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第15話 後輩を再教育!

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 和斗は、手を上げたままクルクルと回っていた。
 身長高いから天井に手が届きそうだ。
 そんな様子を恵子は楽し気に見ていた。

 和斗は布団を治して、枕をトントンと叩いた。

「スイマセン。じゃ、元気出たんで帰りますね?」
「あ。ちょっと。なにも食べてないでしょ? 昨日の晩から」

 和斗は自分の空き腹を押さえ遠慮深げに答える。

「……そういえば」
「なにか作るね。その間に、これ乾かしてきたから着替えなさい」

 恵子は乾燥した和斗の服を渡し、エプロンを羽織った。
 和斗は服を抱えて部屋を見渡し、脱衣所を指差した。

「あ、ハイ。すいません。あの、脱衣所借りていいですか?」
「あ! いいよ。さ、どうぞ、こちらです」

 恵子は、入り口の近くにある脱衣所に案内した。
 中には、洗濯機がある。さらに側の扉を開くと浴室。

 和斗は乾いたばかりの昨日の服に着替え直した。
 薄暗い脱衣所にポツンと一人。

「えと……パンツはどうすればいいんだろ。このまま返していいのかな? 彼氏さんのかな」

 いろいろ考えながら、思わず、洗濯機の蓋をあける。
 つい出来心と言うヤツだ。自分の家の感覚で開けてしまった。
 しかしそこには恵子の下着が見える。
 興奮して心臓が鳴る。
 食い入るように見つめ、ひと言。

「どうしよう」

 どうしようと言う選択肢はない。
 黙って、蓋を閉じればいい話だ。
 しかし、湿り気のある下着に手を伸ばそうとすると。

「杉沢クン??」
「わわわ! は、はい!?」

「慌ててるし。開けませんよ~。下着さぁ、あげるから持って行ってね」
「は、はい。ありがとうございます」

 突然の呼びかけに心臓が半分止まりかけた!
 そんな胸を押えながら、自分の手を引っ込める。
 キスをされたことも手伝い、調子に乗って魔が差したことを反省した。
 音がしないように、パタムと洗濯機の蓋を閉め、脱衣所から出ると、料理をしている恵子の姿。
 母親が死んでから、久々な女性の手料理と、キッチンに立つ恵子の姿をうれしそうに口を弓の形にして眺めていた。

「えーと。ご飯は昨日の残りがあると。軽く玉子でも焼くかな?」

 テキパキと玉子を焼き、レタスをむき、トマトと玉ねぎを切って軽いサラダを作る。
 細かく切ったベーコンを炒め、そして豆腐の味噌汁を煮る。

 和斗はイスに腰かけて恵子の後ろ姿にうれしそうな視線を送り続ける。
 純粋な笑顔に恵子も悪い気がしなかった。

「はい。できたよ~」
「わ! すごいすごい!」

「すごくはないでしょ。全然力入れてません」
「へー。じゃ、彼氏に作るときとかはもっと気合い入れるんですか?」

「そりゃそーでしょ。これよりも2、3品は多く作るね」
「すげー! でも。あー。いいなぁ。あったかい先輩の料理」

「じゃ、一緒に食べよっか」
「ハイ! いただきまーす!」

 うれしそうに恵子の作ったご飯をカキ込む。
 恵子はそれを楽しくみつめる。
 ご飯固くなってないか?黄色くなってないか?
 そんな楽しそうにされると多少心配になってしまう。

 気がつくと見とれてしまっていた。
 だがそれでもいいと思った。
 温かな家庭の一風景のようでとても微笑ましかった。

「もう、全身で食べてるって感じ!」
「マジうめーっす! すげ~。はぁ。幸せだぁ」

「なんか余韻にひたってるねぇ」
「ハイ。同棲してるみたい。いや新婚みたい!!」

「ホント。思ってることをまっすぐいうね~」

 和斗は一度箸をおいて、ジッと恵子の顔を見た。
 その笑顔が卑怯。
 目。真剣な目。
 唇。にこやかに笑う唇。

「ずっとこうしていたいです」
「ハーイ。だめでしょ!」

「はい……」
「いつかそういう人できるよ。きっと」

 和斗はそれを聞かないように、器と箸を揃え手を合わせた。

「……ん! ごちそうさまでした!」
「もういいの? おかわりは?」

「いえ! 結構です。あんまり長居すると、元気出てきたんで」

 そう言いながら自分のロングコートを羽織る。
 帰るのだと恵子は寂しさを覚えた。

「……元気でてきたんだ。よかった」
「いえ。元気出てきたんで、多分おそっちゃうと思うんで」

 コートのボタンを締めながら屈託のない笑顔で振り返ると、恵子は赤い顔をして両手を振り慌てた。

「あわわ。そうか、そりゃまずいね」
「はい。なので帰ります」

「うん。ごめんね? 昨日はホントにゴメン」
「いえ! 最高の最高の休日でした」

「え?」
「へへ」

 恵子はその言葉に微笑む。
 風邪ひいて全然一緒にいる時間なかったのに。
 最高と言う言葉。
 昨日の晩、自分は最高の夜と思った。
 しかし、今になってみれば彼と同じ最高の休日なのではないだろうか。
 恵子は小さく下唇を噛んだ。

「あ! そうだ!」
「え?」

「あんたに言ってなかった。知ってる? うちの会社の就業規則」
「? いえ……」

「社内恋愛禁止なんだって。だから大っぴらにいつもの調子で“愛してます”とか言わないで?」
「え? そうなんですか?」

「知らなかったのぉ? こりゃぁ部下を再教育する必要がありますなぁ」
「え? え? え? 先輩、近いです」

 恵子は立ち上がって、テーブルをはさんで、もう一度和斗に口づけをした。
 和斗もそれを受けるように腰を浮かして、顔を近づけたのだ。

 恵子は身を引いたがどこまでも和斗の顔が付いてくるので肩を押して離した。
 自分からしたくせに顔が真っ赤になっていた。

「もうダメだからね? これでサービスタイム終了」
「はは。2回も! やったぁ!」

「はーもう、あたしダメだなぁ~。浮気者だ」
「いえ。でもなんで?」

「わかんないよぉ~。彼も好きだけど、なんか、なんか」
「はは。頑張ります。頑張る!」

「ん。でも多分ダメだから。ね」
「まずいです。やっぱおそっちゃいます!」

「それはダメ! 好きな人悲しませたいの?」
「あ。それはダメです」

「じゃ、ホラ。荷物持って!」
「はい……」

 恵子は和斗の荷物をとって、強引に手渡した。
 和斗は残念そうにそれを受け取った。

「じゃぁね」
「はい。さよなら……」

 アパートの外の道を歩く和斗を部屋の窓から見送る。
 和斗はそれを見上げて、ガッツポーズをとった。

「ふふ。ん~でも、あたしどうしちゃったんだろ。ヒデちゃんとの二人の部屋なのに男あげちゃって……キスまで……。でも自己嫌悪するような、いやな気分でもない。やっぱ浮気者?」
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