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第52話 全てを失って
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月曜日。社長が社員全員を集めて、由香里が事故で亡くなったことを伝えた。
鳴らなくなった鉄製の風鈴を取ろうとして、落下。
何だそりゃ。そのまま付けときゃよかったじゃん。
プラスチック製のゴミ箱をひっくり返して台として使用したためバランスを崩した。
どんだけずぼらなんだよ。
落ちたとき、通行人から声をかけられて「大丈夫です」って言ったらしい。
あのなぁ、即死じゃなかったのかよ。苦しんだのかよ。
通行人に気を遣って何が大丈夫なんだよ。正直呆れるよ。
バカかよ。そんな人と一緒に会社立ち上げなくて良かったよ。
危ない危ない。砂の城と一緒だ。
「はー。清々した」
集会が終わった後、トイレの個室に引っ込んで、由香里を毒突く。人前で哀しみたくないから自分に対しての強がり。それでも涙はあふれ出てしまう。
下唇を噛みながら壁のタイルを思い切り殴りつける。
やり場のない気持ちが、腹の奥で暴れまくる。
火曜日通夜。水曜日出棺。
親族でないため、霊柩車で運ばれる彼女をただ見送った。
何だったのだろう。彼女との付き合いって。
オレには何も残らない。
旅行に行った思い出もない。
ただホテルで過ごして夢を語っただけ。
オレは喪服のまま、電車を降りて自分の部屋に向かった。
夜空には真ん丸の月が見事に輝く。
それをしばらく眺めていた。
由香里を失った哀しさでただ呆然と眺める月。
だがふと思い出す。
──麗。
あの時と同じ月。
麗と初めて出会ったときの。
彼女は縁石に腰を下ろしてオレを見て笑っていたっけ。
「なー」
不意に小さな声。だが麗じゃない。
そこに首を落として見てみると、子猫が足元に絡みついていた。
「レイ?」
「なーん」
しゃがんで拾い上げる。捨てられた子猫。
それを抱いて部屋に帰って行った。
里野蛍。
須藤麗。
畑中由香里。
三人の女。おれが愛して離れてしまった女。
蛍は親友に譲り、麗は部屋から追い出し、由香里は死という永遠の別れを食らってしまった。
テレビの前には、麗のために買った結婚指輪。
胸には由香里が付けた噛み傷。
それを抱いてこれからを生きていくのかなぁ。
「なー」
「おー。アイ~。アイちゃ~ん」
アパートの大家に聞いてみたら、ペット飼うのは躾けるんなら別にいいらしい。
オレには前にペットを飼った経験がある!
……ちょっと大きい猫だったけど。
「なぁ~」
「もうオレにはお前だけだ。お前だけだよぉ~」
拾った猫の名前はアイにした。
「愛してると言ってみてくれ」
言えなかった言葉。
それを名付けた。
やっぱり女々しいよなぁ。オレって。
由香里を失って希望も何も無くなってしまった。
会社も辞めて、田舎に引っ込もうと思っている。
麗も由香里もいなくなったのに、ここにいる意味が見つからない。
何もかもやる気のないオレは、荷造り用の段ボールを一つだけ組み立ててそれだけで気力を失い、ダブルベッドに倒れ込んで寝てしまった。
鳴らなくなった鉄製の風鈴を取ろうとして、落下。
何だそりゃ。そのまま付けときゃよかったじゃん。
プラスチック製のゴミ箱をひっくり返して台として使用したためバランスを崩した。
どんだけずぼらなんだよ。
落ちたとき、通行人から声をかけられて「大丈夫です」って言ったらしい。
あのなぁ、即死じゃなかったのかよ。苦しんだのかよ。
通行人に気を遣って何が大丈夫なんだよ。正直呆れるよ。
バカかよ。そんな人と一緒に会社立ち上げなくて良かったよ。
危ない危ない。砂の城と一緒だ。
「はー。清々した」
集会が終わった後、トイレの個室に引っ込んで、由香里を毒突く。人前で哀しみたくないから自分に対しての強がり。それでも涙はあふれ出てしまう。
下唇を噛みながら壁のタイルを思い切り殴りつける。
やり場のない気持ちが、腹の奥で暴れまくる。
火曜日通夜。水曜日出棺。
親族でないため、霊柩車で運ばれる彼女をただ見送った。
何だったのだろう。彼女との付き合いって。
オレには何も残らない。
旅行に行った思い出もない。
ただホテルで過ごして夢を語っただけ。
オレは喪服のまま、電車を降りて自分の部屋に向かった。
夜空には真ん丸の月が見事に輝く。
それをしばらく眺めていた。
由香里を失った哀しさでただ呆然と眺める月。
だがふと思い出す。
──麗。
あの時と同じ月。
麗と初めて出会ったときの。
彼女は縁石に腰を下ろしてオレを見て笑っていたっけ。
「なー」
不意に小さな声。だが麗じゃない。
そこに首を落として見てみると、子猫が足元に絡みついていた。
「レイ?」
「なーん」
しゃがんで拾い上げる。捨てられた子猫。
それを抱いて部屋に帰って行った。
里野蛍。
須藤麗。
畑中由香里。
三人の女。おれが愛して離れてしまった女。
蛍は親友に譲り、麗は部屋から追い出し、由香里は死という永遠の別れを食らってしまった。
テレビの前には、麗のために買った結婚指輪。
胸には由香里が付けた噛み傷。
それを抱いてこれからを生きていくのかなぁ。
「なー」
「おー。アイ~。アイちゃ~ん」
アパートの大家に聞いてみたら、ペット飼うのは躾けるんなら別にいいらしい。
オレには前にペットを飼った経験がある!
……ちょっと大きい猫だったけど。
「なぁ~」
「もうオレにはお前だけだ。お前だけだよぉ~」
拾った猫の名前はアイにした。
「愛してると言ってみてくれ」
言えなかった言葉。
それを名付けた。
やっぱり女々しいよなぁ。オレって。
由香里を失って希望も何も無くなってしまった。
会社も辞めて、田舎に引っ込もうと思っている。
麗も由香里もいなくなったのに、ここにいる意味が見つからない。
何もかもやる気のないオレは、荷造り用の段ボールを一つだけ組み立ててそれだけで気力を失い、ダブルベッドに倒れ込んで寝てしまった。
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