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第10話 後ろからギュッと
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大将自慢の裏メニュー、牛スジチャーハンもでて、ビールを最後に一本追加。
大将が、ビールの栓を抜きつつ断りを入れる。
「カズちゃん。ゆっくりしていいから。ちょっと奥で仕込んでくるね」
「あ。あざっす! 大将」
そう言うと大将は奥に入って行った。
冷蔵庫の開く音、まな板を包丁でこする音が聞こえる。
二人きり。恵子は、ビール瓶を片手で持って和斗のコップに注いだ。
「ふーん。信用されてんだ」
「いやぁ」
「ちょっとさ、酔った勢いで聞きたいことあるんだけど」
「な、なんでしょう?」
「なんで、あたしの“いけない恋”ってわかったの?」
「はぁ。それは……」
「ん?」
「……初恋の人と同じ。哀しい目をしてたから」
恵子は思わず脱力した。
なんだその理由。と思った。
とりあえず、秀樹との密会の現場を見られたわけではないとホッとし、笑ってしまった。
「プ。なに? キザったらしい」
「あは……」
「どういうこと?」
「……あの。言わなきゃだめですか?」
「いやぁ。言いたくないならいいけど。なに? 判断基準は目だったの?」
「はい。そうです」
「それが、当たってしまいましたと」
「え? はい……」
「あは。あービックリした。見られてたのかと思った」
「あは……。でもホントに本気で、先輩を幸せにしたい」
またもドキリと胸を打つ真剣な言葉。
「ふーん。でもダメだからね?」
と言って、和斗の目の前に注意をするよう人差し指を立てた。
「はい」
「さ。残り飲んじゃってよ」
「ハイ。いただきます」
恵子は立ち上がって、奥の暖簾に向かって声をかけた。
「大将!?」
「ハ~イ」
「んふふ。お勘定」
「あ、ハーイ」
「先輩! だめっすよ! オレも払います」
和斗も立ち上がって財布を出してきた。
恵子はそれを手を上げて制した。
「いーから。ここは上司にまかせなさい」
「いえ。あ。ハイ。ごちそうさまです!」
「ふふ」
お勘定を済ませて、二人は外に出た。
すでにもう深夜。
周りに人影はない。大将は和斗が来たからと無理に開けていてくれたんだろうと思った。
「明日が休みでよかったね」
「ハイ。先輩。このまま帰るんですか?」
「とーぜんでしょ?」
「は、ハイ」
恵子は和斗に冷たい視線を送った。
「へー。そうやって誘うんだね」
「いやぁ。違いますよ~」
「エッチなやつ!」
「違いますって! 先輩のことをそんな対象で見たことないっす」
「じゃぁ、あたしとはしないんだ」
「え!? いや、するっす。いたし ます」
「やっぱし。いたしますって」
「あのぉ」
「させません! んふふ」
「あは。もう、いじめないでくださいよ~」
「ははは。……んじゃ」
和斗に別れを告げ、後ろを向いた瞬間だった。
「……先輩」
「……え」
後ろから突然、和斗が抱き着いて来た。
恵子は小さく「キャ」と声を上げる。
抵抗しようにもできない。
強すぎず。弱すぎず。優しい感じ。
背の高い和斗の頭は恵子の頭の上に頭がある。
全身で恵子を覆うように抱きしめていた。
「先輩! 先輩! 先輩!」
「杉さわク……」
「ダメです! そっちにいっちゃダメです! オレと結婚しましょう!」
「あの……」
「オレ、大事にする! 先輩と一緒になりたい!」
「……」
「一生、一生! 幸せにしますからぁぁぁぁぁー……」
大将、のれんをしまおうと外にでてきて、二人を目撃。
すっと、店に身を隠して見つからないように覗いた。
恵子は、大きい和斗の胸の中がとっても暖かくてドキドキとした。
「ウン。わかった」
「え? ……え? え? え?」
「アンタの気持ち。分かった。充分。あたしも好きだよ?」
「え? え?」
抱擁をといて恵子の前に回り、その肩をガッシリつかみこんだ。
和斗の真剣なまなざし。
「うん。好き。一生懸命なとこ。本気なとこ」
「は、ハイ!」
「でもね。一番好きな人、いる。その人と結婚したいんだ」
「あ。あ。あ。あ」
「だから。ゴメン ね」
和斗の手が緩まる。
恵子は、そのまま歩き出す。
好かれるのって悪くない。しかし。ちゃんと断らないと。
二人のためにならない。
自分もフラフラとした気持ちを抱えているわけにはいかない。
恵子は背中を向けて、足音を立てて去って行った。
和斗はその背中を見つめることしかできなかった。
恵子の去ってゆくその姿を。
どうにもならない思い。
彼女は“そっち”に行ってしまう。
脱力し、しゃがみこんで恵子をただ見送ることしか出来ない。
恵子の靴の音がカツカツと夜の町に響いていく。
トンと肩を叩かれ、振り返ると大将だった。
「……カズちゃん」
「……あは」
「いいじゃないか。土俵には登ってるんだから。まだ、土俵際だ。負けたわけじゃない」
「……そうかな?」
「まだ、結婚したわけじゃない! がんばれ!」
「うん……」
和斗はその言葉にうなずいた。
「そうか。まだ振り向いてもらえるチャンスはあるのかなぁ?」
大将の乗せられた手が温かい。和斗はゆっくりと立ち上がった。
大将が、ビールの栓を抜きつつ断りを入れる。
「カズちゃん。ゆっくりしていいから。ちょっと奥で仕込んでくるね」
「あ。あざっす! 大将」
そう言うと大将は奥に入って行った。
冷蔵庫の開く音、まな板を包丁でこする音が聞こえる。
二人きり。恵子は、ビール瓶を片手で持って和斗のコップに注いだ。
「ふーん。信用されてんだ」
「いやぁ」
「ちょっとさ、酔った勢いで聞きたいことあるんだけど」
「な、なんでしょう?」
「なんで、あたしの“いけない恋”ってわかったの?」
「はぁ。それは……」
「ん?」
「……初恋の人と同じ。哀しい目をしてたから」
恵子は思わず脱力した。
なんだその理由。と思った。
とりあえず、秀樹との密会の現場を見られたわけではないとホッとし、笑ってしまった。
「プ。なに? キザったらしい」
「あは……」
「どういうこと?」
「……あの。言わなきゃだめですか?」
「いやぁ。言いたくないならいいけど。なに? 判断基準は目だったの?」
「はい。そうです」
「それが、当たってしまいましたと」
「え? はい……」
「あは。あービックリした。見られてたのかと思った」
「あは……。でもホントに本気で、先輩を幸せにしたい」
またもドキリと胸を打つ真剣な言葉。
「ふーん。でもダメだからね?」
と言って、和斗の目の前に注意をするよう人差し指を立てた。
「はい」
「さ。残り飲んじゃってよ」
「ハイ。いただきます」
恵子は立ち上がって、奥の暖簾に向かって声をかけた。
「大将!?」
「ハ~イ」
「んふふ。お勘定」
「あ、ハーイ」
「先輩! だめっすよ! オレも払います」
和斗も立ち上がって財布を出してきた。
恵子はそれを手を上げて制した。
「いーから。ここは上司にまかせなさい」
「いえ。あ。ハイ。ごちそうさまです!」
「ふふ」
お勘定を済ませて、二人は外に出た。
すでにもう深夜。
周りに人影はない。大将は和斗が来たからと無理に開けていてくれたんだろうと思った。
「明日が休みでよかったね」
「ハイ。先輩。このまま帰るんですか?」
「とーぜんでしょ?」
「は、ハイ」
恵子は和斗に冷たい視線を送った。
「へー。そうやって誘うんだね」
「いやぁ。違いますよ~」
「エッチなやつ!」
「違いますって! 先輩のことをそんな対象で見たことないっす」
「じゃぁ、あたしとはしないんだ」
「え!? いや、するっす。いたし ます」
「やっぱし。いたしますって」
「あのぉ」
「させません! んふふ」
「あは。もう、いじめないでくださいよ~」
「ははは。……んじゃ」
和斗に別れを告げ、後ろを向いた瞬間だった。
「……先輩」
「……え」
後ろから突然、和斗が抱き着いて来た。
恵子は小さく「キャ」と声を上げる。
抵抗しようにもできない。
強すぎず。弱すぎず。優しい感じ。
背の高い和斗の頭は恵子の頭の上に頭がある。
全身で恵子を覆うように抱きしめていた。
「先輩! 先輩! 先輩!」
「杉さわク……」
「ダメです! そっちにいっちゃダメです! オレと結婚しましょう!」
「あの……」
「オレ、大事にする! 先輩と一緒になりたい!」
「……」
「一生、一生! 幸せにしますからぁぁぁぁぁー……」
大将、のれんをしまおうと外にでてきて、二人を目撃。
すっと、店に身を隠して見つからないように覗いた。
恵子は、大きい和斗の胸の中がとっても暖かくてドキドキとした。
「ウン。わかった」
「え? ……え? え? え?」
「アンタの気持ち。分かった。充分。あたしも好きだよ?」
「え? え?」
抱擁をといて恵子の前に回り、その肩をガッシリつかみこんだ。
和斗の真剣なまなざし。
「うん。好き。一生懸命なとこ。本気なとこ」
「は、ハイ!」
「でもね。一番好きな人、いる。その人と結婚したいんだ」
「あ。あ。あ。あ」
「だから。ゴメン ね」
和斗の手が緩まる。
恵子は、そのまま歩き出す。
好かれるのって悪くない。しかし。ちゃんと断らないと。
二人のためにならない。
自分もフラフラとした気持ちを抱えているわけにはいかない。
恵子は背中を向けて、足音を立てて去って行った。
和斗はその背中を見つめることしかできなかった。
恵子の去ってゆくその姿を。
どうにもならない思い。
彼女は“そっち”に行ってしまう。
脱力し、しゃがみこんで恵子をただ見送ることしか出来ない。
恵子の靴の音がカツカツと夜の町に響いていく。
トンと肩を叩かれ、振り返ると大将だった。
「……カズちゃん」
「……あは」
「いいじゃないか。土俵には登ってるんだから。まだ、土俵際だ。負けたわけじゃない」
「……そうかな?」
「まだ、結婚したわけじゃない! がんばれ!」
「うん……」
和斗はその言葉にうなずいた。
「そうか。まだ振り向いてもらえるチャンスはあるのかなぁ?」
大将の乗せられた手が温かい。和斗はゆっくりと立ち上がった。
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