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第38話 怒りの堕天使
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八度目の逢瀬。
その日も一回戦終了のタバコ休憩。
オレは彼女の灰皿になりつつ、首を起こしてメンソールの紙タバコを吸っていた。
「あの。畑中さん」
「なんだ?」
「相談していいっすか?」
「別に……」
聞きたくない感じだった。
おそらく今から話すことを敏感に察知したのだろう。
麗のこと。
なぜ彼女はそうしたんだろう。
同じ女としてどんな感じ方をするんだろう。
「前の彼女のことなんですが」
「もう忘れたまえ」
「いえ、もう未練はないのですが」
「そうは見えんがね」
そう。お察しの通り未練たらたら。
もうひと月半も経つというのに。
「彼女とは結婚寸前までいってたんです」
「ほー。挨拶は上司に頼まなかったのか?」
「いえいえ。頼もうと思ったら婚約破棄に……。そう絡まないでくださいよ~」
「はいはい。言いたまえ」
「彼女、実はアダルト動画の女優だったんです」
「ほー。だからキミはそんなに巧いわけだな。得心が行った」
「いやいや、今はオレがどうのこうのはいいんですけど」
「はいはい。すいませんね」
あきらからに聞きたくなさそう。
でも、畑中さんにも少しはオレを独占したい気持ちはあるのかな?
「もしも知らなかったらそのまま結婚してました。ですがDVDのパッケージに書かれてる内容の画像を見てしまったんです」
「なるほど。その他の男に抱きついてる映像がフラッシュバックするということか」
「そうです」
「話は簡単だ」
「な、なんです?」
「別れて正解」
「はぁ?」
「それで別れを決意したんだからいいじゃないか。彼女だって今まで言わなかったのは知られたくなかった。それを知られたから嫌われた。キミも嫌いになった。なんの相談なんだそれは。それは相談じゃない。報告だ。聞きたくもない報告。キミは今、誰を抱いているんだ。その人に好きな気持ちはないのか?」
「あ、あります」
いつもクールな彼女の眉毛が突然つり上がったことにビビってしまった。
本来は気弱なオレ。
だが、身を重ねる親密さも手伝って踏み込んでしまったのだ。
踏み込んではいけない線まで。
「なら、その話はなんだ。なんなんだよ。私に彼女の気持ちを分かってやれ。彼女の元に戻れと言って欲しいのか?」
「い、いえ」
「バカにするなよ」
「スイマセン」
初めての畑中さんの激高。
麗のことを話題に出したのがマズかった。
彼女の怒りの琴線に触れた。
畑中さんが怒るなんて考えてもみなかった。
彼女は口に含んだタバコの煙を思い切りオレに吹きかける。
それにオレは目をつぶる。
そこに畑中さんの唇が当てられた。
オレは驚いて目を開ける。熱い熱いキス。
やがてそれは名残惜しそうに放される。
「私は生涯独身でいたい」
「は、はい」
「子供も作らなければ夫も必要ない」
「は、はい」
「だが君を側に置いておきたいと思うのはわがままか?」
「え、あの……」
「好きだぞ。泰志」
畑中さんの告白。そしてまた熱いキス。
彼女の人生設計にオレは組み込まれた。
それが彼女の愛。普通の人とは違う自由な愛。
だが、オレの気持ちは複雑だ。
正直、心がそれほど動かない。畑中さんの自由に捲き込まれたくはない。
子どもも必要だし、夫になりたい。
何よりそばにいるのは、そばにいるのは──。
畑中さんは勘付いていたはずだ。
俺の顔が感動していないことに。
だがそのまま押し倒され、その気にさせられた。
そのまま濃厚に抱かれる。
「泰志。泰志。泰志──」
彼女はオレの名を呼ぶ。
しかし、それには答えなかった。
ただこれが早く終わるように別なことを考えていた。
麗との夜のことを。
彼女はオレを骨抜きにする。
他の男をじゃない。オレのことを。
あっという間だった。麗への想像がそうさせた。
彼女を上に乗せたまま自分だけ痙攣。
「はぁはぁ、珍しいな」
「……スイマセン」
「アゲイン?」
「ノーサンキュー」
「……そうか」
「ちょっと疲れちゃって」
「そうかよ」
「はは」
「重かったか?」
これは、体重のことじゃない。
さっきの言葉のこと。
オレは腹の下でうなずいた。
「ごめんなさい。オレは子どもも欲しいし、結婚もしたいです」
「……そうか」
「だからごめんなさい」
「いや、謝るな」
彼女はそのまま、オレの胸に寝転んで、そのまま胸を叩いた。
「痛!」
「痛いだろ」
「ちょっ、ちょっと! マジ痛いッス」
「思い出せよ」
続いて腕の肉をつねり上げる。
冗談じゃない。手を抜かない捻りかた。
急いでそれを振り払おうとするが、腕を足で挟んで馬乗りになられてしまった。
「え、何を? 痛ァ!」
「痛みで私を思い出せ」
今度は胸に歯を立てる。もがくがどうにもならない。
その横に思い切り吸い付いてキスマーク。
執拗にオレの体に痕跡を残す。
オレは暴れたが、四肢を押さえつけられ、抵抗を封じられた。
三箇所の噛み跡に、八箇所のキスマーク。
それは首元にまで及んだ。
ワイシャツ、ネクタイでは隠せない場所。
オレは無様に泣きじゃくっていた。
それを見て畑中さんは狡猾な表情。
「泰志。お前は私のものなんだから、余計なこと考えるなよ」
「ひぃ。ひぃぃぃ」
「分かった?」
「ひ、ひ、ひ、ひ」
「分かったのかよ!」
「ひゃ、ひゃい……」
「泣くんじゃないよ。男の顔が消えるじゃないか」
彼女はそのままオレを抱いた。
DVだ。
オレも抵抗できなくなっていた。
「ごめんな。泰志。ホントはこんなことしたくないんだぞ」
「う、うん……」
「お前の男の顔が好きだ。好きなんだ。前に愛してくれると言ったじゃないか。忘れないでくれよ。こんなことしてごめんな。泰志、ごめんな」
「うっ」
なにがごめんなだ。
彼女にとっては、好きな気持ちが溢れてしまったのかも知れない。
だがもう尊敬とか、好きな気持ちも吹っ飛んでしまった。
ただ怖い。こんな関係終わらせなくてはならない。
そう思いながら、彼女に抱かれるまま、抱き返さなかった。
その日も一回戦終了のタバコ休憩。
オレは彼女の灰皿になりつつ、首を起こしてメンソールの紙タバコを吸っていた。
「あの。畑中さん」
「なんだ?」
「相談していいっすか?」
「別に……」
聞きたくない感じだった。
おそらく今から話すことを敏感に察知したのだろう。
麗のこと。
なぜ彼女はそうしたんだろう。
同じ女としてどんな感じ方をするんだろう。
「前の彼女のことなんですが」
「もう忘れたまえ」
「いえ、もう未練はないのですが」
「そうは見えんがね」
そう。お察しの通り未練たらたら。
もうひと月半も経つというのに。
「彼女とは結婚寸前までいってたんです」
「ほー。挨拶は上司に頼まなかったのか?」
「いえいえ。頼もうと思ったら婚約破棄に……。そう絡まないでくださいよ~」
「はいはい。言いたまえ」
「彼女、実はアダルト動画の女優だったんです」
「ほー。だからキミはそんなに巧いわけだな。得心が行った」
「いやいや、今はオレがどうのこうのはいいんですけど」
「はいはい。すいませんね」
あきらからに聞きたくなさそう。
でも、畑中さんにも少しはオレを独占したい気持ちはあるのかな?
「もしも知らなかったらそのまま結婚してました。ですがDVDのパッケージに書かれてる内容の画像を見てしまったんです」
「なるほど。その他の男に抱きついてる映像がフラッシュバックするということか」
「そうです」
「話は簡単だ」
「な、なんです?」
「別れて正解」
「はぁ?」
「それで別れを決意したんだからいいじゃないか。彼女だって今まで言わなかったのは知られたくなかった。それを知られたから嫌われた。キミも嫌いになった。なんの相談なんだそれは。それは相談じゃない。報告だ。聞きたくもない報告。キミは今、誰を抱いているんだ。その人に好きな気持ちはないのか?」
「あ、あります」
いつもクールな彼女の眉毛が突然つり上がったことにビビってしまった。
本来は気弱なオレ。
だが、身を重ねる親密さも手伝って踏み込んでしまったのだ。
踏み込んではいけない線まで。
「なら、その話はなんだ。なんなんだよ。私に彼女の気持ちを分かってやれ。彼女の元に戻れと言って欲しいのか?」
「い、いえ」
「バカにするなよ」
「スイマセン」
初めての畑中さんの激高。
麗のことを話題に出したのがマズかった。
彼女の怒りの琴線に触れた。
畑中さんが怒るなんて考えてもみなかった。
彼女は口に含んだタバコの煙を思い切りオレに吹きかける。
それにオレは目をつぶる。
そこに畑中さんの唇が当てられた。
オレは驚いて目を開ける。熱い熱いキス。
やがてそれは名残惜しそうに放される。
「私は生涯独身でいたい」
「は、はい」
「子供も作らなければ夫も必要ない」
「は、はい」
「だが君を側に置いておきたいと思うのはわがままか?」
「え、あの……」
「好きだぞ。泰志」
畑中さんの告白。そしてまた熱いキス。
彼女の人生設計にオレは組み込まれた。
それが彼女の愛。普通の人とは違う自由な愛。
だが、オレの気持ちは複雑だ。
正直、心がそれほど動かない。畑中さんの自由に捲き込まれたくはない。
子どもも必要だし、夫になりたい。
何よりそばにいるのは、そばにいるのは──。
畑中さんは勘付いていたはずだ。
俺の顔が感動していないことに。
だがそのまま押し倒され、その気にさせられた。
そのまま濃厚に抱かれる。
「泰志。泰志。泰志──」
彼女はオレの名を呼ぶ。
しかし、それには答えなかった。
ただこれが早く終わるように別なことを考えていた。
麗との夜のことを。
彼女はオレを骨抜きにする。
他の男をじゃない。オレのことを。
あっという間だった。麗への想像がそうさせた。
彼女を上に乗せたまま自分だけ痙攣。
「はぁはぁ、珍しいな」
「……スイマセン」
「アゲイン?」
「ノーサンキュー」
「……そうか」
「ちょっと疲れちゃって」
「そうかよ」
「はは」
「重かったか?」
これは、体重のことじゃない。
さっきの言葉のこと。
オレは腹の下でうなずいた。
「ごめんなさい。オレは子どもも欲しいし、結婚もしたいです」
「……そうか」
「だからごめんなさい」
「いや、謝るな」
彼女はそのまま、オレの胸に寝転んで、そのまま胸を叩いた。
「痛!」
「痛いだろ」
「ちょっ、ちょっと! マジ痛いッス」
「思い出せよ」
続いて腕の肉をつねり上げる。
冗談じゃない。手を抜かない捻りかた。
急いでそれを振り払おうとするが、腕を足で挟んで馬乗りになられてしまった。
「え、何を? 痛ァ!」
「痛みで私を思い出せ」
今度は胸に歯を立てる。もがくがどうにもならない。
その横に思い切り吸い付いてキスマーク。
執拗にオレの体に痕跡を残す。
オレは暴れたが、四肢を押さえつけられ、抵抗を封じられた。
三箇所の噛み跡に、八箇所のキスマーク。
それは首元にまで及んだ。
ワイシャツ、ネクタイでは隠せない場所。
オレは無様に泣きじゃくっていた。
それを見て畑中さんは狡猾な表情。
「泰志。お前は私のものなんだから、余計なこと考えるなよ」
「ひぃ。ひぃぃぃ」
「分かった?」
「ひ、ひ、ひ、ひ」
「分かったのかよ!」
「ひゃ、ひゃい……」
「泣くんじゃないよ。男の顔が消えるじゃないか」
彼女はそのままオレを抱いた。
DVだ。
オレも抵抗できなくなっていた。
「ごめんな。泰志。ホントはこんなことしたくないんだぞ」
「う、うん……」
「お前の男の顔が好きだ。好きなんだ。前に愛してくれると言ったじゃないか。忘れないでくれよ。こんなことしてごめんな。泰志、ごめんな」
「うっ」
なにがごめんなだ。
彼女にとっては、好きな気持ちが溢れてしまったのかも知れない。
だがもう尊敬とか、好きな気持ちも吹っ飛んでしまった。
ただ怖い。こんな関係終わらせなくてはならない。
そう思いながら、彼女に抱かれるまま、抱き返さなかった。
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