私は「おかえり」といいたい

家紋武範

文字の大きさ
上 下
22 / 33

第22話 愛してると叫んじゃえ

しおりを挟む
 自分の課に戻る恵子。
 そこには和斗がにこやかに恵子の帰りを待っていた。

「あ、先輩! ミーティング終わりました?」
「あ、ウン」

「じゃ、行きましょうか!」
「ウン……」

 和斗の運転で、引き継ぎスタートされた。
 車は、取引先に向かって行く。
 だが恵子は和斗の相談もなしの退社に腹が立って仕方がなかった。

「ねぇカズちゃん! なんで辞めるの!? あたしヤダよぉ! 辞めないで! 取り消してよぉ! いつから考えてたの!? バカ! 昨日だって一緒にいたじゃん! ねぇ! やりたいことって何なの!? ねぇ!」

 恵子の連続する質問に和斗は少しばかり楽しそうな顔をした。

「わー。そんなにまくし立てないで下さいよ~」
「好きっていったじゃん! 愛してるっていったじゃん!」

「ええ。だから」
「なによ!」

「社内恋愛禁止なんでしょ?」
「……はぁ?」

「だからですよ。社外なら付き合えんでしょ?」
「え? それだけ?」

「はい」

 恵子は安直な考えに腹を立てた。
 本来はそれが和斗のいいところ。赤ん坊が発覚する前なら喜んだであろう。しかし、今の精神状態、そして秀樹を好きにならなければならない状態も手伝って、和斗を激しく叱責するのだった。

「アンタってヤツは、ホントにあたしの気持ちなんてお構いなしね!」
「それに」

「なに?」
「佐藤係長と一緒に仕事したくない」

「はぁ? まだイジメられたの根にもってんの? 案外ちっちゃい男だったのね。あたしの眼鏡違いだったわ! もう、嫌い! 大っ嫌い!! アンタなんて!」

 恵子は和斗と離れ離れになりもう会えないのかもしれない。
 それならば、踏ん切りつけて秀樹のことを思いなおそう。子供のことちゃんと考えようと、この短絡的な若者であろう和斗を思いっきり罵った。だが違っていた。

「彼って佐藤係長なんでしょ?」
「え? なんで知ってるの……?」

「ケイちゃんチいったとき、冷蔵庫にプリクラ貼ってありました」
「あー」

「だからあの人の下だと邪魔されそうで。でも電話とか、Lineとか、マメにしていいですか?」
「……じゃ、やりたいことって」

「ふふ。ケイちゃんと結婚!」
「あ。カズちゃん」

「ケイちゃん愛してる」
「カズちゃん……」

「ん?」
「カズちゃぁん……」

「ケイちゃん?」
「……ウグ……」

「???」
「……ダメだ。これ以上言えないや」

「言えばいいじゃないですか」
「……ダメだよぉ」

「カズちゃん、好きだよぉ! 愛してるよぉ! ムチューって。はは」
「……ウン」

「え?」
「……ウグ。言いたい、言いたいよぉ!」

「え? ケイちゃん」
「ハァ。ウグ。エーン! エーン! エーン!」

 和斗の困惑。明らかに恵子の状態がおかしい。
 ヒステリックかと思えば、何も言わずに泣き出してしまう。
 車を停めて抱きしめてやりたくなった。
 彼は、人通りの少ない路地に入り、車を片側に寄せハザードをあげる停車した。

「ケイちゃん、涙で化粧落ちちゃうよ??」
「ウン。グス。ウウ……」

「どうしたの? 朝から変だよ?」
「言えない。言えないんだよぉ。言ったらカズちゃん。きっと……」

「うん」
「たぶん、カズちゃんに言ったら、全部受け止めてくれるんだろうけど……」

「え?」
「カズちゃんに甘えられないよ……」

「言って、みたら?」
「ダメ、言えない」

「受け止めるよ? ケイちゃんのこと」
「うん……ありがと。カズちゃん……」

 体も心も大きい男。
 まるで海のように広く青い。
 太陽のように輝き眩しく温かい。
 寄りかかりたい。

 好きだよ。大好きだよ。愛してる。
 言ってしまおう。愛していると。

 あたし、赤ちゃんがいるけど。

 和斗は、きっと、きっと、赤ん坊ごと自分を受け止めてくれるはずだ。

 はずなのだ……。


「カズちゃん」
「ん?」










「……じゃぁ、次の会社も頑張ってね!」

「うん。もちろん。頑張りますよ!」
「……フフ。はー泣いたらスッキリした。さぁ! 引継ぎするぞ!」

「ハイ!」
「……あのねぇ。急だったから、寂しくなっちゃっただけだから! せっかく一緒に呑みに行けるヤツができたと思ったのにさぁ。なんか、それで。はは。ゴメン、ゴメン」

「ホントですかぁ? ホントは、好きになって来たんじゃないんですか?」
「うぬぼれんなっつーの。ふふ」

「はは。スイマセン」
「そうだ! 送別会しないとねぇ?」

「えーいいですよ~。一年いなかったんですから~」
「ダメ! あたし幹事する!」

「ケイちゃんと二人だけならなぁ~」
「そういう訳にいかないでしょ!」

「はぁーい。でも佐藤係長もくるんですよねぇ~?」
「うーん。あの人こないと思うよ?」

「どうして?」
「たぶん。カズちゃんを嫌いだから、用事見つけて」

「あ、やっぱり。でもその方がいいなぁ」
「ふふ」

 その日の引継ぎの会社回りを終え会社に戻り、恵子は送別会の社内回覧を作った。

 突然だから課と絡みのある部署だけにした。
 和斗が、モツ好きだからもつ鍋のコース。
 週末の金曜日、仕事終了後。

 次の日、社内回覧を回すと…思わぬほどの人数がくることになってしまった。
 戻って来た回覧を手に取り自分の課の秀樹の欄を見てみた。

「不参加・個人的用事の為」

 やはり。でもそれでよかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

Good Bye 〜愛していた人〜

鳴宮鶉子
恋愛
Good Bye 〜愛していた人〜

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...