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カサカサ
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大学のサークルで山に合宿に来た。大学の持ち物であるコテージで一週間の泊まり込み。このサークルはまるで話に聞く昭和だ。先輩、後輩がハッキリしている縦社会。
俺たち一年生は、先輩たちの奴隷で、こき使われた上にクーラーのない部屋に雑魚寝させられる。一歩間違えれば熱中症にやられて大問題になるが、みんな中途半端に丈夫なためそうはならなかった。
理不尽にも暴力を振るわれたりするので、俺たち三人のサークル新参は徐々に参ってしまった。
その日の夜、俺たちは先輩たちの給仕を命じられ、酒やツマミを振舞った上で面倒くさい説教を受けるということをされていた。
しかし突然の停電。真っ暗になってしまい、先輩たちは大急ぎでスマホのライトをつけたり、懐中電灯をつけたりしていた。
原因を調べると、どうやら配電盤が古いタイプらしくヒューズが切れているらしい。
ヒューズなんて俺の同世代は知らなかったし、先輩に教えられてようやく知った。そして換えなくてはならないが、換えは先輩の車の中にあるというのだ。
つまり、ここからだいぶ離れた駐車場だ。三キロほどあって夜道を往復一時間半くらい掛けて行かなくてはならない。
それを俺たち三人で行ってこいというのだ。……街灯もない悪路を。
俺たちに与えられたのは懐中電灯一本だけ。仕方なくそれで道を照らす。仲間のイサムは、電池が余りないといいながらスマホのライトで道を照らしてくれた。
そんな中、サトルが話し出した。
「怖い話ししていいか?」
「ダメに決まってんだろ」
「サークル辞めた四年のOBが言ってたんだけどさ」
「拒否お構い無しかよ」
「この山には“カサカサ”って化け物が出るらしいぞ?」
「は? ゴキブリ?」
「いやGもカサカサ言うけどさ、得体の知れないもんらしい。二本の足が有るけど、それだけ。頭とか腕とかはないんだって。その足でカサカサ、カサカサって歩くらしい。あの合宿のコテージの回りをさ」
「もう止めろよな~」
サトルは俺たちの苦情などお構い無しで言い切りやがった。俺は質問した。
「でも危害加えないなら、まー大丈夫じゃね?」
「まあな。でも不気味だろ? だから先輩たちは電気を点けたまま寝るらしいぞ?」
「電気を──」
そう言えば、俺たちのクーラーのない部屋も電気だけは点けろと言われてた。先輩たちも、灯りの下で寝てたっけ……。
ゾッとした。もしも、そのために電気を点けていたのなら、今のコテージは僅かな灯りしかない。
カサカサ、カサカサ。
熊笹の揺れに、俺たちは飛び退いて抱き合った。風だ。ただの風──。
「急いだ方がよくないか?」
「まさか。ただの怪談話だろ」
だが熊笹の奥に、人影らしきものが見えたのでライトを向けた。
「ひぃ!!」
そこには、二メートルほどの白い足のようなものがカサカサと音を鳴らして木の影に隠れたのだ。と、いうように見えた。
俺たちは若干パニックに陥った。急いで駐車場へと走り、車に飛び乗ってエンジンをかけつつ、車内電気を点ける。
そして激しく息を漏らした。
イサムが言う。
「どうする?」
どうするもこうするもない。ヒューズを持って帰らなくては先輩たちに殺される。
それでもしばらく体は震えて動けなかった。言い出したサトルも、真っ青になって灯りを眺めていた。俺は言った。
「急いで戻ろう」
「バカな、カサカサはコテージのほうに体を向けてたんだぞ!?」
それでまた黙ってしまったが、このヒューズをコテージに届けなくては……。いくらいやな先輩たちと言えども、後味が悪すぎる。
「俺は行くよ。灯りがあればいいんだ。幸い懐中電灯も、スマホのバッテリーも50パーはある。コテージまで余裕でもつ。俺、走るよ」
そう言って車を出ると、すぐにイサムが駆けてきた。少し遅れてエンジンを切ったサトルも──。
俺たち三人は身を寄せあって肩を叩きあった。ともかく、コテージまでの帰り道は長い。三人は離れてはいけないので、それなりにスピードは遅かった。
「うわ!」
サトルが叫んだ。そこを照らすと、サトルはクモの巣に引っ掛かってもがいていたので、俺とイサムはため息をついた。
「脅かすな!」
「うるせ! こっちは死ぬかと思ったのに!」
サトルの叫び声に熊笹がカサカサと揺れる。俺たちは抱き合って、急いで音のほうを照らした。
キツネだった。三角の耳を立てたキツネの目がライトに反射して光ったのにはゾッとしたのもつかの間、キツネはピョンと飛び上がってどこかに行ってしまった。
俺たちは細くため息をつく。そしてポツリと一言。
「見間違いだったかなぁ」
それは先ほどの“カサカサ”らしきもののこと。二人はプッと吹き出した。
「そーかもな。タケルがビビりすぎただけかも」
「おいおい、一番ビビってたのはサトルだろーが!」
イサムは勢いよく突っ込んだ。なんとなく空気が戻った。俺たちは適当な雑談をしながらコテージへと帰っていった。
なるべく怖いことは想像しない話をしながら──。
“カサカサ”なんてものはいない。このヒューズを配電盤に差し込めば終わり。予備だってある。
そうすれば、そうすれば、後は帰るのを待つだけなんだ。光溢れる都会に──。
後少しでコテージ、というところでサトルがボソッと言った。
「静かすぎじゃね?」
──それは俺もイサムも気づいていた。酒盛りをして高笑いする先輩たちの声が聞こえない。
灯り一つない真っ暗なコテージ。
カサカサ、
カサカサ、
カサカサ──。
俺たちは、音のほうへとライトを向ける。
そこには、コテージの裏口から出ていくような白い足のようなもの。それが山のほうへと、カサカサと音を鳴らしながら消えて行く。
俺たちは震えながら固まってコテージへと近づき、外から先輩たちが酒盛りしているであろう部屋をライトで照らした。
そ
こ
には──。
先輩たちだったものの塊があった。
◇
後日、大学側から『熊に襲われ学生が死亡』との会見が開かれた。合宿所も、そこまでの道は閉鎖されたと聞く。
俺たちは、四年となって就職も決まったが、寝るときは灯りを点けている。戸締まりだって……。
この世にはあんな得体の知れないものが存在する。もう絶対に山には近付かない──。
俺たち一年生は、先輩たちの奴隷で、こき使われた上にクーラーのない部屋に雑魚寝させられる。一歩間違えれば熱中症にやられて大問題になるが、みんな中途半端に丈夫なためそうはならなかった。
理不尽にも暴力を振るわれたりするので、俺たち三人のサークル新参は徐々に参ってしまった。
その日の夜、俺たちは先輩たちの給仕を命じられ、酒やツマミを振舞った上で面倒くさい説教を受けるということをされていた。
しかし突然の停電。真っ暗になってしまい、先輩たちは大急ぎでスマホのライトをつけたり、懐中電灯をつけたりしていた。
原因を調べると、どうやら配電盤が古いタイプらしくヒューズが切れているらしい。
ヒューズなんて俺の同世代は知らなかったし、先輩に教えられてようやく知った。そして換えなくてはならないが、換えは先輩の車の中にあるというのだ。
つまり、ここからだいぶ離れた駐車場だ。三キロほどあって夜道を往復一時間半くらい掛けて行かなくてはならない。
それを俺たち三人で行ってこいというのだ。……街灯もない悪路を。
俺たちに与えられたのは懐中電灯一本だけ。仕方なくそれで道を照らす。仲間のイサムは、電池が余りないといいながらスマホのライトで道を照らしてくれた。
そんな中、サトルが話し出した。
「怖い話ししていいか?」
「ダメに決まってんだろ」
「サークル辞めた四年のOBが言ってたんだけどさ」
「拒否お構い無しかよ」
「この山には“カサカサ”って化け物が出るらしいぞ?」
「は? ゴキブリ?」
「いやGもカサカサ言うけどさ、得体の知れないもんらしい。二本の足が有るけど、それだけ。頭とか腕とかはないんだって。その足でカサカサ、カサカサって歩くらしい。あの合宿のコテージの回りをさ」
「もう止めろよな~」
サトルは俺たちの苦情などお構い無しで言い切りやがった。俺は質問した。
「でも危害加えないなら、まー大丈夫じゃね?」
「まあな。でも不気味だろ? だから先輩たちは電気を点けたまま寝るらしいぞ?」
「電気を──」
そう言えば、俺たちのクーラーのない部屋も電気だけは点けろと言われてた。先輩たちも、灯りの下で寝てたっけ……。
ゾッとした。もしも、そのために電気を点けていたのなら、今のコテージは僅かな灯りしかない。
カサカサ、カサカサ。
熊笹の揺れに、俺たちは飛び退いて抱き合った。風だ。ただの風──。
「急いだ方がよくないか?」
「まさか。ただの怪談話だろ」
だが熊笹の奥に、人影らしきものが見えたのでライトを向けた。
「ひぃ!!」
そこには、二メートルほどの白い足のようなものがカサカサと音を鳴らして木の影に隠れたのだ。と、いうように見えた。
俺たちは若干パニックに陥った。急いで駐車場へと走り、車に飛び乗ってエンジンをかけつつ、車内電気を点ける。
そして激しく息を漏らした。
イサムが言う。
「どうする?」
どうするもこうするもない。ヒューズを持って帰らなくては先輩たちに殺される。
それでもしばらく体は震えて動けなかった。言い出したサトルも、真っ青になって灯りを眺めていた。俺は言った。
「急いで戻ろう」
「バカな、カサカサはコテージのほうに体を向けてたんだぞ!?」
それでまた黙ってしまったが、このヒューズをコテージに届けなくては……。いくらいやな先輩たちと言えども、後味が悪すぎる。
「俺は行くよ。灯りがあればいいんだ。幸い懐中電灯も、スマホのバッテリーも50パーはある。コテージまで余裕でもつ。俺、走るよ」
そう言って車を出ると、すぐにイサムが駆けてきた。少し遅れてエンジンを切ったサトルも──。
俺たち三人は身を寄せあって肩を叩きあった。ともかく、コテージまでの帰り道は長い。三人は離れてはいけないので、それなりにスピードは遅かった。
「うわ!」
サトルが叫んだ。そこを照らすと、サトルはクモの巣に引っ掛かってもがいていたので、俺とイサムはため息をついた。
「脅かすな!」
「うるせ! こっちは死ぬかと思ったのに!」
サトルの叫び声に熊笹がカサカサと揺れる。俺たちは抱き合って、急いで音のほうを照らした。
キツネだった。三角の耳を立てたキツネの目がライトに反射して光ったのにはゾッとしたのもつかの間、キツネはピョンと飛び上がってどこかに行ってしまった。
俺たちは細くため息をつく。そしてポツリと一言。
「見間違いだったかなぁ」
それは先ほどの“カサカサ”らしきもののこと。二人はプッと吹き出した。
「そーかもな。タケルがビビりすぎただけかも」
「おいおい、一番ビビってたのはサトルだろーが!」
イサムは勢いよく突っ込んだ。なんとなく空気が戻った。俺たちは適当な雑談をしながらコテージへと帰っていった。
なるべく怖いことは想像しない話をしながら──。
“カサカサ”なんてものはいない。このヒューズを配電盤に差し込めば終わり。予備だってある。
そうすれば、そうすれば、後は帰るのを待つだけなんだ。光溢れる都会に──。
後少しでコテージ、というところでサトルがボソッと言った。
「静かすぎじゃね?」
──それは俺もイサムも気づいていた。酒盛りをして高笑いする先輩たちの声が聞こえない。
灯り一つない真っ暗なコテージ。
カサカサ、
カサカサ、
カサカサ──。
俺たちは、音のほうへとライトを向ける。
そこには、コテージの裏口から出ていくような白い足のようなもの。それが山のほうへと、カサカサと音を鳴らしながら消えて行く。
俺たちは震えながら固まってコテージへと近づき、外から先輩たちが酒盛りしているであろう部屋をライトで照らした。
そ
こ
には──。
先輩たちだったものの塊があった。
◇
後日、大学側から『熊に襲われ学生が死亡』との会見が開かれた。合宿所も、そこまでの道は閉鎖されたと聞く。
俺たちは、四年となって就職も決まったが、寝るときは灯りを点けている。戸締まりだって……。
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