私は「おかえり」といいたい

家紋武範

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第9話 不思議な魔力

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 恵子は忘れずにロッカーから鍵をとり、和斗と二人で会社の外にでた。すでに23時30分。
 明日休みだから、まあいいかと思った。

「さてとファミレス?」
「腹減ったっす~。おっと。減りました。すぐ料理出る居酒屋あるんで、そこでちょっと飲みながらなんてどうです?」

「おー! いいね。じゃ、いこっか」

 会社の近くの奥まった路地に、ちいさい縄のれん。
 靴音を互いにならしながらそこへ近付く。

「へー。こんなところ全然知らなかった」
「おいしいですよ~」

「なんで知ってんの?」
「あ。教えてもらったんです。友だちに」

「男? 女?」
「あ、と……」

 思わず言葉が詰まる和斗。なんとも分かりやすいと思い、恵子は思い切り突っ込んだ。

「女かよ!」
「いや、ちがうっすよ! ちがいます。そーゆー人じゃないです」

「まーまー慌てなさんな。フフ」
「もう先輩。いじめるなぁ」

「で?この店のおススメは?」
「ここの牛スジ、めっちゃすぐ出て来て、めちゃめちゃうまいんですよ!」

「え? ホント? 大好き!」
「え? ……オレっすか?」

「バカ。牛スジ!」
「あ、そーか。あー! ボイレコもってれば良かった」

「は? ボイレコ?」
「ボイスレコーダーっす。「大好き」録音しときたかったっす。まぁ持ってはいないんですけど」

「ホント。まっすぐだねぇ」
「あざっす! あー、んー。ありがとうございました」

「フフ。さて。牛スジ食べますか!」
「先輩、ご飯食べてました?」

「いや。まだ」
「じゃ、牛スジチャーハンも食いません? 裏メニューなんすよ!」

「いいね! 食べましょう!」

 そう言って縄のれんをくぐって店の中へ。
 とてもいい雰囲気で一発で気に入ってしまった。
 和斗は恵子を連れてカウンターに座る。

 目の前には店の大将。初老のヒゲのおじさんだ。
 この雰囲気に似合った大将で和斗を見ると大きな声で迎え入れた。

「いらっしゃい!」
「大将、ビール二つと、牛スジ大根。あと、チャーハンちょうだい!」

「あいよ!」

 すぐに目の前で準備を始める。いい匂いが食欲を誘う。

「すごい。もーさっきまで大丈夫だったのに、お腹グルグルしてきた」
「そそ。ここの大将にはそういう魔力があるんです」

「いいこというねー。カズちゃん。今日はベッピンさんだねぇ」
「ちょ! 大将!」

 慌てる和斗。大将との会話からこの店の常連客だということが分かった。
 会社に近いから、同僚を連れて来てるのかもしれない。
 友人の多い和斗だ。ここに来て会社のストレスを発散しているのかもしれない。
 それか女とか?

 恵子は大将に聞いてみた。

「え?普段はどういう人と来てるんですか?」

 突然の質問に和斗は頭を抱えた。
 恵子と大将を交互に見て、ドギマギしている様子。

「えー。あー。男友だちばっかかなぁ?」

 との解答にあせりながら

「そっす! そっす!」

 と答えると、恵子は疑った様子で

「めちゃくちゃ怪しいっつーの」

 と冷たい目を送った。和斗はたじろいだ。そこに大将がフォローを入れる。

「でも、ホント、最近は男の人ばっかでしたよ?」
「へー」

「もう大将、先輩の前で余計なこと言わないでよ~」
「ごめんごめん。トリカワ食べる?」

「いっすね。先輩、ここの鶏皮炒め、めっちゃウマいっすよ? スジかカワかっつー感じ」

「ホント? 大好き!」
「え?? あ~。カワっすか? マジ、ボイレコ買おうかな~」

「フフ。反応するねぇ」

「はいビール。そして、牛スジ」
「やったぁ~!」

「んじゃぁーカンパイ!」
「イエ~」

「大将も遅いから、一緒にどうです?」

 和斗がビール瓶を持ち上げて、大将にうながす。

「マジ? 酒入ってチャーハンつくれっかなぁ~?」
「ハイハイ。手が重い! 手が重い!」

「いただきまーーーす!」

 すかさず大将は両手で小さいコップを出した。

「ハイハイハイハイ。イエー!」

「センキュ!」

 一杯目は三人でグイグイと喉を鳴らして一気に飲み干した。

「フフ。ホント、誰とでも仲いいね」
「そっすよ! あ。そうですよ?」

 酒も進み、ビール瓶、空けること2本、3本。
 大将サービスのトリカワが出てきた。

「これこれ。腹一杯でも入りますよ~。大将にはそういう魔力があるんです」

 鶏の皮と少量の鶏肉とハツ、ニラとニンニクの芽が入った炒め物だ。
 和斗は自慢げに恵子に進めた。

「ホントだ! メッチャおいしーー!」
「でしょー! フッフー」

 大将が鶏のつくねを焼きながら

「カズちゃんの手柄ではないでしょー」
「いやぁ。紹介したのはオレですもん」

「そうだなぁ」
「ふふ。ホント。いい店だね~」

「でしょ? あ。ちょっと化粧直し」

 そう言って、和斗は立ち上がった。

「プ。トイレね。トイレ」
「それ、女の子がいうセリフじゃね?」

 二人に突っ込まれて和斗は恥ずかしそうに

「いやぁ、先輩と食べてるから、そういう表現はしたくなかったんです。はは。ちょっとゴメンナサイ」

 和斗がトイレに向かって行く。
 恵子は、それにしても楽しいヤツとその背中を見送っていた。

 視線をカウンターに戻すと大将が目の前にビール瓶を突き出していた。

「あ」
「どぞ」

「あ、ありがとうございます」

 大将は琥珀色の液体を恵子のグラスに注ぎこむ。

「あなた幸せな人だ」
「え?」

「一人の男があんなにまっすぐに人を好きになるの見たことないですよ」
「はは。杉沢クン、なんか言ってたんですか?」

「カズちゃんが泣くほど好きな女性がいるって言ってたんですがね?」

 恵子の胸がトキンと鳴った。

「ええ」
「やっぱりあなたなんでしょうねぇ。目が違いますもン」

「んー。気持ちはありがたいんですけどねー」
「急に自分のポリシーまげてファッション変えちゃったり、女の子の友だち連れてこなくなったり。ま、ウチは売上落ちちゃったけど」

「フフ」
「どうなんですか?」

「……あたし、結婚を約束した彼氏がいるんです」
「あ!! スイマセン。そうだったんですね。てっきり」

「いえ」
「チャーハン、作りますね? まだ入るでしょ?」

「ホントだ。あんなに飲んだのに」

 大将は、チャーハンを作り始めた。
 そこにトイレのドアが開いて和斗が戻って来た。

「あー。でた」
「おかえり」

「ただいまっす。あー「おかえり」もボイレコにとりたいなぁ~」
「え?」

「ふふ。先輩の声、部屋中に流しておきたいっす」
「もう」

 おかえりと言う言葉。
 何気なく言ったその言葉。

 恵子は思わず微笑んだ。
 その顔を和斗も見ている。
 二人の間にいい雰囲気が流れた。

「カズちゃん。チャーハン入るでしょ?」

 しかし、大将の一言で現実に引き戻される。
 和斗もハッとなって恵子に慌てながら尋ねる。

「大丈夫。大丈夫。先輩も大丈夫でしょ? 大将にはそういう……」

 和斗の最後の言葉を大将と恵子は声を揃えて被せた。

「「魔力がある」」

 和斗は言われたという感じの顔をして

「そ、その通り」
「フフ」

「揃ったね~。いや~カズちゃんくると楽しいわ。ホント」

 と三人で笑いあった。
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