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第1話 愚者の楽宴

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 恵子けいこは仕事から帰ると、いそいそと夕飯の支度をしていた。

 掃除を終了し徹底的に部屋をきれいにする。 
 テーブルにはレースのクロスなんてひいたり、お気に入りの皿を選びグラスは買って来たばかりのを出した。

 昨日から下準備してた料理を完璧に仕上げて終わり。

 そして視線をベッドに送る。
 このくらいキレイにしてれば大丈夫でしょうと、ポンポンとベッドの上を叩いた。

 そろそろと思ったところで「ピンポーン」と玄関のベルがなる。

 恵子は急いで玄関のカギをといてドアを開けた。

「いらっしゃいませー!」
「おー! おじゃましまーーす!」

 恵子は彼氏である秀樹ひできに「おかえり」とは言えない。
 同棲していないからではない。
 不倫中なのだ。世間的に知られれば後ろ指をさされる女だ。

 秀樹に奥さんより気に入られようと必死で努力してる。

 分かってる。
 たまたま好きになったひとに奥さんがいただけ。
 子供がいただけ。

 だからすぐには離婚わかれられないけど。

 いつか別れてくれると言った。

 でも、こんなこと続けてられない。

 もういいと何度も思った。

 今が楽しければそれでいいのか?

 どうすればいいのか?

 たまたま好きになったひとに奥さんと子供が……。

 と堂々巡りの思いを駆け巡らせるだけだ。
 恵子がどうこうできる問題ではなかった。

 秀樹が差し伸べる手を待っているだけの形なのだ。

「今日は、ご飯食べれるんだよね?」
「うん。飲んでくるって言ったから。お酒もちょうだい!」

「フフ。用意してありまーす。ヒデちゃんの好きな白ワイン」
「やったぜ」

「それに合う、魚介のイタリアンだよ」
「ケイコのご飯は美味しいもんな~」

「フフ。ありがと。じゃぁ、乾杯しよ! 記念日に」
「あれ? なんの記念日だっけ?」

「あ! 覚えてないの~」
「あ、ウン。……ゴメン」

「もう。……48日目の記念日だよ。ビックリした?」
「あ。ビックリ。やめてくれよ~」

「んふ」
「じゃぁ、カンパイ」

 中央で「チン」とグラスが爽やかな音を立てる。
 恵子は料理の上に手を広げた。

「さ! 食べて食べて」
「ちょっと待ってよ~。ワイン味わってから!」

「んも~。冷めちゃうと美味しくないでしょ。そして酔ったらお楽しみもできなくなるよ」
「……いただきまーーす」

「あ。切り換え早い!」
「はは」

「どう?」
「オ イ シ イ」

「でしょーーー!」
「こんなウマいイタリアン初めて食べた」

「よっしゃ! それが聞きたかったんだぜぇ~!」
「はは」

「んふふ」

 食事を楽しんだ後は、もうそれだけだ。
 二人にはゆっくりした時間なんてない。

 ただただ抱きしめあって不都合なことを忘れ快楽に身を任せるだけなのだ。

「……ね」
「ん?」

「今日は付けなくてもいいかな~? なんつって」
「ンもーダメでしょ」

「ん~。薬飲んでくれるっていったじゃん」
「だって。体に合わなくて気持ち悪くなるんだモン」

「……じゃぁ、しょうがないよね~」
「あれ? スネた?」

「もーいい」
「あーん。じゃぁ、あたしが付けてあげるから~」

「……あ、そう? ふふ。じゃぁーお願いしまーーす」
「んふふふふ」

 楽しいのは少しだけだ。
 二人でいれるのはホントにわずかな時間だけ。

 秀樹は帰る。ここは自宅ではないのから。
 恵子は「いってらっしゃい」も言えない。

 飲み会だと言っていたから、帰る前にビールを2缶一気飲みしていく。

「じゃーな! ケイコ。愛してる」
「あたしも。ん♡じゃ、またね」

 すがりついてキスするものの、ドアが無情に閉められる。
 恵子はあげた右手をだらりと落とし、ただ暗くなった玄関のドアを見つめた。

 そして後片付け。……の前に。
 グラスにウイスキーを半分くらいまで入れ、氷をひとつ。

 日に日に酒量が増えて行く。
 明日、また酒を買ってこないといけないなと思った。

「は。なにやってんだろ。人の家庭壊そうとしてまで一緒にいたいの? そりゃいたいよ。好きなんだもん。愛してんだもん。でもさァ。……親とか妹には、絶対いえないよねぇ」

 と、グラスに入ったウイスキーを眺めながらつぶやいた。
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