月夜の晩、猫のような彼女を拾った ──突然始まる同棲生活!!

家紋武範

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第65話 女々しくて

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自然と彼女の手を引いていた。
いつもの笑顔で。あの時と同じ、コンビニ帰りのように。

大人になった麗。
でもオレの心はあの時より複雑だ。
麗を愛したまま別な女、由香里を愛したオレ。
麗の手を放して正面に立ち、思い切り頭を下げた。

「レイ、ごめんなさい。キミのことを分かってあげれなくて」

麗はそれに首を横に振るだけだった。

「苦労したろ?」

それにも首を横に振る。

「私、自活できるように保育士の資格とったんです。春から就職先も決まっています」
「そうか。すごいな」

「先生から頂いたお金があってこそですけど」
「あ。ああ。あれか」

「働いたらきっとお返しします」

そう言って麗は斜に構えて、目線は下に向けていた。
そして核心をつく。

「おさかな先生、好きな人……出来ました?」

麗は何も考えていない訳では無かった。
敏感に感じ取ったのであろう。
オレの中の由香里の存在。
蛍の時も麗は気付いていたのだ。
オレはそんなに分かりやすいのか、麗の勘がいいのかは分からない。

「私、見てしまったんです。先生が女の人と──。ホテルに入って行くところ」

そうか。

そうか──。

あの時の、由香里と過ごした時期。
麗は偶然、オレを見つけたのかもしれない。
そしてオレの愛した由香里を見たんだろう。

「レイ、二年前のオレは愛しいキミを必死で忘れようとしたんだ。蛍のこともレイが忘れさせてくれた。だから別な恋をすればきっと忘れられると、短絡的な考えだったんだ」

麗が顔を上げる。
寂しげな顔。自分を忘れようとしたものへ向ける顔。
だが、オレは続けた。

「正直、麗を忘れることなんて出来なかったよ。キミのスペアを探しても、どこかにキミの存在があったんだ。だけど、大事な存在が出来た。その人を愛し始めた。レイのことを忘れられるかも知れない。この人と未来を歩けるのかも知れない」

「……そうなんですね」

しばらく沈黙。オレは言葉に詰まった。

「でも──。死んでしまった」
「え?」

「彼女を部屋に迎え入れようとしたその日。迎えに行ったその日に、事故で死んでしまったんだ……」
「……そうなんだ」

オレの目から涙があふれる。
由香里への思いがこみ上げてくる。
押さえようとしても押さえられない。
麗はそれを黙って見ていた。

「君を探していた。オレが馬鹿だった。謝っても謝り尽くせない」

彼女は黙っていた。オレの言葉を待っている。
麗を迎える言葉。その言葉を。

「麗。愛してるんだ。やっと分かった。君がいるから輝ける。一緒に帰ろう。あの部屋に」

それを聞くと、麗はニコリと笑う。
だがすぐに目を伏せてしまった。

「ダメですよ先生。私は表に出れない女。先生の輝かしい未来に不要です」
「バカな」

麗は自分を卑下ている。なぜ不要だと言うのだ。
一度の過ち。オレの過ち。彼女の手を放してしまった。だが今度は決して放さない。

「そんなこと言うなよ。もう二度と君を放したくない」
「でも」

彼女は否定した。

「さっきは成り行きと久しぶりで気持ちが高揚してしまって抱きついてしまいましたけど。たしかに先生をずっと思い続けていた気持ちはあります。でもね先生。私、何かの代用なんて嫌なんです。先生は前もそうでしたよね。今度も、誰かを忘れるために私を使うんですか?」
「……うっ」

「先生、実は私の過去を知ってもそれでもいい。愛していると言ってくれる人がいるんです」

麗は。

麗は。

麗は──。

そりゃ、そうだ。
二年の月日は長すぎた。
彼女は学校に通って保育の勉強をして自活しようとしている。
その間に、彼女をどこかの男が好きになって愛の告白をしてもおかしいことじゃない。
現に彼女は、誰もが振り返る美人だ。
彼女は、オレとの過去を忘れて未来に歩こうとしている。

別な男と。
そいつには自分の過去を話したんだろう。
話せる仲になったんだろう。
オレには話せなかったことを話せる男を見つけたんだろう。

5回目の家族を。


「そ、そうか」
「スイマセン。現状を知っていただきたくて、こうして本日来てしまったんです」

「いや、いいんだ。懐かしかった」
「はい。本日はありがとうございました」

彼女は手を差し出した。
握手。

これが彼女の肌に触れる最後なのかもしれない。
涙が出てしまう。男のくせに。


「タイちゃんは男だし」


こんな涙をこらえられないのが男?


「男の顔になったな。輝いてるぞ」


バカな。こんなに女々しいのに。
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