出すんだ……。答えずれぇ……。
「う──ーん……」
「あは!」
腹を抱えて笑い出すマコ。
マジムカつくんですけど……。
「それじゃー、一緒にお風呂入ったとか全然なんとも思ってなかったんだ」
「あ~……。そりゃぁなぁ~……」
「ホントにクソ鈍感以上だね」
何コイツ……。
「まぁ、いいじゃねーか。ゲームでもしようぜ」
「は? ゲーム?」
「プレステは? どこいった?」
「そんなのもうないよ。勉強会でしょ?」
なんだ? コイツ急に女みたいなしゃべり方になってきやがった。
「なんだ。マジで勉強すんのか」
「当たり前。リュージ、このまんまじゃ高校も別々になるよ? 一生一緒にいたいんじゃないの?」
「は?」
「言ったじゃん! バカ過ぎて忘れた?」
なんだそりゃ。そんなこと言ったかぁ?
まぁ、そんな気持ちはあるけどよぉ。
マコのペースに乗せられ、マジで勉強会。
しかもスパルタ。鉄拳が飛んで来る。
バコッとひたいを殴られのけぞった。
「おいおい、血がでてねーか!?」
「出てねーわ! やれ! ちゃんと!」
なんだよ。こいつちっとばかし頭がいいくらいで……。
オレは、飽きて後ろに倒れた。
「や~~~めたっとぉ……」
「なんだそりゃ。もういいわ。寝てろ」
という言葉に甘え、オレはそのまま就寝──。
起きると、おばさんが作ったカレーの匂いがした。
「あ。やっと起きた。ホレ」
と、マコはオレの頭を目掛けてティッシュ箱を投げつけた。
当然それがぶち当たる。
「痛!」
「ヨダレ拭け。ヨダレ」
見ると、床に大きくヨダレの跡。
恥ずかしくてすぐに拭いた。
マコはベッドの上で眼鏡をかけて読書をしていた。
ゴクリ……。な、なんなの? め、眼鏡? 初めて見たわ……。
「オマエ、眼鏡なんてかけてたんか」
「ああ。そーだな。家の中とか勉強するときとか」
「そーなんだ……」
「お母さんが、オマエ起きたら飯食いに降りて来いってさ。いくべ」
マコはベッドから降りた。オレも立ち上がったが
「まぁ、マコ」
「なに?」
「オマエ……か、か、か、か──」
「なんだ? カワイイか?」
「ちげーわ! もういいわ」
彼氏いるか聞こうと思ったがヤメた。
なんかいなさそうだし。それに、いるならオレを部屋にあげるとかしねーだろ……。
おそらく、先輩を断るウソだったんだろうな……。
と、勝手に胸をなでおろした。
久々に近内家の食卓についた。
おじさんと一緒にガツ盛り競争だ。
ここの家のカレーはめちゃウマい。
食ってる最中におじさんが、ガッチリとオレの腕をつかんだ。驚いて
「な、な、な、なんすか?」
と言うと、おじさんは熱っぽく
「オイ、リュージ。娘を頼むぞ? ナマクラな真似したらただじゃおかねーからな?」
と言った。オレは意味が分からなかった。
「なんすか? イミフっす」
というと、マコが
「やめてよ。お父さん。そーゆーの……。ハラスメントだよ。ハラスメント」
「そうか?」
と言っておじさんはそれ以上なにも言わなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中1。オレたちは、勉強に部活に勤しんだ。
たまに時間が合うと街で遊んだりもした。
夏はオレ一人でカブトムシと釣りに燃えていた。
冬になり、雪が降った。
オレは久しぶりに雪合戦しようと思い、マコを誘った。
マコは普段着な感じで
「ホイ。これ」
と言って手渡して来たのが手編みの手袋だった。
「へー。いいじゃん。つーか、こんなこと出来ンだ。女みてーだな」
と言うとまた鉄拳だった。
「女だっつーの。バカにすんな。オメーより強えーぞ? 勝負すっか?」
そんな言葉にオレはニヤリと笑った。
「おーし。じゃぁ、雪合戦で勝負だ!」
「受けて立とう!」
と人通りの少ない道路で新雪を丸めて雪玉を投げ合った。
なぜか、アイツの玉がオレの頭を的確に当たる。
やっぱ、サッカーとバスケでは腕を使う競技の的中率が違うのか?
と思いながら玉をパンチで撃ち落としながらマコに近づいた。
白兵戦だ! 至近距離なら負けん! というヤツだ。
オレが近づくにつれマコの玉の速度も速くなる。
だんだんパンチで撃ち落とせなくなった。
バコッと音を立ててオレの顔に当たって、オレは路肩の雪に倒れ込んだ!
「やった! ウィナー!!」
と叫んでマコはピョンピョンと飛び上がった。
だが、オレは倒れたままだ。バンザイの形のままピクとも動かないでいた。
それを見て、マコは
「死んだ?」
と言って近づいて来る。
オレには作戦があった。あまりにもやられすぎた。腹いせにマコの上着の中に手を突っ込んで雪玉を地肌に押し当ててやろうと考えたのだ。
「オマエが勝負挑んで来て、寝っ転がってりゃ世話ねーわ。武士の情けだ。手を貸してやる。ホレ」
とマコは手を伸ばして来た。
今だ!
①オレは手を掴んでマコを地べたに転ばせた。
②後ろに回り込んで、雪玉を握った手を上着の中に突っ込む!
③その雪玉を地肌に──
みゅにゅ……
「……あ!」
胸だ──。マコに胸がある……。
と思うと、マコは無言でオレの髪を掴んで引きずり回し、腹に2発の膝蹴りを入れた。
「うぐぉ……!」
膝をついてまた地面に倒れ込むオレ……。
「フン! このドスケベ! テメーマジで貰ってもらうかんな!」
と言って、さらに地べたに伏すオレに蹴りを入れ家に帰って行った。
これには流石のオレもマコに女を感じざるを得なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから──。オレたちはギクシャクしだした。
というか、オレがギクシャクした。
マコは普通なのに、声をかけられても顔を上げれない。
視線をそらしてしまう……。
電話が来ても母ちゃんにバツとサインを送った。
完全な思春期の女性恐怖症っつーか、マコとどう接していいか分からなかったんだ。
マコは先輩や同級生から何度か告られてるってウワサで聞いた。
こういうのを聞くとドキリとする。
どうなんてんだ? マコ……。
もう、誰かと付き合ってんのか……?
つーか、オレってなんなの?
マコのこと──好きなの か な……?
分からない思いがグルグル、グールグルと交錯した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中二になった。また同じクラス。
みんなそろそろ恋に目覚め始めていたのだ。
何度も告られているマコに女友達の一人が
「近内って好きな人いないの?」
との質問が聞こえた。オレの耳は通常の三倍の集音システムになった。
「え? いるけど?」
というマコの声。もはや耳だけではない。
顔もそちら側を向いている。
マコの女友達がニヤニヤしながら
「彼氏なの?」
と聞いた。オレはマコの回答をドキドキしながら待った。
いないでくれ。
いないでくれ。
彼氏なんてオメーいねーだろ?
なぁ? マコ。どーなんだよ。
「うん。彼氏だけど?」
ぐぁ~~~ん……。
終わった。
目の前が暗くなるぅ~……。
終わったってなんだ?
オイオイ、リュージ……。
オマエ、マコのこと好きなの?
あんな男みてーな女だぞ?
昔は黒くて、豆見てーな顔の形のヤツなんだぞ?
オレは密かに「黒豆」って思ってたじゃねーか!
バーカ! リュージのバーカ!
……クソっ!
惚れてんのかよぉ……。オレッ!!
と一人絶望に陥っていると、会話の続きが聞こえる。
「やっぱり、白井くんでしょ?」
「そーだよ」
は?
オレ?
教室が「わっ!」と湧いた。
女子のキャーキャーという歓声。
男子のヒューヒューというからかい声。
友人がオレの腕をつかんでマコのそばまで連れて来た。
「はいはい、ご両人、告白はどっちから?」
と、ノートを丸めてマイクがわりにオレたちに向けた。
マコは全然ひるまずに
「リュージだよ。ね?」
とオレの方を見る。
な、なにを言って……。
オレの脳内は必死に検索を始めた。
どこだ? どこで告白した??
さっぱり思い当たらない。
しかも、教室中が好奇の目で見ている。
別のクラスの連中も集まって来た。
オレはとてつもなく恥ずかしくなって来た。
「やめろテメーら!」
と机を叩いて一喝した。
教室中が静寂に包まれた。
「なんで、オレがマコと付き合ってんだよ! オメーなに勘違いしてんだ!」
と、マコにも怒りをぶつけた。
「え? え?」
マコは動揺している。しかし、恥ずかしくていたたまれないオレは言ってはいけないことを言ってしまった。
「それにオレ、好きなヤツいるから」
教室中が全くの無音になった。
時が止まった。
誰も動かないのに、マコの目から光る雫がこぼれて落ちていった。
駆け出すマコ。人の壁を押しのけて教室から出て行ってしまった。
オレが飛び出したかったのに、マコに飛び出された手前、自分の机にどっかりと座り怖いであろう顔をしてみんなを睨みつけてやった。
観客たちは背中を向けて散って行った。
だが、まだこの時だけはオレは楽観視していた。
オレたちの友情がこの程度で崩れるわけが無い。
そう思っていたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし、オレの思うようにはならなかった。
マコは徹底的にオレを避けた。
オレの目はマコを追っている。
だがマコは違う。
完全にシカトしていた。
長くなった髪もバッサリと切り落とし、耳が見えるほどになっていた。
母ちゃんにもこの騒動が聞こえたらしく、しこたま叱られた。
こんな状況を打破したい。
オレはなんの考えもなしに、夜にマコの家の前まで来ていた。
部屋の電気がついている。起きて勉強しているんだろう。
オレは小石を窓に目掛けて投げた。
コツリ
窓ガラスがいい音を立てた。
窓に影が見える。
マコだ!
マコはカーテンを開けた。
オレは窓の下で手を振った。
シュッ
カーテンが閉まった。
最悪だ……。
これで終わりなのかよ。
終わっちまうのかよ──。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中2の冬休み。
オレには作戦があった。
去年はマコがオレにプレゼントをくれた。
手編みの手袋だ。
今年はオレがアイツにプレゼントする!
クリスマスだ!
女子は……こーゆーロマンチックなの好きだろ?
小遣い貯めて買ったんだ。
小さい男女の人形が二つついているオルゴールだ。
こっちの女の方がちょっとマコっぽいんだ。
それに手紙も。
ちゃんと、好きだって書いた。ゴメンって書いた。
それをアイツの家のポストに入れる。
どうかな? 気持ちわりぃかな?
でもこれしかできねーよ。
手紙なら……読んでくれるかなぁ……。
そして、クリスマスの日を待った。
しかし、それは12月23日に破られた。
家族で夕食をとっている時だった。母ちゃんが父ちゃんに
「近内さんの奥さん、今日挨拶に来たわよ」
「そうか……」
ん? おばさんが?
「ま、しょうがないよね。転勤だもんね」
「そーだなぁー」
え? て、転勤?
「て、転勤って……?」
「ああ、近内さんち引っ越したのよ。別の県に行っちゃったわよ」
「え? ま、マコも?」
「当たり前でしょ? え? アンタ知らなかったの?」
オレの周りの世界がガラガラと音を立てて崩れてゆく。
光が無くなって真っ暗闇になって落ちていく──。
「知らなかった……。知らながったよぉぉぉーーー! なんで教えてくれねぇんだよぉぉーーー!」
と、そのままテーブルに突っ伏して泣いてしまった。
ようやく分かった。
マコの重要さを。
こんなにも。
こんなにもそばにいて、大事な人だってことを。
親友で……。
だけど女で……。
好きだった人を──。
傷つけて。
最後の挨拶もできないまま……。
別れてしまった──。
次の日。泣きはらした目のまま、オレはプレゼントを持って近内家の前に立った。
窓にカーテンがない。
家の中に家具もない。ホントに、ホントにどっかにいっちまったんだ……。
トボトボと家路についた。
何気無しにポストの中を開けると、消印のない封筒が入っていた。
封筒の表に「白井竜司様」。
封筒の裏には「近内実」。
マコだ!
マコからの手紙だ!
オレは手紙をもったまま自室にこもり、正座して手紙を自分の前においたまま見つめていた。
開けるのが怖かったんだ。
嫌いだと。
なじる言葉が書いてあるとしか思えない。
勝手に封が切れて目の前に手紙が出てくれればいいのに。
そう思った。無駄に時間だけが過ぎて行った。
意を決して手紙の封を切って中身を出して読み出した。
◆
竜司へ。
ずっとずっと好きでした。いつもあなただけを見ていました。
あなたにマコ。マコって言われる度に私の心は踊っていたの。
覚えてますか? 秘密基地の中で私を好きだって言ったこと。一生側にいたいって言ったこと。嬉しくて私、飛び上がりたい気持ちだったの。そして勝手にキスをしてゴメンナサイ。もう、思いをぶつけてもいいと思ったの。そしてそこから勝手に付き合ってると思っててゴメンね。
竜司の中ではただの友だちだったんだよね。重いよね? こんな女……。
竜司が怒るのも無理ないよね。
こんなに一緒にいて、一番竜司のこと分かっているつもりだったのに、竜司に好きな人がいることに気付かないなんて。私は親友すら失格です。恋人になんてなれるはずない。
だから、竜司のこと避けてゴメンなさい。もうどうしていいか分からなかったの。
でもね。安心して欲しい。もう私、竜司の側にいなくなるよ。邪魔な女はどこかにいくんだよ。だから、竜司も好きな人と結ばれて欲しい。
最後に。竜司のこと好きでした。だから竜司の恋を応援します。頑張れ! 竜司。きっと好きな人と結ばれるよ。だってカッコいいもん。思い切って告白しちゃえ!
じゃぁね。元気で。
実
◆
そのまま、オレは無気力にベッドに倒れ込んだ。
そして声を殺して泣いた。涙が出尽くすくらい泣いたんだ。
これがバカなオレの「親友と好きな人を同時に失った話」だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
だけど、この話しには続きがある。
少し長いかもしれない。
マコがいなくなって、オレはそうとう暗いヤツになっていた。
スポーツにも身が入らなくなり、レギュラーの座を追われた。
高校に入って女の子に告白されたがその気になれず断った。
しかし、次の日から女子たちに総スカンをくらい、わびしすぎる高校生活を送った。
マコを失って、自分自身すら失ったのだ。
無気力だ。あまりにも無気力。
そんなバカのままだったオレを、親は情けで大学までいかせてくれた。
親元を離れて一人暮らしをして大学に通った……。
勉強に、バイトに忙しく過ごした。
その日も受講が終わり、バイト先へ急ぎ足で向かっていた。
向かい側から、女子大生が三人歩いて来る。
この近くの大学の子なんだろう。
このまますれ違える道の幅じゃない。
横列して歩く女子大生を道の端に止まって避けた。
その時、そいつ等の会話が少しだけ聞こえた。
「……んないって、渡部先輩にアタック受けてんでしょ? 付き合っちゃえばいいじゃん」
「え~……。でも、まだいいかな~──」
「はー? あんたそんなに可愛いのに?」
すれ違った後、オレは真ん中の子の肩を掴んで振り向かせた。
「きゃ!」
「マコ!」
「え? ──リュージ??」
マコだった。近くの大学に入っていたのだ。
彼女の友人たちはマコに待ち合わせ場所を伝えて去って行った。
久しぶりにあったマコはあの時よりもずっとずっと美人になっていた。
「久しぶり……だね──」
「マコ……。マコは……あの、その。えと──」
何を話していいか分からなかった。
胸の奥にしまいこんでいたものが急に溢れて来た。
「ゴメンなさい! 好きな人いるってウソでした!」
「は? え??」
「ホントはマコが好きなんだ! でも照れくさくって強がっちまったんだ! ゴメン! マコ! ゴメン!」
その時、オレたちは誰もいない中学校の教室に二人っきりって感じだった。
思い切って今までの思いを告白した。
止まっていた時間がようやく動き出した。
そんな気がした。
顔をあげてマコを見た。
ホントにキレイだ。
ステキな女性になったんだ。
だが、マコの眉が吊り上がってそのまま的確にオレのみぞおちにストレートを入れてきた。
ボスッ!
「いぐぁ!」
「何言ってんだ、テメー! 今更おせーだろ!!」
現実だ。現実に戻された。
オレは腹を抱えて息も絶え絶えだった。
「……いで。ゴメン……」
「テメーのせいで苦しんだ数年間を返せ! バカヤロー!」
「そうだよな……。ゴメン なさい……」
やっぱりだ。マコは怒っていたんだ。
当たり前と言えば、当たり前。
「それに私、好きな人いるし」
!!!
──そっか。そりゃそうだよな。
年月が経っているもん。
彼氏がいたっておかしくないよな──。
「そっか……」
「そりゃそーだろ。オメーはどうなんだよ」
「いや……。いない……」
「は? 私のことはどう思ってんの?」
「え? そりゃ……す、す、好きでした……」
ボスッ!
またもや、みぞおちに重い拳がヒットした。
「ぐぇ……!」
「でしただと? ですじゃねーのか?」
「──です。です。好きです」
「あっそ」
「うん……」
「じゃ、りょー思いか?」
え?
え?
「マジ?」
「ああん。なんだよ! オメーの次のセリフは「バカ。気持ち悪りぃー」だろーが」
な、なんです? それ──。
マコはニヤリと笑った。
「じゃ、もう、いいのか? 付き合ってるって思っていいのか?」
「え? だって、好きな人がいるって……」
マコはオレの髪をつかんだ。
「オメーのことに決まってんだろ! あいかわらずバカだなぁ~」
「え? じゃぁ……」
「このクソ鈍感野郎!」
「ウソ! やった!」
オレはマコの肩を両手で押さえて向き合った。
やっと、やっと戻れるんだ。あの時の二人に……。
マコが目を閉じている。
オレはそのまま彼女の唇に自分の唇を合わせた。
途端に「わぁ! わぁ!」という歓声が聞こえてきた。
たくさんのギャラリーが今までの情景を見ていたのだ。
全然気づかなかった。オレは顔から火が吹き出そうになった。
「なんかあの時みたいだね」
マコは中2の教室のことを言っているんだろう。
「そーだな──」
と、マコの手を握ったまま答えた。
その日、バイトを休んだ。オープンカーのレンタカーを借りてマコとドライブをした。
海沿いの道を月を追いかけてどこまでもどこまでも走り続けた。
今までの話しをした。
小さい頃からの話し。
楽しかった小学校時代。
オレたちの黒歴史の中学時代。
離れ離れの高校時代。
そして、現在。
オレたちは誰もいない山のてっぺんの駐車場で月に照らされながら車の中で抱き合っていた。
天にも昇る思いでマコの名前を叫んだんだ。
今までの思いをマコにぶつけ、二人して互いの座席から真ん丸の黄色い月を見ていた。
「きれーだなぁ……」
「そー……だな」
そういいながら、オレの首はマコの方を向いていた。
月明かりに照らされる黒髪の美しいその端整な顔立ちを。
【おしまい】
幼なじみの近内実。
オレはこいつを「マコ」って呼んでた。
端整な顔立ちに短髪。
見た目もビッとしていい男ぶりだ。
小さい頃から最強の親友だ。
周りの連中は空手も互いに習っているオレたちコンビに恐れまくった!
空手の大会では白い胴着の下に黒いTシャツを着ているマコがヒドくかっこ良かった。
互いに市の空手大会幼年の部で優勝した。
オレはまだこの頃、この二つの一位の意味に気付いてなかった。
幼稚園の頃、オレたちの戦場は砂場だった。スコップ、バケツをマコとオレとで独占した。
先生に何と言われようと譲らず二人して親呼び出しで叱られた。
小学校低学年の頃はジャングルジムのてっぺんを高学年と争って勝った。
ざまぁみろだ。
とにかく二人で真っ黒になって暗くなるまで一緒になって遊び、気に入らない奴はケンカして倒してきた。
最高だ。最高の親友だった。
小4の頃、夜、あいつの家に自転車で行って二階のマコの部屋に向かって叫んだ。
「おーい! マコ!」
すぐに開くマコの部屋の窓。
「お! リュージ! どーしたぁ!」
オレは空を指さした。そこには真っ黄色の満月が浮いていた。
「なぁ! 月追いかけね?」
マコもその月を見上げる。
「うわ! すげーーー! いいな! 行くか!」
マコも赤い自転車を引っ張り出して互いに月を目指して自転車をこぎまくった。
市街地を抜けて、街灯の少ない道、坂道を越えて木々が生い茂った道をどこまでも、どこまでも。
やがて疲れてどちらともなく自転車を蹴って野っ原に寝転んだ。
「やーーーーめた!!」
「ずっけ!」
互いに野原に絡まり合って寝て真ん丸のお月様を見上げた。
無言だ。こんな見事な月に心を奪われてしまったんだ。
「──きれーだな」
「そーだな……」
周りには背の高いススキがさらさらと風にゆれ、虫の声がリーリーと聞こえていた。
その頃、二人の家は大騒ぎだった。警察まで出てきて帰るとしこたま怒られた。
だが、オレたちにはそれが勲章だったんだ。
小5の頃、授業中に女子だけが呼ばれていった。
「なんなんだ? ウメ―もんでも食うのかなぁ? ずっけぇなぁ、女って……」
と思いながら自習のオレたちは輪ゴム鉄砲で弱いヤツをからかっていた。
ふと気づくとマコがいない。
「何だァ? あいつ便所か? ウンコでもしに行ったのか?」
と周りの連中と笑っていた。
授業が終わるチャイムが鳴ると、女子が帰ってきてマコもそのタイミングで席に座っていた。どさくさ紛れだ。
オレはマコの背中を思い切り叩きつけた。
「よ! ウンコマン!」
マコは真っ赤な顔をしていたのでオレは確信した。
「こいつ、授業中にウンコしにいきやがった! ウーンコ! ウーンコ!」
と囃し立てた。マコは激高して立ち上がってオレを殴って来た。
オレもそれに応戦して休み時間は終わった。
結局その日も一緒に帰った。オレの黒いランドセルとマコの水色のランドセルがガチャガチャと鳴り合う。
オレたちにはそんなケンカもなんでもない日常だったんだ。
縁石をバランスとりながら渡り合い、自分が落ちそうになるとマコも道連れにと抱き合って道路に落ちた。
二人して笑った。
小六の頃。オレたちは林の中に廃屋を見つけた。
「探検だーーー!」
と言って突撃。平屋で錆びたトタンで周りを固められたその廃屋は広い土間と二間しかない狭い狭い家だった。
畳もところどころ腐っている。天井を見ると大きな穴が開いていた。
「おーー! ここをオレたちの秘密基地にしようぜ!」
「だな!」
二人して、枝やら板やらブルーシートやらを集めてそこそこ住める形にした。
学校が終わると二人でいつもそこにいた。
暗くなると懐中電灯をつけて、毛布にくるまってお菓子を食べた。
その時マコがこんなこと言いだした。
「なァ──」
「なんだ?」
ためらいがちだった。普段のマコからは全然思いもよらない言葉だった。
「──リュージ。好きな人いるか?」
「は?」
考えたこともなかった。いや、周りでは早い奴は付き合ってるやつとかはいた。
だが、オレはマコとこうして遊ぶことが楽しかったし、別に仲のいい女子なんていない。
硬派なオレたちは女なんて関係ないと思ってたんだ。
「……うーん。いねーなぁー」
「そっか」
「強いて言えばマコかな?」
「は?」
「まー、ずっと一緒にいたいしな」
「そっか……」
マコは食べ終わったポテチの袋をガサガサと畳んだ。そして
「ま、オレもリュージのこと好きだしな」
「だろ?」
「りょー思いか?」
「バカ。気持ち悪りぃー」
そう言って、毛布の中で馬鹿笑いした。
マコはカチリと懐中電灯のスイッチを切った。
「おい。何も見えねぇ」
「あ、わりぃ。わりぃ」
その時、マコの髪がオレの額に触れ互いに唇が触れ合っていた。
マコはそれを軽く吸ったように感じた。
「うぉい!」
「──わ。ビックリしたァ。当たっちまったか?」
「当たったよ! チュウしちまっただろ? 気持ちわりぃな! テメーは!」
暗いがために起きた事故だったんだろうけど、マコにいわゆるファーストキスを奪われた。
こんなこと、誰にも言えねぇ。ファーストキスがワーストキスだよ。ホントに……。
中学。入学式の日、オレの母親とマコを迎えに行った。
一緒に行こうって決めていたんだ。
「まーこーとくーん。がっこいこーーー!」
と言うと、マコが母親と出てきた。
「オッス」
とマコが言った。
が、オレは完全に固まっていた。
マコは……。マコは──。
オレと違う制服を着ていた。
そう。女子の制服を着ていたのだ……。
「リュージ? どうした?」
そう言われてもオレは動けなかった。
ぶっ飛んでいたんだ。
母親がオレの手を引いた。
「マコトちゃんが可愛いから見とれたんでしょ。さ、行くわよ。今日は二人して面倒掛けないでよね?」
「はーーい!」
というマコの笑顔にようやくオレは正気に戻った。
オレたちの前に和服姿のオレとマコの母親。ペチャクチャとしゃべりながら歩いている。
オレは何も話せなかった。
なんか裏切られたような気持だったんだ。
マコが女?
はぁ?
いやいや、そーいえば思い当たるフシがあるぞ?
プールに行くとこいつだけ水着が違っていたし……。
拾ったエロ本読みたくないとかいうし──。
そうだ。そうだ。そうだ。
この前一緒に風呂に入った時、ついてなかった!
そうだよ。つい、この前まで風呂だって一緒に入ってたじゃねーか。
それが女?
なんで? なんで?
……オレ、なんで今頃気付いてんの?
「どした? さっきから黙りっぱなしで……」
とのマコの言葉にオレはビックリして直立不動の姿勢をとっていた。
そんなオレをマコは大爆笑していた。
なにがおかしいのか。そして女の姿で笑われてムカついた。
「──クソ。なんなんだよ……」
「はぁ?」
オレは叫んだ。
「なんで女なんだよ!」
「は?」
そう言うとマコはまた大笑いした。
「オマエ、何言ってんだよ~。ずっと前から女じゃねーか! ははははははーーー!」
「いやいやいやいや」
オレは手をブンブンと振った。するとオレたちの親が振り返った。
「うるさい! 二人していつまでも小学生気分じゃ困るよ!」
と叱られた。
「……はーい」
オレたちは下を向いた。
だが、マコはその状態のまま舌を出してオレの方を見てきた。
「怒られちまったな」
その姿がいつものマコでオレは安心した。そして、また中学校までの道のりを歩き出した。
しかし、どうしてもマコが女子だなんて思えない。
急に頭を転換できるわけがなかった。
オレはこいつをやっぱり男子と思って付き合うことにしようと思った。
「なぁ……」
「なんだ?」
「オマエ、サッカー部どうすんの? 一緒にやるって言ってたじゃねーか」
「ああ。やるよ。マネージャーだけど」
「はぁ? なんでだよ! 全国大会行くんだろーが!」
「だーから、行くだろーが! 問題あんのかよ! オメーが頑張れよ! バカか!? 人に頼んな!」
と言ったところで、また親に怒られた。
なんなんだよ。コイツのせいで怒られっぱなしだよ……。
入学式も終わり、クラスへ向かう。
クラスも同じだった。せめて離れてくれりゃー考えなくて済むのに……。
先生が自己紹介し、クラス委員を選ぶことになった。先生が
「えー、6つの小学校から本中学に集まってくるわけですから知らない人も多いと思います。今回のクラス委員は先生が指名したいと思います」
うそだろ。オレになるんじゃねーだろうな。
「男子は長谷川誠君」
お。オレじゃなかった。よかったぁ……。
「女子は近内実さん」
誰だそいつ……。
「はい」
うぉ! マコじゃねーか。
マコとその長谷川──マコトくんは前に立って自己紹介した。
その後で、マコが可愛らしく微笑んだ。
「同じマコトだね。よろしく!」
と、手を出した。長谷川くんも
「こちらこそ」
と言って、ガッチリ手を握って握手を交わした。
ガタッ!
みんな、オレの方を向いた。先生が
「──どうしました? えーと君は……。白井君。座ってください」
先生に促されて、オレはマコと長谷川くんが結んでいる手を見ながらゆっくりと座った……。
なんだ? この感情……。
オレの胸がトキトキと冷たく鼓動を打った。
たかが男と握手しただけじゃねーか。
でも、休み時間はやっぱりマコと一緒にいた。
気になるのは制服だけだ。ジャージになっちまうと全然普通だ。
新しいカバンでお互いの背中を叩きながら帰った。
しかし、オレたちが変わっちまったのは部活が始まってからだ。
結局マコはサッカー部のマネージャーにはなれなかった。
1年生は普通に部活に入ることを強要されたのだ。
マネージャーは部活が終わった3年生で余力があるものだけ……。
というものだった。
マコは女子バスケット部に入った。
帰る時間はほとんど合わなくなった。
互いに朝練の時間もあり、登校も一緒じゃなくなった。
そして友人──。
互いに部活の連中やクラスでも席が近いものと話すようになった。
マコは楽しそうに女子達と話し始めた。
そして、髪も短髪から伸ばし始め肩ぐらいまでになっていた。
「おい、リュージ。どうした? また近内さんばっかり見てるな?」
と、新しい友人に言われバタついた。
「バカ。見てねぇ。時計見てたんだ。時計」
「ふーん」
女のことを気にしてるって思われるのが照れくさかったんだ。
じょじょに、マコの人気が上がって来た。
ハツラツとしたかわいい女の子。
それが、マコへの評価だった。
「おい、白井。オマエ、近内さんと同じ小学校だったんだろ?」
「あ? 誰? オマエ……」
突然知らないヤツに声をかけられた。オレはいつもの調子で返した。
「うわ。こえー。後輩のクセに」
先輩だった。2年の先輩。男子バスケット部らしかった。
「ああ、先輩っすか。スイマセン」
「いや、いいけどよ。どうなの? 近内さんとの仲は」
仲って──。
「仲はいいっすよ」
先輩はニヤリと笑った。
「へー。彼女、彼氏いる?」
何言ってんだ。コイツ。
「まさか。いねーすよ」
と言うと嬉しそうな顔して、手を振って去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから数日後。
その先輩にがっしりと腕を掴まれた。
「オイ、オメーウソ付いたな? 近内さん、彼氏いるっつってたぞ!?」
と、ものすごい形相で言われた。
オレはケンカ上等だったが、
「彼氏いる」
で完全にフリーズした。
「お、おい──」
と、先輩に胸を軽く小突かれたがそのまま固まっていた。
長い間固まって、気付くと先輩はいなくなっていた。
家に帰ってボーッとした。
放心状態ってやつだ。何にも身が入らん。
電話して彼氏のことを聞こうと何度も電話の受話器までとったが、どうしてもかけることが出来なかった。
それから何日もテンションが少しだけ低かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テスト期間になった。
お互いに部活は休みだ。
マコは普段着な感じで話しかけて来た。
「オース。リュージ。一緒に帰って勉強会しねぇ?」
と言う言葉にオレのテンションはあっという間にマックスになった。
勉強会? クソくらえだ。と思ったが、思い直した。
別に、ゲームしてもそれまでだしな。
「いーぜ。どっちンチ? オレんチ? オマエんチ?」
「ウチんチでいーだろ」
ウチ? ウチだと? 似合わねー。
こんな似合わねぇヤツいるかぁ?
オレはクック、クックと笑った。
「なんだ? なにがおかしい?」
「いやいや。はははー。どれ、帰ろうぜー」
二人して並んで互いの家に向かって歩く。
久しぶりだなぁ。でもこれが普通なんだよな。オレたちにとって。
次第に顔がニヤ付いていることに気付いた。
マコはと見るとこいつもニヤついてる。
気持ちわりぃ!
「気持ちわりぃな~。オマエ。ニヤついてるぞ?」
「は? いーだろーが! 久々だから色々と考えちまったんだよ! わりぃか? 殴るぞ?」
殴られたらたまんねぇ。
そのうちにマコの家に到着。
いつものようにざっくばらんに家に上がった。
「ウチ、飲み物持って来るから、部屋に入っててくれよ」
「おーうけぇーい!」
といい、マコの部屋のドアを開けた。
だが驚きのあまりカバンを落とした。
以前と雰囲気が変わっている……。
カーテンもなんかキレイだし、ベッドも白いのになって掛け布団にフ、フリルがついてる──。パステルピンクと白の基調……。
昔はオガクズとカブトムシの匂いがしたのに、今じゃ女の匂いがする……。
なんだ? この本棚の本。
わけのわからねー小説が並んでやがる!
なにがコナンドイルだ? アガサクリスティーってなんだよ?
オメー挿絵なくて意味わかんのかよ。
コロコロはどこいったよ?
ドラえもんはどこいったんだ?
なんだ? この血液型占いの本ってよー!
星占いってなんだ?
バカか? オマエはバカなのか?
お! おあつらえ向きに、この占いんとこに付箋が貼ってやがる!
バカめ。どんな星座を気にしてるんだか見てやらぁ!
と本に手を伸ばすと、カチャリとドアが開いた。
当然そちらに目をやると
「なんだ? 座ってねーな。……うぉい! ヤメろ! 本見んな!」
と、マコはオレの手から本をむしり取った。
「なんだよ。見てもいーだろーが!」
「ばっかじゃねーの? 人様の部屋漁んな! そんなんだからダメなんだよ!」
ダメだとぉう!?
「ムカつくなぁ~。オマエな~。変わったよな~。急に女になるしよー」
マコは思い立ったように
「そうだ。思い出した。まぁ座れ。話しをしようじゃないか」
「お、おう」
小さいキレイなテーブルに向かえ合わせに座ってマコは話し出した。
「あのさー。リュージってさー。マジでウチのこと女じゃないと思ってたの?」
な、なにを言い出すんだ……。答えずれぇ……。
「う──ーん……」
「あは!」
腹を抱えて笑い出すマコ。
マジムカつくんですけど……。
「それじゃー、一緒にお風呂入ったとか全然なんとも思ってなかったんだ」
「あ~……。そりゃぁなぁ~……」
「ホントにクソ鈍感以上だね」
何コイツ……。
「まぁ、いいじゃねーか。ゲームでもしようぜ」
「は? ゲーム?」
「プレステは? どこいった?」
「そんなのもうないよ。勉強会でしょ?」
なんだ? コイツ急に女みたいなしゃべり方になってきやがった。
「なんだ。マジで勉強すんのか」
「当たり前。リュージ、このまんまじゃ高校も別々になるよ? 一生一緒にいたいんじゃないの?」
「は?」
「言ったじゃん! バカ過ぎて忘れた?」
なんだそりゃ。そんなこと言ったかぁ?
まぁ、そんな気持ちはあるけどよぉ。
マコのペースに乗せられ、マジで勉強会。
しかもスパルタ。鉄拳が飛んで来る。
バコッとひたいを殴られのけぞった。
「おいおい、血がでてねーか!?」
「出てねーわ! やれ! ちゃんと!」
なんだよ。こいつちっとばかし頭がいいくらいで……。
オレは、飽きて後ろに倒れた。
「や~~~めたっとぉ……」
「なんだそりゃ。もういいわ。寝てろ」
という言葉に甘え、オレはそのまま就寝──。
起きると、おばさんが作ったカレーの匂いがした。
「あ。やっと起きた。ホレ」
と、マコはオレの頭を目掛けてティッシュ箱を投げつけた。
当然それがぶち当たる。
「痛!」
「ヨダレ拭け。ヨダレ」
見ると、床に大きくヨダレの跡。
恥ずかしくてすぐに拭いた。
マコはベッドの上で眼鏡をかけて読書をしていた。
ゴクリ……。な、なんなの? め、眼鏡? 初めて見たわ……。
「オマエ、眼鏡なんてかけてたんか」
「ああ。そーだな。家の中とか勉強するときとか」
「そーなんだ……」
「お母さんが、オマエ起きたら飯食いに降りて来いってさ。いくべ」
マコはベッドから降りた。オレも立ち上がったが
「まぁ、マコ」
「なに?」
「オマエ……か、か、か、か──」
「なんだ? カワイイか?」
「ちげーわ! もういいわ」
彼氏いるか聞こうと思ったがヤメた。
なんかいなさそうだし。それに、いるならオレを部屋にあげるとかしねーだろ……。
おそらく、先輩を断るウソだったんだろうな……。
と、勝手に胸をなでおろした。
久々に近内家の食卓についた。
おじさんと一緒にガツ盛り競争だ。
ここの家のカレーはめちゃウマい。
食ってる最中におじさんが、ガッチリとオレの腕をつかんだ。驚いて
「な、な、な、なんすか?」
と言うと、おじさんは熱っぽく
「オイ、リュージ。娘を頼むぞ? ナマクラな真似したらただじゃおかねーからな?」
と言った。オレは意味が分からなかった。
「なんすか? イミフっす」
というと、マコが
「やめてよ。お父さん。そーゆーの……。ハラスメントだよ。ハラスメント」
「そうか?」
と言っておじさんはそれ以上なにも言わなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中1。オレたちは、勉強に部活に勤しんだ。
たまに時間が合うと街で遊んだりもした。
夏はオレ一人でカブトムシと釣りに燃えていた。
冬になり、雪が降った。
オレは久しぶりに雪合戦しようと思い、マコを誘った。
マコは普段着な感じで
「ホイ。これ」
と言って手渡して来たのが手編みの手袋だった。
「へー。いいじゃん。つーか、こんなこと出来ンだ。女みてーだな」
と言うとまた鉄拳だった。
「女だっつーの。バカにすんな。オメーより強えーぞ? 勝負すっか?」
そんな言葉にオレはニヤリと笑った。
「おーし。じゃぁ、雪合戦で勝負だ!」
「受けて立とう!」
と人通りの少ない道路で新雪を丸めて雪玉を投げ合った。
なぜか、アイツの玉がオレの頭を的確に当たる。
やっぱ、サッカーとバスケでは腕を使う競技の的中率が違うのか?
と思いながら玉をパンチで撃ち落としながらマコに近づいた。
白兵戦だ! 至近距離なら負けん! というヤツだ。
オレが近づくにつれマコの玉の速度も速くなる。
だんだんパンチで撃ち落とせなくなった。
バコッと音を立ててオレの顔に当たって、オレは路肩の雪に倒れ込んだ!
「やった! ウィナー!!」
と叫んでマコはピョンピョンと飛び上がった。
だが、オレは倒れたままだ。バンザイの形のままピクとも動かないでいた。
それを見て、マコは
「死んだ?」
と言って近づいて来る。
オレには作戦があった。あまりにもやられすぎた。腹いせにマコの上着の中に手を突っ込んで雪玉を地肌に押し当ててやろうと考えたのだ。
「オマエが勝負挑んで来て、寝っ転がってりゃ世話ねーわ。武士の情けだ。手を貸してやる。ホレ」
とマコは手を伸ばして来た。
今だ!
①オレは手を掴んでマコを地べたに転ばせた。
②後ろに回り込んで、雪玉を握った手を上着の中に突っ込む!
③その雪玉を地肌に──
みゅにゅ……
「……あ!」
胸だ──。マコに胸がある……。
と思うと、マコは無言でオレの髪を掴んで引きずり回し、腹に2発の膝蹴りを入れた。
「うぐぉ……!」
膝をついてまた地面に倒れ込むオレ……。
「フン! このドスケベ! テメーマジで貰ってもらうかんな!」
と言って、さらに地べたに伏すオレに蹴りを入れ家に帰って行った。
これには流石のオレもマコに女を感じざるを得なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから──。オレたちはギクシャクしだした。
というか、オレがギクシャクした。
マコは普通なのに、声をかけられても顔を上げれない。
視線をそらしてしまう……。
電話が来ても母ちゃんにバツとサインを送った。
完全な思春期の女性恐怖症っつーか、マコとどう接していいか分からなかったんだ。
マコは先輩や同級生から何度か告られてるってウワサで聞いた。
こういうのを聞くとドキリとする。
どうなんてんだ? マコ……。
もう、誰かと付き合ってんのか……?
つーか、オレってなんなの?
マコのこと──好きなの か な……?
分からない思いがグルグル、グールグルと交錯した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中二になった。また同じクラス。
みんなそろそろ恋に目覚め始めていたのだ。
何度も告られているマコに女友達の一人が
「近内って好きな人いないの?」
との質問が聞こえた。オレの耳は通常の三倍の集音システムになった。
「え? いるけど?」
というマコの声。もはや耳だけではない。
顔もそちら側を向いている。
マコの女友達がニヤニヤしながら
「彼氏なの?」
と聞いた。オレはマコの回答をドキドキしながら待った。
いないでくれ。
いないでくれ。
彼氏なんてオメーいねーだろ?
なぁ? マコ。どーなんだよ。
「うん。彼氏だけど?」
ぐぁ~~~ん……。
終わった。
目の前が暗くなるぅ~……。
終わったってなんだ?
オイオイ、リュージ……。
オマエ、マコのこと好きなの?
あんな男みてーな女だぞ?
昔は黒くて、豆見てーな顔の形のヤツなんだぞ?
オレは密かに「黒豆」って思ってたじゃねーか!
バーカ! リュージのバーカ!
……クソっ!
惚れてんのかよぉ……。オレッ!!
と一人絶望に陥っていると、会話の続きが聞こえる。
「やっぱり、白井くんでしょ?」
「そーだよ」
は?
オレ?
教室が「わっ!」と湧いた。
女子のキャーキャーという歓声。
男子のヒューヒューというからかい声。
友人がオレの腕をつかんでマコのそばまで連れて来た。
「はいはい、ご両人、告白はどっちから?」
と、ノートを丸めてマイクがわりにオレたちに向けた。
マコは全然ひるまずに
「リュージだよ。ね?」
とオレの方を見る。
な、なにを言って……。
オレの脳内は必死に検索を始めた。
どこだ? どこで告白した??
さっぱり思い当たらない。
しかも、教室中が好奇の目で見ている。
別のクラスの連中も集まって来た。
オレはとてつもなく恥ずかしくなって来た。
「やめろテメーら!」
と机を叩いて一喝した。
教室中が静寂に包まれた。
「なんで、オレがマコと付き合ってんだよ! オメーなに勘違いしてんだ!」
と、マコにも怒りをぶつけた。
「え? え?」
マコは動揺している。しかし、恥ずかしくていたたまれないオレは言ってはいけないことを言ってしまった。
「それにオレ、好きなヤツいるから」
教室中が全くの無音になった。
時が止まった。
誰も動かないのに、マコの目から光る雫がこぼれて落ちていった。
駆け出すマコ。人の壁を押しのけて教室から出て行ってしまった。
オレが飛び出したかったのに、マコに飛び出された手前、自分の机にどっかりと座り怖いであろう顔をしてみんなを睨みつけてやった。
観客たちは背中を向けて散って行った。
だが、まだこの時だけはオレは楽観視していた。
オレたちの友情がこの程度で崩れるわけが無い。
そう思っていたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし、オレの思うようにはならなかった。
マコは徹底的にオレを避けた。
オレの目はマコを追っている。
だがマコは違う。
完全にシカトしていた。
長くなった髪もバッサリと切り落とし、耳が見えるほどになっていた。
母ちゃんにもこの騒動が聞こえたらしく、しこたま叱られた。
こんな状況を打破したい。
オレはなんの考えもなしに、夜にマコの家の前まで来ていた。
部屋の電気がついている。起きて勉強しているんだろう。
オレは小石を窓に目掛けて投げた。
コツリ
窓ガラスがいい音を立てた。
窓に影が見える。
マコだ!
マコはカーテンを開けた。
オレは窓の下で手を振った。
シュッ
カーテンが閉まった。
最悪だ……。
これで終わりなのかよ。
終わっちまうのかよ──。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中2の冬休み。
オレには作戦があった。
去年はマコがオレにプレゼントをくれた。
手編みの手袋だ。
今年はオレがアイツにプレゼントする!
クリスマスだ!
女子は……こーゆーロマンチックなの好きだろ?
小遣い貯めて買ったんだ。
小さい男女の人形が二つついているオルゴールだ。
こっちの女の方がちょっとマコっぽいんだ。
それに手紙も。
ちゃんと、好きだって書いた。ゴメンって書いた。
それをアイツの家のポストに入れる。
どうかな? 気持ちわりぃかな?
でもこれしかできねーよ。
手紙なら……読んでくれるかなぁ……。
そして、クリスマスの日を待った。
しかし、それは12月23日に破られた。
家族で夕食をとっている時だった。母ちゃんが父ちゃんに
「近内さんの奥さん、今日挨拶に来たわよ」
「そうか……」
ん? おばさんが?
「ま、しょうがないよね。転勤だもんね」
「そーだなぁー」
え? て、転勤?
「て、転勤って……?」
「ああ、近内さんち引っ越したのよ。別の県に行っちゃったわよ」
「え? ま、マコも?」
「当たり前でしょ? え? アンタ知らなかったの?」
オレの周りの世界がガラガラと音を立てて崩れてゆく。
光が無くなって真っ暗闇になって落ちていく──。
「知らなかった……。知らながったよぉぉぉーーー! なんで教えてくれねぇんだよぉぉーーー!」
と、そのままテーブルに突っ伏して泣いてしまった。
ようやく分かった。
マコの重要さを。
こんなにも。
こんなにもそばにいて、大事な人だってことを。
親友で……。
だけど女で……。
好きだった人を──。
傷つけて。
最後の挨拶もできないまま……。
別れてしまった──。
次の日。泣きはらした目のまま、オレはプレゼントを持って近内家の前に立った。
窓にカーテンがない。
家の中に家具もない。ホントに、ホントにどっかにいっちまったんだ……。
トボトボと家路についた。
何気無しにポストの中を開けると、消印のない封筒が入っていた。
封筒の表に「白井竜司様」。
封筒の裏には「近内実」。
マコだ!
マコからの手紙だ!
オレは手紙をもったまま自室にこもり、正座して手紙を自分の前においたまま見つめていた。
開けるのが怖かったんだ。
嫌いだと。
なじる言葉が書いてあるとしか思えない。
勝手に封が切れて目の前に手紙が出てくれればいいのに。
そう思った。無駄に時間だけが過ぎて行った。
意を決して手紙の封を切って中身を出して読み出した。
◆
竜司へ。
ずっとずっと好きでした。いつもあなただけを見ていました。
あなたにマコ。マコって言われる度に私の心は踊っていたの。
覚えてますか? 秘密基地の中で私を好きだって言ったこと。一生側にいたいって言ったこと。嬉しくて私、飛び上がりたい気持ちだったの。そして勝手にキスをしてゴメンナサイ。もう、思いをぶつけてもいいと思ったの。そしてそこから勝手に付き合ってると思っててゴメンね。
竜司の中ではただの友だちだったんだよね。重いよね? こんな女……。
竜司が怒るのも無理ないよね。
こんなに一緒にいて、一番竜司のこと分かっているつもりだったのに、竜司に好きな人がいることに気付かないなんて。私は親友すら失格です。恋人になんてなれるはずない。
だから、竜司のこと避けてゴメンなさい。もうどうしていいか分からなかったの。
でもね。安心して欲しい。もう私、竜司の側にいなくなるよ。邪魔な女はどこかにいくんだよ。だから、竜司も好きな人と結ばれて欲しい。
最後に。竜司のこと好きでした。だから竜司の恋を応援します。頑張れ! 竜司。きっと好きな人と結ばれるよ。だってカッコいいもん。思い切って告白しちゃえ!
じゃぁね。元気で。
実
◆
そのまま、オレは無気力にベッドに倒れ込んだ。
そして声を殺して泣いた。涙が出尽くすくらい泣いたんだ。
これがバカなオレの「親友と好きな人を同時に失った話」だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
だけど、この話しには続きがある。
少し長いかもしれない。
マコがいなくなって、オレはそうとう暗いヤツになっていた。
スポーツにも身が入らなくなり、レギュラーの座を追われた。
高校に入って女の子に告白されたがその気になれず断った。
しかし、次の日から女子たちに総スカンをくらい、わびしすぎる高校生活を送った。
マコを失って、自分自身すら失ったのだ。
無気力だ。あまりにも無気力。
そんなバカのままだったオレを、親は情けで大学までいかせてくれた。
親元を離れて一人暮らしをして大学に通った……。
勉強に、バイトに忙しく過ごした。
その日も受講が終わり、バイト先へ急ぎ足で向かっていた。
向かい側から、女子大生が三人歩いて来る。
この近くの大学の子なんだろう。
このまますれ違える道の幅じゃない。
横列して歩く女子大生を道の端に止まって避けた。
その時、そいつ等の会話が少しだけ聞こえた。
「……んないって、渡部先輩にアタック受けてんでしょ? 付き合っちゃえばいいじゃん」
「え~……。でも、まだいいかな~──」
「はー? あんたそんなに可愛いのに?」
すれ違った後、オレは真ん中の子の肩を掴んで振り向かせた。
「きゃ!」
「マコ!」
「え? ──リュージ??」
マコだった。近くの大学に入っていたのだ。
彼女の友人たちはマコに待ち合わせ場所を伝えて去って行った。
久しぶりにあったマコはあの時よりもずっとずっと美人になっていた。
「久しぶり……だね──」
「マコ……。マコは……あの、その。えと──」
何を話していいか分からなかった。
胸の奥にしまいこんでいたものが急に溢れて来た。
「ゴメンなさい! 好きな人いるってウソでした!」
「は? え??」
「ホントはマコが好きなんだ! でも照れくさくって強がっちまったんだ! ゴメン! マコ! ゴメン!」
その時、オレたちは誰もいない中学校の教室に二人っきりって感じだった。
思い切って今までの思いを告白した。
止まっていた時間がようやく動き出した。
そんな気がした。
顔をあげてマコを見た。
ホントにキレイだ。
ステキな女性になったんだ。
だが、マコの眉が吊り上がってそのまま的確にオレのみぞおちにストレートを入れてきた。
ボスッ!
「いぐぁ!」
「何言ってんだ、テメー! 今更おせーだろ!!」
現実だ。現実に戻された。
オレは腹を抱えて息も絶え絶えだった。
「……いで。ゴメン……」
「テメーのせいで苦しんだ数年間を返せ! バカヤロー!」
「そうだよな……。ゴメン なさい……」
やっぱりだ。マコは怒っていたんだ。
当たり前と言えば、当たり前。
「それに私、好きな人いるし」
!!!
──そっか。そりゃそうだよな。
年月が経っているもん。
彼氏がいたっておかしくないよな──。
「そっか……」
「そりゃそーだろ。オメーはどうなんだよ」
「いや……。いない……」
「は? 私のことはどう思ってんの?」
「え? そりゃ……す、す、好きでした……」
ボスッ!
またもや、みぞおちに重い拳がヒットした。
「ぐぇ……!」
「でしただと? ですじゃねーのか?」
「──です。です。好きです」
「あっそ」
「うん……」
「じゃ、りょー思いか?」
え?
え?
「マジ?」
「ああん。なんだよ! オメーの次のセリフは「バカ。気持ち悪りぃー」だろーが」
な、なんです? それ──。
マコはニヤリと笑った。
「じゃ、もう、いいのか? 付き合ってるって思っていいのか?」
「え? だって、好きな人がいるって……」
マコはオレの髪をつかんだ。
「オメーのことに決まってんだろ! あいかわらずバカだなぁ~」
「え? じゃぁ……」
「このクソ鈍感野郎!」
「ウソ! やった!」
オレはマコの肩を両手で押さえて向き合った。
やっと、やっと戻れるんだ。あの時の二人に……。
マコが目を閉じている。
オレはそのまま彼女の唇に自分の唇を合わせた。
途端に「わぁ! わぁ!」という歓声が聞こえてきた。
たくさんのギャラリーが今までの情景を見ていたのだ。
全然気づかなかった。オレは顔から火が吹き出そうになった。
「なんかあの時みたいだね」
マコは中2の教室のことを言っているんだろう。
「そーだな──」
と、マコの手を握ったまま答えた。
その日、バイトを休んだ。オープンカーのレンタカーを借りてマコとドライブをした。
海沿いの道を月を追いかけてどこまでもどこまでも走り続けた。
今までの話しをした。
小さい頃からの話し。
楽しかった小学校時代。
オレたちの黒歴史の中学時代。
離れ離れの高校時代。
そして、現在。
オレたちは誰もいない山のてっぺんの駐車場で月に照らされながら車の中で抱き合っていた。
天にも昇る思いでマコの名前を叫んだんだ。
今までの思いをマコにぶつけ、二人して互いの座席から真ん丸の黄色い月を見ていた。
「きれーだなぁ……」
「そー……だな」
そういいながら、オレの首はマコの方を向いていた。
月明かりに照らされる黒髪の美しいその端整な顔立ちを。
【おしまい】
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