私は「おかえり」といいたい

家紋武範

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第19話 幸せシミュレーション

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 客もはけ、二人だけのカウンタ―になって来た。
 二人も会話は少なくなってくるが帰ろうとしたない。
 くっつかないだけで、二人の距離は紙一枚ほどのすきましかなかった。

「ねぇ」
「はい?」

「アンタあたしを幸せにしたいって言ったよねぇ?」
「ハ、ハイ」

 思わせぶりな言葉。思わず和斗は息を飲んだ。

「もしも。もしもだよ?」
「ハイ」

「先生と18歳で結婚したら、どうやって幸せにしたの?」

 和斗は少し微笑んだ。
 期待した言葉とは違っていて少し残念だったが。

「あ。そういうやつですねぇ」
「うんうん。聞かせて」

「中三の時は、恋の中二病でしたからいろいろシミュレートしてたんですよ。聞いてもらえます?」
「ププ。中三なのに、中二病。恋の中二病だって。ふふ」

「あ~も~。ケイちゃん、チャカすからなぁ~」
「ゴメン、ゴメン。さ、はじめてください」

「ハイ。えーとですねぇ。先生、30なら貯金持ってるだろとか、M高なら先生、大学にいかせてるだろとか、ツッコミやめてくださいね?」
「ルールがあるのね。了解」

 和斗は先生との話しを始めた。
 それはIfの物語。彼が中学生の頃思い描いていた未来の二人だった。

「18歳になったら、二人で一緒に籍を入れに行くんです」
「いいじゃない」

「で、俺たちは貧乏だから、ガムシャラに働くんです! 多分オレはやっぱ営業かな? 先生は先生のまま」

「うんうん」
「オレが二十歳になるまでに家建てようね! って」

「ハイハイ。難しいだろうけど」
「オレは、会社終わったら、22時くらいまでどっかでバイトして、日曜もバイトして、とにかく稼ぎます」

「若いからねぇ。バイタリティがあるね」
「でも夜遅く疲れて帰っても、日曜日に疲れて帰っても、先生はいつも起きてて『おかえり』って言ってくれるんです」

「……うん。いいね」
「そしたら、オレの疲れもふっとんじゃって! 二人は仲良く朝までつながるんです」

「なんか表現がいやらしいね」
「あ、いや。そーゆーんじゃなくて心というか、なんというか……」

「つまり、夜だけは二人のものみたいな?」
「そうです。誰にも邪魔されないってことです」

「なるほど」
「で、念願かなって、郊外に家を買います。小さいながらも」

「やったね」
「それから子作りです! 俺に似た、元気な男の子!」

「生まれたんだ」
「ハイ。そしたら、先生の手を握って『ありがとう!』って言います」

「いいそう。気遣いがあるもんなぁ」
「先生の名前、『イツキ』っていうんですけど、衣に月と書いて衣月」

「なんで名前でてきた?」
「まぁまぁ。だからオレの“斗”の字と、先生の“月”の字で『月斗(ガット)』って名づけます」

「あ、お互いの一字をとるんだ。なんか昔の人みたい」
「いーーんです。次の年には、女の子が生まれます」

「年子!」
「もう、ガンガンいきますよ。先生愛しちゃってますから」

「なんだよ。そんな話はいらないよ」
「……ゴメンナサイ。そんで、名前は『和月』と書いてカヅキ」

「カヅキちゃん」
「子育てで忙しくなっても、夜だけは二人のもの」

「うんうん」
「で、子供たちが巣立ってしまって、俺たちは二人だけ……」

「あー」
「さみしいね。っていって、犬と猫を飼います」

「いいねぇ」
「休日は、二人で犬をつれて河原の土手をお散歩。すすきの穂がさらさら揺れてます」

「ははぁ~」
「夜、オレは犬を抱いて座り、先生は、猫を抱いて座ります」

「うんうん」
「『かわいいね』『うん、かわいいね』っていいながら」

「……いい晩年だね」
「そんな二人に最後の時が……」

「え?」
「オレが死の病床につきます」

「先生の方が年上なのに?」
「先生は長生きなんです」

「そーゆー設定ね」
「で、オレは先生の手を握って『イツキのおかげで、中学から最高の人生だった』って。……クゥ」

「うん……」

 突然、和斗はカウンターにゴツンと頭を打ち付け、下をむいてしまった。

「……どうしたの」
「……ウ。グゥ。あー。ダメだ。泣けてきた」

「そっか。なんかあたしも。グス……」

「……ウ。ありがとうって。……ウグ。愛してるって。再婚、ウ。再婚していいぞって。オレなんかと。ヒグ……」
「ちょっと! もー! なんなのぉ」

「……ゥゥ……グ。ありがとうって。泣けるくらい愛してたって」
「うん。あは。泣いてんじゃん……」

「……ハイ。グゥゥゥゥゥグ」

 顔中から涙を流す和斗。肩をふるわせて、思い出のドアを開けてしまった。楽しい夢の思い出。その終着駅には待ってる人がいない。幸せの人生の終着駅。それを叶えることはもうできない。
 和斗は恋する恵子の前で、ただ男泣きに暮れるのだった。
 恵子も涙袋に乗ったり雫を指で払い、おしぼりの上に置く。

「アンタならきっとできたよ。先生、幸せだったよ」
「……あざっす」

「あほか。もう~泣かすなっつーの」
「……グシ。幸せに、したかった」

 和斗はまたカウンターにゴチンと頭を打ち付けた。

「そうだ、ね」
「……ケイちゃん。一度だけ甘えていいですか?」

「……ウン」
「胸で、泣かせてもらえます?」

「……いいよ」
「……先生って呼んでいいっすか」

「いいよ。ほら」
「う、う、う、う。先生、先生ェッ!」

「うん。うん」
「……先生! オレ、オレェ。ウグ! ウグゥ」

「うん。うん」
「オレが子供でゴメン! オレがもっと早く生まれてれば! ああ! クソォ!!」

「うんうん」
「先生、愛してました。う、う、う、うー」

「そっか」
「先生が、先生が、長生きできるわけないじゃないですか。クゥ……。もう……んでしまったのに」

「そうだよね。ゴメン」

 しばらくそのまま。
 恵子の胸に倒れたまま動かない。
 哀しい気持ちが恵子の胸に吸われてゆく。
 和斗のこんな姿を見たのははじめてだった。
 その和斗もようやく自分を取り戻し、ゆっくりと顔を上げた。

「ケイちゃん。ごめんなさい」
「……うん。あたしも聞いてゴメン」

「う、う、う、うー」
「あんまり、自分を責めるなって」

「ハイ……」
「カズちゃんに愛されて先生幸せだよ」

「ありがとうございます。もう、大丈夫です。グス。はは」
「カズちゃんに愛される人は幸せだ」

「……ハイ」
「うん。幸せ。とっても。幸せ」

 大将は奥の宴会用のテーブルを拭いていた。
 しかしその手は止まっている。そしてわずかに肩が震えていた。

 弓美は、外に出て煙草に火をつけ月を見上げていた。

「今日の月は滲むなぁ。明日の予報は晴れなのに」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 それからしばらくして、二人は席を立った。
 荒神の二人に別れをつげ、店を出て人気のない路地裏で話をしていた。

「さっきはスイマセン!」

 ペコリと頭を下げる和斗。
 それにクスリと笑って恵子はポンポンとその背中を叩いた。
 和斗は笑顔で顔を上げた。

「ねぇ、約束してくれる?」
「なにをです?」

「これからもしも何かがあっても暴力では解決しないで」
「でも男なら」

 とボディービルダーのようにポージングを決めた。

「んー。ダメ」
「あ。ハイ」

「暴力はなにも解決しないよ? 抑止にはなるかもしれないけど。先生だって喜ばない」

「……はい。そうですよね」
「だから、約束」

「ハイ!」
「よいお返事です」

「ケイちゃん。愛してるぅ」
「また始まった」

「あー。思ったこと口にでちゃうんですよね~」
「ま、カズちゃんのいいところなんでしょ。それが」

「ハイ」
「会社では言っちゃダメだよ? ちゃんといつものように先輩っていいなよ? あたしも後輩っていうから」

「ハイ。って後輩っすか!」
「ふふ。ウソだよ!」

「はははは」
「じゃぁ、また明日。会社で」

「あ、ケイちゃん?」
「なに?」

「あの。オレ、会社。……あ、いや」
「なに?」

「あ。いや、なんでもないです。じゃぁ、また明日」
「あ、そうなの? じゃ、またね」 

 二人はお互いに振り返りながら、見えなくなるまで手を振って別々の帰り道を進んでいった。
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