これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範

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馬無駅にいる!

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 その日の仕事が長引き、終ったのは終電を迎える時間だった。
 足早に急ぐ人々に紛れて、私も駅に急いだ。
 これを乗り過ごしてしまえば市内のホテルに泊まるか、朝までやっている居酒屋で始発を待つしか無い。
 どちらもごめんだ。

 新築した家には愛する妻と子どもが二人。
 それを眺めて一日の疲れを落とし、明日の仕事への力としたい。

 とはいえ終電は初めてだ。
 よくくる駅だが、時間によってホームの発車地が違う。
 普段は間違えないミスだが、疲れていたのであろう。
 窓側に横一列に並ぶイスに座り込むと、扉が閉まる。

 その途端、ガ タ ン──。

 体が想像していた方とは逆に揺さぶられる。
 やってしまった。
 この電車は逆方面に向かう電車だったのだ。

「あ。くそ。明青寺のほうじゃないか」

 独り言に恥ずかしくなり、辺りを見渡すと、空いている。
 他に乗っているものはいない。
 カーブを曲がる角度で前の車両も見てみたが、そちらにも誰もいないようだ。

「こっちってそんなにローカル電車だったっけ? 終電なんだから少しは人が乗っててもいいはずだが」

 そう思った時に、ゾッとした。ネットで盛り上がったあるホラー話を思い出したのだ。


 ある女性の書き込み。
 いつもと同じ電車に乗ったのだが、いつもよりも長い時間停車しない。
 連れてこられたのは見知らぬ駅。
 彼女はそこで下りてしまうと、何も無い土地。
 深夜だと言うのにじっとしていられず、家に向かって歩き出してしまうのだ。
 途中で、中継するものの連絡が途絶えてしまうという話。


 しかしこれはリアルタイムで作られた巧妙なホラー小説だ。
 現実的にそんなことはありえない。
 それは異世界に行ってしまったやら、過去にタイムスリップしたという説もあるが、電波を飛ばして書き込みしているのだ。過去や異世界では電波は飛ばせない。
 考えてみればそんな簡単な作り話と思うが、当時は恐ろしかったものだ。

 その話を思い出す。
 だがそれは思い出しただけ。
 現実にそんなことはおきない。
 おそらく車掌が次の駅名である「明青寺」をアナウンスするであろう。

 少しばかり鼓動が早くなる。
 真っ暗な窓の外には、田舎道なのか街灯がポツリポツリ。
 その街灯もやがて山の中に消えて行く。
 そして電車も山の中に入って行き、木々や木の葉ばかりで景色はまるで感じられなくなった。

「こ、こんなところだっけ? 明青寺って」

 車輪の音が妙に激しく聞こえる。

 ガシャポ ガシャポ ガシャポ ガシャポ

 まるで何者かから逃げているようにスピードがアップされた。
 ここに来て、私は落ちついていられなくなった。
 立ち上がって、他の乗客を捜す。
 なぜか、進行方向の車両ではなく、後方の車両へ。
 このスピードでなにかに衝突でもされたらという恐怖もあった。
 だから急ぎ足で後方へと急いだのだ。

 しかし──。

 誰もいない。
 この最終電車には自分しか乗っていないのではないだろうか。

 まさかそんなはずはない。車掌や運転士くらいは乗っているだろう。
 一番後ろの車両には車掌が乗っているはずだ。
 さらに後方の車両を見ると、後ろの車両の電気が消えている。

 真っ暗だ。

 そこに入ってさらに車掌がいる部屋までいくのには勇気がいる。
 今の精神状態では真っ暗な車両に入ることは無理だった。
 そのうちに、体が大きく揺れる。

 電車がブレーキをかけている。

 ギギ ギギ ギーーー

 何も無い場所。
 辺りには木々しか無い。
 そんな場所で完全に停車。

 しかも誰も乗っていない。
 気が狂いそうだった。
 スマホを点けてみると、時間は0:26。

 ホッとした。電波が来ている表示。
 ここは紛れも無い日本なのだ。
 マナーは悪いが妻に電話をしようと、電話のアプリをタップ。
 普段は小さいコール音も、停車している電車の中では大きく響く。私は妻が早く出てくれるよう祈った。
 ややもすると、妻が電話をとる。少し慌てているように息を切らせて。

「もしもし、あなたなの?」
「ああ八重やえ。間違って反対方向の電車に乗ってしまって」

「そんなまさか!」
「ああ分かってるよ。こんなミスをするなんて。次の駅で降りてタクシーで帰るつもりだ。タクシー代用意しといてくれよ。小遣いじゃ足りないかも」

 その時、プシップシッと、電車からエアーが排出される音。どうやらまた走り出すようだ。

「あスマン。声聞いたら落ち着いた。なんか怖くなっちまって。電車走るみたいだから。また連絡する」

 マナーが悪いと思い、電話を切ると車両が激しく揺れる。

 再出発。

 わけが分からない。
 何の為の停車だったのか。
 動物かなにかが急に飛び出しでもしたのだろうか。
 またも電車は激しく揺れる。
 知らない土地を長い時間。

 最初は、明青寺駅で降りてタクシーを使うしかないと思っていた。
 それだって家までは五千円くらいかかるかもしれない。
 だが、この長い時間では逆算すると深夜料金も含めて一万円を超えるくらいになってしまう。

 そもそも明青寺駅はこんなに遠いはずはない。
 最初の駅から五分くらいのはずだ。しかしこれは明青寺に向かっている電車ではないのかもしれない。

「知らない私鉄でもあったっけ。でもそんな私鉄がこんな深夜に走るものかな」

 恐ろしい気持ちを押さえ込んで頭の中で考える。
 しかし、電車はさらなる山の中へ。

 ガシャポ ガシャポ ガシャポ ガシャポ

 また腰を抜かしそうなほど恐い。
 しかし電車だ。線路が敷かれているということは人の手によって行われたことなのだ。
 車掌の元に行くのは少し勇気がいるので運転手の方に聞きにいけばいい。
 重い足を上げて進行方向に向かって進む。

 チャ チャ チャ チャ チャ

 車輪の音がレールの上を感じさせない音を立てる。
 これは砂利の上を走る音。
 待て。脱線したということか?

 慌てて、中央に立てられているポールに掴み込む。
 激しい小石を踏みつけながら走る音。
 完全に脱線したんだと思いポールにすがりついてしゃがみ込んだ。
 しかし電車はそのまま走っている。
 そのうちに、もう一度レールの上を走る音に戻る。

 頭の中は大混乱だ。
 意味が分からない。初めての体験。
 全身にはびっしょりと汗をかいている。一日の疲れが抜けないまま、その疲れを通り越し昏倒しそうだ。

 ギー ギー ギーー

 ブレーキ音が聞こえる。
 これは先ほどと同じ、止まるだけなのか、駅があるのか。

 そう思っていると、明かりだ。
 駅の構内に入ってきたのだ。
 ホッとした。
 この不思議な電車から早く降りたい。
 降りればタクシーで帰ることだって、線路を歩いて帰ることだって出来るはずだ。

 駅の中は草がぼうぼうと生い茂っており、腐った丸太が置かれているのが見える。
 やはり明青寺駅ではない。
 これは知らない私鉄だったのだろう。

 もうすぐ止まる。となるところで驚いた。
 駅にはたくさんの人が電車を待っているのだ。
 こんな時間に。

 不思議な光景だ。しかし人がいることで落ち着きを取り戻した。
 断末魔のように長いブレーキ音はやがて止まり、空気が抜けたような音を立ててドアが開く。

 私は、並んでいる人々に笑顔を作りながら駅に降りた。

「すいませんね。ごめんなさい。ごめんなさい」

 不安を消すように、謝りながら道をあけてもらおうと思ったのだ。
 だが、電車を待つ人々はどこうともしない。下を向いたまま。
 こんな礼儀を知らない人々は初めてだったので少し怒りを感じた。

「すいません。降ろしてください。降ろしてください」

 私は、少し力を入れて人の群れをかいくぐり改札に向かっていった。

 そしてまたゾッとする。
 この人々は電車に乗ろうとしない。

 やがて電車はドアを閉めて、低速で走り出してしまった。

 電車を待つ人々がゆっくりとこちらに振り向く。

 やばい。
 こわい。

 ここはどこだ。
 ここは?

 駅名の看板。そこには「馬無駅」。
 ローマ字で「UMANASHI」とある。
 聞いたことがない。

 駅にいた人々はなぜだろう。
 ゆっくりと私の方へ。
 こんな真夜中に知らない人々がこちらに向けて歩いてくるのだ。
 こんなに怖いことはない。
 追い付かれないように、駅の中を走る。気付いたが改札がなかった。無人駅だったからかもしれないが、今は無言の人々から逃げる方が先決だ。

 駅前にも関わらずタクシー乗り場がない。
 そして開拓時代のアメリカ西部のように、赤い土と赤い岩だらけ。
 道はないがただひたすらに平らな土地が続いている。

 前に進むのも怖いが、後ろの人々も怖い。
 彼らは何だ。目的は?

 足を引きずり、映画のゾンビのようにこちらにゆっくりと近づいてくる。私は小さな悲鳴を上げていた。
 後ろを振り返りながら、月明かりを頼りに赤い荒野を走る。

 ふと──。
 傍らに大きな岩がゴロゴロしている場所を見つけた。
 追跡者達チェイサーは遥か後ろ。
 ただ真っ直ぐに歩いている。
 恐ろしいが岩陰でやり過ごそうとそこに隠れた。

 僅かな時間が長く感じる。岩陰の横を進むたくさんの足音。
 このまま通り過ぎてくれ。
 出来るだけ遠くに。そしたらもう一度駅に戻ろう。そして始発を待つんだ。

 ザ
 ザ
 ザ

 ザ
 ザ

 通り過ぎる足音──。
 やがて足音が聞こえなくなり、聞こえないくらい細く細く息を吐いた。

 その時──!
 スマホに激しい着信音。
 ポップアップには妻の名前。

 ヤツらに聞かれないように慌てて受話器をあげる。

「もしもし、あなた?」
「ああ八重。実は反対方向と思っていたが、変な駅なんだ。明青寺じゃない。馬無というところらしい。どこにあるか調べてくれるか? GPSとかで場所わからないか?」

「それが──」
「うん」

「今病院なのよ。目の前にはあなたが横たわってるし、ここにあなたのスマホも……。駅で倒れたところを運ばれたのよ」
「は──?」

「今死亡が確認されたの。でももしもあなたの魂がこの電話で話しているならまだ間に合うかも知れないわ。どうか戻って来て頂戴。逆方向の電車に乗るのよ……」



 え ?



 死んだ。
 私が死んだ。

 魂が話している電話。
 じゃぁ、ここはどこだ。
『あの世』というやつか?

 しかし、妻の言う通りかも知れない。
 あの駅にいけば。
 戻りの電車に乗れば。

 帰れる。生還できるのかもしれない。

 私が電話から顔をあげると、そこにはあの電車を待っていた人、人、人──。
 それが、分かっただろうというような顔をしている。
 いや、無表情かもしれない。もうどちらでもいい。
 それが駅の方に一斉に足を向ける。

 私もそいつらについて馬無駅へ。
 そしてホームに立つ。
 しかし待望の電車はこない。

 くるのは私が最初に連れてこられた方向と同じ電車だけ──。
 期待とは反対の方向からの車輪の音。
 最初にいた人々と同じように少しだけ顔を上げてうなだれて次の車輪の音を待つ。

 馬無。馬がない、馬を亡くした。
 馬、うま、午──。

 昔の時計には干支が刻まれていた。
 午の字は中央、午前、正午、午後は午が当てられている。
 午は折り返しを意味するのだ。
 それが無い。折り返すことが出来ない。

 いいや!
 考えすぎだ。電車は来ているのだ。
 必ず反対からもくるはずなんだ。

 それが普通なんだ──ッ!





 あれから随分、時が経ったというのに夜のままだ。
 腹もすかない。何も感じない。何も──。

 もう私の肉体は焼かれてしまっただろうか。
 帰る場所はあるのだろうか。
 誰か助けてくれ。


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