私は「おかえり」といいたい

家紋武範

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第16話 想いの数値

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 和斗は、恵子のアパートから離れて大きな通りまでタクシーを捕まえるために歩いて行った。
 ニヤついている。
 先ほどのことを思い出して、抑えようとしてもニヤニヤが止まらなかった。

 二度のキスの感動。
 今までの人生、楽しさを謳歌してきてはいたが、こんな感動は初めてだった。
 初めての先生との夜を思い出す。
 受け入れられた自分。
 愛する人と繋がった時。

 しかし、その時とは違う。
 開かれた心。
 狭い隙間に、差し入れた指。それが互いに触れた感覚。

 その隙間をもっと広げたい。
 互いの手と手が繋がるくらい。
 そしたら思いっきりその手を引くのだ。
 彼女を自分の元へと。

「先輩。愛してます」

 そう思いながら呟くと、タクシーが横に停車してドアを開けた。
 和斗は自分の世界にタクシーが入って来たので顔を赤らめたが、すかさず乗り込んだ。

「おはよーございます。M高付近でおねがいします!」
「はい。了解」

 発車されるタクシー。先ほどの慌てた自分を思い出し、つい笑ってしまう。

「ふふ」
「お客さん、楽しそうですね」

「いやぁ、運転手さん、恋してますか?」
「はは。この歳ではねぇ~」

「いやぁ、まだまだでしょ」
「なに、お客さん、朝帰り?」

「あー。そうなるのかな?」
「え?」

「なんだろ? 出張して看病してもらう。みたいな?」
「あ~。デリヘルっすか? そこにホテルありますもんね~。いや若い方は元気だ!」

「いやぁ違います。なんだろ? まぁいいや!」
「ん? ははは」

 和斗は運転手にもいつもの笑みを送った。
 そして、外の変わってゆく景色を眺めていた。

 社内恋愛禁止。それが頭をかすめる。
 そして窓に向かってポツリとつぶやく。

「お相手は、佐藤係長」

 恵子は気づかなかったかもしれないが、冷蔵庫に1枚だけ二人の写ったプリクラがあったのだ。

「そっか。だから佐藤係長……」

 和斗は気付いていた。帰り際に冷蔵庫に貼られていた二人の小さい写真。見覚えのある顔。
 恵子の意中の人が誰なのかが分かり、大きくため息をついた。
 そんな和斗を乗せて、M高方面にタクシーは走り去っていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 その日の昼。駅裏の喫茶エルム。
 恵子と冬子がいつものように迎え合わせに座っている。

 恵子は昨日の和斗とのことを冬子に話していた。

「へーー」
「なんかね。変だ。あたし」

「で? どっちが好きなの?」
「なんかわかんなくなってきちゃった」

「まーあたしは、不倫相手と別れてくれればいいと思ってるけど」
「だろーね」

「これはね。今までの話をまとめてだけどぉ」
「うん。なに?」

「アンタとか、他の人の気持ちをちょっとまとめてみるね。これはトーコではなく、冷静な第三者の目だと思って」
「ウン。いいよ」

 冬子は指を立てながら話しを始めた。

「まず、アンタと彼氏だけども、アンタは彼氏のことを100好きだとする」
「ウン」

「でも、彼氏はすぐに別れられないところをみると、せいぜい90か80くらいだと思うんだよ」
「うーん。そうかなぁ~」

「まず黙って。黙って聞いて」
「ウン。ゴメン」

「で、新しい年下の後輩。彼はアンタのこと多分、120くらい好き」
「おー。100超えるんですか」

「黙って!」
「……ハイ」

「普通の人は、雪の中6時間も待たないよ? 恋人でもない人が」
「あー。そうだよね。なんか罪悪感がまた出て来た」

「でね? アンタは急激に90か80くらいになっちゃってるわけ」
「うーん」

「それも、今の彼氏のこと考えて、無理に気持ちを抑えてる。ホントは恋人になりたい」
「えー? そんなことは~……」

「結婚を考えているだろう、彼氏はどうしても切れない。かと言って自分を思ってくれてる人に応えたい」
「あー。ウン。杉沢くんには幸せになってもらいたいかなぁ」

「その幸せになってもらいたい横には自分が居たい」
「えー……?」

「ちょっと想像してみて。後輩君が結婚しました。幸せです。その隣にいるのは?」

 恵子が想像するのは和斗のあの笑顔。
 柔らかく口を大きく弓のように曲げてこちらまで楽しくなるのだ。
 そんな彼とともに自分のベランダで洗濯物を一緒に干している。
 頭の上にはどこまでも広がる青空。そんな風景が想像された。

「……想像してみるとたしかに、横にいるのはあたしかも」
「でしょ? で、彼氏が結婚しました。幸せそうです。で隣にいるのは?」

「……うーん。やっぱり、あたしだと思うけど」
「どっちが幸せそうなケイコですか?」

 秀樹との生活。
 薄暗い部屋で借りていたDVDを見ている。
 そんな様子が想像できた。

「あー。どっちだろ~。ちょっと卑怯だよね? その質問」
「でも、どっちでも幸せそうなんだ」

「あーうん」
「無理に人の家庭壊さなくても幸せになれるんじゃない?」

「でも、言葉ではそういっても今までの気持ちは割り切れないよ」
「そうだよね。あたしは当事者じゃないから、わからないけど。後輩君を知れば、もっと好きになるんじゃない?」

「あ。うん」
「ま、知りたくないなら知らなくてもいいだろうけど」

「ウン」

 恵子の脳裏に和斗の顔。たしかに、もっともっと知りたいという気持ちが膨らんでいった。
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