23 / 33
第23話 お持ち帰り
しおりを挟む
週末の送別会。仕切りもよかったのか、一次会、二次会とも盛況だった。
二次会の中盤で、和斗は恵子にこっそり近づいて、小さい声でささやいた。
「ケイちゃん。二次会終わったら、二人で別の店にいかない?」
「イイね。そうしよう」
二人の密議を誰も知らぬまま二次会の〆も終了し、みんな和斗をつかまえてゾロゾロと出て行った。
和斗も同僚たちと肩を組み、幹事である恵子の横をすり抜けて行ってしまった。
「え? 連れていかれちゃったじゃん」
と呆れた思いを抱きながら、恵子は幹事の為に二次会の精算をして、店を出た。
「ケイちゃん。こっち!」
声の方を向くと、通路の角から少しだけ首を出して小声で和斗は手招きしていた。
「ふふ。うん!」
和斗は仲間たちから逃げ出して、こっそりと恵子を待っていたのだ。しかもビルの構造を熟知しており、誰もいない裏口から裏通りへと抜けていた。恵子の手を引いて、二人は夜の町に向かって行く。
店の外には、和斗を三次会に連れて行こうとする社員がまだ数人残っていた。
「あれ? 杉沢でてこねぇなぁ」
「便所かなぁ?」
「電話は?」
「なんかつながんねぇ」
「誰かお持ち帰りしてんじゃね?」
「まさか! 総務のユキちゃんと?」
「仲よさそうだったもんなぁ」
「しょうがねぇ。とりあえずどっか行くか」
「そだな。着信みたら折り返してくんだろ」
「ちょっとユキちゃんに電話してみる」
「なに心配してんの? 好きなの?」
総務のユキを気にした彼は、すぐ電話した。
通じたようでホッとした安堵の顔をうかべていた。
「あユキさん? 今どこ? うん。あ。女子とカラオケ? そう。あ。よかった。俺たちも行っていい? ダメ?」
どうやらこの連中たちもカラオケに向かったようだった。
そんな、連中たちから逃げるように路地裏を走る二人。
「はぁはぁはぁ」
「あ~もーダメ」
「追手を撒けたかなぁ?」
「なんか悪いことしてるみたい」
彼はスマホを見てびっくりした顔をした。
「うげー! すげー着信!」
「あ。あたしンとこも……」
「ま、いっか! 後で埋め合わせすればいいし」
「そーだよね。体調悪くて帰ったことにしよう」
「ケイちゃん、誰から着信あったの~? 男?」
「女の子からだよ~。カズちゃんは? 総務のユキさんからあったでしょ?」
「え……いや」
「あったんだ。仲よさそうだったもんね~」
「そんなぁ。仕事仲間ですよ……」
「カズちゃんがそう思ってても~。女心はどうなのかなぁ~」
「もう。ケイちゃん……オレの気持ち知ってるくせに」
「はは~。ごめ~ん。からかった」
「もぉ~。さて。俺たちの三次会場にいきましょー!」
「え? どこ? どこ?」
「ケイちゃんの行きたい場所! フフ」
そう言いながら片目を閉じる。
「ちょっとぉ! いかがわしいところじゃないでしょうねぇ?」
「信用ないなぁ。スナックですよ……」
和斗が案内した場所は、飲み屋街の奥にあった。
階段を上った2階で紫色のランプの下に「スナック魔王」と書かれていた。
「ここがあたしの行きたい場所?」
「そ! いいから入りましょ!」
カラーン と来店の鐘が鳴る。
「はーい。いらっしゃーい」
と、和服を着たママさんが二人のコートを預かってくれた。
恵子は驚いた。いわゆるオカマバーだ。
和斗の趣味を疑い、彼に視線を向けると和斗は平然と中に入りカウンターに座った。
「こんばんわ!」
「あら、カズちゃん。あらぁ! ケイちゃん!」
「あー! なんだ弓美さんの店かぁ~」
「そーよ。待ってたわぁ~」
「あら、弓美ちゃんのお知り合い?」
「そーよ。ママ。カズちゃんのぉ、えと……友だち!」
弓美だった。弓美の勤める店。
恵子はホッとして、和斗の隣りの席に腰を下ろした。
その正面で弓美は笑っていた。
「ふふ。弓美ちゃん」
「あら、そうよんでくれたほうが楽でいいわ~」
「オレが言ったら殴ったくせに」
和斗はそういって口を尖らせる。
「アンタはダメでしょ。給料で飲めるようになってから!」
「飲んでるじゃない」
「あそ? でもダメ」
恵子はそのやりとりに笑った。二人の場所に初めて参加した。和斗のいつもの場所。また彼に一歩近づいた思いが彼女を笑顔にさせたのだ。
「弓美さん、オレのボトルあるでしょ? あとつまみ適当に」
「はーい」
弓美は後ろを向いてボトルを取り、手際よく酒を作って二人に差し出した。
そのウィスキーを手に取り乾杯する二人。互いに微笑み合う。
「あたしも」
弓美もグラスを出し、和斗のボトルに甘えた。そして二人の前にグラスを近づける。
三人のグラスが“リーン”と高い良い音色を響かせた。
「今日は? 会社帰りにしては遅くない?」
「あー。オレの会社の送別会だったんです」
「あら、辞めちゃうの? どうして?」
「あー。今の会社、社内恋愛禁止だったんで。ケイちゃんと付き合えるように」
「え? まーすごい行動力ね~」
「あたしは、寂しいんですけどね」
「結構泣かせちゃいました」
恵子は和斗の体を肘で小突いた。
「言うなよぉ」
「へー。じゃぁ、ケイちゃんの心境にも変化ができたんだね」
「……でも」
「……ウン」
寂しそうな顔をしてたのを、何かを弓美は察した。
タバコを灰皿でもみ消し、煙を手で払う。
和斗は、寂しそうな顔の恵子を見た。
「言ってくれないんですよ」
弓美は、和斗の前のグラスをとって新しく酒を造りながら言った。
「ま。女の心も体も、複雑だからねぇ」
なにも起きないまま、静かに時は流れてゆく。
ウイスキーグラスの氷がゆっくりと溶けていった。
やがて二人は立ち上がる。琥珀色の店の灯りがもうすぐ終わりを告げるのだ。
和斗はママからコート受け取って、ケイコの肩にかけた。
「はー。飲み過ぎたかなぁ」
「結構飲んだねぇ」
「ケイちゃん、行こうかぁ」
「うん」
和斗はふらつきながら店の外にでる。それに恵子が続いて行く。
さらにその二つの背中を追いかけて弓美が見送りにでてきた。
「じゃぁね。ケイちゃん」
「またね。弓美ちゃん」
弓美が、細い両手を小さく広げる。そして笑顔を恵子に向けた。
「ホラ。おいで?」
「ありがと」
恵子は何も言わずに弓美のふくよかな胸に倒れ込む。それを彼女は抱きしめ、頭を撫でさすった。
「ウウ……」
「辛いことがあったのね。また会いにいらっしゃい」
「ウン……ありがと」
和斗は訝しげな顔をして二人に子供のようにちょっかいを出した。
「一見美しいけど一応男女なんだよねぇ」
そう言った途端、強烈なビンタが和斗の頬を襲った。
「いたぁ。でも優しい」
「え?」
「一発だし、平手だし」
「じゃ、もう一発いく?」
「結構です。さよーならー!」
和斗は階段を駆け下りた。
「逃げ足の速いやつ。ふふ」
そして和斗は階段の下で、恵子に激しく手招きを送った。
二次会の中盤で、和斗は恵子にこっそり近づいて、小さい声でささやいた。
「ケイちゃん。二次会終わったら、二人で別の店にいかない?」
「イイね。そうしよう」
二人の密議を誰も知らぬまま二次会の〆も終了し、みんな和斗をつかまえてゾロゾロと出て行った。
和斗も同僚たちと肩を組み、幹事である恵子の横をすり抜けて行ってしまった。
「え? 連れていかれちゃったじゃん」
と呆れた思いを抱きながら、恵子は幹事の為に二次会の精算をして、店を出た。
「ケイちゃん。こっち!」
声の方を向くと、通路の角から少しだけ首を出して小声で和斗は手招きしていた。
「ふふ。うん!」
和斗は仲間たちから逃げ出して、こっそりと恵子を待っていたのだ。しかもビルの構造を熟知しており、誰もいない裏口から裏通りへと抜けていた。恵子の手を引いて、二人は夜の町に向かって行く。
店の外には、和斗を三次会に連れて行こうとする社員がまだ数人残っていた。
「あれ? 杉沢でてこねぇなぁ」
「便所かなぁ?」
「電話は?」
「なんかつながんねぇ」
「誰かお持ち帰りしてんじゃね?」
「まさか! 総務のユキちゃんと?」
「仲よさそうだったもんなぁ」
「しょうがねぇ。とりあえずどっか行くか」
「そだな。着信みたら折り返してくんだろ」
「ちょっとユキちゃんに電話してみる」
「なに心配してんの? 好きなの?」
総務のユキを気にした彼は、すぐ電話した。
通じたようでホッとした安堵の顔をうかべていた。
「あユキさん? 今どこ? うん。あ。女子とカラオケ? そう。あ。よかった。俺たちも行っていい? ダメ?」
どうやらこの連中たちもカラオケに向かったようだった。
そんな、連中たちから逃げるように路地裏を走る二人。
「はぁはぁはぁ」
「あ~もーダメ」
「追手を撒けたかなぁ?」
「なんか悪いことしてるみたい」
彼はスマホを見てびっくりした顔をした。
「うげー! すげー着信!」
「あ。あたしンとこも……」
「ま、いっか! 後で埋め合わせすればいいし」
「そーだよね。体調悪くて帰ったことにしよう」
「ケイちゃん、誰から着信あったの~? 男?」
「女の子からだよ~。カズちゃんは? 総務のユキさんからあったでしょ?」
「え……いや」
「あったんだ。仲よさそうだったもんね~」
「そんなぁ。仕事仲間ですよ……」
「カズちゃんがそう思ってても~。女心はどうなのかなぁ~」
「もう。ケイちゃん……オレの気持ち知ってるくせに」
「はは~。ごめ~ん。からかった」
「もぉ~。さて。俺たちの三次会場にいきましょー!」
「え? どこ? どこ?」
「ケイちゃんの行きたい場所! フフ」
そう言いながら片目を閉じる。
「ちょっとぉ! いかがわしいところじゃないでしょうねぇ?」
「信用ないなぁ。スナックですよ……」
和斗が案内した場所は、飲み屋街の奥にあった。
階段を上った2階で紫色のランプの下に「スナック魔王」と書かれていた。
「ここがあたしの行きたい場所?」
「そ! いいから入りましょ!」
カラーン と来店の鐘が鳴る。
「はーい。いらっしゃーい」
と、和服を着たママさんが二人のコートを預かってくれた。
恵子は驚いた。いわゆるオカマバーだ。
和斗の趣味を疑い、彼に視線を向けると和斗は平然と中に入りカウンターに座った。
「こんばんわ!」
「あら、カズちゃん。あらぁ! ケイちゃん!」
「あー! なんだ弓美さんの店かぁ~」
「そーよ。待ってたわぁ~」
「あら、弓美ちゃんのお知り合い?」
「そーよ。ママ。カズちゃんのぉ、えと……友だち!」
弓美だった。弓美の勤める店。
恵子はホッとして、和斗の隣りの席に腰を下ろした。
その正面で弓美は笑っていた。
「ふふ。弓美ちゃん」
「あら、そうよんでくれたほうが楽でいいわ~」
「オレが言ったら殴ったくせに」
和斗はそういって口を尖らせる。
「アンタはダメでしょ。給料で飲めるようになってから!」
「飲んでるじゃない」
「あそ? でもダメ」
恵子はそのやりとりに笑った。二人の場所に初めて参加した。和斗のいつもの場所。また彼に一歩近づいた思いが彼女を笑顔にさせたのだ。
「弓美さん、オレのボトルあるでしょ? あとつまみ適当に」
「はーい」
弓美は後ろを向いてボトルを取り、手際よく酒を作って二人に差し出した。
そのウィスキーを手に取り乾杯する二人。互いに微笑み合う。
「あたしも」
弓美もグラスを出し、和斗のボトルに甘えた。そして二人の前にグラスを近づける。
三人のグラスが“リーン”と高い良い音色を響かせた。
「今日は? 会社帰りにしては遅くない?」
「あー。オレの会社の送別会だったんです」
「あら、辞めちゃうの? どうして?」
「あー。今の会社、社内恋愛禁止だったんで。ケイちゃんと付き合えるように」
「え? まーすごい行動力ね~」
「あたしは、寂しいんですけどね」
「結構泣かせちゃいました」
恵子は和斗の体を肘で小突いた。
「言うなよぉ」
「へー。じゃぁ、ケイちゃんの心境にも変化ができたんだね」
「……でも」
「……ウン」
寂しそうな顔をしてたのを、何かを弓美は察した。
タバコを灰皿でもみ消し、煙を手で払う。
和斗は、寂しそうな顔の恵子を見た。
「言ってくれないんですよ」
弓美は、和斗の前のグラスをとって新しく酒を造りながら言った。
「ま。女の心も体も、複雑だからねぇ」
なにも起きないまま、静かに時は流れてゆく。
ウイスキーグラスの氷がゆっくりと溶けていった。
やがて二人は立ち上がる。琥珀色の店の灯りがもうすぐ終わりを告げるのだ。
和斗はママからコート受け取って、ケイコの肩にかけた。
「はー。飲み過ぎたかなぁ」
「結構飲んだねぇ」
「ケイちゃん、行こうかぁ」
「うん」
和斗はふらつきながら店の外にでる。それに恵子が続いて行く。
さらにその二つの背中を追いかけて弓美が見送りにでてきた。
「じゃぁね。ケイちゃん」
「またね。弓美ちゃん」
弓美が、細い両手を小さく広げる。そして笑顔を恵子に向けた。
「ホラ。おいで?」
「ありがと」
恵子は何も言わずに弓美のふくよかな胸に倒れ込む。それを彼女は抱きしめ、頭を撫でさすった。
「ウウ……」
「辛いことがあったのね。また会いにいらっしゃい」
「ウン……ありがと」
和斗は訝しげな顔をして二人に子供のようにちょっかいを出した。
「一見美しいけど一応男女なんだよねぇ」
そう言った途端、強烈なビンタが和斗の頬を襲った。
「いたぁ。でも優しい」
「え?」
「一発だし、平手だし」
「じゃ、もう一発いく?」
「結構です。さよーならー!」
和斗は階段を駆け下りた。
「逃げ足の速いやつ。ふふ」
そして和斗は階段の下で、恵子に激しく手招きを送った。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ああ、本気さ!19歳も年が離れている会社の女子社員と浮気する旦那はいつまでもロマンチストで嫌になる…
白崎アイド
大衆娯楽
19歳も年の差のある会社の女子社員と浮気をしている旦那。
娘ほど離れているその浮気相手への本気度を聞いてみると、かなり本気だと言う。
なら、私は消えてさしあげましょう…
寝室のクローゼットから女の声がする!夫の浮気相手が下着姿で隠れていてパニックになる私が下した天罰に絶句
白崎アイド
大衆娯楽
寝室のクローゼットのドアがゴトゴトと小刻みに震えて、中から女の声が聞こえてきた。
異様な現象を目の当たりにした私。
誰か人がいるのかパニック状態に。
そんな私に、さらなる恐ろしい出来事が目の前で起きて…
バツイチ夫が最近少し怪しい
家紋武範
恋愛
バツイチで慰謝料を払って離婚された男と結婚した主人公。
しかしその夫の行動が怪しく感じ、友人に相談すると『浮気した人は再度浮気する』という話。
そう言われると何もかもが怪しく感じる。
主人公は夫を調べることにした。
快適に住めそうだわ!家の中にズカズカ入ってきた夫の浮気相手が家に住むと言い出した!私を倒して…
白崎アイド
大衆娯楽
玄関を開けると夫の浮気相手がアタッシュケースを持って立っていた。
部屋の中にズカズカ入ってくると、部屋の中を物色。
物色した後、えらく部屋を気に入った女は「快適ね」と笑顔を見せて、ここに住むといいだして…
バスで帰ってきたさ!車の中で見つめ合う夫と浮気相手の姿を見て、私は同じように刺激を与えましょう。
白崎アイド
大衆娯楽
娘と20時頃帰宅した私は、ふと家の100mほど手前に車がとまっていることに気がつく。
その中に乗っていた男はなんと、私の夫だった。
驚きつつも冷静にお弁当を食べていると、夫が上機嫌で帰宅して・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる