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第39話 悪夢
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キスマークは絆創膏で隠した。
それから二週間。キスマークが消えたころ。
会社ではいつものように振る舞っている。
畑中さんを敬う演技。一番に引き立てる演技。
喫煙所ではメンソールのタバコ。
オレが席を立つと畑中さんが追いかけてくる。そこで談笑。
だが心の中は逃げていた。
どうにかしなければ。
退職のことが頭に浮かぶ。
しかし、麗のためにと積み上げてきた業績。
会社での信頼度。それがそうさせない。
二人だけの喫煙室。
片方は親密気に笑うが、もう片方は不自然に笑う。
「今日は早いのか?」
畑中さんが灰皿でタバコを揉み消す。
誘っているんだ。今日の夜を。
「今日は早いッス」
「そうか」
そこそこ遅くなければ二人きりでは出ない。
畑中さん自身が就業時間が長いのだ。
早く帰れば捕まらない。
そう思ったが甘かった。
「じゃ私も合わせるよ。今日はたっぷりホテルで楽しもう」
「は、はい……」
逃げ道をふさがれた。
最初からホテル。食事はルームサービス。
なぜだろう。麗とは楽しくて仕方なかったこれが、今では心が盛り上がらない。
しかも、畑中さんの形態が変わってしまった。
いわゆるドSと言うヤツだ。
オレに苦痛や恥辱を与えることが喜びになっている。
麗とはたまにしていた恥辱な遊びは心を許していたから楽しかった。だが今は本当に嫌だ。
嫌悪感だけが残る。
ひとしきりの彼女の満足。
キスマークがまたつけられた。
これを絆創膏だけで覆い隠すのは余りにも不自然だ。
自分の部屋で鏡を見ながら首に包帯を巻いて泣いた。
何故こんなことになっているんだろう。
本当なら麗と今ごろ新婚生活を送っていた頃だ。
麗のことばかり思い出す。
なぜオレはあの手を放してしまったのだろう。
これがその報い。
麗の手を放し、見限られた者への報い。
愛し愛されることを拒否した者への──。
麗を忘れるために、別の女に逃げた。
だが、それが麗への気持ちをぶりかえさせる。
麗。
麗──。
だが浮かんでくる男たちとの交わり。
狂った宴。
フラッシュバックして頭を思い切り振る。
疲れる。
ただ眠い。
忘れたい。
麗のこと。
畑中さんのこと。
なぜこんなことに。
なぜ。
こんなことに──。
会社で包帯の理由を同僚に聞かれる。
当たり前だ。ものものしい包帯なのだから。
揚げ物をしていて油跳ねがヒドく数ヵ所ヤケドしたとウソをついた。
何しろキスマークの跡は消えるまで長い。全治二週間といったところだ。
畑中さんが会議で席を立ったところを見計らって、喫煙所でタバコ。
ようやく解放されたと深く息をついた。
「あれ? 先輩」
喫煙所の外の廊下を資料を持った柿沢が通り声をかけてきた。
そして、ドアを開けて入ってくる。
「タバコ吸ってましたっけ?」
「いや、最近からなんだ」
「へー。知らなかった」
「だろう?」
「新しい……彼女の影響ですか?」
俺の手が止まる。
彼女──。ではない。
あれは支配者。独裁者。
苦笑しながら煙を吐き出した。
「また……遅れちゃった」
その柿沢の顔を見つめる。
オレの唇は震えていた。
泣きそうだ。救いの手がそこにあると思ったんだ。
「……もう、別れたい」
「え?」
「もう無理なんだ柿沢。オレ、彼女から逃げたい」
つい自分に惚れているであろう柿沢の前で泣いてしまった。
つらい、つらいセックスなんてしたくない。
とにかく畑中さんから逃げたかった。
逃げる場所が欲しかったんだ。
それから二週間。キスマークが消えたころ。
会社ではいつものように振る舞っている。
畑中さんを敬う演技。一番に引き立てる演技。
喫煙所ではメンソールのタバコ。
オレが席を立つと畑中さんが追いかけてくる。そこで談笑。
だが心の中は逃げていた。
どうにかしなければ。
退職のことが頭に浮かぶ。
しかし、麗のためにと積み上げてきた業績。
会社での信頼度。それがそうさせない。
二人だけの喫煙室。
片方は親密気に笑うが、もう片方は不自然に笑う。
「今日は早いのか?」
畑中さんが灰皿でタバコを揉み消す。
誘っているんだ。今日の夜を。
「今日は早いッス」
「そうか」
そこそこ遅くなければ二人きりでは出ない。
畑中さん自身が就業時間が長いのだ。
早く帰れば捕まらない。
そう思ったが甘かった。
「じゃ私も合わせるよ。今日はたっぷりホテルで楽しもう」
「は、はい……」
逃げ道をふさがれた。
最初からホテル。食事はルームサービス。
なぜだろう。麗とは楽しくて仕方なかったこれが、今では心が盛り上がらない。
しかも、畑中さんの形態が変わってしまった。
いわゆるドSと言うヤツだ。
オレに苦痛や恥辱を与えることが喜びになっている。
麗とはたまにしていた恥辱な遊びは心を許していたから楽しかった。だが今は本当に嫌だ。
嫌悪感だけが残る。
ひとしきりの彼女の満足。
キスマークがまたつけられた。
これを絆創膏だけで覆い隠すのは余りにも不自然だ。
自分の部屋で鏡を見ながら首に包帯を巻いて泣いた。
何故こんなことになっているんだろう。
本当なら麗と今ごろ新婚生活を送っていた頃だ。
麗のことばかり思い出す。
なぜオレはあの手を放してしまったのだろう。
これがその報い。
麗の手を放し、見限られた者への報い。
愛し愛されることを拒否した者への──。
麗を忘れるために、別の女に逃げた。
だが、それが麗への気持ちをぶりかえさせる。
麗。
麗──。
だが浮かんでくる男たちとの交わり。
狂った宴。
フラッシュバックして頭を思い切り振る。
疲れる。
ただ眠い。
忘れたい。
麗のこと。
畑中さんのこと。
なぜこんなことに。
なぜ。
こんなことに──。
会社で包帯の理由を同僚に聞かれる。
当たり前だ。ものものしい包帯なのだから。
揚げ物をしていて油跳ねがヒドく数ヵ所ヤケドしたとウソをついた。
何しろキスマークの跡は消えるまで長い。全治二週間といったところだ。
畑中さんが会議で席を立ったところを見計らって、喫煙所でタバコ。
ようやく解放されたと深く息をついた。
「あれ? 先輩」
喫煙所の外の廊下を資料を持った柿沢が通り声をかけてきた。
そして、ドアを開けて入ってくる。
「タバコ吸ってましたっけ?」
「いや、最近からなんだ」
「へー。知らなかった」
「だろう?」
「新しい……彼女の影響ですか?」
俺の手が止まる。
彼女──。ではない。
あれは支配者。独裁者。
苦笑しながら煙を吐き出した。
「また……遅れちゃった」
その柿沢の顔を見つめる。
オレの唇は震えていた。
泣きそうだ。救いの手がそこにあると思ったんだ。
「……もう、別れたい」
「え?」
「もう無理なんだ柿沢。オレ、彼女から逃げたい」
つい自分に惚れているであろう柿沢の前で泣いてしまった。
つらい、つらいセックスなんてしたくない。
とにかく畑中さんから逃げたかった。
逃げる場所が欲しかったんだ。
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