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第62話 まちぼうけ
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しかし彼女が出てくる気配はなかった。
そこから、数人の出入りと、子どもの迎えの母親が来たりしていたが、懐かしいあの顔。可愛らしい麗の姿は出てこない。
途中、ただ突っ立っていても疲れるので、コンビニで外を気にしながらツナ缶とコーヒーを買って飲みながら待った。
しかしそのままツナ缶の入った袋を下げたまま、夜になってしまった。
が、階段を降りてくる人影。今度こそと、階段の前に立った。
「あら?」
それは、窓から顔を出して目が合った歳の行った保育士だった。
彼女は目をそらして足早に通り過ぎようとした。
「あのすいません!」
しかし立ち止まりもしない。
オレは急いでその人の前に回った。
「キャッ……」
「あの、すいません。うかがいたいことがあって」
「なんですか? 昼間からいますよね。通報しますよ」
「あの違うんです。今日、絵本の朗読を聞いてて」
「はぁ」
「読んでた人って須藤麗先生。その人ってお帰りになりました?」
「あの……。個人情報なのでお答えできません」
そりゃそうだ。素性も知らないオレに答えられるわけない。
しかも、オレと麗との関係。
それって前の婚約者。それを言ったらますます怪しい。ストーカーだと思われちまう。
「あのぅ。そのぅ」
「もういいですか? 私帰らないと」
「あの……。あの! あの作品の作者です」
「え?」
「おさかなたいしはオレなんです」
途端に緩む保育士の顔。目がキラキラしている。
「え? そうなんですか? あの本買ったの私なんですよ! 知ってます? SNSでモデルの“わをん”ちゃんがあの本紹介してたの」
「え? そうなんですか?」
“わをん”は有名な若い人気のグラビアモデルだ。
保育士は手早くスマホを取り出し高速でタップ。
件のページを見せてきた。
そこは“わをん”のSNSサイト。
彼女は、オレの本の表紙をこちらに向けて紹介文を上げていた。
「なんか、この家族すごくいい。まったく違う二人が家族になるお話です。途中にでてくるおおかみもかっこ良くて惚れます笑笑。絵も可愛くてオススメ」
思わず食い入るように見てしまった。人のスマホなのに。
いいねの件数が5800。
それにもニヤけてしまった。
「すげぇ!」
「そうでしょう」
彼女は自分の手柄のように鼻を鳴らす。
いい人そうで安心した。
「あの、レイは……」
「……すいません。個人情報なのでお答えできません」
「そう、ですか……」
見上げる保育所。まだ仕事をしている人はいるようだ。
麗は二年の間に勉強して保育士となったのだろうか?
その保育所の上にはアパートがある。
保育所の他にエレベーターの出入り口があるようだ。そこから出てしまったのかも知れない。
「おさかな先生」
「はい?」
保育士からの問いかけに声が上擦ってしまった。
「先生、一度子どもたちに作品を読んで下さいませんか? 不躾なお願いですが、先生自らでしたら、きっと子どもたちも喜びます!」
「え、ええ」
「じゃ、連絡先を」
「あ、はい」
結構強引な人だ。でも読み聞かせ。やったことないけど、作者なんだから子どもたちに読んであげたい気持ちはある。
保育士と別れ、なんか久しぶりに心にやる気がわいてくることを感じた。
そこから、数人の出入りと、子どもの迎えの母親が来たりしていたが、懐かしいあの顔。可愛らしい麗の姿は出てこない。
途中、ただ突っ立っていても疲れるので、コンビニで外を気にしながらツナ缶とコーヒーを買って飲みながら待った。
しかしそのままツナ缶の入った袋を下げたまま、夜になってしまった。
が、階段を降りてくる人影。今度こそと、階段の前に立った。
「あら?」
それは、窓から顔を出して目が合った歳の行った保育士だった。
彼女は目をそらして足早に通り過ぎようとした。
「あのすいません!」
しかし立ち止まりもしない。
オレは急いでその人の前に回った。
「キャッ……」
「あの、すいません。うかがいたいことがあって」
「なんですか? 昼間からいますよね。通報しますよ」
「あの違うんです。今日、絵本の朗読を聞いてて」
「はぁ」
「読んでた人って須藤麗先生。その人ってお帰りになりました?」
「あの……。個人情報なのでお答えできません」
そりゃそうだ。素性も知らないオレに答えられるわけない。
しかも、オレと麗との関係。
それって前の婚約者。それを言ったらますます怪しい。ストーカーだと思われちまう。
「あのぅ。そのぅ」
「もういいですか? 私帰らないと」
「あの……。あの! あの作品の作者です」
「え?」
「おさかなたいしはオレなんです」
途端に緩む保育士の顔。目がキラキラしている。
「え? そうなんですか? あの本買ったの私なんですよ! 知ってます? SNSでモデルの“わをん”ちゃんがあの本紹介してたの」
「え? そうなんですか?」
“わをん”は有名な若い人気のグラビアモデルだ。
保育士は手早くスマホを取り出し高速でタップ。
件のページを見せてきた。
そこは“わをん”のSNSサイト。
彼女は、オレの本の表紙をこちらに向けて紹介文を上げていた。
「なんか、この家族すごくいい。まったく違う二人が家族になるお話です。途中にでてくるおおかみもかっこ良くて惚れます笑笑。絵も可愛くてオススメ」
思わず食い入るように見てしまった。人のスマホなのに。
いいねの件数が5800。
それにもニヤけてしまった。
「すげぇ!」
「そうでしょう」
彼女は自分の手柄のように鼻を鳴らす。
いい人そうで安心した。
「あの、レイは……」
「……すいません。個人情報なのでお答えできません」
「そう、ですか……」
見上げる保育所。まだ仕事をしている人はいるようだ。
麗は二年の間に勉強して保育士となったのだろうか?
その保育所の上にはアパートがある。
保育所の他にエレベーターの出入り口があるようだ。そこから出てしまったのかも知れない。
「おさかな先生」
「はい?」
保育士からの問いかけに声が上擦ってしまった。
「先生、一度子どもたちに作品を読んで下さいませんか? 不躾なお願いですが、先生自らでしたら、きっと子どもたちも喜びます!」
「え、ええ」
「じゃ、連絡先を」
「あ、はい」
結構強引な人だ。でも読み聞かせ。やったことないけど、作者なんだから子どもたちに読んであげたい気持ちはある。
保育士と別れ、なんか久しぶりに心にやる気がわいてくることを感じた。
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