これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範

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逢魔が時

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 私の会社は、少し田舎にあって無人駅からは何もない道をただひたすら歩く必要があった。
 途中にあるのは、防風林に覆われた農家の大きな家と、古びた神社だけ。道は舗装されているから歩くには困らないものの、風景と言えば、神社と農家と田んぼだけだった。

 その農家の母屋は遠くだが、離れには隠居のお婆ちゃんがいるようで、防風林にそこだけ囲まれてなく、窓からいつもお婆ちゃんがにこやかに笑ってくれる。
 とても可愛らしいお婆ちゃんで、小さいお体で腰を曲げて小部屋を掃除したり、お菓子を食べたりしていた。
 私たちはたまに挨拶したり、天気のお話をするような間柄になっていた。



 さて私の退社時間は同じだが、季節によって明るさは変わる。薄暗いときは視界も悪くなる。

 その日、帰り道を急いでいると神社の前でたくさんの人だかりがあった。
 しかしそれは遠目にも現代の人の服装ではないし、顔にはお面のようなものを被っている。

 ヤバい──。

 見てはいけないものかもしれない。
 それは神事を行うようなことをしている。祭壇を設け、神主や巫女もいるようだけど、私が知っているそれとは大きく違うことが分かった。

 その神主は、私を見つけると指差し、お面が笑っているように見えた。それにゾッとしていると、素早く走ってきた和装の男たちに捕らえられてしまったのだ。

 いましめがキツい。これが魔物というものではないか? 私は担がれて神社の階下にある祭壇の前に連れてこられてしまった。

 神主がなにやら知らない言葉で、紙に書かれた言葉を読み上げている。
 雰囲気で分かった。私は捧げ物として殺されてしまうのだと。

 抵抗しようと身をよじっても、押さえつける男の力が強い。
 助けを呼ぼうにも、そこには農家と小さいお婆ちゃんしかいない。私が叫んだとて農家の母屋には届かないかも──。

 しかしそんなこと言ってられない。私は渾身の力を込めて「助けて!」と叫ぶと、お婆ちゃんの小部屋の窓が開いたかと思うと、そこにお婆ちゃんが顔を出して私を見つけると笑顔を見せた。

 だが、私が押さえられているのが分かると、真っ青になって震えだした。

 ああ、お婆ちゃん。どうか、母屋の人を呼んできてくださいと声に出そうとした時だった。

 お婆ちゃんは、杖を片手に窓からピョイと飛びだ来たかと思うと、シャカシャカと杖を使いながら小走りにこちらにやってきた。

 私は内心、お婆ちゃんが来ても、被害が増えるだけだと思っていたが違った。
 周りの魔物たちは一斉に怯んで、私を押さえる力も弱くなったのだ。

 お婆ちゃんは「こりゃ! こりゃ!」と言いながら魔物たちに杖を振り上げて打ち据えて行く。
 それをまんべんなく。魔物たちは、空間の裂け目に一人、また一人と消えていった。

 残されたのは私とお婆ちゃんだけ。晩秋の寒い風が、汗をかいた身体に冷たく染み込んで行く。

 私は立ち上がってお婆ちゃんにお礼を言った。お婆ちゃんは「お友達を助けただけだから、気にしなくていい」といつもの気さくな感じで言ってくれた。



 その日は帰ったが、次の日は休みだったので、お婆ちゃんに美味しいお菓子を買ってもう一度お礼を言おうと、デパートで和菓子を買って、農家の門をくぐり、母屋に挨拶に行った。

「あのう。すいません」
「はい? どなた様で?」

「私は小暮と申しまして、この先の会社で事務員をしています。いつもご隠居さんとは挨拶をする仲でしたが、昨日は思いがけずご隠居さんにお助け頂きましたので、お礼を言いに上がりました」

 と言うと、小母さんは困った顔をした。

「すいません。うちには隠居してるものはおりません。何かの間違いでは?」

 と返すので、私は驚いてしまった。

「い、いえ。では敷地に縁者のお婆さんが居られますか? あの防風林のところにある離れなのですが」

 すると、小母さんはため息をついて、古いカギを持ってきて離れまで連れていってくれたが、そこまで篠の林になっており、笹の露で衣服は濡れてしまうほどだった。

 つまり、誰もこちらに来る人はいないのだ。

 離れにたどり着くと小母さんは建て付けの悪い引き戸を開けてくれたが、中は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。そして話し出した。

「ここは昔の母屋でね、古くなったので誰も住んでないんですよ」

 私は放心状態に陥ってしまったが、小母さんは続けた。

「私が嫁いだ時に、昔ここに住んでいたって曾祖父がおっしゃってましたよ。ここにはおかっぱ頭の女の子の座敷わらしがいるって。ひょっとしたら、その座敷わらしさんなのかねぇ……」





 それから、幾日かが経ったが、あの離れは色を失ったようにボロ小屋になっていってしまった。
 でもここを通る度に、またお婆ちゃんの座敷わらしが顔を出して、「おはよう」と言ってくれるのではないかと──、毎日期待しながら、窓辺にお菓子を供えている。
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