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第27話 すれちがい

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 その頃恵子は、トイレに駆け込んでいた。
 その個室の中から恵子の小さい笑い声が聞こえてくる。
 それは苦笑というものだった。

「……はは。来た。遅れてただけだったのね。じゃあのつわりはただの飲み過ぎ?」

 というか、腹に赤ん坊がいるのに飲んではいけないが、それほど恵子は自暴自棄すぎたのであろう。
 思い出したようにテーブルの上に置いていた妊娠検査薬をとって、みてみると、その結果は

「……やっぱ陰性。プッ! ふふふふ!」

 陰性だった。散々悩んだ結果がこれ。苦笑するしかなかった。思い出したのは友人冬子の顔。
 心配をかけた彼女に電話をかけると彼女はすぐに受話器をとった。

「あ! トーコ??」
「どうした?」

「ゴメン! 遅れてるだけだった!」
「……は? バカ! もう、絶交!!」

「今からカズちゃんに会いに行く!」
「あっそ! 分かった!」

「あたしも愛してるって言いに行く!」
「分かった分かった! もうホントにあんたは。でも良かったね。……あ! 切りやがった」

 冬子は少し笑って電話を切ると一緒にいた彼氏の健太が冊子から顔をあげて聞いて来た。

「だれ? ケーコさん??」
「そ。バカな親友。でも良かった……」

「なに? なにが?」
「あのね」

 冬子が健太にいきさつを話し始めた頃、恵子はアパートを飛び出し、街灯の下に立ってタクシーを探していた。右に左に行き交う車。そこに丁度進行方向に向かって一台のタクシーがゆっくりと停止し、恵子は急いでそれに乗り込んだ。

「スイマセン! 駅前! 駅前公園!」
「はい、了解!」

 運転手は、客の調子からよほど急いでいることが分かり、すぐさまタクシーを走り出させた。


 その頃の和斗はタクシーを探しに、駅前まで出てきていた。

「あーくそ! なんだよぉ! ケイちゃん、なんか悩んでそうだったから……」

 頭に手を当てて「あー!」と叫んだ。
 最悪の事態を想定してしまう。一度失った恋した人、先生。
 彼女と同じ道を選択してしまったらどうしよう。
 それを思い出すと涙が溢れてきてしまう。

「ケイちゃん、ケイちゃん……ゥグ!」

 タクシー乗り場には沢山の人、人、人が並んでいる。
 とてもではないが緊急の場所に駆け込むことなど出来ない。

 時計を見るとすでにあの電話から10分経っていた。
 ただ無情に万国共通の概念である時の流れは和斗の意志に関係なく進んでゆく。

「ケイちゃんチまで3kmくらいか。走った方が早いか!」

 思い立ったら早く、和斗は恵子の部屋を指して走り出した。

「あー! コート重い! じゃまだ!」

 そう言ってコートを道に脱ぎ捨て、猛ダッシュ!
 そんな姿を道を行き交う人たちは不思議そうに見ていた。


 一方その頃、恵子は荒神の縄のれんを上げて店の中に入っていた。

「こんばんわ~」

 店内を見渡し愛しい男の顔を探したがそこにはいなかった。いつもなら人の頭を一つ越えてある高身長の彼の顔はそこにはなかったのだ。不思議そうな顔をしていると大将が気付いて話し掛けてきた。

「アレ!? ケイちゃん! カズちゃんは?」
「え? 大将、カズちゃんいないんですか?」

「なんかケイちゃんの様子がおかしいから会いにいくって……」
「え? じゃぁ、すれ違っちゃった??」

「電話してみれば??」
「あ、ハイ。あれ?」

 スマホの画面を見てみればディスプレイが真っ黒。それもそのはず。画像などを捨て、電話も数度使ったので充電が切れてしまったのだ。

「え? 充電切れてんの? 誰かカズちゃんの番号出してやって?」

 大将がそう言うと、和斗の友人たちがすぐさま自分のスマホを取り出した。その一人が番号をだして恵子に手渡しすと、大将はレジの脇にある置き電話を指差した。

「じゃ、ホラ、店の電話使って!」

 恵子は言われるままに、プッシュダイヤルを押した。数十回のコール音。

 だが、でない。

 それもそのはず、その頃の和斗は恵子の家に走っているので気付かなかったのだ。

 和斗は息を切らしながら恵子のアパートの階段を駆け上り、ドアを叩いた。

「ケイちゃん! ケイちゃん!」

 しかし、当然ながら返事はない。何も知らない彼はドアノブを摑んで回してみると、それはあっけなく回転した。

「あれ? 開いてる?」

 部屋は真っ暗だった。和斗の想像は最悪の事態。
 だがガスの臭いもしないし、人影がない。部屋が冷たい。

「ケイちゃん??」

 照明のスイッチを入れてみたが彼女がいない。
 その場にヘタリと座り込んでしまった。
 まさか飛び降り自殺なのだろうか? そうなのであればどこを探せばいい?

 その時「ヴヴヴヴヴヴ」とスマホが震えた。

「あ。アラジンから……もしもし?」
「もしもし、カズちゃん?」

「え? え? え? ケイちゃん?」
「今、どこ?」

「え? ケイちゃんチ……」
「え? あたしんチ?」

 ホッとした。そして大きな脱力感。
 電話の向こうの彼女の後ろでは友人達のにぎやかな声が聞こえている。間違いない。彼女は荒神にいる。
 そう思い、馬鹿らしくなって大きくため息をついた。

「ケイちゃんカギあいてましたけど~!」
「え? マジ?」

「もー! あ~良かった。でもなんか、ダンボールが一杯なんだけど」
「あ、あ、あ、それね! まぁいいじゃん! 早く来てぇ~! 荒神にぃ~」

「はいは~い。今すぐいきますよ~……」
「あ冷蔵庫の上にカギがあるから閉めて来て?」

 耳にスマホを当てながら、高身長を利用して冷蔵庫の上を見てみるとポツンとカギが乗っていた。

「あ。ありました~」

 部屋のカギをかけ、和斗は外に出た。
 通りに出てタクシーを捕まえ、荒神方面へ。

 走るタクシー。途中で和斗は車を止まらせた。

「あ運転手さん、ちょっとここで止めて待ってて……」

 外に出て歩道の上から汚れたコートを拾う上げた。

「あは。二人くらい踏んでるなぁ~でもあって良かった」

 もう一度タクシーに乗り込み、駅前到着。
 小走りで荒神へ向かっていった。
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