私は「おかえり」といいたい

家紋武範

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第21話 ヤメちゃいや!

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 営業一課に戻って来た二人。
 自分たちの席に座ろうとするが、課長の机の前に和斗が立っている。
 課長は二人を見つけて、あわてて声をかけた。

「ちょっと! どこ行ってたの? 2人とも!」
「あ、スイマセン。ちょっとミーティングしてました。どうかしました?」

「杉沢くん、会社辞めたいんだってさぁ」
「え!?」

 青天の霹靂──。
 驚いて恵子が和斗に目をやると、和斗は二人に向かって深々と頭を下げた。

「スイマセン。課長、係長、主任には、いろいろ教えていただいたにも関わらず、恩を仇でかえるようになってしまって。他にやりたいことがてきてしまって」
「ちょっとぉ。二人とも、止めてよぉ!」

 課長が二人に懇願する。恵子も声を興奮気味に荒げた。

「ちょっと! 杉沢くん! なんで、なんで相談してくれなかったの?」
「スイマセン」

「だめだよぉ。辞めちゃだめだよぉ」
「スイマセン」

「いや。辞めちゃいや!」

 恵子の今の精神状態はボロボロだ。
 和斗が好きだ。しかし、体に宿ったのは秀樹の子。
 しかし、秀樹はどうしろとも答えが出せないでいる。
 そんな秀樹に心が復活するわけもなく、和斗に心だけは寄りかかっていたかった。

 体に繋がれたロープはただの細い一本だけで宙づりになっている。それが切れたら奈落に真っ逆さまな精神状態。
 だが和斗は近くにいれない。
 もはや、涙は決壊するしかなかった。

 恵子の目からポツリ、ポツリと床におちる滴。
 和斗はそれに気づいた。

「スイマセン」

 しかし謝ることしか出来ない。
 秀樹は、恵子のそんな様子に心中ムッとした。
 恵子の気持ちがこんな若造に揺らいでるのではないかと思った。
 だから、さっさと和斗を辞めさせてしまうことが先決だと舵を切った。

「正直杉沢を失うのは右腕をもがれる思いだ。お前はまだまだ伸びる! でも決心は堅いんだろ?」
「はい」

「仕方ないでしょ。課長」
「そんなぁ」

「だけどなぁ。いつでも戻ってきていいんだぞ? 若いんだから考え違いもあるだろう。だから、やっぱり合わなかったと思ったら戻ってこい」

 秀樹はそういいながら、和斗の肩に手を置いた。
 和斗も「はい」と返事をする。

 だが、秀樹にとっては茶番だ。このどうでもいい若造をさっさとこの場から追いやりたいのだ。
 そこに上司の課長が食い下がる。

「そんなぁ。……でさぁ、杉沢くん、いつまでいれるの?」
「はい。提出した、辞表にも書きましたが、今週一杯で引き継いで辞めさせていただきます」

「ホントかよぅ。ん~。渡良瀬主任、一度取引先引き継いで? あとで、課内で振り分けるから」

 秀樹は驚いた。
 こんな恵子の状況で二人っきりにさせたくない。

「え! 渡良瀬くんが引き継ぐんですか? じゃ、外回りとかも一緒??」
「そうだねぇ。みんな今、企画抱えてるし。キミだってそうでしょ?」

「はい……」
「渡良瀬くんは、最近大きいの片付いたから大丈夫でしょ?」

 課長の言葉に恵子ははっきりとした口調で答えた。

「はい。やります」
「じゃ、時間ないから、さっそく取引先回って?」

「はい」

 二人っきりにさせたくない。
 恵子の様子はあきらかにおかしい。
 秀樹は恵子に声をかけた。

「その前に渡良瀬くん、ちょっとミーティングの続き」
「あ。あ、はい」


 もう一度、二人で会議室に戻ってくる。
 秀樹は恵子を先に入れてドアを後ろ手でしめた。

「どういうこと?」
「え?」

「なんで、杉沢の前で泣いてんの? それ、なんの涙?」
「え……?」

「好きなの?」
「…………」

「答えろよ!」

 ビク! と大きく体を震わす恵子。
 大きい声に秀樹が怖くなった。
 たが腹にいるのはその赤ん坊。
 和斗は辞めてしまう。
 どう考えても、秀樹に頼るしかない。
 この秀樹しか自分にはいないのだ。

 そう考えている自分がとても哀しい。
 好きな人は離れて、目の前にいるのは怒る、答えの出せない男。
 未来の伴侶。
 それが眉を吊り上げて詰問している。

「なんなんだよ!」
「……ちがう、ちがうのぉ。赤ちゃんのことで不安定になってるだけなのぉ。ゴメンねぇ。ヒデちゃん」

「あ。そっか。ゴメン」

 秀樹は気づいて恵子を抱き締め、キスした。

「きっといい方法考える。だから、な?」
「ウン……」

「絶対、結婚しよう。な?」
「ウン。あたしには、あたしにはヒデちゃんしかいない」

「そうだよ。ちょっとガマンしてもらうこともあるだろうけど。数年後には2人の生活が始まるんだから……」
「ウン。わかった。じゃ行くね?」

「ああ。無理すんなよ? 大事な体なんだから」
「ウン」

 秀樹は恵子のでていく姿を見送った。
 しかし、その心中はよこしまであった。

「チッ」

 舌打ちをする。恵子の胎内に出来た新しい命。
 自分の分身。それが煩わしくてならない。
 一時の己の快楽のために避妊を怠ったことを恵子のせいにした。

「……ガキなんてデキやがって。もう少し楽しみたかったのよぉ。クソぉ。どうやって堕ろさせるかなぁ。チッ!」
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