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第53話 おとうと
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麗と別れて一年。由香里が死んでから5ヵ月。
もう仕事を辞めて田舎へ帰ることを決めつつ、ずるずると惰性で出社し続けていた三月下旬。
呼び鈴の音に、ドアを開けるとそこには見覚えのある顔。
オレはドアから身を乗り出して叫んだ。
「れ、レイ!」
そこには麗の顔があった。
しかし思わず苦笑する。それが麗の訳がない。そこに立っていたのは若い男だったのだ。
「あの……。お兄さん。姉はご在宅でしょうか?」
「はぁ?」
「私、弟の圭です。須藤圭です」
「はぁ……。とりあえず上がって下さい」
オレはこの見知らぬ男を部屋に上げた。
子猫のアイはその男の足に擦りついてひと声鳴いた。
「なーん」
「可愛いですね」
「まあね」
男の目的は分からない。しかし、麗の弟?
そんなの聞いたことがない。
まさかオレの情報を持っている詐欺師かなんかか?
オレは以前、中学校時代の同級生にキャッチセールスをかけられた男。
麗と聞いて部屋に上げてしまったが、以前の大賞の噂を聞きつけて、賞金目当てに近づいて来たのかも。
用心しなければ。
「あの、麗の……」
「弟です。初めましてお義兄さん」
「お義兄さん?」
「結婚なすったんでしょう?」
「いえ。別れましたよ」
「……えっ?」
「弟さんならそう言う情報、知ってるんじゃないですか?」
「いえ……」
「ん?」
「縁を切ってしまったものですから……」
「はぁ……?」
須藤圭は話し始めた。
オレの知らない麗の過去。
それは、想像を絶するものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボクと姉の麗は、小学校のころに火事で焼き出されて両親を失いました。
ボクが4年生。姉が6年生の時です。
行き場を失ったボクたちを受け入れてくれたのは、独身の父の弟でした。
姉はことあるごとに、ボクを励まして、一緒に生きていこうと言ってくれました。
不自由のない生活。叔父は優しい人でした。
しかしそれは表面上。
その裏で、姉は叔父に犯されていたのです。
一緒に入る風呂。一緒に行く寝室。
それの意味が分からずにいました。
ある晩、怖い夢を見て目を覚まし、姉と叔父の寝室で眠らせてもらおうと思って叔父の部屋にこっそりと行ったのです。
二人は寝ている時間だと思い、起こさないように足音を立てずに。
しかし、寝室の向こうから異様な雰囲気を感じ、こっそりと障子の穴から中を覗いたのです。
「拒否するのかレイ」
「い、いえ……。少し疲れちゃって……」
「ケイを追い出してもいいのか? ん?」
「そんな。……します。しますから……」
「ならそんな顔するな。ニコニコしながらさっさとやれよ」
「は、はい」
まだ中学に上がったばかりの姉と叔父の重なり合う姿。
それをしないと、ボクを追い出すと脅されて──。
ボクは部屋に帰って布団をかぶって泣きました。
自分の弱さに。何も出来ない非力さに。
それの意味は当時は分かりませんでした。
でも、汚い行為だとはわかりました。
叔父を軽蔑しました。姉も軽蔑しました。
ボクのために嫌であったであろう行為をする姉がヒドく汚く思え、姉だけを無視しました。
若すぎた自分に腹が立ちます。
姉のあの寂しそうな目。今でも思い出します。
「なーん」
あるときから姉は猫のように鳴くようになりました。
猫になってつらい現実から逃げたのです。
姉が中三の時に妊娠が発覚。
叔父は逮捕され、姉は親戚にどこかに連れて行かれ、堕胎されたのです。
もう仕事を辞めて田舎へ帰ることを決めつつ、ずるずると惰性で出社し続けていた三月下旬。
呼び鈴の音に、ドアを開けるとそこには見覚えのある顔。
オレはドアから身を乗り出して叫んだ。
「れ、レイ!」
そこには麗の顔があった。
しかし思わず苦笑する。それが麗の訳がない。そこに立っていたのは若い男だったのだ。
「あの……。お兄さん。姉はご在宅でしょうか?」
「はぁ?」
「私、弟の圭です。須藤圭です」
「はぁ……。とりあえず上がって下さい」
オレはこの見知らぬ男を部屋に上げた。
子猫のアイはその男の足に擦りついてひと声鳴いた。
「なーん」
「可愛いですね」
「まあね」
男の目的は分からない。しかし、麗の弟?
そんなの聞いたことがない。
まさかオレの情報を持っている詐欺師かなんかか?
オレは以前、中学校時代の同級生にキャッチセールスをかけられた男。
麗と聞いて部屋に上げてしまったが、以前の大賞の噂を聞きつけて、賞金目当てに近づいて来たのかも。
用心しなければ。
「あの、麗の……」
「弟です。初めましてお義兄さん」
「お義兄さん?」
「結婚なすったんでしょう?」
「いえ。別れましたよ」
「……えっ?」
「弟さんならそう言う情報、知ってるんじゃないですか?」
「いえ……」
「ん?」
「縁を切ってしまったものですから……」
「はぁ……?」
須藤圭は話し始めた。
オレの知らない麗の過去。
それは、想像を絶するものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボクと姉の麗は、小学校のころに火事で焼き出されて両親を失いました。
ボクが4年生。姉が6年生の時です。
行き場を失ったボクたちを受け入れてくれたのは、独身の父の弟でした。
姉はことあるごとに、ボクを励まして、一緒に生きていこうと言ってくれました。
不自由のない生活。叔父は優しい人でした。
しかしそれは表面上。
その裏で、姉は叔父に犯されていたのです。
一緒に入る風呂。一緒に行く寝室。
それの意味が分からずにいました。
ある晩、怖い夢を見て目を覚まし、姉と叔父の寝室で眠らせてもらおうと思って叔父の部屋にこっそりと行ったのです。
二人は寝ている時間だと思い、起こさないように足音を立てずに。
しかし、寝室の向こうから異様な雰囲気を感じ、こっそりと障子の穴から中を覗いたのです。
「拒否するのかレイ」
「い、いえ……。少し疲れちゃって……」
「ケイを追い出してもいいのか? ん?」
「そんな。……します。しますから……」
「ならそんな顔するな。ニコニコしながらさっさとやれよ」
「は、はい」
まだ中学に上がったばかりの姉と叔父の重なり合う姿。
それをしないと、ボクを追い出すと脅されて──。
ボクは部屋に帰って布団をかぶって泣きました。
自分の弱さに。何も出来ない非力さに。
それの意味は当時は分かりませんでした。
でも、汚い行為だとはわかりました。
叔父を軽蔑しました。姉も軽蔑しました。
ボクのために嫌であったであろう行為をする姉がヒドく汚く思え、姉だけを無視しました。
若すぎた自分に腹が立ちます。
姉のあの寂しそうな目。今でも思い出します。
「なーん」
あるときから姉は猫のように鳴くようになりました。
猫になってつらい現実から逃げたのです。
姉が中三の時に妊娠が発覚。
叔父は逮捕され、姉は親戚にどこかに連れて行かれ、堕胎されたのです。
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