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第23話 お持ち帰り

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 週末の送別会。仕切りもよかったのか、一次会、二次会とも盛況だった。
 二次会の中盤で、和斗は恵子にこっそり近づいて、小さい声でささやいた。

「ケイちゃん。二次会終わったら、二人で別の店にいかない?」
「イイね。そうしよう」

 二人の密議を誰も知らぬまま二次会の〆も終了し、みんな和斗をつかまえてゾロゾロと出て行った。
 和斗も同僚たちと肩を組み、幹事である恵子の横をすり抜けて行ってしまった。

「え? 連れていかれちゃったじゃん」

 と呆れた思いを抱きながら、恵子は幹事の為に二次会の精算をして、店を出た。

「ケイちゃん。こっち!」

 声の方を向くと、通路の角から少しだけ首を出して小声で和斗は手招きしていた。

「ふふ。うん!」

 和斗は仲間たちから逃げ出して、こっそりと恵子を待っていたのだ。しかもビルの構造を熟知しており、誰もいない裏口から裏通りへと抜けていた。恵子の手を引いて、二人は夜の町に向かって行く。

 店の外には、和斗を三次会に連れて行こうとする社員がまだ数人残っていた。

「あれ? 杉沢でてこねぇなぁ」
「便所かなぁ?」
「電話は?」
「なんかつながんねぇ」

「誰かお持ち帰りしてんじゃね?」

「まさか! 総務のユキちゃんと?」

「仲よさそうだったもんなぁ」
「しょうがねぇ。とりあえずどっか行くか」
「そだな。着信みたら折り返してくんだろ」

「ちょっとユキちゃんに電話してみる」
「なに心配してんの? 好きなの?」

 総務のユキを気にした彼は、すぐ電話した。
 通じたようでホッとした安堵の顔をうかべていた。

「あユキさん? 今どこ? うん。あ。女子とカラオケ? そう。あ。よかった。俺たちも行っていい? ダメ?」

 どうやらこの連中たちもカラオケに向かったようだった。

 そんな、連中たちから逃げるように路地裏を走る二人。

「はぁはぁはぁ」
「あ~もーダメ」

「追手を撒けたかなぁ?」
「なんか悪いことしてるみたい」

 彼はスマホを見てびっくりした顔をした。

「うげー! すげー着信!」
「あ。あたしンとこも……」

「ま、いっか! 後で埋め合わせすればいいし」
「そーだよね。体調悪くて帰ったことにしよう」

「ケイちゃん、誰から着信あったの~? 男?」
「女の子からだよ~。カズちゃんは? 総務のユキさんからあったでしょ?」

「え……いや」
「あったんだ。仲よさそうだったもんね~」

「そんなぁ。仕事仲間ですよ……」
「カズちゃんがそう思ってても~。女心はどうなのかなぁ~」

「もう。ケイちゃん……オレの気持ち知ってるくせに」
「はは~。ごめ~ん。からかった」

「もぉ~。さて。俺たちの三次会場にいきましょー!」
「え? どこ? どこ?」

「ケイちゃんの行きたい場所! フフ」

 そう言いながら片目を閉じる。

「ちょっとぉ! いかがわしいところじゃないでしょうねぇ?」
「信用ないなぁ。スナックですよ……」

 和斗が案内した場所は、飲み屋街の奥にあった。
 階段を上った2階で紫色のランプの下に「スナック魔王」と書かれていた。

「ここがあたしの行きたい場所?」
「そ! いいから入りましょ!」

 カラーン と来店の鐘が鳴る。

「はーい。いらっしゃーい」

 と、和服を着たママさんが二人のコートを預かってくれた。
 恵子は驚いた。いわゆるオカマバーだ。
 和斗の趣味を疑い、彼に視線を向けると和斗は平然と中に入りカウンターに座った。

「こんばんわ!」
「あら、カズちゃん。あらぁ! ケイちゃん!」

「あー! なんだ弓美さんの店かぁ~」
「そーよ。待ってたわぁ~」

「あら、弓美ちゃんのお知り合い?」
「そーよ。ママ。カズちゃんのぉ、えと……友だち!」

 弓美だった。弓美の勤める店。
 恵子はホッとして、和斗の隣りの席に腰を下ろした。
 その正面で弓美は笑っていた。

「ふふ。弓美ちゃん」
「あら、そうよんでくれたほうが楽でいいわ~」

「オレが言ったら殴ったくせに」

 和斗はそういって口を尖らせる。

「アンタはダメでしょ。給料で飲めるようになってから!」
「飲んでるじゃない」

「あそ? でもダメ」

 恵子はそのやりとりに笑った。二人の場所に初めて参加した。和斗のいつもの場所。また彼に一歩近づいた思いが彼女を笑顔にさせたのだ。

「弓美さん、オレのボトルあるでしょ? あとつまみ適当に」
「はーい」

 弓美は後ろを向いてボトルを取り、手際よく酒を作って二人に差し出した。
 そのウィスキーを手に取り乾杯する二人。互いに微笑み合う。

「あたしも」

 弓美もグラスを出し、和斗のボトルに甘えた。そして二人の前にグラスを近づける。
 三人のグラスが“リーン”と高い良い音色を響かせた。

「今日は? 会社帰りにしては遅くない?」
「あー。オレの会社の送別会だったんです」

「あら、辞めちゃうの? どうして?」
「あー。今の会社、社内恋愛禁止だったんで。ケイちゃんと付き合えるように」

「え? まーすごい行動力ね~」
「あたしは、寂しいんですけどね」

「結構泣かせちゃいました」

 恵子は和斗の体を肘で小突いた。

「言うなよぉ」
「へー。じゃぁ、ケイちゃんの心境にも変化ができたんだね」

「……でも」
「……ウン」

 寂しそうな顔をしてたのを、何かを弓美は察した。
 タバコを灰皿でもみ消し、煙を手で払う。

 和斗は、寂しそうな顔の恵子を見た。

「言ってくれないんですよ」

 弓美は、和斗の前のグラスをとって新しく酒を造りながら言った。

「ま。女の心も体も、複雑だからねぇ」


 なにも起きないまま、静かに時は流れてゆく。
 ウイスキーグラスの氷がゆっくりと溶けていった。

 やがて二人は立ち上がる。琥珀色の店の灯りがもうすぐ終わりを告げるのだ。
 和斗はママからコート受け取って、ケイコの肩にかけた。

「はー。飲み過ぎたかなぁ」
「結構飲んだねぇ」

「ケイちゃん、行こうかぁ」
「うん」

 和斗はふらつきながら店の外にでる。それに恵子が続いて行く。
 さらにその二つの背中を追いかけて弓美が見送りにでてきた。

「じゃぁね。ケイちゃん」
「またね。弓美ちゃん」

 弓美が、細い両手を小さく広げる。そして笑顔を恵子に向けた。

「ホラ。おいで?」
「ありがと」

 恵子は何も言わずに弓美のふくよかな胸に倒れ込む。それを彼女は抱きしめ、頭を撫でさすった。

「ウウ……」
「辛いことがあったのね。また会いにいらっしゃい」

「ウン……ありがと」

 和斗は訝しげな顔をして二人に子供のようにちょっかいを出した。

「一見美しいけど一応男女なんだよねぇ」

 そう言った途端、強烈なビンタが和斗の頬を襲った。

「いたぁ。でも優しい」
「え?」

「一発だし、平手だし」
「じゃ、もう一発いく?」

「結構です。さよーならー!」

 和斗は階段を駆け下りた。

「逃げ足の速いやつ。ふふ」

 そして和斗は階段の下で、恵子に激しく手招きを送った。
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