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迷路
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いつもの帰り道。会社から自宅へ。この四十年ずっとだ。もうすぐ定年だが、代わり映えのない人生だった。
同期の上村は、総務の岸田嬢と一夜のアバンチュールを楽しんだそうだ。上村はハンサムな男だ。昔からそんな火遊びの話が絶えない。
しかし私はどうだろう。なんの変哲もない大学を出て、中級の会社に入り、年功序列の課長職。妻も子供もマイホームも普通で自慢できるものなんて何もない。
時折思う。そんな普通ばかりの世界から飛び出して冒険してみたいと。
そんな思いが、私の足をいつもの帰り道とは違う方向に歩かせたのかも知れない。
『迷路』
時刻は18時15分。もうすでに妻の八重子はテーブルの上に食事を用意している頃だろう。
だがたまには外で食事してみる冒険もいいのではないだろうか?
私は知らない赤提灯の店に入り、晩酌セットを頼むと、もつ煮込みと枝豆とビールが出てきた。これで千円とは安いものだ。味もいい。一時間ほどで店を出て周辺をブラついた。
「犬山町はこんなところだったんだな。飲み屋が多くて明るいところじゃないか」
ひとりごちて、コンビニで酎ハイを買い針葉樹に囲まれた公園のベンチでそれを飲む。カラオケスナックから楽しそうな歌声が聞こえる。
「スナックか……。行ったことないなぁ」
私の人生は極端に狭かったと実感する。少し道をそれれば楽しい環境がたくさんあったと言うのに。
財布を覗き込むと、まだまだ余裕がある。賑やかな場所は自信がなかったので、客のいなそうなスナックを選んで入った。
そこには初老だが綺麗なママと、三十代後半の小太りなチーママがいて笑顔で迎えてくれた。
初めてなのに、二人が盛り上げてくれたお陰で大変楽しかった。カラオケもした。三人で飲んで、二時間で四万円は高いと感じたが、今日は遊ぶのだ。楽しかったんだからいいだろう。
外に出て時計を見る。22時だ。そろそろ帰るか。
たしか、この道を来たのだから──。
しかし分からない。土地勘がまるでない。辺りは細い道で十字路だらけで、どの道も見覚えがないし、店が終わって灯りをおろした場所も多くて、スナックに入る前と大きく違っていたのだ。
「こ、ここは?」
電柱に書かれている町の名前を見る。
『猫ゎ頭町五丁目』
ねこわあたま町? 聞いたこともない。どこだそれは。
ともかく、灯りのあるところに行けば良いかもしれない。私は灯りのある大通りを目指したが、どこを歩いても似たような細い路地に十字路。
まるで鏡合わせの回廊を歩いているようだ。
電柱の住所、『鷲?伾ョ八丁目』!? そんなところ聞いたこともないぞ? 読み方も分からないし、文字化けをおこしたみたいだ。
冷や汗をかきながら、探す、探す、知っている道を。
交差点の名前、『喧梟ゥ托交差点』……。そんな場所、そんな場所──。
辺りには人っ子一人いない。車も走っていない。いつの間にか灯りも少なくなって、舗装されていない山道にいた。
わずかな灯りの集落が眼下にあるが、相当遠い場所だ。戻るにはどうしたらいい? どうしたら……。
絶望していると、前の道からヘッドライトが見えて、軽自動車が走ってくる。その車一台分の道幅しかない。
頼りになるのは、この車しかない。私はゆっくり走ってくる軽自動車のボンネットにすがった。
「た、助けてください。駅まで乗せてください」
すると運転席の中年の男は笑顔で乗るように言ってくれた。
ようやく人に会えた嬉しさから、堰を切ったように言葉が次々出てくる。男はうなずきながら聞いていてくれたので、気持ちは幾分落ち着いてきた。
やがて車は山の麓まできたが、集落がどこにもない。広い広い森の中の道がベッドライトに照らされているだけだ。
またもや不安に取りつかれた私は、運転席の男に質問した。
「あのぅ、この辺はどこで、最寄り駅はどこでしょう……?」
男は小声で答える。
「欛,弧ョ娧安?佽蠡ですよ──」
車は、さらなる暗闇の中に──。
同期の上村は、総務の岸田嬢と一夜のアバンチュールを楽しんだそうだ。上村はハンサムな男だ。昔からそんな火遊びの話が絶えない。
しかし私はどうだろう。なんの変哲もない大学を出て、中級の会社に入り、年功序列の課長職。妻も子供もマイホームも普通で自慢できるものなんて何もない。
時折思う。そんな普通ばかりの世界から飛び出して冒険してみたいと。
そんな思いが、私の足をいつもの帰り道とは違う方向に歩かせたのかも知れない。
『迷路』
時刻は18時15分。もうすでに妻の八重子はテーブルの上に食事を用意している頃だろう。
だがたまには外で食事してみる冒険もいいのではないだろうか?
私は知らない赤提灯の店に入り、晩酌セットを頼むと、もつ煮込みと枝豆とビールが出てきた。これで千円とは安いものだ。味もいい。一時間ほどで店を出て周辺をブラついた。
「犬山町はこんなところだったんだな。飲み屋が多くて明るいところじゃないか」
ひとりごちて、コンビニで酎ハイを買い針葉樹に囲まれた公園のベンチでそれを飲む。カラオケスナックから楽しそうな歌声が聞こえる。
「スナックか……。行ったことないなぁ」
私の人生は極端に狭かったと実感する。少し道をそれれば楽しい環境がたくさんあったと言うのに。
財布を覗き込むと、まだまだ余裕がある。賑やかな場所は自信がなかったので、客のいなそうなスナックを選んで入った。
そこには初老だが綺麗なママと、三十代後半の小太りなチーママがいて笑顔で迎えてくれた。
初めてなのに、二人が盛り上げてくれたお陰で大変楽しかった。カラオケもした。三人で飲んで、二時間で四万円は高いと感じたが、今日は遊ぶのだ。楽しかったんだからいいだろう。
外に出て時計を見る。22時だ。そろそろ帰るか。
たしか、この道を来たのだから──。
しかし分からない。土地勘がまるでない。辺りは細い道で十字路だらけで、どの道も見覚えがないし、店が終わって灯りをおろした場所も多くて、スナックに入る前と大きく違っていたのだ。
「こ、ここは?」
電柱に書かれている町の名前を見る。
『猫ゎ頭町五丁目』
ねこわあたま町? 聞いたこともない。どこだそれは。
ともかく、灯りのあるところに行けば良いかもしれない。私は灯りのある大通りを目指したが、どこを歩いても似たような細い路地に十字路。
まるで鏡合わせの回廊を歩いているようだ。
電柱の住所、『鷲?伾ョ八丁目』!? そんなところ聞いたこともないぞ? 読み方も分からないし、文字化けをおこしたみたいだ。
冷や汗をかきながら、探す、探す、知っている道を。
交差点の名前、『喧梟ゥ托交差点』……。そんな場所、そんな場所──。
辺りには人っ子一人いない。車も走っていない。いつの間にか灯りも少なくなって、舗装されていない山道にいた。
わずかな灯りの集落が眼下にあるが、相当遠い場所だ。戻るにはどうしたらいい? どうしたら……。
絶望していると、前の道からヘッドライトが見えて、軽自動車が走ってくる。その車一台分の道幅しかない。
頼りになるのは、この車しかない。私はゆっくり走ってくる軽自動車のボンネットにすがった。
「た、助けてください。駅まで乗せてください」
すると運転席の中年の男は笑顔で乗るように言ってくれた。
ようやく人に会えた嬉しさから、堰を切ったように言葉が次々出てくる。男はうなずきながら聞いていてくれたので、気持ちは幾分落ち着いてきた。
やがて車は山の麓まできたが、集落がどこにもない。広い広い森の中の道がベッドライトに照らされているだけだ。
またもや不安に取りつかれた私は、運転席の男に質問した。
「あのぅ、この辺はどこで、最寄り駅はどこでしょう……?」
男は小声で答える。
「欛,弧ョ娧安?佽蠡ですよ──」
車は、さらなる暗闇の中に──。
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