これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範

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トコナシさん

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 入院して1週間。
 中一、喘息での入院は、学校が正式にサボれる楽しいものだった。
 大部屋は、同じ年代の男子たちで楽しかった。
 誰がどんな病気だなんて関係ない。
 オレたちは看護師の目を盗んで、遊んでいた。

 みんな学校はそれぞれ別。
 中二のサトシくん。
 中一のトモヤ。
 小六のヨースケ。
 話も合い、楽しい入院生活だった。

 就寝時間。
 この時間になると恒例の怖い話が始まる。
 一晩に一人か二人が一つずつ話すのだ。
 怖くなって、「ひゃあ!」と叫ぶと看護師がやって来てオレたちを叱る。それも楽しかったのだ。

 みんな怖い話が上手で、自分もなんとかみんなを怖がらせたかった。

 オレの番がやって来た。
 オレは、自分が考えた作り話を聞かせることにした。
 自分自身でも考えて怖くなったくらいだ。
 きっと怖がってくれる。
 みんな、毛布を被って、オレンジ色の小さい灯りを頼りにオレの方を見ていた。

「なぁ……。トコナシさんって知ってるか?」
「トコナシ……さん?」
「いや、しらねぇ」

「トコナシさんは、この病院にいる。売店に行ったときに、別の病棟の爺さんに聞いたんだ。それは、3階の手術室の奥の通路だ。血がついた黄ばんだシーツを頭から被って、来る者を待ってる。自分のベッドを探してるんだ」
「ベッド?」
「何だそりゃ」

「そう思うだろ? まぁ聞いてくれ。交通事故で大怪我をして、救急搬送先を探された人なんだ。救急隊が病院に連絡をしてもどこもベッドがなくて断られた。たらい回しと言うヤツだよな。この病院が受け入れオーケーを出して手術室に運ばれた時にはすでに死亡してしまったんだ。それ以来、手術室のある階の通路を彷徨ってる。『寝床がない。寝床がない』といいながら……」

「ひゃあ!」

 みんな叫んでベッドに潜り込んだ。大成功だ。
 オレは自らの話が怖がって貰えて、得意な気持ちのまま眠りについた。

 次の日。トイレに行った帰り道、別の部屋の中一の女子にあった。別の学校だけど、少し可愛いなと思っていたんだ。
 話をしたことはなかったが、すれ違うと声をかけられた。

「……ねぇ」
「ん?」

「ちょっと話できる?」
「ああ。いいよ」

 入院してヒマだから、同年代の俺を捕まえたんだろう。
 オレたちは入院患者のための談話室へ向かった。
 部屋と言われているが仕切りやドアはない。
 テーブルやイスがキレイに並べられている。
 そこの一つに座った。

「私、明日手術なの」
「え? そうなんだ。大丈夫?」

「大丈夫だけど、怖いよ。手術がじゃない。先生を信頼してるし。でもあそこにはトコナシさんがいるもん。私、憑り殺されたらどうしよう?」

 え……?

 彼女はそのままテーブルに伏して泣き出した。
 必死に大丈夫と言って慰めたが、あれは昨日の晩に初めてオレが話した作り話。
 どうして、この娘が知っているんだろう。

 不安がる彼女。彼女はあの場所にいなかった。
 もしかして、オレの部屋の誰かが話したのかも知れない。
 気安めかも知れないが、それならトコナシさんを追い払う方法を考えたらいい。
 もともとオレの作り話だ。
 マスターはオレなのだから。

「トコナシさんを追い払う方法を知ってるよ」
「え? それって何?」

「心の中で『トコナシさん』を3回呼ぶんだ。そして、この病院の病室の番号を言う。例えば、『533に空床があります』ってね。そうすればトコナシさんは、533に空床を探しに行くんだ」
「へー。そうなんだ。それいいね! ありがとう!」

 彼女の笑顔。
 ちょっとばかり恋に堕ちた。

 次の日。彼女の手術の日。
 当然彼女の手術は成功し、午後には病室に戻ってきた。
 しかし、全身麻酔が覚めずに、ずっと眠っていた。
 オレはそれが気になって、何度か彼女の部屋を覗きに行ったが、彼女のご両親らしき人が座っているものだから、何も出来ずに部屋に戻って寝転がっていた。

 4回目の訪問。
 彼女の部屋に向かう途中の一人部屋に人の気配を感じた。
 そこは空床だ。患者がいないはず。部屋も薄暗い。
 足を止めて覗いてみると、血のついた黄ばんだシーツを被った細い体の男が、手をダラリと倒して突っ立っていた。

「ひ!」

 思わず声を出してしまった。
 それは急激に方向転換してこちらを見る。

「寝 床 が な い」
「いゃゃゃゃやややーーー!」

 いい覚えのある言葉。オレが作りあげたトコナシさん。
 思わずそこに尻餅をつく。
 叫んだものだから、看護師さんが二人、駈け寄ってきた。

「どうしたの? ユウキくん」
「ひと。ひと。ひとが」

 震えながら、誰もいない部屋を指差す。
 そこには、アイツはいなかった。
 看護師さんの一人が奥に入って中を探してみたが誰もいないようで、首を傾げて出て来た。

「こら。悪戯してからかったわね?」
「ほんと、ほんと、ほんとに」

「大きいお注射うつからね」
「いや、いや、マジです」

「分かった。分かった。ほら。部屋に帰ろう」

 二人の看護師に抱えられ、強制的に部屋へ送還。
 オレは怖くて頭に毛布をかけてベットにうずくまって、そのまま寝てしまった。

 早くに眠ったものだから、起きたのは夜中。
 周りを見ると、みんなスヤスヤと眠っていた。

 オレは焦った。恐怖のG圧が物凄い。
 毛布を被って寝てしまおうと思った。

 すると、静かな病棟に、変な音がする。

 ペタ ペタ ペタ ペタ

 裸足で歩く音。
 スリッパを履いていない。この階の老人がトイレにでも行くのだろうか?
 しかし、それはこちらに近づいてくる。

 ペタ ペタ ペタ ペタ

 だいたい、二部屋隣り辺りだ。
 そこの部屋の患者か?
 と思った矢先にゾッとした。

「寝 床 が な い」
「うわ!」

 アイツだ。トコナシさんが、部屋を出て徘徊してる。
 それは、オレの叫び声に足音をピタリと止める。
 だが急に駆け足になり、隣の部屋を通り越してしまった。

 ペタペタペタペタペタペタペタ ピタ

 心臓が口から飛び出そう。
 オレが作りあげたトコナシさんがそこにいる。
 きっと彼女は、俺が言ったおまじないの言葉に、この階の無人の部屋番号を言ったのだろう。
 だからトコナシさんはこの階に来てしまったのだ。
 トコナシさんの足音が部屋の中に入ってきたが、とてもじゃないが、そっちを見れるわけがなかった。

 ペタ ペタ ペタ

 部屋の中央に立っている。
 恐ろしいものがそこにいる。

「寝 床。 寝 床 が な い」

 それは、サトシくんのベッドの方から聞こえる。

 ペタ ペタ ペタ

「こ こ に も 寝 床 が な い」

 ヨースケの方から声が聞こえた。
 オレは毛布の中で汗だくになりながらガタガタ震えていた。
 もうダメだ。
 あれに毛布を引っぺがされたら、恐ろしくて叫んでしまう。
 夢なら覚めろ。
 早く朝になれ。
 必死で、この怪異が去ることを願ったが、次の声は向かいのベッドのトモヤから聞こえる。

「寝 床 が 欲 し い」

 それは、こちらを向きながらの声だった。
 俺の手に握られた物がある。
 それについているボタンを押す。
 ナースコールだ。

 ぺー と言う音に、すぐさま「どうしましたか?」の声。
 驚いてボタンを放してしまった。

 だが、足音が消えた。
 床と素足が粘り着いて離れる、独特の足音が聞こえない。

「と、トイレ」
「今行きますね」

 スリッパの音が聞こえる。
 喘息の発作がぶり返したように、肩で大きく息継ぎをしていた。
 それがよかった。
 看護師さんは、優しくトイレまでオレを送ってくれた。

 少しばかり排尿すると、落ち着きがやってくる。
 あれは夢だったのかも知れない。
 鬱々とした寝起きに頭が幻想を作りあげたのかも。

 開けっ放しのドアに見える看護師さん。
 オレを待っていてくれていた。
 手を洗って駈け寄ると、笑顔で部屋へ送ってくれた。

 途中にナースステーションがある。
 他に二人の女性看護師。
 それが、ボソボソ話してるのが聞こえた。

「三階のトコナシさん、消えたらしいよ……」

 全身が泡立つ。
 なんだそれ。

 三階──。
 手術室──。
 消えたトコナシさん──。
 それはオレの作り話──。

「ほい。着いたよ。また呼吸がヒドいみたいだね。苦しくなったら呼んでね。吸入するから」
「は、は、はい。あの……」

「どうしたの? 吸入する?」
「いや、トコナシさんって……」

「え!? ……ああ、聞こえた? 何でもないの。でも夜は余り出歩いちゃダメだよ」

 意味深な言葉。
 なぜだ?
 オレの作り話なのに。
 それが実在する?

「会っちゃダメ。見ちゃダメなものなの」

 その時、ナースステーションから看護師さんが飛び出していった。
 誰かに呼ばれたらしい。

「あ、ゴメンね。戻るね。さっきの話、人に言わないでね」

 担当の看護師さんが足早に戻っていった。
 つまり、暗い部屋に一人で入っていかなくちゃならない。

 廊下から中を覗いてみたが、あの細い足は見えない。
 だが油断は出来ない。
 ベッドを囲む全てのカーテンは開かれていて、トコナシさんが隠れている場所はひとつもない。
 あるならば、ベッドの下か、ベッドの裏だ。それから小さな荷物を入れるロッカーの裏。

 しゃがみ込んでベッドの下を覗いてみたが、あの細い足は見えない。
 少しばかりホッとした。

 トコナシさんは、あのまま部屋を出てしまったのかも知れない。
 別の部屋でベッドを探しているのかも。

 とりあえず、毛布を被って寝てしまおうと、自分のベッドへダイブするのに急ぎ、勢いよく毛布を剥ぎながら足をベッドの上へ乗せたその時。


「あっ た 寝 床 あっ た」


 すでに寝ているトコナシと目があった。


 ──────────


 それから数ヶ月後のナースステーション。
 看護師が小さな声で話をしている。

「知ってる? トコナシさんが増えたらしいよ。中学生くらいの子。二人で自分のベッドを探してるんだって」


 ペタ ペタ ペタ ペタ
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