これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範

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おもちゃ・物語

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 ついてない──。



 外は雪模様だというのに、俺だけ残業。町からはなれたこの大きな工場には俺しか残ってない。明日までにミーティングの資料を作らなくてはならないのだ。

 時計を見れば23時。駐車場に出れば少ない街灯が雪に反射して明るくなっているだろうか、という淡い期待。

「やってられない。さっさと帰ろう」

 と言っても、まだ人数分の資料をコピーしてホチキス留めしなくてはならないのが辛いところだ。

 ようやくそれらが終わって、荷物を持とうと思ったときには、今日が明日に変わるという時間である。
 こんなに遅くとも明日にはみんなと同じ時間に出社しなくてはならないのだから、世の中不平等だ。

 ロッカールームで作業着を脱ぎ、私服へと着替える。コートがあってよかった。車に戻って雪をかいて暖気している間はこれがたよりなのだから。

 ロッカールームを出ると、廊下の灯りがつく。一応大きな工場なのでセンサー式なのだ。
 しかしLEDの冷たい灯り。明るいが虫も寄らない光だ。我々人類には大きな進歩だが生命の嫌う光だ、と思いながらも靴箱のある部屋へと進む。

 進めば前方の灯りは点くものの、俺の歩いた後ろの灯りは時間を空けると消えて行く。

 タッ タッ

 と点く音と消える音。この大きな工場内には俺一人だ。普段はなんとも思わないが不気味である。



 タッ


 目の前の靴箱の部屋の灯りが点く。
 俺は入室前だ。なんとなくホッとした。俺が気付かないだけで他の部署で残業していた人が居たのかもしれない。
 それならこれから不気味な駐車場に行くのに、その人と一緒に行けると思った。

 なぁに面識がなくとも構いはしない。

「お疲れさまでーす」

 俺は明るくなった靴箱の部屋へと入った。



 しかし

 人の気配がない。


 この靴箱で工場内用の上履きから下履きへと履き替え、隣りの部屋のドアを開けセキュリティの番号を入力して社外へと出るのだが──。

 先ほどの灯りが点いたタイミングから、もう外に出たなどと考えられなかった。

 しかし靴箱の棚は多い。高校の昇降口のようになってる。ひょっとしたら靴箱の棚の影に居るのかもしれない。
 そうでなくては、灯りの辻褄があわない。そう思って靴棚を一つ一つ見て回った。


 最後の靴棚──。

 覗いてみたが人はいなかった。


 頭の中は『なぜ?』『どうして?』。軽いパニックだ。

 だが靴箱の下に、片手サイズのぬいぐるみを見つけた。誰でも知ってるアニメのキャラクター。
 おそらくこれの持ち主は、バッグにでも付けておいて落としてしまったのだろう。

 いつもなら総務に届けるのだが、すでに総務はいない。仕方がないので、消臭スプレーの置いてある台の上に置いて靴を履き替えて隣の部屋へ。

 セキュリティの番号を打っているときに思い出した。ロッカーに車の鍵を置いてきてしまったことを。

「クソッ!」

 やり場のない怒りに、普段は駆けてはいけない廊下を走ってロッカールームへ。


 タッ

 タッ

 タッ


 その度に廊下のLED照明の灯りが先回りする。人気のない工場は震えるほど寒い。

 ロッカールームから車の鍵を取り出して、もう一度靴箱の部屋へと急ぐ。


 タッ

 タッ

 タッ


 靴箱の部屋に灯りがある。だが入った瞬間に一度照明が消えたので驚いた。


 タッ


 が、すぐに俺に反応して灯りが点いた。その時はなんとも思わなかった。
 靴を履き替え、セキュリティの部屋に入ろうとすると、先ほど消臭スプレーの台に置いたぬいぐるみがドアの近くに落ちていて、こちらを見るように座っていてゾッとした。

 そうだ。

 そもそも、最初に俺が入室する前に灯りが点いたのだ?
 再度ここに入る前に、灯りが点いていたのはなぜだ?



 このぬいぐるみのせいではないのか?



 とたんに怖くなった。
 俺は鳥肌を立てながら、ぬいぐるみを思い切り壁側に蹴って、すぐさま隣の部屋に入った。
 そしてセキュリティの番号を押す。


 タッ


 その時、靴箱の部屋の灯りが消えた。

 怖い。焦る。

 もしやあのぬいぐるみが壁から立ち上がってしまったら?

『番号を確認しました。警備が始まります。30秒以内に会社の外に出てください』

「わわっ!」

 番号を押すと音声の案内が出るのだがそれに驚く。
 だがもっと驚くことが起きたのだ。


 タッ


 靴箱の部屋の灯りが点いた。

「わーー!」

 俺は社外へ飛び出し、足首まである雪を蹴りながら駐車場へと走った。


 あのぬいぐるみはなんだ?

 あれは既製品だ。

 それが動いている?


 少ない街灯の灯りが雪に反射して、多少明るい。自分の車が見える。車が雪を被っている。

 車について、すぐにエンジンをかけ暖気を始める。トランクからスコップを出して車の回りを雪掻きだ。

 さらに窓の雪を払って、ふと気付いた。
 新雪の上に俺の足跡。
 その横に小さな足跡──。




「わ! わーー!!」

 俺は恐ろしくなり、車へと乗り込んでアクセルを踏み込む。

 車は勢いよく走りだした。







 ギャリ、ギャリ、ギャリ!

 ドーーン!!








 パトカーのランプが赤々と雪を照らす。大樹に車が突っ込んで大破。運転手は即死と見られた。

「急いで帰宅しようとしたんでしょう。気の毒に」

 新米の警官が先輩へと話しかける。先輩もそれに同調して頷いた。

「今頃太陽が出てきたか……。おや?」

 先輩が見上げた大樹の枝には、片手サイズのぬいぐるみが引っ掛かっている。彼はそれに手を伸ばして枝から取った。

「枝に雪があるのに、どうしてこれには雪がかかってないのだろう」
「さて?」

 警官の先輩は、それをジッパー付きのビニールに入れ、ポケットに突っ込み事故の検証を終えて署に戻った。

 そして机に座ってポケットの中に手を入れビニールを取り出して首をかしげた。

「あれ? 人形がないぞ?」












 ヒヒ。


 ヒヒヒヒ。


 ケケケ。












 タッ


 タッ


 タッ。
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