ピー子と過ごした13週

家紋武範

文字の大きさ
上 下
7 / 7

第7話

しおりを挟む
 角田さんと結婚の約束をして、ニヤつきながら家に帰ると、母もまたニヤついていた。

「どうだった?」
「なにが?」

「スミちゃんに相談されてたんだよね~。奈々に恋人いるかどうか。それでどう? プロポーズされた?」
「なんだよ。二人にそんな密約があったのね。やだもう。お母さんも角田さんも」

「いい、お婿さんじゃん。お店を二人で切り盛りしていきな」
「う、うん」

「じゃお母さんはもう引退だ」
「そうはいかない。ちゃんと手伝って貰うからね。それに動いてないとボケるよ?」

「ふふ。それもそうか」

 なんか。いいかんじ。

 私はお風呂に入って明日の仕事に向けて眠りにつく。深い深い眠りに──。




まどろみの奥に──。




 そこは白い白い町だった。街路樹も建物も止まれの標識も白。
 私はその町を歩いていた。誰もいない道を。

「ママ!」

 どこからか声がした。お母さんを捜している子どもの声。

「マァマ」

 甘えた愛らしい声だ。ふと私の白いワンピースの裾が引かれた。視線をそこに落とすと可愛らしい3歳ほどの男の子が立っていた。白くない。その子にはしっかりと色がついていた。

「ねぇママぁ。遊ぼー」

「──ピー子?」

 その男の子はうなずく。これが。この男の子が。私はしゃがみ込んでその子を力を込めて抱いた。

「ピー子! ピー子ぉ。ママ、ピー子に会いたかった!」
「なんでぇ? ボクはいつもここにいるのに。変なママ!」

 ピー子は大きく口を曲げてニッコリと笑う。

「ピー子は男の子だったんだねぇ」
「そーだよ。ねぇ、お砂場で遊びたい」

「いいよ。一緒にいこう」

 私とピー子は白い町の公園で遊んだ。お砂場、滑り台、シーソー、追いかけっこ、またお砂場。しかし夢の中でも疲れる。子どもの無尽蔵な体力について行けなかった。

「はーはー。ママ、ちょっと休憩」

 私は白いベンチに腰を下ろすと、ピー子は公園の入り口に向かって歩いていた。私はその背中に叫ぶ。

「ピー子! ダメだよ! 一人じゃ危ない!」

 腕を伸ばして、立とうとするものの体が重い。一歩前に出るのが重いのだ。
 ピー子は振り返った。

「ねぇママ。もうすぐ会えるよ!」

 そう言うと、ピー子は白い町の中に消えていった。





「ピー子!!」

 私は叫んで目を覚ました。布団の中から宙に手を伸ばして。
 そして身を起こして、お腹を押さえた。

「──ずっと。いてくれてたんだね。ありがとう。そうか。もうすぐ会えるのかぁ」

 私は一人だけの部屋で笑っていた。きっと鏡を見たら、夢の中のピー子の笑顔と同じ顔だったろう。


 ◇


 10年後。私と旦那の純平はあの店の中でランチタイムを終え、休憩中の札を出して一息ついていた。

「はー。お腹空いたね」
「なにか作るか?」

「そうだね。もうすぐ帰ってくるだろうし」

 ガチャガチャとランドセルの音を立てて、入り口の鐘がなる。

「ただいまー」

 そう。息子の公平だ。旦那と私に似た正真正銘、二人の子。今は小学校三年生。やはりピー子は男の子だった。そして。

「「お兄ちゃん早いよぉ」」

 声を合わせて入って来たのは双子の女児。一月生まれだから七草からとって鈴奈と芹奈。小学校二年生。

 ピー子は三人になっていた。小さい頃はかわいくて仕方がなかったピー子たちだったが、このくらいになると、うるさいし、せわしない。私たちが夜遅くまで仕事をするので、下校の際に顔を見せに立ち寄る。ちょうど休憩時間だ。時間を見計らって母が迎えに来てくれるのだ。

「ねー、パパ、ゲーム持ってきてくれた?」
「あ。アンタ、またパパにゲームお願いしたね?」

「だってママだと持ってきてくれねーもん」
「なに、その汚い言葉は!」

 公平は口をとがらせたまま構わず小型ゲーム機のスイッチを入れる。私は旦那の顔を睨むが口笛を吹いてフライパンを拭くフリをして顔を隠した。
 その点、女の子はすぐにテーブルに向かって宿題をするのかと思ったら、勝手に店のジュース機のボタンを押してジュースを飲んでいた。

「あ、鈴。オレにもオレンジ」
「何よ。自分で入れたらいいじゃん」
「そうだよ。お兄ちゃん、いっつもゲーム独占してるし」

 三人は固まって公平がプレイするゲームをみている。それをみているこっちはイライラ。

「アンタたち、ジュースなんて飲んだら虫歯になるし、晩ご飯食べれなくなるからね!」

「あ、そこアイテムでるよ」
「マジかよ。早く言えよな」

 聞いてない。

「まぁいいじゃないか。元気があって」
「アンタが甘やかすから!」

 旦那をまたまた睨みつけると、また目をそらしてハンバーグを仕込んでいた。

「あ。もうコーヒーゼリーしかないじゃん。ババロアないの? パパぁ」
「明日は多目に作っておくよ」

 冷蔵庫を開けて文句を言う芹奈。それに応えるバカ旦那。なにこの空間にまともなのは私しかいないわけ? バカばっかり。ホントにもう。

「ああもう!」
「ん? ママどうしたの?」

「ママ、50歳になって疲れてるのに、もうアンタたちはママを疲れさすことばっかり。肩も痛いし、涙でてくるよぅ」
「え? じゃあオレ、肩もんであげる!」
「スズちゃん、肩たたき券つくる」
「セリちゃんはお手伝い券」

 さっそくノートとハサミを出す娘たち。公平は私を座らせて肩を揉む。力弱ぇえ。でも……まぁいいか。

「50歳に全然見えないよママ。まだ40代だ」

 旦那は昔から変わらないなぁ。私は立ち上がって声を張った。

「ピー子!」

 叫ぶと三人同時に顔を上げた。みんな同じ顔。思わず笑ってしまった。

「今から、パパとママ、昼ご飯。アンタたちもおやつに食べる?」

 そう言うと、三人はそそくさとカウンターに座った。私は旦那に向かって叫ぶ。

「はいマスター、カウンター焼そば5丁!」
「あいよ!」
「「「わぁい。焼きそば大好き」」」




【おしまい】
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

琴音
2021.07.23 琴音
ネタバレ含む
家紋武範
2021.07.23 家紋武範

琴音さま

ありがとうございます!
最初と最後のギャップが凄いのに、最後まで読んで下さりありがとうございました。
(﹡֦ƠωƠ֦﹡)

解除

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高校生集団で……

望悠
大衆娯楽
何人かの女子高校生のおしっこ我慢したり、おしっこする小説です

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

仏間にて

非現実の王国
大衆娯楽
父娘でディシスパ風。ダークな雰囲気満載、R18な性描写はなし。サイコホラー&虐待要素有り。苦手な方はご自衛を。 「かわいそうはかわいい」

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。