上 下
13 / 15

第13話 母強し

しおりを挟む
ルミナスはこの家で一番上等であろうグラスを出して私の前に置いた。
そして酒を注ぐ。それは庶民の酒の中でも上級のものであった。

「すいません。ジン様。計画を誰にもいうわけにもいかなかったので、このような形に。しかし誰にも内緒にしておいてくださいね」
「当然だとも。信用ないなぁ」

「いえいえ。万が一を思ってです。ジン様だからこそライラも伝えようと思ったので」
「他には誰にも知らないんだろう?」

「いえ、ただ一人──」
「え? それは誰だい?」

「それは……。リック王太子殿下ですよ。私とライラが学校の物陰でキスしているところを見られてしまって。いやぁ、あの時は絶望でした。よりによって婚約者に。ところが、リック殿下はすぐに気付いたのです。この計略のことを」

「そ、そうなのか? リックが……」
「私たちは包み隠さず正直に申し上げました。すると、愛するもの同士が結婚するのは庶民でも当たり前のこと。応援すると」

「へー……」
「そして、自分も愛する人と結婚したいとこう仰ったんです」

「──つまり、それは」
「そう。ジン様。あなたのことです」

「……そうか」

そこへライラが料理を持って来た。油で揚げ、砂糖をまぶしたドーナッツ。
ライラの顔が料理を作った汗で覆われている。

「ささジン。熱いうちに食べて。近所の子どもたちに大人気なんだから。安くて甘い、ウチのドーナッツ」
「さぁジン様。もっとも、商売に出すのはクズ粉のドーナッツですが、今日はライラが油から粉から上等のもので揚げました。お口にあいますよ! たぶん」

彼は熱々のドーナッツを口へ放り込んで、親指を立てる。
それにライラは胸を張っていばった。私もそれを口に入れて余りの熱さに前のめりになり、涙を少しだけこぼした。

「あ。ジン、大丈夫?」
「アチチ。大丈夫。大丈夫。これは世界中のどんな料理よりもうまいよ」

「うれしい! 油が熱いうちにフライも作っちゃうわね!」

ライラがキッチンにまた入る。
そして大声。

「ルミナース! あなたはお団子でもいい?」
「別にいいよ。まったく。お客さまには一尾だして、亭主には団子かよ」

私には大きなフライを出して、ルミナスには小魚をつぶした団子のフライを出すという意味だ。ルミナスはそんな日常になれているのであろう。楽しそうに笑っていた。

まさかこんな日がくるとは思わなかった。粉もの屋の主人のルミナスと同席して酒を飲んでいる。そして親友は私に料理を作って振る舞ってくれる。
なんということだ。誰よりも王室に近かったライラが庶民化している。
なんとたくましい。
そしてうらやましい。
愛する人とそばにいるということはこんなにも強くなるものなのか。

ライラはフライを揚げて、私の目の前に上等な皿を置いた。
そしてルミナスに3つの魚団子。自分には2つの団子。

「さぁ、食べましょうよ。今日の恵みに感謝をして!」

ライラの声に私も手を合わせる。
こんなに楽しい夕食はいつぶりだろう。
彼らは自分たちの食事を分け合っていた。
こんなに仲睦まじい二人を笑顔で見ていた。

「たくましいなライラ」
「そりゃそうよ。母は強しだもん」

「母ってあの~」
「そうなのよ。実は駆け落ちする前に妊娠しちゃった。それだけが計画違い。本当は結婚してから子作りしようといってたのに」

そう言ってルミナスを睨みつけると、ルミナスは驚いて声を上げる。

「おいおい。オレのせいなの?」
「違うの?」

「二人の──だろ?」
「聞いた? ジン。男って卑怯よね」

二人のやり取りにまた笑ってしまった。
楽しい晩餐だった。もう私が入り込む隙間などどこにもない。
二人はこれからも楽しい生活を送って行くのだろう。

「ご馳走になった。帰るよ」
「やーん。泊まっていけばいいのにぃ~」

「ベッドがないだろ。ムチャいうなよライラ」
「あら、ルミナス。あなたは仕事場の机で寝ればいいのよ」

「おいおい。じゃジン様と同じベッドで寝るの?」
「そーよ」

「さすがにちょっと危険だなぁ」
「いやルミナス。絶対に何も無い。だが泊まらないよ。そこまで甘えられないからな」

笑う食卓。
おそらく寝室には小さなベッドが一つ。そこに二人で抱き合いながら日々の疲れを分かち合って寝ているんだ。
それはどんな人間よりも人間らしい。
ライラ──。
尊敬するよ。キミのことを。

私は席を立つと、ライラが近づいて来て耳打ちをした。

「ルミナスには内緒だけど、20歳まで商売を頑張ったら、お父様が大きな農場をプレゼントしてくれるの。この小さなお店も好きだけど、ルミナスの夢なのよ。農場でのんびり暮らすのが。だからジン。私たちを応援してて」
「当たり前だよ。応援するよ!」

「それからリックの求愛を受けてあげて。彼だって婚約破棄という自分の価値が下がることを進んでやってくれたの。ジンの気持ちが急に変わらないことくらい分かるけど。彼の気持ちも考えて上げて欲しいの」
「──分かった」

「ホント? もしも二人が結婚したなら、王室に上等の粉を献上するわ!」
「そうそう。ライラの粉の挽き方が上手になったんですよ。その日までにもっと修行させますから」

「ふふ。分かったよ」

私は二人に送られながら、暗く細い辻を歩いた。
そして独り言を言う。

「ランドン閣下。あなたは大嘘つきですね。しかしどんな父親よりも立派だ!」

見上げる空には丸くて大きな月が輝いていた。
そこに浮かぶのはリックの顔。私は月に微笑む。

「まったく。キミも大嘘つきで強引だ。そんなキミを好きになれだと? お断りだ。好きになるんじゃない。前から横恋慕していたのだ。だから余計に不誠実さに腹がだったのだ。だが、私の思った通り、キミは影でライラとルミナスのことまで考えていたのだな」

ようやくこれで──。
全てに決着をつけることが出来るのかも知れない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢を追い込んだ王太子殿下こそが黒幕だったと知った私は、ざまぁすることにいたしました!

奏音 美都
恋愛
私、フローラは、王太子殿下からご婚約のお申し込みをいただきました。憧れていた王太子殿下からの求愛はとても嬉しかったのですが、気がかりは婚約者であるダリア様のことでした。そこで私は、ダリア様と婚約破棄してからでしたら、ご婚約をお受けいたしますと王太子殿下にお答えしたのでした。 その1ヶ月後、ダリア様とお父上のクノーリ宰相殿が法廷で糾弾され、断罪されることなど知らずに……

とある悪役令嬢は婚約破棄後に必ず処刑される。けれど彼女の最期はいつも笑顔だった。

三月叶姫
恋愛
私はこの世界から嫌われている。 みんな、私が死ぬ事を望んでいる――。 とある悪役令嬢は、婚約者の王太子から婚約破棄を宣言された後、聖女暗殺未遂の罪で処刑された。だが、彼女は一年前に時を遡り、目を覚ました。 同じ時を繰り返し始めた彼女の結末はいつも同じ。 それでも、彼女は最期の瞬間は必ず笑顔を貫き通した。 十回目となった処刑台の上で、ついに貼り付けていた笑顔の仮面が剥がれ落ちる。 涙を流し、助けを求める彼女に向けて、誰かが彼女の名前を呼んだ。 今、私の名前を呼んだのは、誰だったの? ※こちらの作品は他サイトにも掲載しております

わたくしは悪役令嬢ですので、どうぞお気になさらずに

下菊みこと
恋愛
前世の記憶のおかげで冷静になった悪役令嬢っぽい女の子の、婚約者とのやり直しのお話。 ご都合主義で、ハッピーエンドだけど少し悲しい終わり。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】逆行悪役令嬢、ざまぁ(※される方)のために頑張ります!〜皆さん、ヒロインはあちらです!〜

葉桜鹿乃
恋愛
「ニア・ユーリオ伯爵令嬢、君との婚約は破棄する。そして、アリアナ・ヴィンセント子爵令嬢への殺人未遂で捕らえさせてもらう」 グレアム・ミスト侯爵子息からの宣言に、私は死を悟った。 学園の卒業パーティー、私からグレアム様を掠め取ったアリアナ嬢が憎くて、憎くて、憎くて……私は、刃物を持ち込んでしまった。そして、殺人を犯す間際にグレアム様に刃物を叩き落とされた。 私の凶行によって全て無くし、死刑を待つ牢屋の中で、どうしてこうなったのかを考えていたら……そもそも、グレアム様に固執するのがよくなかったのでは無いか?あんな浮気男のどこがいいのか?と、思い至る。 今更気付いた所でどうにもならない、冷たい鉄の板に薄布が敷かれた寝台の上で「やり直せるなら、間違わないのに」そう呟いた瞬間、祖父からもらった形見のネックレスが光を放って……気付けば学園入学時に戻っていた?! よくわからないけどやり直せるならやり直す!浮気男(共)の本性はわかっている、絶対に邪魔はしない、命あっての物種だ! だから私、代表して晴の舞台で婚約破棄というざまぁをされます! さぁ皆さん、ヒロインのアリアナ嬢はあちらです! ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。 ※小説家になろう様でも別名義で連載しています。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

婚約破棄の『めでたしめでたし』物語

サイトウさん
恋愛
必ず『その後は、国は栄え、2人は平和に暮らしました。めでたし、めでたし』で終わる乙女ゲームの世界に転生した主人公。 この物語は本当に『めでたしめでたし』で終わるのか!? プロローグ、前編、中篇、後編の4話構成です。 貴族社会の恋愛話の為、恋愛要素は薄めです。ご期待している方はご注意下さい。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

処理中です...